京都百鬼夜行。
乙骨憂太の呪術高専東京校入学を端に、禅院家の強硬的な秘匿死刑主張、併せて民間の呪術師によるスキャンダルのもみ消し、呪術界の有力者である「芦屋」による技術秘匿に関する規制強化の提案と政府への働きかけ、SNSへの呪霊についての都市伝説的情報の波及。
混乱の結果は混沌であり、3年前に禅院家から出奔した禪院扇が「呪術界の革命」をうたい百鬼夜行を行うこと宣戦布告した。
東京では既にことが起きており、この京都では京都校を中心に呪術界における精鋭たちが市内の辻々で戦闘が行われていた。
「まだ読んでんのかよ」
「・・・」
京都駅の近くのビル屋上。
関十蔵はビルのへりに立ち、そこかしこで行われている呪術師と呪霊の戦闘を風景のように見ている。
隣りには伏黒甚爾がしゃがみ込み、何やら紙の束を読んでいる。
「お前の本命が京都の馬場で3連勝中でそこが狙い目なんだろ」
「ロジックから言えばそうだ」
二人ともスーツ姿。
競馬新聞を読む伏黒甚爾は黒のスラックス、に黒の靴、ジャケットは羽織っておらず、緩い濃紺のネクタイ姿は堅気には見えない。
一方十蔵も、胸元に光る金のネックレスは成金めいた印象がある。
「「得てしてそういったロジックは突然の偶然で破られることがある」だっけか?」
「そうだ」
短い返事をして、競馬新聞の今週末のレースのある1頭に赤ペンで丸を付ける。
以前に関十蔵に言った言葉を言われても伏黒甚爾が動じない。
聞いているようで聞いていない。意識は目の前の競馬新聞に集中している。
少し遠くでけたたましい奇声とガラスの砕ける音がする。
この場は間違いなく戦闘区域なのだ。
「本命が怖いから対抗狙いにするか悩んでるって正直に言えよ」
「馬鹿を言え。競馬はデータだ。データは因果結果の集積だ。そこを読み切れば因果は再現される」
「ゴリラの癖にカッコつけたこと言ってんじゃねーよ」
高バトルIQとも称される戦闘時の知性は、ギャンブル中の伏黒甚爾には一切ない。
逆に関十蔵は賭け事には強く、競馬、競輪、競艇、詳しくはないが年間で数百万単位で黒字になる。
十蔵曰く「各人が気を出しているので勝負の空気を読んでいる」ので先を読みやすい。
ギャンブルで悩んでいるときの伏黒甚爾は妙に神妙な口ぶりになる。
馬券さえ買ってしまえばいつも通りだが、この「悩んでいる期間」はまるでテスト前に一時的な悟りを求める学生のようでもある。
「50万借せ」
「はあ?はあ?」
伏黒甚爾の突然の言葉に隣の古なじみが2回大きな声が出る。
怒るとも呆れるでもない。
時折、伏黒甚爾は突拍子もないことを言う。
最初の突拍子のないことは「禅院家を出る。ねぐらを用意しろ」だった。
15年以上前の話だ。
「俺の金は本命に出す。お前の金は対抗馬に出す。対抗が当たったら利子付けて51万返す」
「利子1万ってお前の脳みそは子供銀行か?あ~ん?」
今度の関十蔵の反応は明確に呆れだった。
しゃがむ伏黒甚爾の頭を上から掴み前後に揺らす。
「お前の、脳みそには、まともな交渉出来る、機能が、ついているのか?」
「ついているだろ。外れたら金は返さない」
それは交渉ではなく踏み倒しだ、と言わんばかりにさらに前後に二回揺らす。
伏黒甚爾は揺らされることに気にせず、競馬新聞も揺れに合わせて前後に揺らし、視線を外さない。
他の呪術師から見たら信じられない光景だが、この二人の腐れ縁にしてはいつも通りだ。
頭を揺らされる方は呪術界でも異端中の異端。
たった一人で御三家への圧倒が可能な本物の化け物。
歴史上でも片手て数えるほどしか与いない「呪力を持たぬ存在」
そして天与呪縛を持つ究極のフィジカルギフテッド。
人の形を持った天災と言ってもよい。
「10万貸すから15万で返せ」
「11万」
短い交渉。
「13万」
再度。
「13万」
妥協点は13万となった。
二人のいるビルに呪霊がへばりつく。
ビルが小さく振動する。
「さて、バイトだ」
夜空を後ろに、関十蔵はビルから虚空へと踊りだす。
「3と8か」
競馬新聞を畳み、腰の後ろに差し込むと伏黒甚爾もビルから何もない空中へと歩き出す。
次に賭ける馬番を呟く。
◆
百鬼夜行での戦果は上々。
ただし、利子は付かずに馬券は紙くずとして宙に舞った。