―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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10-14:「Cavalry HuntⅡ」

「オイ自由ッ!真正面、そっちに突っ込んでくぞぉッ!」

 

 側方より警告の声が聞こえ来たのは、その時であった。

 声の主は竹泉。その言葉を受け、制刻と鳳藤は示された正面方向へ視線を向ける。そして視線の先に2騎の騎兵の姿を見止めた。

 

「あれは――」

 

 鳳藤はそこで言葉を零す。その迫る騎兵達は、これまでとは様子が違っていた。

 それまでの軽装であった軽騎警備兵とは違い、その姿は人馬共に堅牢そうな装甲装備に包まれている。警備隊の重騎兵――重装警騎だ。

 その重装警騎は、それまでの軽騎警備兵のような蛇行による回避行動は取らず、真っ直ぐに制刻等の方向へと向かって来ていた。

 

「踏み込んでくる気かッ!」

「ようだな。止めるぞ」

 

 制刻が発すると同時に、両名は発砲を開始。小銃より撃ち出された5.56㎜弾が、重装警騎の内の片方へと飛ぶ。しかし、直後に発生し聞こえ来たのは、いくつかの乾いた金属の衝突音。そして重装警騎は変わらず動き続けている。撃ち込まれた弾は重装警騎の纏う鎧に阻まれ、有効弾を出してはいなかったのだ。

 

「ッ……弾かれたのか!?」

 

 起こった事態を理解し、驚きの混じる声を上げる鳳藤。

 

「ストップだぜ、ウォオイッ!」

 

 そこへ独特の大声が。そして同時に連続的な銃器の射撃音と、三点制限点射の特徴的な射撃音が上がり聞こえ来る。見れば側方の竹泉、多気投等の側から、それぞれの装備火器による銃撃が行われている。

 しかし重装警騎達に向け注がれたそれらの銃火は、彼等の纏う鎧や、その手に持たれ構えられた大きな盾に阻まれ防がれ、決定的なダメージを生み出してはいなかった。

 そして銃撃を受けながらも、重装警騎達はその突撃の姿勢を揺らがせる事無く、制刻等の目と鼻の先まで距離を詰める。

 

「まずい――」

 

 迫る重装警騎の巨体と迫力。その姿に鳳藤は目を剥き、声を零す。

 

「チッ――飛べ!」

 

 同時に舌打ちを打ち、そして発し上げた。

 瞬発的に身を起こし、そして地面を蹴り、それぞれ左右に飛んで窪地を飛び出す制刻と鳳藤。

 直後、それまで両名が居た窪地を、重装警騎の内の一騎が強襲。その巨体は荒々しくその場を踏み、そして警備兵はその手の件を突き出し振るいながら、駆け抜けて行った。

 

「……ッ!危なかった!」

「舐めた真似してくれる」

 

 幸い、振るわれた剣は空を切り、両者に被害は無かった。

 それぞれ飛び退き退避した先で、制刻と鳳藤は各々言葉を上げながら、抜けて行った重装警騎を振り向き視線で追いかける。制刻等の展開範囲の内側へと踏み込んだ2騎の重装警騎は、速度を維持しつつ旋回する姿を見せている。内側から、こちらの態勢を撹乱する腹積もりらしい。

 そんな重装警騎達に向けて、各方より銃火が注がれ襲う。竹泉や多気投、そして後方の小型トラックでMINIMI軽機を操る策頼からの攻撃だ。各火器を動かし、旋回させて駆ける重装警騎を追いかけ照準、銃弾を注ぎ浴びせる各員。しかしそれ等はことごとく重装警騎の纏う鎧や盾に阻まれ、ダメージを生み出してはいなかった。

 その間に、重装警騎達は旋回行動を終える。2騎は散会し二手に割れていた。

 

「ッ!」

 

 その内の片方は、反転し制刻と鳳藤の方へ再びその進路を向けている。

 それを見止めた鳳藤はその場で立膝の姿勢を取り、小銃を構えて重装警騎に発砲、接近阻止を試みる。しかし虚しくもその銃撃もまた、厚い装甲に阻まれ有効打とはならない。

 そし重装警騎はあっという間に接近肉薄。馬の巨体と、馬上の警備兵が振るった剣が、再び駆け抜け両名を襲った。

 

「うぁッ!?」

「っとぉ」

 

 鳳藤は叫びながら飛び退き、吶喊を逃れる。一方の制刻は、今度は最低限場所を動かし身を捻り、容易い様子で攻撃を回避して見せる。

 

「ファーーオッ!?」

「チキショウがぁッ!」

 

 そこへ数秒の差で、側方より驚きと悪態の声が響き聞こえ来た。声を辿り見れば、その先に竹泉と多気投の、それぞれ飛び退く様子が見える。そしてその向こうには、走り去る重装警騎の姿。割れた2騎の内のもう片方は、竹泉等の方への襲撃を敢行したようだ。

 

「ヘェイッ!ちょいとオモシロクねぇぜぇッ!」

「ふっざけやがってッ!」

 

 幸い無事であった竹泉等から、文句や悪態の声が張り上げられ聞こえ来る。

 

「もっとガツンとした火力がいるぜ、オイッ!」

《他隊に火力支援要請を》

 

 そして竹泉から具申の声が、インカム越しには策頼からの進言の声が届き、各員の声が錯綜する。

 

「焦るな。他の隊も役割に手いっぱいだ。俺等だけで、どうにかはっ倒す」

 

 しかし制刻はその各方に向けて、そんな旨の言葉を発し促した。

 

「余裕ぶっこいてる場合かよ!?」

「竹泉。オメェはハチヨン用意しとけ」

 

 竹泉からは苦言を呈する言葉が寄越されたが、制刻はそれに対して、無反動砲を用意する要請だけを返す。

 

「おい!また来るぞッ!」

 

 そこへ横から鳳藤の声が飛ぶ。彼女の視線を追えば、先程抜けて行った重装警騎が再度の旋回反転を終え、こちらへ迫る姿が見えた。

 

「くッ!」

 

 苦々しい声を零しながら、鳳藤は迫る重装警騎に向けて小銃を構え向ける。

 

「やめとけ。意味がねぇようだ」

 

 しかし制刻がそう発し、鳳藤の発砲を差し止めた。

 

「だからって――じゃあ、どうする!?」

 

 射撃を止められた鳳藤は、迫る重装警騎を睨みながら、焦る声で問いかける。

 

「しゃぁねぇ。ちょいと億劫だが――やるか」

「は――?」

 

 問いかけに対して、制刻はそんな言葉を返した。しかしその意図が読めず、鳳藤はやや呆けた声を上げる。

 そんな鳳藤をよそに、制刻は動きを見せた。数歩歩んで鳳藤の前に出ると、そこ場に立ち構える制刻。そこは位置関係的に、迫る重装警騎の進路上――真正面だ。

 

「え……お前、まさか――!」

「ちょいと避けてろ」

 

 そこで制刻の動きの意図を察し、鳳藤は目を剥き声を上げる。しかし鳳藤のその声を遮るように、制刻は視線を前方に向けたまま、促す言葉だけを鳳藤へ掛ける。

 その間にも重装警騎は距離を詰める。立ち構えた制刻を見止め標的と定めたのか、真っ直ぐにこちらへと向かって来た重装警騎は、ついには制刻の直前に迫る。

 

「ぬぉい自由ッ!?」

 

 回避の様子も見せない制刻の姿に、そこで竹泉からも声が上がる。

 装甲で覆われた馬の巨体が、自動車並みの速度で制刻へと突っ込んだのはそれと同時。――そして、鈍い衝突音が響き上がった。

 その様子を見ていた竹泉等、そして警備兵達の誰もが、その音が制刻が重装警騎に跳ね飛ばされた音である事を想像し、覚悟あるいは確信した。

 

「――ッ!?」

「――はぁッ!?」

 

 しかし直後に、各々はまったく別の理由で驚き、そして目を剥いた。

 各々の視線の先には、依然として立ち構え、健在である制刻の姿が見える。

 

「――よ。っとぉ」

 

 一言呟き零す様子を見せる制刻。

 そして同時に各員の眼に飛び込んで来たのは、制刻に〝押し留められた〟馬の巨体であった。

 制刻は片腕を翳し上げ、馬の首と胴の境目付近を掴み、馬のその巨体を悠々とした姿勢で押し留めていた。それまで出していた速度勢いを強制的に、そして完全に止め殺され、馬はその体を制刻の片腕に持ち上げられて、宙に浮いている。

 加えて見れば、馬上には騎手である警備兵の姿が無い。視線を移せば宙空に、突然勢いを殺され失った馬上より放り投げ出され、放物線を描いて舞う騎手の姿が見えた。そして彼は次にはその先の地面に叩き付けられ、纏う鎧のぶつかる音を響かせた。

 

「硬ぇの一体、無力化だ」

 

 制刻は端的に発しながらも、持ち上げられ大きく身悶えしている馬の体を、なんともない軽々とした様子で支えている。

 常識で考えれば、人の何倍もの体重と速度を持つ馬の突進を、人一人が受け止められる物では到底無い。

 しかし、制刻は常識の外れそれを成して見せた。

 

「で、続くか」

 

 そんな制刻は、呟きながら視線を移す。

 見れば先より、もう一騎の重装警騎がすぐ側まで走り迫っていた。制刻等に向けて、2騎揃っての立て続けの攻撃を行う算段なのであろう。

 馬上の警備兵の手には、構えられた剣。そして愛馬が間合いに踏み込むと同時に、警備兵はそれを振るった。

 

「おぉう――」

 

 しかし、制刻はそれを、先の馬を片手に掴み支えたまま最低限かつ軽やかな動きで回避して見せた。振るわれた剣は空しく空を切り、制刻と重装警騎の位置は交差する。

 

「――らっ、と」

 

 瞬間、制刻は掴んでいた馬の体を、おもいっきりぶん回した。

 その軌道の先には、馬上の警備兵の体。そして馬の巨体は警備兵の体を襲い直撃。馬の体重は警備兵の首を圧して折り、微かな悲鳴のような音が零れる。そして絶命した警備兵は、そのまま襲い来た馬の巨体に襲われ、跨る愛馬に置いて行かれ馬上より落下。沈黙した。

 

「2体目、沈黙だ」

 

 二騎目の無力化を完了した旨を呟く制刻。

 そして制刻は、未だ掴み上げられ手の上で大きく身を捩る馬を、少し荒い手つきながらも放って降ろし、解放してやる。

 馬は少しふらつき迷う様子を見せた後に、あてどなく逃げ去って行った。

 それを一瞥した後に、制刻は身を翻して歩き出す。

 その先に見えるは、先程馬上より放り投げ出され、地面に落ちた警備兵。ダメージは少なくない様子の体で、しかしまだ戦う意思はあるのか、這い進みその先に落ちた剣に手を伸ばそうとしていた。

 

「よぉ」

 

 しかし、その行動は阻まれた。

 制刻はその警備兵の傍に踏み込むと、一言を発すると同時に、警備兵の体側に横蹴りを加えた。それは軽めの勢いであったが、しかし纏う鎧含め中々の体躯と重量を持つ警備兵の体を、易々と崩して無理やり仰向けにさせる。

 突然の出来事に、警備兵は鎧越しにも驚きの色を見せる。その警備兵に対して、制刻は間髪入れずに、頭部目がけて脚を踏み下ろした。

 

「コぇッ――」

 

 制刻の脚が叩き込まれ、ヘルムに覆われた警備兵の頭は曲がってはならない角度を向き、ヘルム越しに掠れた悲鳴が響いた。そして警備兵の力は支える力を失い、地面に沈んで動かなくなる。絶命し、沈黙した証であった。

 

「悪く思うな」

 

 止めを刺し、無力化した警備兵の亡骸に向けて、制刻は一言発する。

 

「――怪物め……!」

 

 そして、その制刻の背後で、鳳藤がそんな言葉を上げた。

 鳳藤に関しては、制刻のその身に備える常識外れのフィジカルについては知っていた。その上で、この結果も想像の範疇内では一応あったが、しかしそれでも驚愕に値する目の前の光景に、彼女はおもわずそんな一言を零したのであった。

 

「これで全部のようだな――オメェ等、問題ねぇか?」

 

 制刻は聞こえ来た鳳藤のその声には取り合わずに、周囲へと視線を走らせ、近辺にそれ以上攻撃を仕掛けて来る敵の姿が無い事を確認。そしてインカムを用いて、各員に尋ねる言葉を送る。

 

《問題ありません》

 

 策頼からは異常の無い旨の言葉が返って来る。

 

「あぁ、こっちもダイジョーブだずぇ!しっかし――スゲェ事したなぁ!」

「一体全体おめーさんってヤツはどーなってんだ!?」

 

 そして、多気投と竹泉等の方向からは、張り上げられた声が返されて来る。

 それは、制刻が重装警騎達を相手に見せた一連の行動に対する、呆れにも似た驚きの言葉であった。

 

「おぉし、そんじゃ再編成だ。ふっとんだ馬車んトコに、応援に向かうぞ」

 

 しかし制刻は尋ねる言葉には答えずに、これよりの行動を説明する言葉を発する。

 

「剱、行くぞ」

 

 そして背後の鳳藤に促し、歩き始める。

 

「あ、あぁ――」

 

 鳳藤はそれに戸惑いつつも答え、制刻を追った。


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