旧都。旧地獄街。街道を外れてしばらくしたところに喫茶店がある。
橋姫と男が向かい合って座っている。街道の外れであるからか二人を尻目に閑古鳥が鳴いている。
橋姫は珈琲を一杯、男は水を一杯給仕に頼む。水はすぐさま運ばれ、珈琲はそれからしばらくして運ばれた。
橋姫は珈琲を一口飲もうとするが、その熱さに顔を一瞬顰め、ゆっくりとテーブルの上に置く。
男は水を一口飲み、口を開く。
「ここに初めて来てからアンタに随分色々と助けてもらったな。お陰様で地獄の空気にも慣れた。
文字通りの鬼嫁もできた。アンタみたいな友人もできた。万事順調だ。」
男は顎の無精髭を撫でながら、続け様に言う。
「だがな、一つだけだ。一つだけずっと心の中で燻ってた疑問が一つある。
どうしてアンタはここまでオレに親身になってくれた?」
男は少し唇を震わせて話を続ける。
「心当たりがないこともない。アンタの瞳、声音、仕草。ありゃ恋する乙女のそれだ。
つまるところアンタは、一目惚れか、オレを好いていた。違うか。」
男は彼女の深緑の瞳を覗きながら返事を待った。
「ええ。」
橋姫は静かに答える。
男は軽く息を吐き、会話を続ける。
「そうか。いやだが疑問というのはこれじゃない。アンタは俺を好いていた。
それはいい。それからだ。それから何も起きなかった。これが胡乱なんだ。
アンタの属性は何処までも嫉妬深い。そんなアンタがオレが他の女と結ばれるのを見逃し、結ばれた後も何も起こさない。
それが心に引っかかって振るい払おうにもできやしない。なあ、教えてくれないか。」
橋姫は少し冷めた珈琲を一口飲み、答える。
「あの日、私はアナタに一目惚れをした。ええ、確かに。渇いてしょうがなかった恋情は
アナタを見詰めて、アナタと話して、アナタに触れて満たされていったわ。」
橋姫が男の瞳をじっと覗く。
「けれどね。何か違ったのよ。何かが噛み合わなかったの。そしてある日やっと気づいたの。」
橋姫は笑みを浮かべ目を瞑り、声を弾ませて話を続ける。
「ええ、あの日アナタはあの女と一緒に出掛けていて、ふふ、気づいたら後をつけていたわ。
アナタのまなざしを一心に受けるあの女が、アナタと仲睦まじく話すあの女が、アナタに優しく触れられるあの女が何処までも嫉ましくて妬ましくて狂ってしまいそうだったわ。」
「だけど、私気づいたの。あの女に嫉妬している時、
アナタの瞳が、声が、指が、何処までも何処までも愛おしくて愛おしくて、限りなく価値を帯びていたの。欲しくて欲しくて堪らなかったの。
まさに恍惚だったわ。あの時のアナタが今までで一番一番素敵だったわ。」
橋姫はくつくつと笑い、続けて話す。
「アナタを我が物にしてしまったら、この価値は永遠に失われてしまう。そんなの許せないわ。
いいかしら、本当に欲しいのなら手に入れないことね。」
橋姫はすっかりぬるくなった珈琲を一気に飲み干し、立ち上がる。
「だからどうか。お嫁さんとは仲良くして頂戴ね。どうか私の嫉妬の中で緑緑と輝いてちょうだい。」
そう言うと橋姫は代金を払い、店を後にした。
男はしばらく呆然としていた。
メリークリスマス!妬ましいわね!モミの木に敷かれて氏になさい!
あけおめ!妬ましいわね!餅を喉に詰まらせて氏になさい!