―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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10-4:「Distorted Flight」

 ほぼ同時刻。

 場所は月読湖の国、スティルエイト・フォートスティートの隊宿営地。

 宿営地の一角に設けられた臨時ヘリポートでは、そこに駐機されたCH-47J輸送ヘリコプターを中心として、陸空の各隊員が急かしく動き回っている。

 現在隊が介入している紅の国の草風の村は、その被害及び今後に予想される再度の襲撃から、さらなる支援及び防護迎撃戦力の増強を必要としていた。

 その一環として現在この場では、輸送ヘリコプターを草風の村へ向けて発出するための準備が進められていた。

 

「「………」」

 

 そんな準備作業の進む臨時ヘリポートの端に、ディコシアとティの兄妹の姿があった。二人は鎮座するCH-47Jと周辺の光景を、どこか唖然とした様子で眺めている。

 

「――お二人とも、準備は大丈夫ですか?」

 

 そんな二人の元へ声が掛けられる。二人が声に反応して視線を移せば、そこには二名の隊員の姿があった。現在の隊の実質的指揮官である井神と、少年とも見紛う体躯容姿の隊員、鷹幅であった。

 

「ひぇ?あ、はい」

「あぁ、できてます――といっても、大したことはしていないけど」

 

 二名の内の井神が発して掛けた声に、ティは戸惑いつつ反応し、ディコシアは手から下げていた荷袋に視線を落としながら返して見せる。

 ――隊は、草風の村に対する各支援活動を行う上で、草風の村とフォートスティートの宿営地を、彼等の転移魔法能力で結び、輸送、連絡のためのアクセスを開通させる事が効果的であると判断。ディコシア達兄妹に、再びの協力の要請を申し出た。

 それをディコシア達は承諾。

 そして兄妹は転移魔法設置を草風の村へ設置するために、これより発される応援に同行し、輸送ヘリコプターで村へと向かう事となっていた。

 

「お二人とも申し訳ありません。ただでさえ色々ご協力いただき、ご迷惑をお掛けしている上で、さらに国外への同行までお願いする事となってしまい」

 

 出発の準備は完了している旨を告げた二人に対して、井神は礼と謝罪の言葉を発する。

 

「いえ、構いません。遠地であっても、転移陣の設置さえできれば、すぐに帰って来れますから」

「むしろ設置しにいくまでが大変だからね~。それがそっちの乗り物で送ってもらうと、あっという間だったし――なんか、これまでで一番この魔法活用できてるカンジ」

 

 井神の言葉に対して、ディコシアはそれ等に支障無い旨を。そしてティは先日に、隊が制圧した野盗の根城に車輛で送ってもらい、転移魔方陣を接地しに向かった件を思い返してどこか気分よさげに発する。

 

「それに、こっちも色々してもらってるしね」

「昨日は、建付け直してもらったもんね」

 

 続けて、二人はそう言葉を紡ぐ。

 現在、スティルエイト家の所有領であるフォートスティート内に長期駐留、及び協力を要請している隊。その迷惑料ではないが、隊はスティルエイト家側に対して大は支援から小は細かな手伝いまでを、可能な範囲で提供していた。

 そしてそれ等は、ディコシアやティ達に行為的に受け止められているようであった。

 

「そういっていただけると、助かります――さて、間もなく出発となります」

 

 二人に対して礼を言った井神は、それから腕時計に目御落し、続けて準備の完了に近づく輸送ヘリコプターの方へ目を向けて発する。

 

「向こうまでの空路間は、この鷹幅二曹をお頼りください――鷹幅二曹、お二人を頼む」

 

 井神は隣に立つ鷹幅の姿を示して促し、そして鷹幅自身に発し委ねる。

 

「了解です――ではお二人とも、搭乗をお願いします」

 

 鷹幅は井神の言葉に返すと、ディコシアとティに求める言葉を発する。

 

「あ、あぁ。はい――しかし……」

 

 そんな要請の言葉に返事を返しながらも、しかしディコシアはそこで戸惑う様子を顔に浮かべる。

 

「飛ぶんだよね……今から……」

 

 続けて零すティ。

 そして二人は視線の先に鎮座する、今から乗り込む事になるCH-47J輸送ヘリコプターを、神妙な面持ちを作りその目に収めた。

 

 

 

「各計器表示異常無し、操縦系動作良し――離陸準備良しだ」

 

 CH-47J輸送ヘリコプターのコックピットでは、離陸飛行を控えての各種確認が行われていた。各所各部位に問題が無い事を確認し、副機長の維崎が報告の声を上げる。

 

「了解。得野、各員の退避は?」

 

 維崎の声に、機長の小千谷が返す。そして小千谷は続けて、コックピットの背後に控える機上整備員の得野に、尋ねる声を発する。

 

「完了しています」

 

 それに対して得野は、それまで臨時ヘリポート上の機体周辺で作業活動を行っていた各隊員が、すでに退避を終えている旨を告げる。

 

「よし、エンジン始動する」

 

 得野からの安全の確認を得た小千谷は、発し、そしていくつかの操縦系を操作。それによりCH-47Jがその機体上に備える、二つのエンジンが始動された。

 エンジン始動により、機体の持つ二つのローター、六枚のブレードがゆっくりと動き出し回転を始める。回り始めたローターは徐々にその回転速度を上げ、ヒュンヒュンという風を切る音が鳴り始める。そして程なくして風を切る音は轟音へと変化。激しい回転運動へと変わった二つのローターから発生する風圧が、砂埃を巻き上げ始めた。

 

「問題無し」

 

 エンジンが始動され、各種動作に問題が無い事を確認し、その旨を声で示す小千谷。

 

「小千谷二尉」

 

 そこへコックピット内へ、小千谷を呼ぶ声が聞こえ来る。小千谷が振り向けば、背後貨物室からコックピットに顔を出す、鷹幅の姿がある。

 

「搭載物資異常無し。各員、及び同行される二名も、着席を完了しています」

 

 小千谷に向けて報告の言葉を紡ぐ鷹幅。

 鷹幅は、今回の空路行程の間、移送される隊員及び物資の監督。そして同時に移送される、協力者であるディコシア達の引率を任されていた。

 その鷹幅の報告を聞いた小千谷は、同時に背後貨物室へと目を向ける。

 機体貨物室内はその大半が積載された多量の物資で占められ、わずかに余裕の残されたスペースには、数名の隊員と、そしてディコシアとティが座席に着席している姿がある。

 ディコシアのティに関してはその顔を緊張で染め、体を固くしている様子が傍目にも見て取れた。

 

「了解――オールオーケー、離陸に問題無しだ」

 

 鷹幅の報告と機内の様子から、小千谷は離陸準備が万全である事を確認。

 それを言葉にしながら、コックピットへ向き直る。

 

「おい、今度は俺が飛ばす」

 

 そこへ小千谷の横からぶっきらぼうな声が飛ぶ。コ・パイ席に座る維崎の物だ。

 それは、先日のフライトでは操縦補佐に終始していた彼の、今回は自身が操縦を行う事を訴える言葉であった。

 

「別にいいが――今回はお客さんもいる、ヘタはうつなよ」

「言われるまでもない」

 

 維崎に対して茶化すように言葉を飛ばす小千谷。それに対して維崎は、操縦桿を握り手元の計器類を操作しながら、仏頂面で静かに返した。

 

「頼むぞ――離陸する」

 

 そんな維崎に小千谷は一言発すると、背後の貨物室にも届く声で、離陸の旨を発し上げる。

 同時に維崎が操作により、始動していたエンジンのパワーをさらに上げる。

 激しく回転していた二つのローターは一層その度合いを増し、そして揚力を発生させる。揚力は、積載物された荷物を含めて20tに届く機体を持ち上げ、機体はふわりと浮かび上がった。

 

「っ!」

「ひぁ……!」

 

 機体の浮かび上がる感覚に、貨物室で座席に付いていたディコシアとティは、顔を強張らせ、または思わず声を零す姿を見せる。

 

「50フィートまで上昇。方位は020」

「020、了解」

 

 コックピットでは小千谷が指示、指定する声を上げ、維崎は端的にそれを復唱する。

 機体が上昇し一定高度まで達した所で、維崎はエンジンパワーを調整して上昇を止める。そして操縦桿、ペダル類等各操縦機器を操り、機体を旋回させる。

 

「020確認――行程開始する」

 

 維崎は、先に指定された方位を機体が向いた事を確認。そして操縦桿を倒す。彼の操作を反映して機体は前傾姿勢へ移行し、前進を開始。

 CH-47J輸送ヘリコプターは、目的地である草風の村を目指して航行を開始した。

 

 

 

 スティルエイト・フォートスティートの宿営地を発したCH-47J輸送ヘリコプターは、それから順調な航行を続け行程を消化。現在は、先日隊が制圧無力化した、野盗達の根城が置かれていた森へと到達し、その上空空域を通過中であった。

 そのCH-47Jの機内貨物室。その後方、ランプドアの付近には、そこに立ち眼下地上を眺める鷹幅の姿があった。彼の眼は、地上に広がる森及びその周辺地形の様子を移している。

 森の外には、現在も森の駐屯している隊の一部隊の車輛が少数。他に、いくらかの馬や馬車、そして地上で活動する人の姿が見て取れた。

 馬や馬車や人々は全て、先日隊が〝星橋の街〟を訪問した際にこの月詠湖の国より約束された、野盗の一件を引き継ぐための応援派遣部隊であった。森にはこの月詠湖の国の軍、及び警察組織である兵団や保安官が到着しており、現在は隊からの事態の引継ぎ、調整及び調査が行われている最中であった。

 そしてそんな地上の兵団の人間や保安官達の多数が、今は上空――飛行通過中のCH-47Jへと視線を向けていた。

 輸送ヘリコプターが森上空を通過する旨は、森に留まる隊を通じて彼等にも事前に通達周知されていた。その甲斐あってか地上の彼等に混乱などは見られなかったが、しかしそれでも、この世界には本来存在しない異質な飛行物体の飛来はどうしても注目された。

 輸送ヘリコプター機上の鷹幅からも、おそらく驚いているであろう地上の人々の様子が見て取れる。そして鷹幅の横では、同様にランプドアの傍に立つ航空隊の空中輸送員の三等空曹が、視線を降ろしそして地上の人々に手を振っていた。

 

「……この距離を、一瞬での行き来を可能にするのか」

 

 機が森の上空を通過し切った所で、鷹幅はそんな言葉を呟き零す。

 鷹幅のその呟きは、今現在スティルエイト家からの協力を得て恩恵に預かっている、転移魔法能力について言及した物だ。

 フォートスティートの隊宿営地と野盗達の根城であった森との間は、車輛を用いても少なくない時間を要する距離がある。しかし双方に設置された転移魔法陣は、その間を文字通り一瞬で往来する事を実現した。鷹幅は飛行行路で宿営地と森の両点の、実際の距離を知った上で、改めて転移魔法という物が驚異的な物である事を実感したのだ。

 感心の含まれた呟きを零した鷹幅は、それから背後を振り向き、貨物室の大半を占める物資機材の、その向こうに目を向ける。

 

「ひぇぇ……」

「飛んでる……本当に……」

「しかも、かなり速くない……コレ……」

 

 そこにディコシアとティの兄妹の姿が見えた。

 鷹幅の感嘆した驚異的能力の持ち主であるその当人達は、しかし今は座席に身を固くして落ち着かない様子で座している。そして機体の窓の外を流れる景色を目に映しながら、鷹幅のそれ以上の驚愕の色を、その顔に表していた。

 

「お二人とも、大丈夫ですか?気分など悪くなったりはされていませんか?」

 

 鷹幅は満載された物資機材の合間を縫って貨物室を渡り、そしてディコシアとティの二人の傍に歩み寄って、尋ねる声を発する。

 

「あ、えぇ……それは大丈夫です……」

「うん……正直、すっごく変な感じしてるけど……」

 

 鷹幅の尋ねる言葉に、落ち着かなそうな顔色ながらも、問題は無い事を伝える二人。

 

「ハァーッハッハッ。これはまたなんとも、不思議な光景だ」

 

 そんな所へ、異質な笑い声と言葉が飛んで聞こえ来たのはその時であった。

 

「え?」

「ほへ?」

 

 唐突に聞こえ来たそれに、ディコシアとティ、そして鷹幅も声を辿り視線をそちらに向ける。

 そしてディコシア達の座る座席の、対面より少し横にずれた位置。そこの座席に座す、一人の隊員の姿が目に入った。

 目を引くのは、多くの陸隊隊員の戦闘服とは異なる、黒寄りの灰色を基調とした独特の迷彩戦闘服。そして何より、不気味な笑みを浮かべる大変に胡散臭そうなその顔。

 〝多用途隊〟の隊員、旗上多士長であった。

 

「空間を飛び越える事を可能とする、摩訶不思議な術を持つ君達――だというのに、空を飛ぶ事にこうも初々しい姿を見せてくれるとは」

 

 何の真似なのか、異様に芝居掛かった口調で、そして何やら面白そうに声を弾ませ、ディコシア達に言葉を投げ掛け紡ぐ旗上。

 

「えっと……だってねぇ……?」

「そうは言われても、転移魔法とはまるで感覚が違うからな……」

 

 そんな旗上とその言葉を前に、ディコシアとティは戸惑いながら自身の抱いている間隔を口にする。

 

「旗上多士長、配慮を考えろ。お二人にとってもまた、航空機は異質な未知の体験、困惑されるのは当然だ。揶揄うような真似はやめろ」

 

 困惑しているディコシア達に代わり、鷹幅が旗上に対して、少し厳しめの口調で咎める言葉を送る。

 

「こぉれは失敬失敬。誤解しないでくれたまえ。この摩訶不思議な世界に住まう人々にも、私達同様に未知があり、そして驚愕し感嘆する。――その事に私も少しばかり驚き、そして共通の感覚を持つという事を、うれしく思ったのだよ」

 

 しかし咎める言葉をさして気に留めた様子も無く、旗上は変わらぬ胡散臭い芝居掛かった口調で、ディコシア達に向けて説明の言葉を紡いで見せる。

 

「は、はぁ……」

「そ、そうなのか……」

 

 そんな旗上を前に対するディコシアとティは、困惑、というよりも若干引いた様子を見せていた。

 

「お前の心内などどうでもいいが――それよりも、その気味の悪い言い回しをするなと、お前は後何万回、私に言わせる気だ?」

 

 そこへ淡々とした、しかし不快感がありありと現れた声が上がる。

 各々は声を辿り視線を移す。そして旗上の対面に位置する座席。そこに座す、古い形式の迷彩戦闘服を纏う古参の隊員の――讐予勤が、その主であると判明する。

 

「鬱陶しい台詞に、何よりお前のその顔。不快以外の何物でもない」

 

 讐はその印象の悪い陰湿そうな顔を、どこか白けた、それでいて険しい形に顰め、旗上に向けてその言葉を刺すように投げつける。

 

「ハッハッハァ。讐、君と比べて見れば、どちらにおいても優雅であるとすら、私は自覚しているがねぇ」

 

 しかし刺すようなその言葉に旗上は、わざとらしく仰々しく笑い上げ、そして煽るように言葉を返して見せた。

 

「機上から叩き落とされたいのか」

 

 煽りを受け、陰湿そうなその顔に讐は若干の凄みを利かせて、旗上に向けて静かに告げる。

 

「讐予勤ッ、旗上多士長も、それくらいにしておくんだ。お二人にいらない不安感を与える」

 

 讐等の間を往来する異質なやり取りを、そこへ鷹幅が間に入って強引に遮り止める。そして鷹幅は、依然として引いた様子のディコシア達の存在を示し、咎める言葉を発する。

 

「おーっとお、失礼。あまり愉快でない演目となってしまったようだぁ。お詫びに、一つ心躍る物語でも語り紡ごうかぁ――」

「いやいい!静かに、着席していろ!」

 

 鷹幅の咎める言葉を受けて、ディコシア達に向けて非礼を詫びる言葉を発した旗上は、しかし次にそんな提案を口にする。そして何か旗上はその口から、改まって語り始める様子を見せたが、直後に鷹幅が慌ててそれを差し止めた。

 

「ハーハッハァ。退屈を凌ぐに良い語りがあるのだが、残念だぁ」

 

 旗上は言葉と裏腹に、変わらずの胡散臭い口調でそう発する。そして対面の讐は、呆れの混じった顰め面で、「フン」と一言吐き捨てた。

 

「はぁ……お二人とも失礼しました。この者等の事は、気にしないでください」

 

 異質なやり取りの往来が終わり、機内貨物室を支配していた歪な空気が一応の鳴りを潜めた所で、鷹幅はディコシア達に向き直り謝罪の言葉を述べる。

 

「到着までにはまだしばらく掛かります。何かあれば、遠慮なく声をお掛けください」

「あ、えぇ」

「あ、はい」

 

 そして二人にそう断り、付け加える鷹幅。すこし戸惑いがちに返された二人の返事を聞くと、鷹幅はその場を発ってコックピットの側へと向かって行った。

 

「……なんか、すごく変な人達だね……」

「あぁ……」

 

 それを見届けた後に、ディコシアとティは讐等の姿を盗み見ながら、互いにしか聞こえない声で呟き交わし合った。

 

 

 

 コックピットでは機長の小千谷と副機長の維崎が、操縦及び補佐等役割を担い、CH-47Jを事前に割り出した航路に沿って、飛ばし運んでいる。

 

「小千谷二尉、間もなく国境です」

 

 そこへ鷹幅が貨物室より顔を出す。そして鷹幅は、機が程なく国境線を越え、隣国空域へ入る事を報告する。

 

「あぁ、確認してる。――各員、間もなく国境線を越える。警戒態勢厳に」

 

 それに返す小千谷。

 隣国、紅の国が不安定な情勢状況にある事は小千谷等も聞き及んでおり、小千谷は返事の後にヘルメット備え付けの無線を用いて発報。機内の各ポジションで警戒監視に当たっている、航空隊の各搭乗員の隊員に、いっそうの警戒姿勢に移るよう告げる。

 

「お客さんの様子はどうだい?」

 

 発報の後に、小千谷は続けて鷹幅に、お客――ディコシア達の状態を尋ねる。

 

「やはり緊張はされていますが、気分などは悪くされていないようです」

「それは良かった。引き続き頼むよ」

「は」

 

 返された鷹幅の大事無い旨の報告に、小千谷は零し、そしてお客のディコシア達を引き続き任せる鷹幅に任せる旨を発する。鷹幅はそれに了解の返事を返すと、貨物室へと引いて戻って行った。

 

「こんな単調で退屈なフライトで緊張を楽しめるとは、うらやましい事だ」

 

 鷹幅がコックピットを去った直後に、コ・パイ席の維崎からどこか皮肉気な声が上がる。

 操縦操作を機体状況に応じて、無駄の無い動作で正確に行い、そしてコックピットの風防越しに周囲へ油断のない視線を向けている維崎。しかし維崎は同時に、その顔に酷く退屈そうな色を浮かべていた。

 

「ははっ。音速を越えて飛んでいた人間は、言う事が違うな」

 

 そんな維崎の零した言葉に対して、小千谷は少し揶揄うような口調で返す。

 

「お前、聞いてるぞ。T-2改を降ろされてヘリの課程に移されたそうだが、その姿勢で色々揉め事が絶えなかったようだな?」

 

 しかし小千谷はそれから一拍置いた後に、少し声色を真剣な物にして、維崎に向けてそう投げかけた。

 

「そんな事もあったか」

 

 自身の経歴について言及して来た小千谷の言葉に、しかし維崎当人は取り合い詳しく話す気はさらさら無いらしく、一言流すように返すのみであった。

 

「やれやれ――ともあれ、気を抜き過ぎる事はするなよ?」

「当然。退屈ではあるが、油断をする気はない」

 

 小千谷は少しの困り笑いを浮かべながら吐き、そして忠告の言葉を発する。一方それを受けた維崎は、操縦に意識を向けながらも、冷たく端的に返す。

 

「ならいいがな。頼むぞ」


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