―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
威末と門試は、偵察行動のため偵察捜索隊本隊より分派。周囲へ警戒の視線を向けながら、まばらに存在する家屋の間を抜け、北方向へと駆けている。
「――あれっぽいな」
少しの間駆け進んだ所で威末は声を上げる。彼はその視線の先に、先に村人達が口にした物であろう、納屋と思しき建造物を見止めた。
「人影は見えないな」
納屋の周辺に、傭兵ないし村人の姿は無い。それを確認した威末等は、そのまま納屋の元まで近寄り駆け込む。
納屋は正面の大扉は大きく解放されている。威末等は納屋の外部片隅に一度取りつき、一呼吸置いた後に、流れるような動作で内部へと踏み込んだ。
「――クリア」
踏み込むと同時に視線を走らせ、威末は内部の状況を即座に掌握。納屋の内部にも人の姿は無く、威末はクリアの声を上げると同時に、微かな息を零した。
「変わった物は無いようですが」
威末に続いて踏み込んで来た門試が、内部を見渡しながら発する。彼の言葉通り、内部は見た限りいたって普通の納屋であり、特段変わった様子は見られない。
「いや、どうかな」
「はい?」
しかし門試に対して威末はそんな言葉を返す。疑問の声を零した門試に、威末は視線と指先で納屋の隅を指し示して見せる。
示された納屋の隅の一角には、大小の木箱や家具類等が雑多に寄せて積まれている様子が見えた。
「何かありそうだ、例えばこの下」
言いながらそこに近寄り、並び積まれた木箱や家具を、押してどけに掛かる威末。門試それに続き、二人はそれ等を押して退けてゆく。
「――こりゃぁ」
そして現れ見えた物に、門試は声を零した。木箱類を退けたその下から出て来たのは、地面に作り作られた扉。威末がやや重々しいそれを開き開けると、その先に地下へと下る階段が姿を現した。その先の薄暗い地下空間には、さらにもう一つ扉が設けられている様子も見える。
「地下倉庫か何かですかね?」
「そんな所だろう。調べよう」
「陰気だなこりゃ……」
お世辞にも明るい雰囲気には見えない地下空間に、少し嫌そうな顔で零す門試。
両者はサスペンダーに装着したL型ライトを灯し、階段を下りその先の設けられた扉の前へと立つ。
「俺が先に行く、援護を」
「了」
威末が先に立ち、その後ろで門試がMINIMI軽機を構えて援護態勢を取る。
「GO」
そして発すると同時に威末は扉を蹴破り踏み込んだ。扉の向こうへ踏み込むと同時に銃口を上げて構え、警戒の目を走らせる威末。
「――これは」
しかし直後に威末は、その目に飛び込んで来た光景に、思わず声を零した。
「ひぃ……!」
「ッ……!」
威末の眼に映ったのは、四方10m弱程の地下空間。暗い空間を申し訳程度に、灯されたランタンが照らしている。
そしてそこには、およそ2~30名程と思われる人々の姿があった。それ等のほとんどは女あるいは子供、そして数人の怪我人と思しき男女の姿が見える。一様に身を寄せ合っている女子供達のその眼には警戒、あるいは怯えた様子が浮かび、踏み込んで来た威末等にそれ等が集まる。
「くッ!」
「ッ!」
そして女子供の中より一組の男女が出て来る。男は剣を、女は短剣を手に構え、女子供達を庇うようにその前へと立つ。見れば男の方は、片腕を負傷していた。
「まずい……!」
「剣を……!」
さらに空間の各所には、横たわる怪我人らしき数人の男女が見える。彼等は、その怪我にも構わず武器を手繰り寄せ、立ち上がろうとする様子を見せる。
「おっと――待った、待ってください。私達はあなた方に害成す者ではありません」
そんな動きを見せた彼等を前に、威末は声を上げた。
小銃を降ろして、両手を掲げ上げるジェスチャーで彼等に制止を求め、そして自身等が危害を加える者では無い旨を発する。
「え……?」
そんな威末の訴えに、身を寄せ合う女子供達の中から反応の声が聞こえ来る。
「私達は、外で活動中の武装集団とは無関係です。どうか落ち着いて」
続けてその場の彼等に要請する威末。威末のその言葉に、その場にいた彼等彼女等からは、先とは別種のざわめきが上がり始める。
「成程な。これが守んなきゃいけねぇものか」
そんな彼等彼女等を人眺めしながら、威末の背後の門試が言葉を零す。
「あぁ――皆さんは、この集落の方ですね?大丈夫です、私達は――」
その門試の呟きに返し、そして威末は彼等――おそらく集落の住民、村人達であろう人々に向けて、説明の言葉を再開しようとする。
「皆、鵜呑みにしちゃだめッ!」
しかしそんな威末の言葉を遮るように、唐突に声が上がった。声の主は、村人達の前に庇うように立った一人の女だ。彼女は短剣を握ったまま構えの姿勢を解かず、そして威末等を睨み続けている。
「外は商議会が差し向けて来た傭兵で犇めいているのよ?そんな中をたまたま、無関係の人間が訪れて、抜けて来たって言うの?――不自然過ぎるわ」
そして目の前の威末等と、背後の村人達の双方に向けて投げかける村人の女。
どうやら彼女は、威末等の発言が虚偽の者であり、その正体が村を襲っている傭兵の一派である事を疑っているようであった。確かに状況を鑑みればそう取られるのも無理のない事ではあった。そして女の訴えにより、村人達の眼にも再び警戒の色が浮かび、それが威末等に注がれる。
「困ったな――」
しかし実際の所は、本当に威末等と傭兵は無関係であり、そして彼女の発した言葉そのままに、偵察捜索隊は偶然集落が襲撃されている状況へ遭遇し、その中を交戦の末抜けて来たのである。
威末は少し困った表情を浮かべながら、その旨を再度説明し、理解を求める。
「そう油断させて、私達を始末する手間を少しでも減らすつもり?」
だが再びの威末の訴えも空しく、村人の女は取りつく島無いと言った様子で、そう言葉を返して来た。
「面倒臭ぇなぁ。じゃあ、どうしろってぇ?」
そんな折、威末の背後から別の声が聞こえ飛んで来た。
声の主は門試。威末の背後で片腕を翳し上げ、顰めっ面を作っている。頑なにこちらの説得を聞き入れる様子を見せない村人の女を、じれったく思った上で発せられたのであろう、荒んだ口調の言葉であった。
「ッ!」
そんな門試の荒い言葉は当然、彼女達の猜疑心をより刺激する結果となり、村人達は身構えて警戒の色をまた強くした。
「何をやってるんだお前は」
不適切な発言をした門試に、威末は若干の呆れ混じりの言葉で彼を咎める。
「ですがねぇ――これじゃ話が進みやしねぇ、いつまたドンパチになるかも知れねぇんだ」
しかし門試は引き続きの荒く、そして不服気な口調で訴える。
竹泉程では無いが、発言に皮肉が多く、そして若干配慮に欠ける傾向があるのが、この門試という隊員であった。
「配慮を考えろ配慮を――ここはいい、お前は上に戻って警戒に着け」
そんな門試を注意する威末。しかし、内にこの場を傭兵達が嗅ぎつけ、襲撃を掛けてくるかもしれない――その懸念に関しては一理あった。
各観点から、威末は門試に場を外させ、地上に戻り警戒に着くよう促す。
「はぁ、了解」
門試は依然不服そうに、溜息と共に了解の返答を返す。そして下げていたMINIMI軽機を構え直し、身を翻して背後の階段を駆け上がって行った。
「――すみません、隊員が配慮に欠ける言動を取りました」
門試を見送った威末は、村人達に向き直り謝罪の言葉を述べる。
「この状況です、疑われるのも無理はありません。しかし私達は、本当に外の武装集団とは無関係なんです」
「あくまでそれを貫こうっていうの?けど――」
そしてもう一度、自分等が傭兵と関わりの無い、危害を加える存在では無い事を解く威末。しかし村人の女もまた姿勢を崩さず、その口から突っぱねる言葉が発されかける。
「ゼリクス。少し待ちなさい……」
そんな村人の女の言葉を遮るように、その背後から声が聞こえ来たのはその時であった。
女や村人達は、声のした方向に振り向き視線を注ぎ、威末もそれを追う。その先、地下空間の奥側に見えたのは、横たわっていたのであろう姿勢から丁度起き上がろうとする、一人の壮年の男の姿であった。
「村長!」
「村長ッ!」
そんな壮年の男の姿を前に、村人達の中からいくつもの声が上がる。そして内の数人が、その体を起こそうとする壮年の男の元へ寄り、その体を支えた。
「気付かれましたか」
「少し前にな……」
村人達から村長と呼ばれた壮年の男は、言葉を交わしながらも、村人達の助けを借りてその背を近くの壁へと預ける。
「話も途中から聞いていた――そして見るにその人は、少なくとも、本当に傭兵とは無関係のように見える」
そして村長はに観察の眼を向けながら威末、そう発した。
「村長?しかし……!」
村長の口から発せられたその言葉に、村人の女は構えの姿勢と警戒は維持したまま、異を唱える言葉を発しかける。
「襲い来た傭兵の戦力は私達を遥かに上回る。私達を始末なり捕らえるなりしたいのなら、数と力に任せるが早い。口先で騙す必要など、そもそもないだろう」
しかしそんな村人の女を、村長は説いて宥める。
「少し、その人の話を聞きたい」
そして村長はそう発して威末に視線を向け、そして彼に向けて手招きの動作を向けた。
それを受け威末は、前に立つ男女を一度をチラと見てから、二人の横を抜ける。威末が踏み入って来た事で、身を寄せ合っていた村人達は自然に割れて道を作り、威末はそれを通って村長の前まで近づく。
「あなたが、ここの代表者ですか?」
そして威末は村長の前で片膝を付いて、村長に目線を合わせた上で尋ねる。
「えぇ、この草風の村の村長をしております、セノイと申します」
威末の尋ねる言葉に村長は自らの身分と名を名乗る。
「酷い怪我されてるようだ」
村長改めセノイの名乗りを聞いた威末は、そのセノイの姿を見ながら呟き零す。セノイの纏う衣服の腰に近い部分は、少なくない量の血が染み出し広がり、痛々しい赤黒い色で染まっていた。
「はは……戦える者を指揮していたのですが 、その最中に不覚を取ってしまいましてな。お恥ずかしい話だ……」
自らの怪我の理由を説明し、そして自嘲気味に笑って見せるセノイ。しかしその言葉尻には、苦痛の色が見て取れた。
「村長はその身で子供を庇ったんですよ……!不覚だなんて……」
そこへ背後から声が飛ぶ。先に村人達を庇い立った男女の内の、男の方だ。
「いい、ケルケ――して、話されていた傭兵と無関係というのは、本当の事と見える。するとあなた方は、旅の方か何かですかな?」
そんな村人の男を宥め、そしてセノイは威末に尋ねる言葉を掛ける。
「あぁ、名乗り遅れました――私達は日本国陸隊。私は隊員の威末といいます」
セノイの尋ねる言葉に威末は、組織名と自らの名を名乗って見せた。
「ニホン……国……?」
「……の、陸上部隊……?」
その威末の名乗りの言葉を、背後に立つ先の男女が、困惑混じりの声で反復する。二人は依然警戒の視線を威末に向けながらも、その顔に訝しむ色を浮かべていた。
「えぇ、私達は――」
そんな二人に振り返り、威末は自分達の正体の詳細を説明しようとする。
しかし直後、響き聞こえた銃声が威末の言葉を遮った。
「ッ――!門試、どうした?」
聞こえ来た発砲音に威末は小さく舌を打ち、そしてインカムを口元に寄せ、地上にいるであろう門試に向けて発報する。
《敵です!来てください!》
それに対して一拍置いた後に、門試からの端的な報告と要請の言葉が、インカム越しに返される。
「了解――皆さん、ここを動かないでください!」
セノイ始めその場の村人達は、突如聞こえ来た異質な音と、何より突然一人で声を上げた威末に驚き、騒めいていた。しかし威末はそれを気に留めずに、村人達に向けて忠告の言葉を上げると、身を翻してその地下空間を駆け出した。