―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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11-6:「勇者少女は聞いた」

 同じ頃。人気の無い薄暗い裏通りに、ファニールの歩む姿があった。

 

「どこにいったのクラライナ……」

 

 宿を出たファニールは、まず再び待ち合わせ場所の周辺で聞き込みを行った。

 道行く人にしつこく聞いて回った結果、クラライナと思われる人影が、人気の無い方向へ向っていったという話を聞けたのだが、それ以上の具体的な情報を掴むことはできなかった。

 

「みつからない……足を伸ばしたほうがいいかな」

 

 とにかくクラライナが向ったと思われる方向へ向い、周辺を捜索したファニールだったが、クラライナは見つからないまま、夕暮れを迎えてしまった。

 

「ここの警備隊に届け出る……のは気が進まないなぁ」

 

 呟きながらファニールは路地を伝って行く。

 

 そして路地の出口に差し掛かった所で、ファニールは足を止めた。路地の先、薄暗い裏通りから話し声が聞こえてくる。

 

(あれは)

 

 覗き見ると、裏通りに一台の馬車が止まっていた。

 

(あの格好、警備隊?なんでこんな所に?)

 

 馬車の側では警備兵と思わしき人間が何か作業をしている。

 

「これで最後か。しかし嫌だね、誘拐してきた人間の移送の準備なんてよ」

(!?)

 

 馬車に荷物を積み込んでいた警備兵から発せられた言葉。その内容にファニールは声を漏らしかけたが、寸でのところでそれを飲み込んだ。

 

「おい、ヘタな事を零すなよ。名目上は政治犯等の罪人って事になってるんだ」

「どこまでその言い訳が通用してるんですかねぇ?口止めのために逮捕したくても口実が無くて、強引に誘拐してきたようなのもいるって聞いてますよ?紅の国の堕ちたもんだ」

(何……?何の話をしてるの?警備隊が誘拐を……?)

 

 唐突に耳に飛び込んできた衝撃的な話に、困惑するファニール。だが、彼女の困惑はそれだけに留まらなかった。

 

「……まぁ、元々そんなに綺麗な成り立ちの国でもないがな。それにまだ序章だ……この国は連合を裏切り、魔王軍側に付こうとしてるんだからな。今やってる事は、全部そのための前準備にすぎん」

(んなッ……!?)

 

 聞こえ来たその内容に、ファニールは目を剥いた。

 

「まだ国民には知らされてないんでしょう?治安部隊の中にも、まだ知らされていない隊がいるって聞きます」

「各部隊には遠くないうちに通達が行くだろうさ。各町や村にも、その時に向けて手を回している。そして協力が得られないようなら、めでたく失踪者の仲間入りだ」

(な……な……)

 

 次々と飛び込んでくる突拍子も無い話に、思考が追いついていかないファニール。

 

「夕方、隊長達が捕まえた女。あれも何か関係があるんですかね?」

「あれは魅光の王国の騎士だそうだ。勇者と一緒にこの国に入ってきたんだと。どうして捕縛命令が出たかは知らないが、まあ魔王軍がらみなのは間違いないだろう」

(ッ!それって……!)

 

 しかし、そこで聞こえた言葉が彼女の意識を引く。それが示す人物が、クラライナである事は明らかであった。

 

「こんな所でする話じゃなかったな、このへんにしとこう」

「今更、一人二人に聞かれてなにが変わるでもないと思いますがね」

 

 警備兵達は気だるそうに話しながら、作業の仕上げに掛かる。

(そんな……なんなんだよぉ)

 

 一方のファニールは、顔を真っ青に染めていた。

 何の前触れも無く飛び込んできたいくつもの事実に、彼女の頭は混乱の渦中にあった。だが次の瞬間に、今の最重要案件が一つ、彼女の脳裏に浮かび上がる。

 

(……あ!いけない、ミトミさんッ!)

 

 宿に残してきた水戸美。自分やクラライナが警備隊に狙われているのなら、同行していた水戸美も決して例外ではないはずだ。

 宿に一人で残してきた事を悔やみつつ、宿に戻るべく、ファニールは身を翻す。

 だが――

 

「――チッ!」

「!?」

 

 振り返った瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、背後に立つ何者かの人影。

 

「ぐぅッ!?」

 

 それが何者であるかを確認する前に、ファニールの腹部に鈍い衝撃が走る。

 そして彼女は路地から通りに蹴り出された。

 

「なんだ!?」

 

 路地から突然現れたファニールに、作業中だった警備兵達が驚きの声と共に視線を向ける。一方、路地からはファニールを追う様に、彼女を突き飛ばした人影が出て来た。

 

「痛ッ……」

 

 ファニールは迫る人影に、起き上がるのも後回しにとにかく剣に手を伸ばす。

 

「この!」

「がぁッ!」

 

 だが剣に伸ばそうとした手は、追いかけて来た人物に踏みつけ押さえられた。さらに、その人物は自身の腰に下げた剣を、鞘ごと抜き出し、それで空いているファニールの左腕を押さえつけた。

 

「ぐッ、このッ……え?」

 

 もがこうとしたファニールだったが、自分を押さえつけている人物の顔を見て、動きを止める。

 

「嘘……ヘリナンさん……?」

 

 襲ってきた人物の正体は、昼間、ファニール達をこの町へ送り届けたヘリナンという名の運び屋の女だった。

 

「クソ、やっぱりもうしばらく泳がせるべきだったと思うね」

 

 路地からはさらにヘリナンを追う様に、別の人影が現れる。

 

「うるさいな、チャンスだと思ったんだ!」

 

 追ってきた人影に、決まり悪そうに答えるヘリナン。

 ヘリナン達が纏っているのは群青色の軍服。若干装飾などに違いはあれど、この町の警備隊とほとんど同じ物だった。

 

「どうして……?」

 

 そんな言葉を口から漏らすファニールだが、今の状況と合わせて見れば、答えを予想する事は容易だった。

 

「おい、あんたら!ボケーッと見てないで手を貸せ!」

 

 ヘリナンはファニールの問いかけには反応すらしめさず、傍らで視線を送る警備兵達に向って叫んだ。

 

「手を貸せって……その前に状況説明だろ?お前等、商議会の議員にくっついてきた中央府の警備隊だよな。こんな所で何して……」

 

 そんな要求に、警備兵の片割れは訝しむ声を返す。

 

「いや待て」

「兵長?」

「この娘は……」

 

 しかしそこで警備兵の言葉を、もう一人の警備兵が遮る。兵長と呼ばれた彼は、地面に倒れたファニールの容姿を確かめる。

 

「十代後半の女、心与の大陸東に見られる淡い金髪。通達道理の容姿……この娘、例の魅光の王国の勇者だ」

「何ですって?」

 

 そこに倒れている少女の正体に気付き、再度驚きの表情を浮かべる両者。

 

「なんだってこんな所に?あんたらが捕縛しにかかってるって話じゃ?」

「説明は後だ!とにかく先に手を貸せ!それと、あんたらのお仲間を応援に寄越すんだ!」

 

 そして警備兵達はヘリナンに質問の言葉を投げる。しかし対するヘリナンは、それには答えずに、躍起になった様子で警備兵達に荒げた声で要求する。

 

「そっちの都合で面倒事を……」

 

 彼等の横柄な態度に、兵長である男は小声で悪態を吐く。

 

「……クノ、お前は応援を呼んで来い。ここからなら南区域隊の3隊の詰め所が近い」

 

 しかし、何の対応も取らないわけにもいかず、兵長は相方の警備兵に指示を出した。

 

「しゃあねぇ、分かりましたよ」

 

 警備兵は身を翻し、応援を呼びに走り出す。

 

「急いでくれよ!さぁ、こいつを拘束しちまおう、そんで――ぐッ!?」

 

 その背に急かす言葉を発しかけたヘリナン。しかし、ヘリナンの足に突如激痛が走ったのはその瞬間であった。視線を降ろし見れば、ファニールを踏みつけている彼女の足に、短刀が刺さっていた。

 

「なぁ……ッ!」

 

 ヘリナンはファニールの腕を体の上で踏んでいたが、ファニールは脇の近くに短刀を隠し持っており、それでヘリナンの足を刺したのだ。

 足に走った激痛により、ファニールの右腕を抑え付けていたヘリナンの足の力が緩む。

 ファニールはすかさず右腕を引き抜く。そしてファニールは、ヘリナンへの追撃は後回しにして、もう一本別の短刀を取り出すと、それを投げ放った。

 

「ごっ……ッ」

 

 投げ放った短刀は、走り出していた警備兵へ飛び、その喉に突き刺さった。警備兵は悲鳴を零して、路上へと崩れ落ちる。

 

「クノ!?」

 

 兵長は崩れ落ちた警備兵へと駆け寄る。

 

「ヅ……ッ、このッ!」

 

 一方、ヘリナンは足の痛みをこらえ、再度ファニールを踏みつけようと足を振り下ろす。

 だがファニールは地面を転がりこれを回避。そして回避した先で足払いを繰り出し、ヘリナンを転倒させた。

 

「ぐぁッ!クソッ……!」

 

 ヘリナンが転倒した瞬間に、ファニールは懐から別の短刀を取り出していた。そして仰向けになったヘリナンの心臓目掛けて、全体重をかけて短刀を叩き付けた。

 

「ぐぇッ……!」

 

 ヘリナンの胸にナイフが深々と突き刺さり、ヘリナンは血を吐いて絶命した。

 ファニールは息つく着く暇も無く、地面を転がりその場を離れる。そしてファニールが先ほどまでいた場所に、剣が叩きつけられた。

 

「ヅッ!」

 

 鈍い悪態を吐いたのは、ヘリナンの相方の商会の警備兵。

 ファニールを狙って剣撃を叩き付けた彼だったが、それは失敗に終わった。ファニールは背後に抜けると同時に起き上がり抜剣。警備兵の背中を切り裂いた。

 

「げぐッ!?」

 

 相方の警備兵の背中はばっくりと裂け、おびただしい量の血を噴出する。そして警備兵はヘリナンと折り重なるように倒れた。

 警備兵の無力化を確認したファニールは、最後の一人へと目を向ける。

 

「……即死か、クソ」

 

 路上にかがむ兵長は、警備兵の息が既に無い事を確認していた。

 そして振り返り、ファニールと目が合う。

 

「――仇は、討たせてもらうッ!」

 

 瞬間、兵長は駆け出し、ファニールへと襲い掛かった。

 ファニールは短刀を引き抜き、警備兵長に向けて投げ放つ。だが警備兵長は飛びきた短刀を抜剣の流れで払い、ファニールへと切りかかった。

 ファニールはその場から飛びのき、攻撃をかわす。そして同時に抜剣。追撃を加えてきた警備兵長の剣を自分の剣で受け止めた。

 

「はァッ!」

 

 だが兵長は退くことはせず、二度、三度と重い剣撃を振り下ろし、ファニールを追い詰める。

 

「うぅッ!」

 

 連続して振り下ろされる剣撃により、ファニールが微かによろめき、彼女の防御の体制が弱まる。

 それをチャンスと見た兵長は、大きく振りかぶり、より強い剣撃をファニール目掛けて振り下ろす。ファニールはそれを防ぎきれずに、体を切り裂かれるものと思われた。

 

「……ふッ!」

「!?」

 

 だが、そうはならなかった。

 兵長の剣は、滑るように明後日の方向に逃がされた。

 ファニールは真っ向から剣を受け止めずに、絶妙な力加減と剣を角度で兵長の剣を逃がしたのだ。そして体勢を崩した兵長の腹部に潜り込み、手にした剣で彼の胴体を貫いた。

 

「ごがッ!?」

 

 ファニールの剣の切っ先が、兵長の背中へと抜ける。

 

「……」

 

 兵長の絶命を確認し、彼の体から剣を引き抜く。ドサッっと、兵長の体は地面へと突っ伏す。

 そしてファニールが見渡せば――薄暗い路上に四人分の亡骸が横たわっていた。

 

「……生半可な覚悟で勇者やってないよ」

 

 四人の亡骸を眺め、荒い息を整えながら一言呟くファニール。呼吸が整え終えた彼女は、今しがた聞いた話を整理し始めた。

 

「どういうこと……行方不明事件が国家ぐるみの人身売買?それに、この国の議会が魔王軍とのつながり?」

 

 呟きながら一つ一つ聞いた内容を反芻する。思い当たる節は多々あったが、全てを理解するには経過時間が短すぎた。

 

「話が飛びすぎだよ……」

 

 泣き言のように漏らす彼女だったが、その片手間に短刀を回収して行く。疑問な点は膨大にあるが、それ以前に今は水戸美を一人にしては置けない。装備を整え直したファニールは、宿へと戻る道を走り出した。

 

 

 

 水戸美達の宿。

 

「うう……この世界ってちょっと不便」

 

 一階の廊下に、そんな事を口にしながら歩く水戸美の姿がある。

 ファニールの言いつけを守り、基本は部屋で大人しくしていた彼女だったが、今はお手洗いに用があり、一階へ降りてきていた。

 

「いけない。今はそんな文句言ってる場合じゃないよね」

 

 呟きながらハンカチをポケットへしまう水戸美。

 

「あれ?何かに引っかかっちゃって……あ!」

 

 ポケットから手を出そうとした時、ペンが一緒に出てきて床へと落ちてしまう。落ちたペンは床を転がって行き、宿のカウンター内へ入ってしまった。

 

「やっちゃった……えっと、どうしよう。店主さんがいない」

 

 周囲を見渡すも、宿の店主の姿は見えなかった。

 

「しょうがないかな……ごめんなさい」

 

 水戸美は悪いと思いつつも勝手にカウンター内に入り、ペンを拾おうと屈む。

 その時だった、

 入口が乱暴に開かれ、団体が押し入ってきた。

 

「警備隊だ、ここの主はいるか!?」

(!?)

 

 入ってくると同時に、先頭にいた女が叫ぶ。

 

「はい?何か御用で?」

 

 宿内に大声が響き、奥にいたのであろう宿の店主が出てきた。突然の警備隊の来訪に、店主は若干戸惑っている。

 

「ここに三人組の女が止まっているはずだが?」

(!)

 

 カウンター内の水戸美は、両者からは死角になっていて見えていない。

 

「は、はい。そのうちの二名は、今は外出されていますが……」

「では、一人は部屋にいるんだな?」

「お、おそらく」

「よし。その者に用がある、案内しろ」

「はい……?し、しかし……」

 

 店主の顔は困惑の度合いを強める。

 たとえ警備隊といえども、いきなり押し入ってきた集団を客の下へ連れて行くのは、さすがに良しとしないようだった。

 

「これは治安維持のための任務なのだ。拒否すればそちらにもしかるべき措置を取る事になるぞ?」

 

 しかし、この場の長らしき女は、冷たい目で淡々とそう伝える。それは脅し以外の何物でもなかった。

 

「ッ!……わ、わかりました」

「よし。四名私と来い。残りは宿の周辺を見張れ」

 

 部下へ指示を出すと、女と数人の警備兵は、店主の案内で二階へと上がって行く。

 

「あ……あ……」

 

 その彼女等の目的であろう水戸美は、カウンター内で屈んだ状態で、顔を青くしていた。

 警備隊が具体的にいかなる目的で水戸美の元を訪れたのか、彼女には分からなかったが、クラライナの行方不明の件。そして今の場の空気から察するに、自身の身が危険に晒されている事だけは理解できた。

 

「……ど……どうしよう」

 

 だが彼女の選択できる行動は多くは無かった。

 今まで頼ってきたファニールやクラライナはおらず、ましてや自分で戦うなど論外。かといって、今しがた訪れた警備隊に身柄を預けるなど、恐ろしくて出来るわけが無い。

 恐怖に駆られながらも、なんとかしなければと辺りを見渡す水戸美。その彼女の目に、カウンターの出口の先に見える、宿の裏口が飛び込んできた。

 

「……」

 

 一瞬ためらいを見せた彼女だったが、意を決し、姿勢を低くしたままカウンターから這い出る。

 そして裏口へとたどり着いた水戸美は、雨の降る屋外へと飛び出した。

 屋外へ出ると、すぐさま一番近くの路地へと駆け込む。

 騒がしくなる宿の音を背後に聞きながら、水戸美は暗い町並みの中へ溶け込むべく走り出した。


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