―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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10-16:「Radical Chainsaw」

 議員の男と拘束と、証拠品の可能性がある物の押収が行われる一方。周辺の一端では、警戒監視に着く一人の隊員の姿がある。

 

「はー、こりゃひでぇや」

 

 呟くのは、褐色肌と中性的な顔立ちが特徴の男性隊員の樫端。

 本来の所属は3分隊だが、今作戦では増強のために1分隊に加えられていた彼。そんな彼の呟きと視線は、彼の足元に横たわる、重々しい鎧を纏った警備兵に向けられていた。

 それは先の戦闘で隊側攻撃の餌食となった者の一人であり、見渡せば周辺にも、同様に倒れた人や馬の姿がいくつも見える。それ等の光景を、樫端は苦い表情で眺めていた。

 

「樫端、警戒はもういい。こっちを手伝ってくれ」

「あ、はい!」

 

 そんな所へ、樫端へ作業の応援を求める声が掛けられた。

 樫端は掛けられたその声に振り向き答え、そして身を翻してその場を離れようとした。

 

「?」

 

 彼が背後に気配を感じたのは、その瞬間であった。樫端は感じたそれに、自分の背後を振り向く。

 

「――え?」

 

 そこで彼の目に映った物。それは、先程まで横たわっていたはずの、鎧を纏う屈強な外観の警備兵が、自分の背後に立つ姿であった。

 

「――ぐぁッ!?」

 

 状況を把握するより前に、直後、樫端の腹部に衝撃が走った。警備兵より放たれた拳が、樫端を襲ったのだ。受身も取れない状態での攻撃に、男性の平均よりも小柄な樫端は宙に浮かび、地面に放り出された。

 一方の警備兵は隊員Bが怯んだのを見てから、自分の近くに落ちていた剣を拾い、手に取った。そして剣を手に、樫端へと歩み寄る。

 

「が……あぁ……!」

 

 腹部の鈍痛と混乱に襲われながらも、樫端は必死で這いずり、重装騎兵から距離を取ろうとしていた。そして同時にどうにか小銃を構え、警備兵にその銃口を向ける。

 

「あッ!」

 

 しかし引き金を引く前に重装騎兵の剣が払われ、小銃は樫端の手より弾き飛ばされた。

 

「ぐ、嘘……」

 

 苦し気な声で零し、顔を顰める樫端。

 警備兵はそんな樫端に迫る。そして剣を大きく振り上げ、樫端の体を貫くべく、それを振り下した――

 

「樫端ッ!!」

 

 だが瞬間、樫端の名を呼ぶ声が上がる。同時に、金属が同士がぶつかる音が響いて上がった。

 

「!?」

 

 樫端の目に映ったのは、体勢を崩して大きくよろめく警備兵。

 そして横から割り入り現れた、策頼の姿だ。

 策頼の両手にはチェーンソーが持たれ、チェーンソーは起動して歯を回転させ、唸り声を上げている。策頼は、警備兵をチェーンソーで横から叩き殴ったのだ。

 

「策頼……!?」

「逃げろ、ここから離れろッ!」

 

 現れた策頼のその姿に、苦しみ混じりの驚きの声を上げる樫端。対する策頼は、警備兵の姿を睨みながら、背後の樫端に向けて離脱を促し発し上げる。言われた樫端は痛みの続く体をなんとか起こし、よろめきながらもその場から離れていった。

 一方、突然の衝撃により、よろめきながら数歩下がった警備兵は、しかしすぐに体勢を立て直して見せる。生身にチェーンソーが当たっていれば大惨事になっていただろうが、鎧に阻まれ警備兵ににダメージは見られない。

 そして警備兵は体勢を立て直し、新たに現れた策頼を標的とし、剣を振るい上げ切りかかって来た。

 

「野郎――ッ!」

 

 だがその剣が振り下ろされるよりも先に、策頼は警備兵に向けて踏み切り突っ込んだ。

 そして、剣を握り振り上げられる警備兵の右腕を狙って、チェーンソーを掲げ薙ぐ。薙がれたチェーンソーは警備兵の篭手に命中し、回転する刃が接触し、ガリガリという音が一瞬響く。そしてその衝撃で警備兵の右腕は跳ね除けられ、その手から剣が離れて落ちた。

 さらに策頼はそのままチェーンソーを一度引いて戻すと、間髪入れずにその刃を警備兵の体の正面におもいきり叩き付けた。

 

「おぉぁぁぁぁッ!!」

 

 策頼の雄叫びと、チェーンソーの刃が鎧を引っかく音が盛大に上がり、そして火花が散る。接触は数秒続き、その後に両者は離れ、距離を取った。

 

「無理か――だろうとは思っていたが」

 

 警備兵を睨み、静かに発する策頼。

 チェーンソーは警備兵の鎧に傷をつけただけで、警備兵本人にはダメージを与えられてはいなかった。そもそも、チェーンソーで白兵を挑んだこと事態、樫端を救うためのその場しのぎの行動でしかなかった。

 策頼は、態勢を整え仕切り直すべく、後退することを頭に浮かべる。

 

「――ッ!?」

 

 しかしそれを許さんとばかりに、警備兵が行動を起こした。警備兵は、剣を失い丸腰であるにもかかわらず、策頼目掛けて吶喊の声をあげながら仕掛けて来た。

 

「――イィぁぁぁッ!」

 

 策頼はそれに対応。チェーンソーを突き出し再び警備兵の鎧にぶつけ、金属音が鳴り響き火花がまたも散った。加えられた衝撃に、警備兵はよろめき数歩後退する。しかしその姿に、戦意が衰える色は見えなかった。

 勇敢。いや、警備兵には先の戦闘による負傷の様子が見え、その影響により感覚が麻痺しているのかもしれない。

 

「クレイジー――」

 

 そんな警備兵を前に、策頼は呟き零す。一方の警備兵は、再度の突撃の姿勢を見せる。

 

「ッ――!」

 

 埒が明かない、だが鎧を貫く術もない。そう思いつつ身構えようとした策頼は、しかし瞬間、一箇所に突破口を見つけた。

 

「!――そこだぁッ!」

 

 そして策頼はチェーンソーを突き出し、今まさに突撃してきた警備兵のその頭部、

ヘルムの目の部分の開口部向けて突き込んだ。

 チェーンソーの刃は、一度ヘルムの開口部の縁に引っかかるが、策頼は構わずさらに強引にチェーンソーを押し込む。

 そしてチェーンソーの切っ先はヘルムの内部、重装騎兵の顔面に到達――

 

「ッ――!ぁ――ごがぁあばががががあッ!?」

 

 ――ヘルム越しに、警備兵の歪な悲鳴が上がった。

 ヘルムの内部でチェーンソーの切っ先が暴れる。警備兵の顔面は、回転するチェーンソーの刃により掘り起こされ、かき乱されていく。

 

「あぁああぁぁぁッ!!」

 

 策頼は咆哮を上げながら、差し込んだチェーンソーを、警備兵の頭部を掻き回すように動かす。警備兵の体は激しい痙攣を見せ、ヘルムの開口部からは血や肉片のような物が噴き出し、策頼の身を汚す。

 

「か……はば……ぁ……」

 

 やがて警備兵はヘルム越しに声、いや音を零しながら、地面に膝を突いた。

 そこでようやく策頼は、警備兵のヘルム開口部からチェーンソーを引き抜く。支えを失った事により、警備兵は倒れ、地面にその体を沈めた。

 

「ッ――はぁ……ッ――」

 

 策頼は未だ唸るチェーンソーを降ろし、不安定な呼吸の様子を見せながら、足元に伏した警備兵の体を見下ろす。

その時、苛烈なぶつかり合いの終了を見計らったかのようなタイミングで、陰鬱な色の空が雨粒をばら撒き始めた。

 周辺が雨水で滲み出す中、策頼は高揚かた戻らぬ意識と、血走った眼で死体を見つめ続けている。最初に警備兵を殴ってからの経過時間はほんの数十秒だったが、策頼にとってはとてつもなく長い時間に感じられた。

 

「策頼――おい策頼」

 

 そこへ声が掛かり、そして策頼の肩を何者かが掴む。それにより、策頼の意識は引き戻された。

 

「……自由さん」

 

 振り向けば、策頼の背後には制刻の姿があった。さらに周囲には、鳳藤や竹泉等、駆け付けて来た4分隊の隊員等の姿がある。

 

「うっぇ――何やらかしてんだお前はよぉ!?」

 

 内の竹泉が、その場の惨状に苦言を吐く。

 策頼の周囲には、警備兵から撒き散らされた血や肉片が散乱し、チェーンソーは血まみれ。そして策頼本人も、顔や迷彩戦闘服の肩周りが返り血で染まっていた。

 

「策頼……お前、顔に……」

「え?」

 

 続け今度は、鳳藤がやや青い顔で策頼の顔を示す。

 言われ策頼は、頬の辺りになにかが張り付いているような違和感を感じた。手を当ててそれを掴み取ってみると、それはなにが白い物体だった。

 

「あぁ――目玉だ」

 

 最初、それが何か判別がつかなかったが、よくよく見るとそれは人間の眼球の欠片であった。おそらく警備兵の物であろう。

 

「うげぇ……おぃ、おかしいんじゃねぇかマジで!?」

「急だったんだ、仕方が無かった――樫端は?」

 

 顰め面で発せられる竹泉の言葉。それに対して策頼は倦怠感の混じった声で返し、そして先に逃がした樫端の安否を尋ねる。

 緊張と興奮が一気に解けた影響か、策頼は酷くしんどそうだ。

 

「ヤツなら、大事はねぇ。お前ぇこそ、怪我はねぇか」

 

 尋ねる言葉には制刻が答えた。続け制刻は、策頼自身に尋ねる言葉を返す。

 

「えぇ――たぶん」

 

 策頼はそう言うが、返り血まみれの彼の見た目では、負傷しているのかどうか判別がつかない。

 

「こんな血まみれで分かるわけねぇだろが」

「念のため、よく確認しろ。その物騒なモンは置いてな」

 

 竹泉は顰めた顔で呆れた声を発する。そして制刻は策頼に促し、その手からチェーンソーを引ったくるように預かる。

 

「竹泉。一応、付き添って行け」

「あぁ、へぇへぇ。ほれ行くぞ策頼」

 

 制刻の言葉を受け、竹泉は気だるげな声で了承し、そして策頼に促す。

 策頼と竹泉は、その場を離れて車輛の方向へと向かって行った。

 

「これは……凄いし酷い……」

 

 そんな二人を見送った後に、鳳藤が足元に広がる凄惨な光景に、目を落して呟く。

 

「観察はそこまでだ。他にくたばってる奴等の、息を確認したほうがいい」

「ああ……そうだな。私は西側を見てくる」

 

 しかし制刻は周囲の再確認、確実な安全化を行う必要性を言葉にする。

 鳳藤もそれに賛同。凄惨なその場より立ち去りたいと言う内心もあったのだろう、足早にその場を離れて行った。

 一方、制刻はすぐにそこから移動することはせず、先程策頼からひったくったチェーンソーに視線を落とす。

 

「――工具類か。中々、使えるかもな」

 

 そして微かにその不気味な顔に笑みを作り、一言呟いた。


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