―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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11-5:「おかしな冷やかし」

 場所は再び、水戸美、ファニール達が入った凪美の町へ。

 その町から西に数百メートル程離れた地点。そこにある木立の影に、一両の旧型73式小型トラックが姿を隠していた。

 辺りは完全に日が落ちて闇に包まれ、少し前に振りだした雨も強さを増していた。

 小型トラックの車内には、運転席と助手席に、輸送科隊員の顎一士と通信科隊員の様羅一士の姿が。荷台後席には、鷹幅二曹と選抜射手の不知窪三曹、そして草風の村の村人、ケルケの姿があった。

 暗い車内には、雨粒が張られた幌を叩く音が響く。その中で彼等は、荷台床に広げられ、ライトに照らされる地図に視線を落としていた。

 

「宿は全部で7箇所。市場が西側の区画だから、利便的にそのあたりの宿に泊ってる可能性が高い」

 

 地図は、凪美の町の作りが記載された物だ。村人のケルケが地図を示しながら、隊員等に説明の言葉を紡いでいる。

 

「壁を越えるのも西側からがいいと思う。あそこは監視の手が薄いはずだ」

「だといいがな。門の付近の方は、中々の物々しさだぞ」

 

 運転席の顎は地図より視線を外し、手にして双眼鏡を構えて、フロントガラス越しに先を覗く。

 彼の眼は、先の凪美の町。その城壁の一角に作られた城門を見る。門の付近は、いくつかのランプが煌々と辺りを照らし、その中で、武器を装備し周囲に警戒の目を向ける、少なくない数の町の警備兵の姿が見えた。

 

「西側は壁の距離が長いから、監視が不十分になりがちだ。警備に回せる人数にも限りがあるだろう。門と比べて、隙を見つける事は容易だと思う」

 

 上がったその疑問に、ケルケはさらに説明の言葉を発する。

 

「分かりました、ありがとうございます。――そこから侵入を試みよう。厳しいようなら、その時に別の手段を探そう」

 

 説明に、鷹幅が礼の言葉を述べる。そして彼の口から、これよりの行動が紡がれる。

 

「面倒な事になったもんだよ」

 

 傍ら、不知窪が現状を嘆く悪態の言葉を零した。

 ――紅の国の商議会は、ファニール達勇者一向と同行している邦人を、凪美の町にて捕縛しようと画策している。町では罠が張られ、そして勇者一行と邦人は、既に凪美の町へ入っている。このままでは、一行が手に落ちる可能性は低くはない。

 この事態を問題と見た隊は、レンジャー資格を保有する隊員を町へ侵入させ、邦人を保護、回収する事を決定。これに、鷹幅と不知窪の二名が選抜され、当たる事となったのであった。

 

「ぼやくな、装備をもう一度確認しろ」

 

 鷹幅は零した不知窪に装備の確認を命じ、自身も自らの装備の確認を行う。

 両名はこれより町に侵入。事前に当たりのつけられた、邦人が滞在していると思われる各施設を捜索。発見および保護が完了次第、航空隊のヘリコプターが飛来し、回収する手はずとなっている。

 

「警備も厳重だが、町自体も堅牢そうだな。辺鄙な所にあるわりに」

 

 そんな傍ら、運転席の顎が、引き続き町の様子を観察しながら呟く。

 

「ああ、昔は国境を守る大事な城塞だったんだ。紅の国が誕生して国境線が変わってからは、中途半端な位置にある無用の城塞になり、きな臭さとも無縁になっていったんだけど」

 

 顎に答え、町の歴史を語るケルケ。

 彼は過去にこの凪美の町に住み暮らしていた事があったそうである。

 その町の事情に詳しい彼に、隊は助言人として協力を要請。要請は受け入れられ、侵入、保護回収作戦に当たるこの一隊にケルケは同行。この場に身を置いていた。

 

「……なのに、いくらか前から警備が再び厳重になりだした。こちらも疑念は抱いていたんだけど……奴等の企みの温床になっていたなんて……。それに、よりにもよって勇者を捕らえるだって?必死に戦っている世界を裏切る行為だ……」

 

 知った商議会の企みを思い返し、苦々しい口調で発するケルケ。

 同行当初は自動車や諸々の装備に、驚く様子を見せていた彼。しかし今は、悪しき企みの根城と成り果てたかつて暮らした町を前に。そして隊員等の作り出す張り詰めた空気に影響され、自身もその表情を硬く険しくしていた。

 

「迫る脅威を前に、怯えた者の典型的な行動だな。処刑の列の最後尾に回るためなら、いくらでも媚びへつらい、飼いならされに行く」

「あぁ……」

 

 不知窪は自身の装備火器を確認しながら、淡々と皮肉の言葉に紡ぐ。ケルケもそれに同意する呟きを零す。

 

「その手土産に邦人を利用される事は、阻止しなければ――行くぞ」

 

 傍ら、自身の装備の確認を終えた鷹幅は、そう発して不知窪に促す。そして小型トラックの後部扉を開き、鷹幅と、続けて不知窪は、雨の降る外へ繰り出した。

 

「やる気が失せる」

「逐一連絡する。こちらも警戒を怠るなよ」

 

 雨に不知窪は気だるそうに呟き、鷹幅は小型トラックに残る顎と様羅に告げる。

 そして、両名は静かに駆け出した。

 小型トラックを離れた両名は最初、茂みや窪みに身を隠しつつ、城壁を遠巻きに見ながら、城壁に沿うように進む。城壁上に点在する監視所を避け、潜入できそうな箇所を見つけるためだ。

 

「……あの辺りで行ってみるか」

 

 監視所の間隔が長くなっている箇所に当たりをつけ、そこから城壁に向かって駆け近づく。先ほど同様、茂み等に身を隠しながら進み、やがて城壁の根元までたどり着いた。

 

「大丈夫そうですかね?」

「――待て。南から明かりだ」

 

 城壁上の南側に、微かに零れる明かりが見えた。おそらく警備兵が周って来たのだろう。

 二人は城壁に張り付き、息を潜める。零れる明かりは真上まで近づき、さらに雨音に混じって微かに話し声も聞こえてくる。

 

「……」

 

 だが結局見周りらしきそれは、壁の下を覗き見確認するような事はせずに、通り過ぎていった。

 

「……行った」

「雑な見張りだこと」

「今のうちだ、急ぐぞ」

 

 呆れ混じりに呟いた不知窪に、鷹幅は促す。

 そして鷹幅は背負っていた雑嚢を降ろし、鉤縄それぞれ繰り出した。

 

「それ、うまくいくんですか?」

「大丈夫だ」

 

 鷹幅は不知窪の訝しむ声に答えながら、ロープを解き広げて準備を整える。

 そして鉤縄を器用に振り回し出し、勢いが付いた所で、先端を狙っていた城壁上へと放った。結ばれたロープが鉤に続いて弧を描いて飛んでいく。そして城壁上に乗った鉤は、みごとに城壁の縁に引っかかった。

 

「……よし」

 

 鷹幅はロープを引き、壁をよじ登る上で支障が無い事を確認する。

 

「俺が先に行く。援護しろ」

「了解」

 

 言い、そして鷹幅はロープを両手で取り、壁を登り始めた。

 今のところ、こちらの存在に気付かれてはいないようであった。しかしもし見張りが周って来て発見され、ロープを切られでもすれば、地面へ叩きつけられる事になるだろう。

 かといって下手に焦って足を滑らせても、たどる結末は同じ。

 どちらもごめんだと、鷹幅は慎重に、しかし最低限の動作で素早く壁を登って行き、やがて城壁上へとたどり着いた。

 

「………」

 

 鷹幅は、自身の装備火器である9mm機関けん銃を片手に構え、城壁上に通る通路に半身を乗り出し、すばやく周囲を確認する。幸いにも、周囲に見回りや見張りの人間の姿はなかった。

 

「……よし」

 

 鷹幅は城壁上の通路に降り立ち、縁より腕を突き出して、下に居る不知窪に手招きで合図を送った。下に居る不知窪が壁を登り始め、鷹幅は不知窪が登りきる間、周囲を警戒する。

 

「――やれやれ。これは俺みたいなのの仕事じゃ、無い気がするんですがね」

 

 やがて登って来た不知窪は、通路に足をつけると、小声でそうぼやいた。

 

「中央の緊急展開連隊とか、特殊なんたらの領分だ。正直、勘弁してもらいたいですね」

「〝特殊任務隊〟だろう。わざとらしく間違えてるんじゃない。その彼等が今ここにいないから、我々がやるしかないんだろう」

「失礼。そんな大層な任務を承ったんだから、ありがたく思うべきでした」

 

 鷹幅の言い聞かせる言葉に、無表情な顔で、皮肉を淡々と吐き出し返す不知窪。

 

「慎まないか不知窪。見張っていろ」

「了解了解」

 

 指示を受け、不知窪は雨避けのために毛布で包んでいた、自分の装備火器――狙撃スコープ付きの、99式7.7mm小銃を取り出し構える。

 スコープを覗き、城壁上通路の先に作りつけられた、監視所を視界に収める。監視所には城壁上から町へ下りれる階段があり、階段の上下には複数名の警備兵の姿が見て取れた。

 

「内側のほうが厳重そうだな――鷹幅二曹。奴さん達のあれは、外敵じゃなくて内側からの脱走者を警戒してるように見えます」

「その勇者を捕まえるためか――他にも、何かあるのか――」

 

 呟きながらも、鷹幅は使用した鉤縄を一度回収。鉤を通路の反対側の縁へと引っかけ、町の内側へとロープを降ろす。

 

「また援護頼むぞ」

 

 鷹幅はロープを両手で掴んで縁を越え、城壁から乗り出す。そして城壁をラペリングにより降下して行った。

 降り立った先は薄暗い奥まった一角で、人の気配は無い。だが巡回が回ってくる可能性も否定できず、鷹幅は続く不知窪が到着するまでの間、周囲を警戒する。幸い何者にも発見される事無く、不知窪も合流を果たした。

 

「準備しろ、これから町に出る」

「了解」

 

 鉤縄を回収しながら交わし、それから両名はそれぞれ、雑嚢より畳まれた布を取り出し広げる。

 それはローブだ。こちらの世界で雨具兼防寒具として使われている物であり、今回のために草風の村から借り受けたものであった。

 両名は雑嚢装備等を身に着け直し、そしてそれぞれ9mm機関拳けん銃を即座に構えられる形で提げる。最後にそれらを全て覆い隠すように、ローブを羽織った。

 

「こんなんでごまかせるんですかね?」

「戦闘服や装備を見せびらかしながら歩くよりはマシだ。行くぞ」

 

 準備を完了させ、両名はその場を離れる。そして薄暗い路地裏へと踏み入り、溶け込んで行った。

 

 

 

 同、凪美の町。ファニール達が宿泊している宿。

 ファニール達一行が取った一室には、しかし現在、ベッドに座る水戸美の姿しか見えなかった。そして彼女の顔はなにやら酷く不安げであった。

 

「……」

 

 ――話は数時間前まで遡る。

 必要な物の買出しを終えたファニールと水戸美は、クラライナとの待ち合わせ場所まで向っていた。

 

「ッ!」

 

 だがその途中で、ファニールが唐突に顔色を変えた。

 

「ファニールさん?」

 

 突然立ち止まったファニールを、水戸美は覗き込み声をかける。だがファニールは水戸美の言葉には答えず、胸にあるペンダントを握った。

 

「ッ!ファニールさん……それ……」

 

 ファニールが握る、星の結晶のペンダント。

 保有者やその近しい人物に何らかの事態が起こった時、漠然とではあるがそれを伝えてくれる効果を持つ。草風の村でのナイトウルフ討伐時の一件で、水戸美もその効果は知っていた。そしてそのペンダントを今握ったことと、ファニールの表情との因果関係にも、嫌が応にも気付いた。

 

「うん、ペンダントが知らせてきた……たぶん、クラライナの危機だ……!」

「そんな……クラライナさんの身に何かが……?」

「まだどうなってるかは分からない……危機迫ってるのか、あるいはもう起こっているのか……とにかく急ごう!」

 

 ペンダントの気まぐれな効果を、少し恨めしく思ったのも束の間。ファニールと水戸美は、待ち合わせ場所へと走り出した。

 

 

 

 その後、待ち合わせ箇所に向った二人だったが、クラライナの姿はそこには無かった。

 周囲を探し回り、道行く人にクラライナの事を尋ねるも、彼女の行方は知れず。先に宿に帰っている可能性も考え、一度宿に戻ってみた二人だったが、そこにもやはりクラライナはいなかった。

 

「……ミトミさん、ボクはもう一度クラライナを探しに行く」

 

 宿に戻ってきて早々、ファニールは水戸美にそう言った。

 困惑する水戸美をよそに、ファニールは慣れた手つきで装備を整えてゆく。先程までもある程度の備えはしていた彼女だったが、今行っているのは完全な戦闘時の装備だ。胸当てや篭手、肩当てに膝当てを装備し、荷物は戦闘時に必要な最低限の量に抑える。武器はいつも使用している剣の他、短刀を複数、身体の各所に仕込む。

 

「あの、ファニールさん。私はどうすれば……」

「ミトミさんはこの宿にいて。具体的な事はわからないけど、荒事になる予感がするんだ」

「は、はい……」

 

 普段の様子と一変したファニールに、水戸美は戸惑う。

 

「……よし、これで全部!ミトミさん、ボクは今から……」

 

 全ての準備を追え、水戸美に出発の旨を告げようとするファニール。だがそこで、自分をみつめる水戸美の顔が、不安で青ざめている事に気付いた。

 

「はぁ……いけないいけない」

「ファニールさん……?」

「ゴメンゴメン、ミトミさん。ミトミさんも不安だっていうのに、ボクばっかりお構い無しに先走っちゃったね」

「い、いえ!そんな……ッ!」

 

 ファニールは慌てる水戸美をなだめるように、水戸美の頭を撫でた。背は水戸美のほうが高いので、ファニールが少し背伸びする形になったが。

 

「大丈夫。正直、こんな事も初めてじゃないんだ。クラライナは必ず見つける。そして、すぐにミトミさんの所に戻ってくるよ」

「……ごめんなさいファニールさん。私、こんな時に何も出来なくて……」

「はは、やっぱりミトミさんはいい子だね。ミトミさんはここで帰りを待ってて欲しいな。それだけでボクのやる気も上昇だよ!」

「……はい!」

 

 ――そしてファニールは、再び町へ繰り出して言ったのだ。

 

「……ファニールさん、クラライナさん」

 

 一人残された水戸美は、祈るように二人の名を口にした。

 

 

 

 鷹幅、不知窪両名は路地を縫って進み、調査対象の一つである、城壁から一番近場の宿屋にたどり着いた。

 町の大通りから外れ、奥まった所にある宿屋で、周囲の人通りも少ない。二人は宿の入口まで近づき、鷹幅が入口の横にある窓から、店内の様子を伺う。

 

「カウンターに店の人間が一人、他には見えない――手はず通りだ。不知窪、裏口から侵入して中を調べろ。私はここからカウンターの動きを見張る」

「了解」

 

 不知窪が宿の裏へと回り、鷹幅は再度宿の内部へ目を向ける。中では、宿屋の人間がカウンターで何らかの作業をしている。その後ろには二階へ続く階段と、一階の各部屋へ通じているであろう廊下への入口が見えた。

 

《裏口から侵入。今から一階を調べます》

 

 十数秒程度で、インカムに不知窪からの通信が入った。

 

「了解、ヘタを打つなよ」

 

 カウンターの人間は変わらず作業に集中している。その背後で、廊下の入口の向こうで、そこを調べる不知窪の姿が時折見えた。それからまた十数秒経って、不知窪から報告の通信が入る。

 

《一階は全部屋カラです。二階に上がります》

「少し待て、店の人間の作業が終わりそうだ。念のため、彼がカウンターからどくまで待て」

《了解》

 

 やがて店の人間は作業を終え、カウンターを離れる。しかし、あろう事か彼の足の向いた先は、不知窪の潜む一階廊下の入口だった。

 

「まずい、そっちへ行くッ!待ってろ、俺が足止めするからその間に行け」

 

 早口でインカムに言うと、鷹幅は宿屋の入り口をくぐった。

 

「こんばんは、すいません」

 

 鷹幅の発した挨拶の言葉に、店の人間は足を止め、入ってきた鷹幅へと向く。

 

「ん?はい、いらっしゃい。お泊りかい?」

 

 そして突然の来訪者を訝しみながらも、客に対する決まり文句を発した。

 

「いえ、申し訳ない。宿泊ではなく、少々道をお尋ねしたくて」

「なんだ……坊主、そういうのは警備隊の詰め所で聞いてくれ」

 

 客では無いと分かると、店の人間はあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。そして年齢に反した低めの身長と童顔の鷹幅をそう呼び、追い払うように言い放った。

 

「その詰め所の位置すら分からなくて困っているんです。お願い出来きませんか?」

「面倒事は勘弁してもらいたいんだが……」

 

 鷹幅は店の人間の注意を引き付け、会話を続ける。その隙に、不知窪はその背後、二階への階段を上がって行った。

 

 

 

 二階へ上がった不知窪は、各部屋をチェックしてゆく。

 

「ここも空き部屋、寂しい宿だな」

 

 失礼にも宿の状況を鼻で笑う不知窪。そしてあろうことか、扉の閉まっていた次の部屋をノックもせずに開け放った。

 

「きゃぁ!?」

「わぁッ!?な、なんだあんた!?」

 

 室内には一組の客がおり、突然押し入ってきた不知窪に驚く。だが不知窪はローブの下に隠した機関けん銃を構えつつ、おかまいなしに部屋内に踏み込んだ。

 

「お、おいあんた!」

 

 部屋にいた客の咎める声も無視して、素早く部屋内を見渡す不知窪。

 

「――すまんな、部屋を間違えた」

 

 そして保護対象がいないことが分かると、不知窪はシレッとそれだけ言い残し、部屋を後にした。

 その調子で、明らかに人の気配の無い部屋は軽く覗くだけで済まし、閉まっている部屋は問答無用で開けて、押し入り確認。そして中にいた客に、謝罪と思えない謝罪をして部屋を出る。

 そのような荒い捜索を繰り返し、不知窪は二階への部屋を全て漁っていった。

 

 

 

「だからぁ、この分岐路は違うんだ。その一つ先の分岐で右に曲がるんだよ」

 

 一階では鷹幅が店の人間――話し中から店主であると知れた彼と、会話を引き伸ばしていた。地図の見方に疎い振りをし、店主の説明を長引かせる鷹幅。

 

《鷹幅二曹、ここは外れです》

 

 そこへ、インカムに不知窪からの通信が入る。どうやらこの宿に保護対象の邦人はいなかったらしい。鷹幅は報告に対して、インカムのマイクを二度叩いて答えた。

 

「で、ここをまっすぐ行けば到着だ。いい加減分かったか?」

「ええ、分かりました。これでたどり着けそうです」

「ったく、客でもないヤツにとんだ時間を取られちまった」

 

 心底嫌そうに言う店主。

 だが口こそ悪いものの、鷹幅に根気よく丁寧に説明してくれた所を見ると、面倒見はいい人間なのであろう事が伺えた。

 

「本当に助かりました。次にこの町を訪れた時は、こちらに泊らせていただきますよ」

「よく言う……ほら行った行った!」

 

 

 

 店主のその言葉を受けながら、鷹幅は宿の出入り口を出た。

 

「申し訳ない事をしたな……不知窪、裏で合流しよう」

 

 インカムにそう発し、宿の裏へと回る鷹幅。裏に行くと、ちょうど不知窪が二階の窓から出て、飛び降りて来る所であった。

 

「こんな回りくどい事を、最悪あと六回もやらないといけないのか」

 

 鷹幅の前に着地した不知窪は、そんな気だるそうな言葉を吐いて見せる。

 

「この町は相手側の根城だ。宿屋にも手を回しているかもしれない。堂々と聞いて探し回って、その事を警備隊に知らされでもすれば面倒な事になる」

「今やってる事と、あんまり大差ないと思いますがね」

「危険な要素は少しでも減らす。それと不知窪、無線の向こうが時折騒がしかったぞ。次からはもう少し静かにやれ」

「気をつけましょう」

 

 交わし終えた二人は、手頃な物陰を見つけて、そこに身を隠して地図を広げる。そして町の外で待機する小型トラックへ、インカムを用いて通信を繋ぐ。

 

「アルマジロ1-2、ロングショット1だ。侵入地点より一番近い宿……えーと3番の宿だ」

 

 地図の宿に、事前に振っておいた番号を伝える鷹幅。

 

「そこをクリア、邦人は確認できなかった。これより2番の宿に向う」

《了解、ロングショット1。――ん?ああ待って下さい、ケルケさんが伝えたい事があると》

「?」

 

 返された、通信科隊員の様羅からのそんな声。そして一瞬雑音が入った後、ケルケの声が聞こえて来た。

 

《これに向けて話せばいいのか……?あー、聞こえてるかい?》

「はい。聞こえています、ケルケさん」

《ホントに会話ができる……!すごいな……あぁ、ごめん》

 

 無線通信を体験しての驚きの声色を寄越したケルケだが、言葉はすぐに本題へと移った。

 

「次の宿に向うなら、大通りに出てしばらく歩く必要があるかもしれない。その近辺は、人が通れるような路地が少ないんだ》

「大通り……今の宿から東に行った所にある道ですね?」

 

 手元に広げた地図に視線を走らせながら、確認の言葉を返す鷹幅。

 

《そうだ。それと大通りは警備隊も普段から巡回に使ってる。もし大通りを使うようなら、十分気をつけてくれ》

「分かりました、ありがとうございます」

《あぁ、気をつけてね》

 

 ケルケとのやり取りが終わり、鷹幅は再び通信科隊員の様羅に向けた言葉を発し出す。

 

「アルマジロ1-2。これから、ケルケさんが教えてくれたルートを試して次に向かう」

《了解》

「また連絡する。以上、終ワリ」

 

 通信を終え、鷹幅は地図を畳んでポケットにしまう。

 

「次の目的地には大通りを使用する必要があるそうだ」

「悪目立ちしなきゃいいですけど」

 

 そう言葉を交わし、二人はその場を発って行動を再開する。

 

 

 

 大通りに出るべく、再び路地を縫って行く両名。

 

「止まれ」

 

 だがその途中で鷹幅が静止をかける。進路の先に人影が現れたからだ。人数は二人、会話をしながらこちらへと歩いてくる。

 

「おそらく警備兵だ。隠れろ、やり過ごす」

 

 鷹幅等は来た道を少し戻ると、脇道に入って積み重ねてある木箱に身を隠す。

 やがて人影は、両名の隠れた脇道の近くまで歩いてくる。どちらも町の入り口にいた警備兵と同じの服を着ていた。

 そして警備兵達は、両名の隠れた場所をそのまま通り過ぎて行った。

 

「行ったな、行くぞ」

 

 警備兵をやり過ごし、再び路地を進んでゆく。やがて路地の先に明かりが見え、両名は町の大通りへと出た。

 大通りは、両名の見慣れた現在の元世界の街並みと比べれば、頼りない明るさではあったが、等間隔で明かりが灯され、町の人々が行き交っている。

 

「行くぞ、人ごみに紛れるんだ」

 

 ローブについているフードを被り、鷹幅等はそんな中へと踏み出した。

 雨が降っているため、道行く人々は多くがフードや帽子を被り、顔を俯き加減にして道を行き来している。

 

「前方にいる団体が分かるか?その後ろを着いて行くぞ」

 

 鷹幅は前方に、固まり気味に歩く町人の団体見つけた。両名はさりげなくその後ろにつき、集団に合わせて歩く。

 

「――二曹、前方から警備兵らしき隊伍。分隊規模」

「ああ」

 

 しばらく進んだとき、前方から隊列を組んだ8人程の部隊が、こちらに向って来るのが見えた。おそらく巡回の警備隊であろう。

 

「下手な動きは見せるな」

 

 両名が紛れている団体と警備隊の隊列は次第に接近する。雨の中の行軍のせいか、隊列の警備兵達にも、帽子を目深に被り、俯き加減になっている者が散見された。

 

「……」

 

 やがて団体と隊列はすれ違う。隊列の兵達の内の何人かが、こちらの団体に目を向けたが、すぐに目線を戻し、こちらを怪しむような者はいなかった。

 隊列はそのまま団体から離れてゆき、薄暗い町並みの中へと消えていった。

 

「……やり過ごしたか」

 

 十分距離が離れた事を確認し、少しだけ安堵する。

 

「やる気のなさそうな奴等だ」

「油断するな。あの十字路を渡ったら、路地へ入るぞ」

 

 両名の紛れる団体はやがて先に通じる十字路へと出て、そこを通り過ぎる。

 鷹幅等は十字路を渡りきると、団体と静かに距離を離す。そして近くの路地へと飛び込むように入り、次の目的地を目指して薄暗い路地を駆けて行った。


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