―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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9-7:「駆け付け救出」

 制刻等四名を村の外周捜索のために分派し、偵察捜索隊本隊は村の中心部を目指す。

 現在本隊は指揮通信車を中心とし、後方からそれぞれ河義等普通科4分隊の三名と、増強戦闘分隊の四名がそれぞれ縦隊で追走し、警戒態勢の元進んでいた。

 

「――ん?あれは?」

 

 いくらか進み、一軒の家屋の角を曲がった所で、指揮通信車上の矢万が声を零す。

 

「鬼奈落、停車しろ」

 

 直後に矢万は操縦手の鬼奈落に向けて停車を指示。同時に車上で左手で拳を作り掲げ、後続の各員に停止を要請する合図を送る。

 

「どうした?」

 

 唐突に停止した指揮通信車、そして出された停止要請に、指揮通信車に追走していた河義は車上の矢万に向けて、尋ねる声を上げる。

 

「人影かと。前方に複数」

 

 河義の声に、矢万は車上より前方を指し示しながら答え返す。

 河義は鉄帽に装着された暗視眼鏡を降ろし、指し示された方向を確認する。暗視眼鏡越しに見えたその先には、矢万の言葉通り複数の人影が確認できた。

 

「あれは――」

 

 よくよく見れば、それは多数の人影が少数の人影を囲っている光景であった。

 多数側は、これまで交戦して来た者達と同様の装備を纏う、傭兵と思しき人間。そしてその傭兵達の隙間からおそらく包囲されているらしい、二名程の傭兵とは異なる出で立ちの、村人と思しき人間が見えた。

 さらに双方は互いの得物を交える様子が見え、それに合わせて金属のぶつかる音が、微かに聞こえ届いて来る。

 

「――襲われているようだ」

 

 河義はそれ等から状況を察し、言葉を零した。

 

「まずそうな状況です。射撃許可を」

「いや、ここからでは誤射の危険がある。」

 

 矢万は車上で12.7㎜重機関銃の握把を握り、照準を先の一団に定めるが、しかし河義はそれを差し止める。

 

「接近し、各個に無力化するべきと見止む。――矢万三曹、指揮通信車であの集団内に突入し、双方の分断を試みるんだ。他、各員は散会し前進――いいか?」

 

 そして河義は暗視眼鏡を跳ね上げしまい、同時に各員に向けて命じ、問う。

 

「了」

「了解」

「よし、かかれ!」

 

 各員からは了解の返答が上がり、そして河義は手を翳して号令を発する。

 それに呼応し、指揮通信車は前進を再開。4分隊及び増強戦闘分隊の各員は、指揮通信車の両翼へと散会し展開。行動を開始した。

 

 

 

「ッ……」

「ふぅ……!」

 

 その場ではこの草風の村の村人である男女二名が、複数名の傭兵達と対峙していた。二人はいずれも、先日のファニール達によるナイトウルフ討伐の際に、駆け付けた者達。その手にはそれぞれ得物が握られ、険しい顔で自分達を囲う傭兵達を睨んでいる。

 

「クソッ……!」

 

 しかし、一方の傭兵達にもまた微かな狼狽の色が走っていた。

 両者の間には、多数の人間の亡骸が横たわっている。

 内二名程は、先の男女と類似の格好をした村人の物。そしてその他の数名分は、傭兵達の物であった。

 

「こいつ等、厄介だぞ……!」

 

 一人の傭兵が、焦れた声を上げる。

 傭兵達は最初、相手をたかが村人と思い、請けおった今回の仕事を軽く見ていた。しかしいざ蓋を開けてみれば、村人達は武器を手に思いの他抵抗を見せ、傭兵達の手を煩わせたのだ。

 依然数の上では勝ってはいるが、ここまで出た犠牲に、傭兵達は濃い動揺と焦りの色を浮かべる。

 

「はぁ……ッ!」

 

 だが、それと相対する村人男女の顔色は、それにも増して逼迫した色を浮かべていた。

 ここまで懸命な抵抗を試みたはいいが、すでに同胞が二人も討たれ地面に亡骸となって沈み、そして彼等二人の体力、精神力も限界に近づいていた。

 

「おらぁぁぁッ!」

「ッ……!」

 

 そこへ一人の傭兵が、剣を振り上げ攻撃を敢行して来た。狙いは、二人の内の女村人の方。意識の朦朧としていた女村人は、反応が遅れる。

 

「ネイッ!」

 

 だがそこへ男村人が、その傭兵の進路上へ割り入る。そして彼は傭兵の剣が振り下ろされるよりも早く剣を振るい、その胴を横一文字に薙いだ。

 

「ぐふッ!?」

 

 襲い掛かって来た傭兵は、割かれた腹と口から血を零して崩れ落ちる。

 

「――ヅッ!?」

 

 しかし、男村人の彼のわき腹に、激痛が走ったのはそれとほぼ同時であった。見れば、彼の横には別の傭兵の姿があり、その傭兵の突き出した剣の先が、彼のわき腹を突き刺している。一人目の傭兵を屠った直後の隙を、続けざまに襲い来た傭兵に狙われたのだ。

 

「ネウフッ!」

 

 それを目の当りにした、先にネイと呼ばれた女村人は、ネウフと呼んだその男村人の姿に目を剥く。

 

「このッ!」

「ごッ!?」

 

 ネイは直後にすかさず自身の剣を、ネウフの肩越しに突き出し、傭兵の首を突いた。首を突かれた傭兵は、悲鳴を零して倒れ、地面の亡骸に加わる。

 

「ッ……」

 

 わき腹を突かれたネウフはよろめく様に後退し、背後にある家屋に倒れ込むように背を預け、そしてずるりと崩れ落ちて腰を地面に着いた。

 

「ネウフ!大丈夫!?」

 

 ネイはそのネウフを庇うように前にその前に立ち、傭兵達を睨みながらも背後に声を掛ける。

 

「ネイ……!逃げろ……ッ!」

 

 そんなネイに、苦し気な声色で言葉を絞り出すネウフ。彼の纏う上衣の腰回りは、脇から噴き出た血でドス黒く染まって行く。

 

「そんな……そんなの嫌だッ!」

 

 そんな痛ましい姿の彼から発せられた言葉を、ネイは拒絶し剣の柄を握る力を込める。

 

「クソ、また二人もやられたぞ!」

「どこまで手こずらせるんだ!」

「後はコイツだけだ、早く仕留めるんだ!」

 

 そんな彼女等を囲う傭兵達からは、狼狽の憎々し気な言葉が飛び聞こえて来る。そして傭兵達の殺気に満ちた目と、得物の切っ先がネイに向けて一斉に向けられる。

 

「く……!」

 

 ネウフを見捨てられずに担架を切った彼女だったが、状況は絶望的であった。

 最早これまでかと、奥歯を噛み締めるネイ。

 

「おい?何だこの音……?」

 

 しかしその時、目の前の傭兵達の中から、何か戸惑うような声が聞こえ来る。そして直後、傭兵達とそしてネイは共に、その耳に異質な音を捉える。

 

「おい!何だあれ!?」

 

 そして再び傭兵達の中から声が上がった。今度は同時に一人の傭兵が一方向を指し示し、他の傭兵達が一斉にそちらを向く。

 

「――え?」

 

 ネイもそれを追うように視線を移す。そして彼女は、視界に飛び込んで来た物に目を剥いた。

 彼女等の視線の先に見えたのは、夜闇の中で強烈に瞬く二つの光だ。

 その光はみるみるうちに接近。そして微かに聞こえていた異音は、明瞭で、そして不可解な唸り声のような物へと変わり、彼女等の聴覚を震わせる。

 近づき瞬いた強烈な光は彼女等の視界を奪う。そして彼女等の前に、異音と閃光の発生源――六つの車輪を備えた、正体不明の巨大な物体が姿を現した。

 

 

 

 82式指揮通信車は、村人とそれを包囲する傭兵達の元へと加速接近し、そして双方を割るようにその間へと突っ込み踏み入った。

 

「う、うわぁッ!?」

 

 突然現れ割り入って来た指揮通信車に、狼狽し、包囲を崩して散り退く傭兵達。

 

「な、何だこれ……がッ!」

 

 そしてそんな傭兵達は、唐突に響き出した破裂音と共に、何かに打ち倒され始めた。

 指揮通信車の後方両翼に展開した、4分隊と増強戦闘分隊の各員からの各個射撃が、傭兵達を襲ったのだ。

 

《敵性分子を左右に分断。左だ、左手の集団を叩いてくれ》

 

 突入した指揮通信車の矢万から、敵性分子である傭兵と民間人の、それぞれの位置関係がインカム越しに伝えられる。

 

「ダウン」

「排除、一名排除」

 

 それを元に各員は傭兵と村人を分別し、傭兵だけを狙い弾を打ち込んでゆく。

 

「ぎゃッ!?」

「うがッ!?」

 

 襲い来た多数の銃火に傭兵達は次々と倒れてゆき、程なくしてその場に居た全ての傭兵は、地面へと崩れ動かなくなった。

 

「――排除、一帯はクリア」

 

 全ての傭兵の無力化を確認した河義は、確認の声を上げる。

 

「各員各隊、指揮車を中心に展開し警戒」

 

 そして腕を翳し上げて周囲の各員に合図を送る。河義の合図に呼応した各員は、前進して指揮通信車へと合流し、その周辺に展開して警戒態勢を取る。

 

「………」

 

 そんな傍らで村人の女ネイは、一変した状況を目の前に呆然と立ち尽くしていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そこへ彼女に掛かる声。見れば、ネイへと歩み近寄る河義の姿がその先にあった。

 

「ッ!」

 

 安否を問う言葉と共にネイへと近寄ろうとした河義。しかし一方のネイは、得体の知れぬ不可解な格好の河義を前に、その顔に警戒の色を再び戻し、そして鋭い瞳と手にしていた得物の切っ先を、河義へと向けた。

 

「っと!――落ち着いて下さい。私達は、あなたに害成す者ではありません」

 

 そんな彼女の行動を前に、河義は小銃を降ろして空いた片手を翳し、そのモーションと合わせて自分が彼女に仇名す存在では無い事を説明する。

 

「敵じゃ……ない?」

 

 発された河義の言葉に、ネイは依然警戒の目を河義へ向けながら、訝しむ言葉を零す。

 

「はい、そうです。私達は――」

 

 そんな彼女に対して、続けて自分の身分を名乗ろうとした河義。――しかし、そんな河義の前で、彼女が崩れ倒れたのはその瞬間であった。

 

「ッ!どうしました!?」

 

 唐突に崩れ落ちた彼女に、河義は驚き、声を上げながら彼女に駆け寄る。そして河義は彼女の腕に、切り裂かれできたであろう傷と、そこから流れ出る少なくない量の血を見止めた。ネイもまた、先の戦いの中で傷を負っていたのだ。

 さらに河義は続けて、崩れ退いた彼女の背後にもう一人、彼女が庇っていた村人の男、ネウフの姿を見つける。そして彼の衣服のわき腹に、黒々とした血が滲み出ている様子を見止めた。

 

「ッー――!これは……誰か衛生キットを!負傷者だ!」

 

 二人の痛ましい姿を目の当りにし、河義は顔を顰め、周囲へ向けて発し上げる。

 

「大丈夫ですか?しっかりして下さい!」

「……私より、ネウフを……」

「そちらの方ですね?大丈夫です。お二人とも助けます」

 

 河義の呼び掛ける声に対して、首を動かしネウフを示しながら訴えるネイ。そんな彼女に対して、河義は双方の救護にあたる旨を告げる。

 その間に、衛生キットを手に各員が駆け付ける。各員は衛生キットをその場に広げ、そして二人の応急手当てが開始される。

 

「あんた……達は……?」

 

 隊員により止血処置が施される中、ネウフが苦し気な吐息に阻まれながらも、隊員に向けて問いかけの言葉を発する。

 

「大丈夫、私達は敵ではありません。あなた方はこの集落の方ですね?私達は、あなた方を助けに来ました」

 

 そんな彼に向けて、河義は再び自分達が敵ではない事を説明する。

 

「村を……俺達を……?」

「はい、ですから安心してください」

 

 河義のその言葉に、か細い声で尋ね返すネウフ。それに対して河義は、努めて両名を安心させるような口調と身振りで発し伝える。

 

「酷いな――河義三曹、私達の応急処置で間に合う傷ではありません」

「ッ――じき小隊が到着する。それまで持たせるんだ」

 

 応急手当を行う増強戦闘分隊の隊員が、村人の二人の傷の深さを訴える。それに河義は苦い顔を作りながらも、そう返す。先に追走展開を無線発報にて要請した呼応展開小隊には、衛生隊員も付随している。衛生隊員が到着すれば、彼等への適切な処置が可能となる。河義はそれまでの間、なんとしてでも自分達の手で村人二人の命を繋ぐ事を命じる。

 

「な……や……」

 

 そんな河義等の足元で横たわるネイの口から、何か言葉が零されたのはその時であった。

 

「どうしました?」

 

 それに気づき、声を掛ける河義。

 

「この先の……納屋……」

「そうだ……守らないと……」

 

 対するネイは続けそんな言葉を零し、そしてネウフも同様に言葉を零す。

 

「納屋?」

「……お願い……!」

 

 ネイの発したワードを反復する河義。その河義にネイは続けて、そんな懇願の言葉を絞り上げる。多量の出血のせいか、その意識は朦朧とし始めているようであった。

 

「河義三曹、無理に喋らせるのはまずいかと」

「あぁ――分かりました、私達で対応します。ですから無理に喋らないで」

 

 増強戦闘分隊の隊員の言葉を受け、河義はネイに了承の言葉を向け、そして促した。

 

「……この先の納屋、か」

 

 ネイ達を落ち着かせた後に、河義は口許に片手を当てて、彼女達が発した言葉の示す所を推測する。

 

「そこに何かあるんでしょうね」

 

 そんな河義の零した言葉に、端から別の声が返される。声の主は、傍で警戒に当たっていた野砲科の威末だ。

 

「まぁ、大体想像は付きますが」

 

 彼は警戒の目線を先へ維持しながらも、そのどこか気だるげな口調で続け呟く。

 

「聞くに、何か守らなければならない物があるようだ。それを確認しに向かわなければならないが――」

 

 河義は威末に続け零しながら、しかし次にはネイやネウフの姿に目をやり、言葉尻を濁す。二人の処置及び収容にはまだ時間がかかる。いや二人の容態を考えれば、この場から無理に動かす事自体、望ましくないと見えた。

 何にせよすぐには行動を再開できない。その状況に難しい表情を浮かべる河義。

 

「なんなら、先に見て来ましょうか?」

 

 そんな河義の向けて、威末が進言の声を上げた。

 

「威末士長――頼めるのか?」

「えぇまぁ。FO(前進観測員、班)の仕事の延長ってトコですかね」

 

 河義の尋ねる言葉に、威末は変わらぬ気だるげな口調でそんな言葉を返す。

 

「門試、一緒に来てくれ。――他は置いて行きますんで、ヨロシクお願いします」

 

 そして威末は自身の指揮する増強戦闘分隊の一組――正確には、増強第2戦闘分隊1組を呼称する――を編成する四名の中から、分隊支援火器射手の役割を臨時に担っている、武器科隊員の門試を同行者としてピックアップ。その他の編成隊員はこの場に残して行く旨を、河義に告げる。

 

「無理はするな、何かあればすぐに連絡をしてくれ」

「了」

 

 河義の忠告の言葉に了解の返事を返すと、威末等二名はこの場より発し、先の偵察へと向かった。


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