―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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11-3:「先入観と油断」

 それから三人は町の市場へと出て、買出しに取り掛かった。この町を出れば、しばらく物資の補充はのぞめなくなるため、二手に分かれて、必要なものを負担にならないギリギリまで買い集めて回る。

 

「よし、薬の類はこんなところかな?」

 

 そして今、薬品店の建物から、ファニールと水戸美が出てきた所だった。いくつかの用品店を回ったため、ファニールが持つ袋は荷物で膨らんでいる。

 

「あとは、なんでしたっけ?」

「乾燥食品の買い足しだね、それで最後。そこを回ったら麗氷と合流して、早めに夕食にしよう」

 

 そう言いながら、ファニールは歩き出そうとする。

 

「とっ!?」

 

 しかし荷物を持ち直しながら歩き出そうとしたファニールは、荷物の重さに引っ張られて少しバランスを崩した。

 

「まずっ!」

「あ、燐美さん!」

 

 倒れかけたファニールの後ろに、とっさに水戸美が回りこむ。そしてファニールの体は、水戸美によって抱きとめられた。

 

「っとー、ごめんごめ……あ……」

 

 その時、水戸美の腕の中でファニールが見たのは、彼女を見つめる水戸美の凛とした瞳だった。

 

「大丈夫ですか、燐美さん?」

「へ?……あ!うん、あ、ありがと……」

 

 ぎこちない返事をしながら、ファニールは水戸美の体から起き上がった。

 

「あ、いけない荷物が」

 

 ファニールが倒れたときに、薬の包みがいくつか落下してしまったらしく、水戸美はそれを拾い集めにかかる。

 

「こっちにも、ああ、あっちにも落ちてる……あわわ」

 

 通行人に謝りつつ、せかせかと包みを集める水戸美。しかし焦るばかりで、とても手際よく回収できているとは言い難かった。

 

「……ぷ、あはは」

 

 そんな水戸美の姿に、ファニールは思わず噴き出した。

 

「!、ど、どうしたんですか?」

「ああ、ゴメンゴメン」

 

 水戸美に謝罪しながら、ファニールは手早く落下した薬の包みを回収する。

 

「いやね、水戸美さんて変わってる娘だなーって思ってさ」

「へ?」

「ああ、気を悪くしたらゴメンね?でも、水戸美さんって背は高めだし、顔立ちもキリッとしてて、正直かっこいい女の人じゃない?それなのに、なんていうか……性格や行動はかなりかわいいからさ」

「かわッ!?」

 

 その言葉に、水戸美その顔は真っ赤に染まった。

 

「か、からかわないで下さい、燐美さん!」

「えー?ボクは本当にかわいいと思うよ?」

「そ、そんな事ないですよ……」

 

 水戸美は赤くなった顔をうつむけ、集めた薬の包みを握り締める。

 

「あはは、ごめんごめん。さ、早く買出しを終えて、麗氷と合流しようか」

 

 

 

「よし、買い漏らしはないな。勇者様達はまだか……」

 

 一方のクラライナは、買出しを終えて一足先に待ち合わせ地点で待っていた。

 

「少し早かったか?分担した量は変わりないはずなんだが……」

 

 クラライナが呟いたその時だった。

 

「とッ!?」

 

 突然、クラライナに何者かがぶつかって来た。視線を降ろすと、ローブを纏った人物がクラライナの眼の前にいた。

 

「き、君……危ないぞ!」

 

 眼の前の人物に注意するも、目の前の人物はひどく息を荒げている。

 

「お、おい君?大丈夫か……?」

 

 様子のおかしいその人物に、麗氷はとまどいつつも声をかける。

 

「はぁッ……た、助けてくださいッ!」

 

 次の瞬間にその人物は、叫びながらクラライナにすがり付き、その顔を上げた。

 

「!」

 

 フードの中に見えたのは、端麗な顔立ちの金髪の女性。そしてフードの端に見えたのは、人の物とは違う、長く尖った耳だった。

 

(エルフ……!?)

 

 ぶつかって来た人物の正体、そして突如求められた助けにクラライナは困惑する。

 

「お願いです!どうか、どうかお助けを!」

「落ち着くんだ!一体どうしたというんだ?」

 

 クラライナはエルフの女性の肩を掴み、酷く動揺する彼女を落ち着かせる。

 

「す、すみません……私の、私の旅の仲間が――さらわれ囚われたんです!」

「な……なんだって?」

 

 エルフの女性の言葉を聞き、クラライナはより困惑した。

 

「あなたも旅の御方とお見受けします!腕に覚えがおありなのでしたら、どうかお助けを!」

 

 しかしクラライナの心情に構わず、エルフの女性は必死に言葉を並べ、助けを求めてくる。

 

「待って!落ち着いて、まずはいきさつを話してくれ。そしてここの警備隊に報告を……」

「ダメ!警備隊はダメです!」

 

 エルフの女性は、剣幕を見せてクラライナの提案を拒否した。

 

「ここの警備隊はダメなんです!あぁ……どうしてこんな事に……!」

 

 否定の言葉に続け、エルフの女性は酷い動揺の様子を見せる。

 

「どうか、どうかお力添えを!このままでは、私の仲間が……!」

 

 そして不安と焦燥に染まった顔で、クラライナに押し迫った。

 

「く……!」

 

 その様子にクラライナは狼狽する。

 

(どうする?何か並みの事態ではなさそうだぞ。私一人では危険かもしれない……せめて勇者様と二人で……!)

 

 クラライナは周辺を見渡す。しかし周辺にファニール達が来ている様子は無かった。

 

「お願いします!ああ、このままではッ!」

 

 困惑するクラライナに、エルフの女性は縋る。

 

「ッ!……分かった、場所を教えてくれ!」

 

 

 

 クラライナはエルフの女性に案内され、人気の無い方へと走って行く。

 

「着いた……こ、この先です!」

 

 たどり着いた先で、エルフの女性が示したのは路地の入口だ。人一人が通れるほどの狭さで、エルフの女性は路地の向こう側を指し示す。

 

「この先に馬車が止まっていて、私の仲間が……!」

「分かった、私が先に行く」

 

 クラライナが先に路地へ入り、後からエルフの女性が続く。路地の反対側へたどり着き、クラライナは路地から少しだけ顔を出す。出た先は、両脇を建物に囲われた薄暗く細い道だった。そして、路地の出入り口から少し離れた所に、一台の馬車が止まっていた。

 

「な……!」

 

 馬車の周囲には数名の人間の姿があったが、クラライナはその者達の井出達を確認して、目を剥いた。その者達が纏うのは、この町、この国の警備隊組織の用いる軍服であった。

 

「あれは、この国の警備隊じゃないか……!」

 

 先に居る者達の正体に、驚きそして表情を歪めつつも、先の様子の観察を続ける。

 周辺を見張っているらしい警備兵達の奥には、エルフの少女が一人、そして人間の男の子と女の子の二人の姿が見える。三人はいずれも皆、手枷をはめられ、猿轡を噛まされていた。

 

「ひどい……あのエルフの娘が君の仲間かい?」

「はい、そうです……」

「しかし、どうしてこんな事に?それも警備隊が……」

「わかりません……私達は一昨日この街に入ったんですが、昨日からあの子の姿が見えなくなって。探し回っていたら……」

「……聞き及んでいた不穏な失踪の噂……まさか警備隊が、国が関わっていると言うのか……!?」

 

 あまり考えたくはなかった、しかしそう考えざるを得ない光景を前に、クラライナは苦い声を零す。

 

「私も信じられませんでした……でも……あぁ、どうしてこんな事に……!」

 

 今にも泣きそうな声で言いながら、エルフの女性は両手で顔を覆う。

 

(警備隊を相手にすることになるか。歓迎し難いが……しかし、あの子達を見捨てるわけにはいくまい……!)

 

 クラライナは国の組織を敵に回す事に一瞬躊躇を見せたが、しかし囚われた子達を助け出す事には代えられないと、決断し覚悟を決める。そしてクラライナは再度路地から先を覗き、周囲の状況を観察する。

 

(見張りは三人か……行ける)

 

 そう判断したクラライナは、エルフの女性に振り返る。

 

「大丈夫、君の仲間は私が助ける。安全になるまで君はここにいるんだ、いいね?」

「はい……」

 

 クラライナはエルフの女性を安心させるように発し、言い聞かせる。

 

「……よし」

 

 そしてクラライナは意を決し、路地を飛び出し、馬車に向けて走り出した。

 少しの間をおいて、馬車の周りの見張りの警備兵がこちらに気付く。しかし彼等は、突然表れたクラライナに対して、少し驚いたような表情こそ見せたものの、武器を構えたりなどの動作は一切見せなかった。

 

(?)

 

 クラライナは不可解に思いながらも、抜剣し、見張りの者達の間近まで迫る。

 すると彼等はようやく顔色を変え、剣を抜こうと鞘に手をかけた。

 

(反応が遅れただけか……馬鹿者、もう遅い!)

 

 だが相手が剣を抜く前に、クラライナは相手の懐まで踏み込み、剣を大きく振った。

 

「あがぁッ!?」

 

 振り払われた剣は見張りの警備兵の一人の、その腹面をばっさりと切り裂いた。

 切り裂かれた警備兵は鮮血を噴出して倒れる。

 

「なッ!?クソッ!」

 

 側にいたもう一人の警備兵が、起こった事態に驚愕しつつも抜剣。剣をクラライナに向けて、切りかかってくる。

 

「はッ!」

 

 だが攻撃がクラライナに当たることは無かった。クラライナは地面を踏み切り跳躍、警備兵の真上を通り越した。

 

「な!?」

 

 そして警備兵の後ろの建物の壁に足を着き、反転。背後から警備兵の体を切り裂いた。

 

「ぎゃぁッ!?」

 

 地面に着地し、クラライナは最後の一人を睨む。

 

「ひッ!?」

「お前で最後ッ!」

 

 最後の兵に切りかかろうと、クラライナは剣を振り上げながら走り出す。だが突如、真上から、クラライナの眼の前に別の人影が現れた。

 

「!」

 

 警備兵とクラライナの進路上に割って入ったその影は、クラライナの振り下ろした剣を受け止めた。

 

(新手!?)

「隊長ッ!」

 

 後ろに居る警備兵が現れた男をそう呼ぶ。どうやらこの男が隊長らしい。

 一度剣を交えた後、クラライナと新手の警備兵はお互い後ろへと飛び退く。クラライナは飛び退いた直後、さらに後ろへ大きく跳躍した。

 背後にある建物の二階付近まで跳躍した彼女は、壁に足を着くと、剣を構えて、水泳の蹴伸びのように体を撃ち出した。クラライナの体は、地面にいる警備兵を突き刺すべく直進する。だが、剣が警備兵の体を貫こうとする直前、警備兵の姿が突如消えた。

 

「!?」

 

 クラライナは即座に剣を引き、地面に着地する。視線を上に向けると、向かいの建物の二階付近に警備兵の姿があった。

 

「な!?」

 

 麗氷は再度地面を踏み切り跳躍、上空へ逃げた警備兵を追いかける。だが、敵の警備兵は麗氷と同じように建物を蹴り、未だ空中にいるクラライナ目掛けて切りかかって来た。

 

「ッ!しまった!」

 

 軽率な行動だったと思いながら、クラライナは剣撃を受ける。クラライナは衝撃で突き飛ばされたが、反対側の建物の壁に足を着き、体勢を立て直した。

 

(迂闊だった。しかし、この動き……まさかこいつ、加護を受けている!?)

 

 先程から、クラライナや相手の警備兵が見せている超人的な動きは、教会などの大魔法を発動できる機関から、加護を受けて者のみができるもの。そして、その加護を受け、尚且つ何らかの力として物に出来るのは、勇者の血を引く者にしかできない事だった。

 

(勇者の血を引くものが、人さらいに関与を……?なんて世の中だ!)

 

 考えながらもクラライナは再び体を撃ち出し、警備兵に切りかかる。だが、今度は敵の警備兵に剣撃を受け止められ、ダメージを与える事は出来なかった。

 

「クソッ!もう一度だ!」

 

 その調子で、お互いは建物の間を行き交い、何度か剣撃を交わす。しかし、両者共に決定打と成り得る一撃を決める事はできなかった。

 

(く、このままでは埒が空かない……隙ができるが、攻撃強化をかけるしかないか)

 

 今度は相手の警備兵が空中に体を撃ち出し、切りかかってくる。しかしクラライナは、その攻撃を受け止めず、跳躍してその場から逃げ出した。

 

「!」

 

 突如逃げに入ったクラライナを、敵は怪訝に思ったが、武器を構え直し、クラライナを追う。

 

「貫く力、切り裂く力、力の加護を刃とこの腕に――」

 

 クラライナは敵の追撃を回避しつつ、空中を逃げ回りながら、攻撃強化を詠唱する

 

「……よしッ!」

 

 詠唱が完了したタイミングで、建物の壁に足を着ける。

 振り返ると、敵はクラライナを追って、空中へ飛び出した所だった。その空中に居る敵に向って、クラライナは自らの体を撃ち出した

 

「!」

 

 逃げ回っていたクラライナの突然の反転に、敵は空中で剣を構え、防御の姿勢を取る。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 クラライナは敵の構えた剣に、思いっきり剣撃を振り下ろした。強化魔法をかけた剣の破壊力は、敵の剣をいとも容易く真っ二つに砕いて見せた。

 

「ッ!がぁッ!?」

 

 同時に加えられた衝撃は敵警備兵を吹き飛ばし、吹き飛ばされた敵警備兵は背後の建物の一階付近に激突。壁が土埃を上げて崩落し、敵警備兵は屋内へと叩き込まれた。

 

「はぁ……!やったな……」

 

 手ごたえを感じながら、クラライナは地面に着地。着地したクラライナは、墜落した商会隊長にとどめを刺すべく。崩れた壁に近寄ろうとした。

 

「う、動かないでッ!」

 

 しかし、その時唐突に背後から声がした。

 

「な!」

 

 振り返ったクラライナの目に飛び込んできたのは、先程の残っていた警備兵が、エルフの少女にナイフを突きつけている光景だった。

 

「こ、この卑怯者ッ!」

「うぅ……うるさいです!そこから動かないで!剣を遠くへ投げて、腹這いになって!」

「く……」

 

 クラライナは言われたとおりに剣を地面に投げる。

 

「よし、そのまま地面に……!」

 

 体を屈め、まず膝を地面に突くクラライナ。そして手を突く振りをして、地面に落ちていた小石を手に握った。

 

「……そこだッ!」

 

 石を掴むと同時に麗氷は体を起こし、兵に向けて瞬時に投げ放った。

 

「ッ!ヅッ!?」

 

 警備兵の短剣を握る手に石が命中し、短剣が地面へと落ちる。クラライナはそれと同時に警備兵の間近まで駆け込み、警備兵の腹に膝を叩き込んだ。

 

「ぐぅッ!?」

 

 叩き込まれた警備兵は吹き飛び、地面に叩き付けられた。痛みに悶絶しており、しばらくは起き上がれないだろう。

 

「よし……君、大丈夫か?」

 

 警備兵の無力化に成功したクラライナは、周囲に残敵がいない事を確認。そして、座り込んでいたエルフの少女の前に屈み、声を掛けながら、付けられている猿轡を外してやる。

 

「んぷ……は、はい……大丈夫です……」

「そうか、よかった……」

 

 エルフの少女の言葉に、クラライナはその顔に安堵の色を見せる。

 

「はい――あんたのせいで顔に傷がつかなくて、本当によかった」

 しかし、エルフの少女からは、次にそんな台詞が吐き出された。

「は?」

 

 唐突なその言葉に、クラライナは理解が及ばず声だけを零す。

 

「――負に捕らわれ、膝を折れ」

 

 そんなクラライナを前に、エルフの少女は小さく言葉を紡いぐ。――クラライナを突如、異常なまでの脱力感が襲ったのはその瞬間であった。

 

「――な……!?」

 

 唐突に襲い来た身体への異常。それによりクラライナは体を支える事ができなくなり、膝を突き、地面に突っ伏した。

 

「まったく……顔に当たったらどうしてくれるのよ」

 

 一方のエルフの少女は、嵌められた手枷を、自身の手でいとも容易くはずして立ち上がった。

 

「うぁ……な、なんだ……これ……」

 

 自身を襲う脱力感に苛まれながら、唐突な事態に困惑の声を上げるクラライナ。

 

「なかなかに素敵でしたよ、魅光の王国の騎士様?」

「……え!?き、君は……!」

 

 そんなクラライナの前に、エルフの少女の脇から声と共に現れる人影。それは、助けを求めてきたはずのエルフの女性だった。

 

「名演技だったわよ、ルミナ」

「ありがとうございます、マイリセリア様ぁ」

 

 エルフの女性は称する言葉を発しながら、エルフの少女の頭を撫でる。それを受けながら、エルフの女性の褒め言葉に猫なで声で答えるエルフの少女。彼女の発したマイリセリアという名は、このエルフの女性の物であるようだ。

 

「ど……どういう、事だ……」

「あら、いちいち説明しなきゃ分からないかしら?あなたは騙されたって事。私達は、あの人達に協力して一芝居うったって分け。まー、正直不本意ではあったんだけどね」

 

 困惑と苦しさの混じる声で問うクラライナに、マイリセリアは気に入らなそうな表情を見せつつ答える。そして先程クラライナに殴り飛ばされた警備兵を指し示した。

 

「ッ……う……」

 

 痛みに悶えていた生き残りの警備兵だったが、腹を抑えながら、どうにか立ち上がる様子を見せる。その時、被っていた帽子が脱げ、帽子内にしまいこんでいた長い髪と、つばに隠れていた、可憐な少女の物である目元が露になった。

 

「うぅ、隊長……!」

 

 彼女は隊長の叩き込まれた建物へと駆け寄り、崩れた壁の中へ叫ぶ。

 

「隊長!大丈夫ですか、隊長!」

「……大丈夫だ」

 

 呼び掛ける声に、崩落した壁の向こうより返事が聞こえ来る。そして屋内に積もった瓦礫の中から、隊長である警備兵が瓦礫を押しのけ這い出てきた。

 

「隊長、お怪我は!?」

「後でいい……おい!一体どういう事だ!?」

 

 這い出てきた隊長は、自分の負った傷の確認もせずに、マイリセリアへと詰め寄る。

 

「手はずでは捕縛対象が馬車に気を奪われているうちに、あんたらが確保するはずじゃなかったのか!?」

「あらごめんなさい。ちょっとこの娘の技量がどれ程のものか、見ておきたかったものだから。後で、勇者の子を捕まえる時に役立つかもしれないし」

「貴様……ッ、ふざけるな!そのために我々を実験台にしたというのか!?」

 

 隊長はマイリセリアの胸倉を掴み挙げる。

 

「だって、あんなに簡単にやられちゃうなんて思わなかったもの。もう少し粘ってくれるとおもったのに、残念だわ」

「言わせておけばッ!――痛……!」

 

 激昂する隊長だったが、痛みに襲われ体勢を崩す。

 

「隊長、ダメです!先に傷の手当を!」

「ああ……」

 

 隊長は生き残りの警備兵の少女に付き添われ、馬車の方へと歩いて行った。

 

「あいつ、汚い手でマイリセリア様のお召し物を……!」

 

 一方、エルフの少女のルミナは、マイリセリアの襟元を直しながら、隊長たちを睨む。一方、先の少女警備兵も隊長に肩を貸しつつ、マイリセリア達を振り向き、睨みつけていた。

 

「闇魔法……貴様等、ダークエルフ……?」

 

 そんな所へ、クラライナが声を絞り出し、マイリセリア達の意識は彼女へと向く。

 

「はーあ?ダークエルフ?あたしたちのどこが、あんな汚い肌の連中に見えるのよ?」

「見ての通り、私達は正真正銘、純潔のエルフよ」

 

 クラライナの言葉に、ルミナが気分を害したように発し上げ、そしてマイリセリアが答える。

 

「じゃあなぜ、こんな……私を騙したのか?勇者様を捕らえるとは、どういう……」

「いちいちうるさい騎士様ね。私達にも色々事情があるの、あなたに全部説明する義理は無いわ。――ルミナ」

「はい」

「ッ!やめ……んぐッ!?」

 

 クラライナは、少女エルフに猿轡と手枷を着けられ拘束される

 

「ああ、そうそう一つだけ教えてあげる。あの子供二人は偽者じゃないわ。本当に、口封じか何かで捕まえられたみたいね」

「んん……!?」

 

 マイリセリアの視線を追うと、馬車のすぐ傍に、地面に座り込む二人の子供の姿が見えた。

 子供たちは、不安と恐怖がない交ぜになった顔でクラライナを見つめていた。

 

「あなたの素敵な救出劇も、全て嘘ではなかったという事よ。どう、少しは慰めになったかしら?」

「んぐ……むぐぅッ!」

「はいはい、お怒りなのは分かったわ。ねぇ!この子、とっとと運んじゃってくれない?」

 

 マイリセリアはクラライナとのやり取りをそこで切り、先の隊長の方へ向けて声を飛ばす。

 

「ねぇ、ちょっとぉ?」

「分かってる!」

 

 そんな呼び掛けに、隊長は怒気の混じった声を返した。屈む姿を見せる隊長。その足元には、切り殺された警備兵の亡骸があった。

 

「ヒュリリ、あの騎士と子供達を馬車に乗せておけ。俺は近くの詰め所まで応援を呼びに行く……」

「はい……」

「くそ……こんな所で。よりにもよって、こんな不名誉な任務で……!」

 

 苦し気な声を零しながら、その手で亡骸の目を閉じる隊長。

 

「あらら、慈悲深いのね」

 

 そこへ歩み寄って来たマイリセリアが、隊長の背後から遺体を覗き込み、ふざけた態度で言った。隊長はそんなマイリセリアを睨みつける。

 

「あら、そんな怖い顔しないでよ。あなたのその姿に、きっとあなた達の神様も心打たれてるわ。そして二人とも天国に導いてくださるわよ」

 

 そんな事を言うマイリセリアだが、口調には真剣味など欠片も感じられない。

 

「……行き先は地獄だけさ……」

 

 隊長は立ち上がり、マイリセリアに振り返る。

 

「俺達も、あんた達もなッ!」

 

 そしてマイリセリアに指先を突きつけ、帽子を直しながらその場から立ち去った。

 

「……ふん、人間ってやっぱり気に入らないわ」


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