―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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10-10:「狙う者を狙う」

 紅の国領内、露草の町。

 町の中心部にある、一軒の建物の前に一台の馬車が止まっている。それは一般に使われている荷馬車ではなく、丁寧な作りの要人用の馬車だった。

 

「まったく。いちいち魔王軍側に便宜を図らねばならんとは、面倒な事だ……!」

 

 その馬車の着ける建物の入口から、愚痴を漏らしながら一人の中年の男が出てくる。その男は、先日この紅の国商議会の長であるエルケイムと、密談を交わしていた人物。男の正体は、そのエルケイムと同じく商議会に身を置く、商議会議員であった。

 

「向こうの準備は進んでいるのか?」

 

 議員の男は、後ろから続く側近に尋ねる声を上げる。

 

「は。すでに警備隊に、準備配置を命じる伝達は出たそうです」

 

 交わさせる会話。それは先日画策された、勇者一行――すなわちファニールや水戸美達を、隣町の〝凪美の町〟にて捕らえる企みについての、首尾を確認する物であった。

 

「ならよい」

 

 議員の男は首尾が順調である旨にそう返しながら、停められていた馬車へと乗り込み、座席へ座る。

 議員の男達は、その勇者捕縛計画の音頭を取るために、これより凪美の町へと発つ所であった。

 

「出発してくれ」

 

 共に乗り込んだ側近が、馬車の前側に付いている小窓から御者に告げる。それを合図に、馬車はゆっくりと走り出した。

 

「……傭兵どもは町を出発した頃か?」

 

 少し窓の外の町並みが流れた所で、議員の男が口を開く。

 

「ええ、おそらくは。今夜には草風の村に到着し、再度襲撃を仕掛ける手筈となっています」

「まったく……一体どうなっているのだ。あの小さな村ごときに、一体何をやっているのだ?」

 

 側近の言葉を聞いた後に、顔をしかめ、文句を口にする議員の男。

 議員の男の言う村とは、すなわち草風の村。

 草風の村の襲撃は、商議会の彼等の手に寄り計画され、向けられた物である。その小さな村の口封じのための差し向けた襲撃の、成功の報を議員の男は何も疑う事なく待っていた。しかし、昨晩夜明け前に突如彼の元にもたらされたのは、差し向けられた傭兵が、反撃に遭い逃げ帰って来たという、信じがたい報であったのだ。

 

「その逃げ帰ってきた傭兵共の話によると……なんでも村に、村人とは違うおかしな者達がいたとか」

「おかしな連中……?」

 

 懐疑的な声を上げた議員の男に、側近が返す。しかしその言葉に、議員の男はより訝しむ色をその顔に浮かべる。

 

「聞き及んだ所によると、異質な魔法と怪物を操る者達だとか。傭兵共はそれらに退け返されたそうです」

「なんだそれは……?あの村の村長が術師か魔物使いでも呼び寄せたのか……?あやつの協力者はあらかた潰したつもりだったが……」

「草風村長を慕うものは国内にまだいくらか潜んでいますので、もしやという事も……」

「忌々しい。一応、目立たぬようにと、傭兵の数を制限したのが裏目に出たか……」

 

 議員の男は、苦々しい表情を浮かべ呟く。

 

「先にもお伝えしました通り、今晩の襲撃には、雇い寄せた傭兵隊の残り全てを差し向けました。腕利きも含みますので、今度は潰せるはずです」

「そう願う。これ以上、あの村に手間取る事はしたくない。早く紅風の街に帰りたいものだ」

 

 会話を交わす議員の男達を乗せた馬車は、やがて町の南側の城壁まで到着。

 城壁の門の近くには、数騎の馬が待機していた。軽装兵を乗せた軽騎兵――この国での名称を軽騎警備兵と呼ぶ騎兵が十騎程。そして騎手、馬共に鎧を纏った重騎兵――この国では重装警騎と呼ばれる騎兵の姿が数騎。いずれもこの紅の国の軍警察組織である、警備隊の警備兵達であり、今回は議員の男の乗る馬車を護衛するのが任務としていた。

 到着した馬車が一度停止すると、騎手達は馬を操り、馬車の前後に配置して隊列を形成していく。

 そして形成された隊列は町を出て、目的地である隣の町。凪美の町へ向けて出発した。

 

 

 

「……」

 

 町から数百メートル離れた地点。そこでオートバイに跨った新好地が、双眼鏡を覗いている。

 町から出て来る馬と馬車の隊列が、双眼鏡を通して偵察の目に映っていた。

 

「……ナッシャー1-2だ。出たぞ」

 

 そして新好地は、口許のインターカムに向けて、静かに発した。

 

 

 

 空模様は数刻前から機嫌を損ね出し、今は薄暗い雲が空を覆っている。そんな中、議員の男達を乗せた馬車とその護衛の隊列は、凪美の町へと続く道を進んでいた。

 

「しかし、魅光の王国の勇者か……小娘だというのに、ご苦労な事だな」

「あの……お言葉ですが、勇者に手を出すなど大丈夫なのでしょうか……」

「今更何を言う。我々は、いや、我が紅の国は魔王側と手を組もうとしているのだぞ」

 

 弱気な発言をした側近を、議員の男は半ば呆れ顔で叱咤する。

 

「それに――各国から勇者の一行が各地に派遣されているが、その内からは行方不明となる者も少なくないと聞く。魅光の王国のような、中途半端な大きさの国の勇者が消えても、今のご時勢さして騒ぎにはなるまい」

「それならば、よいのですが……」

「ここまで来て、臆病風に吹かれる事は困るぞ」

 

 以前不安な様子を見せる側近に、議員の男は再び釘を刺す。

 

「は。……して、勇者の娘に関しましては魔王軍に引き渡す事になりましょうが、仲間の娘二人はいかがいたしましょう?」

「護衛の騎士と、出自の不明な異大陸の娘だったか……?魔王軍側の要望次第だな。向こうがいらぬと言うのなら、適当に売り払い流してしまえば――」

「な……なんだあれは!?」

 

 そこまで交わされていた企みの言葉を、突如割り行った声が遮った。それは外の御者席で馬車を操る、御者の声だ。

 

「なんだ、どうした?」

 

 側近が御者席とを繋ぐ小窓より、外の御者に問いかける。

 

「う、後ろからおかしな荷車が……なんだありゃ、馬無しでうごいてやがる!」

「はぁ?」

 

 しかし御者から聞こえ来たのはそんな要領を得ない発言。それに側近は怪訝な顔を作る。

 

「何をおかしな事を……」

 

 同じく御者の声を聞き、議員の男も不可解そうに声を上げる。しかし――

 

《――こちらは、ニホンコクリクタイです。ただちにその場で停止し、こちらの指示に従いなさい》

 

 何か異質で大きな音声が、彼等の耳に聞こえ届いたのは、その次の瞬間だった。

 

「な……何だ今のは……!?」

 

 唐突に聞こえ来た異質なその音声に、議員の男もそこで表情を変えて、声を零す。そして議員の男は、馬車の側面に設けられた窓から、外へと視線を向ける。

 

「……な!?」

 

 その次の瞬間には、議員の男達も御者の心情を理解する事となった。

 隊列の右斜め後方に、緑色の荷車らしき物が見える。そして議員の男達が何に驚いたかと言えば、その荷車は引く馬も無しに動いている事。さらにはかなりの速度を出し、議員の男達の隊列を追いかけて来ている事にあった。

 

「なんだあれは……?」

 

 側近も窓に張り付き、隊列を追って来る異質な物体へ視線を向けている。

 

「は、反対側からも来てます!」

 

 御者の叫び声を聞き、側近は反対側の窓へと回る。左後方に、先の荷車より一回り小さい荷車が、同じように追いかけてくる姿が見えた。

 

《――繰り返します、こちらはニホンコクリクタイです。ただちに停止しなさい》

 

 そして再び異質な音声が議員の男達の元に聞こえ来る。

 

「止まれだと……?なんだ、賊か……?」

「前からも何か来てます!な、ば、化け物かありゃ!?」

 

 姿を現した異質な物の数々。そして停止命令に、側近達は狼狽え零す。

 並べられるそれ等の不穏な単語に、議員の男のその表情が強張る。

 

「ご、護衛の警備兵は何をしとる!?早く対処させんか!」

「は、はい!おい、各兵に対処させろ!」

「そ、それが……前の隊の者達も、狼狽えてるようでして……!」

 

 議員の男の命を受け、護衛の警備兵達に事態に対処させるべく、御者に指示を飛ばす側近。しかし御者からは困惑の声が返される。どうやら、隊列の前側に配置していた警備兵隊は、進行方向の先に現れた〝何か〟に狼狽し、適切な行動が取れていないようだ。

 

「う、うわッ!」

 

 そして御者からは、またしても狼狽の声が聞こえ来る。

 

「今度はなんだ!?」

「ま、前の兵がやられた……!く、糞……!」

 

 尋ねる側近の声に対して、三度の困惑の声が御者より返される。

 そして直後、馬車が揺れて、走る上で伝わりくる振動が微弱に増す。狼狽した御者の操作で、馬車はこれまで辿っていた轍を外れて走り出したようだ。

 

「な、何が起こっているのだ……!?」

 

 揺れの増した馬車の内部で、議員の男もまた再び困惑の声を上げる。

 

「お、落ち着かんか!どうなっているんだ!?」

 

 側近は、声を荒げて御者の男に尋ねる。

 

「こ、こっちに向かって来てる!う、うわ!兵を跳ね飛ばした!」

 

 しかし御者から返されるは、悲鳴に近い狼狽えの声。

 

「うわぁぁッ!く、来る……ッ!?」

「一体……何が――!?」

 

 そして極めつけの、御者の叫び声。 

 議員の男は、混乱しながらも再び窓より外を見る。

 ――そこで彼の目に映った物。それは馬車の前右方から、こちらへと突っ込んでくる異質な緑色の化け物。

 

「な――」

 

 議員の男がそれが何であるかを理解する前に、馬車の横っ腹に、その異質な化け物の鼻っ面が激突――。

 

「――おごわぁぁぁッ!?」

 

 次の瞬間、馬車全体に暴力的なまでの衝撃が走った。そして馬車の転地は傾き、議員の男達は地面と平行になった馬車内の壁に叩き付けられた。


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