―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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12-2:「陸士かくれんぼ」

《敵は約200名から250名程の二個中隊規模、隊列を組んで谷に向って来る。該当の傭兵団と見て間違いないと思われる》

 

 制刻等の潜む塹壕陣地の内。置かれた無線機より、谷の入口にいる河義から寄越された、傭兵団の動向を知らせる声が響く。

 この場だけでなく、河義の報告は無線機によって、谷に配置した全ての部隊に伝わっていた。

 

《河義三曹、ジャンカーL1長沼だ。逐一報告してくれ》

《了解》

 

 無線に長沼の声が入り、河義はその指示を受諾する。

 後方には、制刻等のいる塹壕と同形態の、第1攻撃壕と呼称される塹壕陣地がある。そこは今回の作戦の指揮所を兼ね、今作戦の指揮官となった長沼が、そこから指揮を執っていた。

 

《L1より各隊へ、交戦準備に入れ》

 

 そして長沼から無線越しに、全隊へ指示が下った。

 

「お前等、準備しろ」

 

 通信に耳を傾けていた制刻が指示を発する。

 

「あ!」

 

 そして同時に、出蔵が声を上げる。

 出蔵が巻き返し、良い勝負になりかけていたバックギャモンの板が、制刻の手によって乱暴に折りたたまれたのだ。

 板は近くに置いてあった背嚢に放り込まれる。

 乱暴な動作のために、いくつかの駒が地面に零れ落ちたが、制刻は構わずに無線機のハンドマイクを手に取り、通信を開いた。

 

「多気投、策頼、今のは聞いてたな?そっちは後どれくらいかかる?」

《まだちこーとかかりそうだぁ。ワイットだぜガイ》

 

 無線の向こうの相手は多気投だ。

 多気投と策頼の二名は現在、制刻等の塹壕より西後方にある、第11観測壕と呼称される観測壕の手伝いに出向いていた。

 

「おぃ、いつまでかかってんだ。頼んだ予備弾と、暗視眼鏡の換えはどうなってんだよ?」

《少し待てと言っただろう。観測壕の重機がここに来て愚図った。対処のために、今まで観測壕と後方を往復していたんだ》

 

 竹泉の嫌味な問いかけに、多気投に代わり策頼の声で返答が来る。その口調は、彼にしてはめずらしい苛ついた物であった。

 

「ああそうかよ」

「しょうがねぇ。出蔵、向こうに手を貸しに行け」

 

 それを流す竹泉。そして制刻は出蔵に、策頼等への手伝いに赴くように指示を出す。

 

「うまくやれば、あたしが勝てたかもしれないのにぃ……」

 

 その出蔵はというと、嘆きながら塹壕内に散らばった、バックギャモンの駒を拾い集めていた。

 

「切り替えろ。片づけは放っといていい、行け」

「あい……」

 

 制刻に言われ、出蔵は駒を集めるのを中断。塹壕と偽装シートの隙間から這い出て行った。

 出蔵が出て行くと同時に、再び無線機から河義の声が聞こえてきた。

 

《各隊へ、敵の集団が谷の少し手前で止まった》

《こちらに気付かれたのか?》

 

 河義の報告に、長沼からの返す声が聞こえる。

 

《分かりません。停止しただけで、それ以外の動きは無いのでなんとも》

 

 河義は淡々とした口調で入口の様子を伝えてくる。

 

《待った……なんだあれ……?》

 

 が、次の瞬間、河義の声色が変わった。

 

《どうした?》

《隊列の前側で何か赤く光ってる。松明の類じゃない……まるで発光ダイオードみたいな……》

《発光ダイオード?》

 

 河義の寄越した言葉に、長沼の返した怪訝な声が聞こえ来る。

 

《そうです。ダイオードの光みたいな赤い発光体が、隊列の真上にが浮かび上がって……、野郎……!谷へ、そちらへ向って行きます!》

《ッ!上空から偵察するつもりか?》

 

 河義のさらなる報告で、長沼は発光体の正体に察しをつけたのだろう、変化した声色での声が聞こえ届く。

 

《かもしれませんが、最悪攻撃の可能性もあります!ともかく対応を!》

《各隊、聞こえていたか?上空より偵察、もしくは攻撃の類と思われる赤い発光体が接近中。身を隠してやり過ごせ!》

「マジかよ」

 

 長沼からの指示に、無線に耳を傾けていた竹泉が悪態を吐く。

 

「剱、竹泉、重機を隠せ」

「あぁ、畜生」

 

 鳳藤と竹泉は、外部へ銃身を突き出していた92式7.7mm重機関銃と12.7mm重機関銃を、それぞれ塹壕内へと引き込む。

 

「出蔵、今どこだ?」

 

 制刻は無線を出て行った出蔵へと繋ぐ。

 

《第11観測壕とそっちの真ん中くらいです》

「今のは聞いてたな?適当な所に隠れろ」

《適当な所って!?》

「岩の影でも草むらでも何でもいい、どっかに身を隠せ」

《は、はい!》

 

 出蔵の返事を聞き届けてから制刻は無線を切った。

 

「出蔵のやつ、見つからなきゃいいが」

 

 各機関銃を引き込み終え、自分の小銃を確認しながら鳳藤は呟く。

 

「人のことよりこっちの心配をしたらどうだぁ?隠れろと言ったってよ、谷全体をスキャニングとかするようなシロモンだったらどうすんだよ?隠蔽も意味をなさねぇぞ?」

「そんときゃ、ドンパチが早まるだけだ」

 

 喚く竹泉に、制刻が一言簡潔に答えた。

 そしてほんの数十秒後。谷の上空、制刻等の塹壕から数百メートル先に、赤い発光体が表れた。

 

「なんだありゃ、気色悪ぃ」

 

 竹泉は、機関銃の銃身を突き出していた隙間から、谷の上空に視線を向けている。

 谷間に沿って接近して来る赤い発光体は、夜闇と雨で視界の悪い状況でも、肉眼ではっきりと見えた。

 

「………」

 

 壕内の皆が声を殺す中、発光体は塹壕の直上に到達する。

 そして、発光体は特に目立った動きを見せることも無く、壕の上を通り過ぎて行ってしまった。

 

「行った」

「はぁ……」

 

 制刻が発し、安堵の声を漏らす鳳藤。

 

「安心すんのは早ぇんじゃねぇかぁ?ばれてる可能性もあるんだぞ」

「ッ、分かってる」

 

 会話する二人を尻目に、制刻は無線を繋ぐ。

 

「ジャンカーL1、聞こえますか?こちらL2。発光体はこちらの上空を通過。おそらく数十秒後にはそっちに到達します」

《了解。そちらも引き続き警戒は怠るな》

 

 

 

「………」

 

 一方、後方――長沼等のいる第1攻撃壕でも、長沼を始めとする隊員等が塹壕内で息を潜めていた。

 長沼は、偽装のビニールシートを僅かにだけ開け、上空に視線を向けている。

 

「来た」

 

 一言発する長沼。

 制刻からの無線連絡を受けてから十数秒後。第1攻撃壕の長沼等の視線の先に、赤い発光体が現われた。

 

「………通り過ぎて行くな」

 

 発光体は速度も動きも大きく換えることは無く、第1攻撃壕の直上をやや逸れる形で上空を通過した。そして、そのまま塹壕から遠ざかっていくかと思われた。

 

「待った。発光体、戻ってきます」

「何?」

 

 しかし、監視を行っていた隊員が報告の声を上げた。

 発光体は第1攻撃壕からさらに100メートル程飛行した地点で、大きく旋回して反転した。そして第1攻撃壕の対岸の丘に沿って、谷を戻って行く。

 

「チッ、しつこいな。各隊、発光体は反転して谷の入口向けて飛行中、警戒を続行せよ」

 

 長沼は無線で全部隊に警戒続行の旨を伝えた。

 

 

 

「なんでまた来るんだよ、カスが」

 

 竹泉が悪態を吐きながら、外の監視を続けている。

 長沼の無線での警告から十数秒後。谷を沿って戻って来た発光体は、再び制刻等の塹壕の上空に姿を現していた。そして、先ほど同様の動きで第2攻撃壕を通過、塹壕から数十メートル発光体は消滅した。

 

「消えやがった」

「各隊、こちらジャンカーL2。発光体は第2攻撃壕上空で消滅した」

 

 制刻は発光体が消滅した事を全部隊に知らせる。

 

《了解L2。河義、発光体は消えたそうだが、そっちに動きは?》

 

 発光体消滅の報告を受けた長沼は、河義に傭兵団の動きを尋ねる。

 

《河義です。隊列に動きがありました……隊列が陣形を組み直し出してます》

《今ので発見されたか……?》

《まだ分かりません、もう少し見てみない事には……》

 

 少しの沈黙の後に、再度河義からの通信が来る。

 

《――動いた。隊列が動き出しました。ただ全部じゃありません、二手に分かれました。隊列の前半分だけが前進を始めて、残り半分は以前停止中》

《半分だけ?》

《はい……待った、こちら側の丘にも数名上がってきた。およそ7~8名》

《大丈夫か?》

《待って下さい……大丈夫です、我々のいる場所からは逸れて行きます》

《そうか。しかし……丘にも兵が上がってきたとなると、やはり我々の待ち伏せに気付かれたか?》

《いえ、にしては丘に上げた部隊の規模が小さすぎる気がします。こちらを把握しているのなら、もっと多くの人数を割くはずではないでしょうか?》

 

 河義は長沼に具申する。

 

《なにより向こうの動きなんですが、先行した傭兵団の人間と、上がってきた数名の斥候。どちらも周囲にしきりに視線を向けながら進んでいきます。明確な目標に対して行動しているようには見えません。さっきの発光体に発見された可能性も捨て切れませんが、まだ警戒してるだけの可能性が大です》

《そうか……だが、どちらにせよこのままだと、丘にあがってきた斥候が、そちら第2攻撃壕とぶつかるな……》

 

 長沼の声には微かな苦々しさが感じられた。

 第2攻撃壕とは、制刻等の陣取る塹壕陣地の呼称である。

 そして事前に立てられた計画では、1、2両攻撃壕、他二つの観測壕のすべての塹壕の射程圏内となる、谷の中心地点まで敵を引き込み、四方から傭兵団へ火力を投射する手はずとなっていた。

 だが、丘に上がってきた斥候が制刻等の第2攻撃壕と接触し、その存在に気付けば、必然そこで戦闘が発生し、そこより後方に位置する塹壕陣地は遊兵となってしまう。

 

「長沼二曹は配置をミスったな」

 

 無線から流れるやり取りを聞いていた竹泉が、皮肉な口調で一言言った。

 

《L2》

 

 そこに、長沼から制刻等への呼びかけが入った。

 

「はい、こちらL2」

《今の通信は聞いてたか?そちらに斥候が数名行っている。今からそこを撤収して、第1攻撃壕まで下がれるか?》

「時間的に少し厳しいかと。それより、俺等が奴等をやり過ごすのはどうです?」

 

 制刻は長沼に意見具申する。

 

《できるのか?確かにそれならば予定通り敵を四方から包囲できる。だが危険を伴うぞ?》

「試してみる価値はあるでしょう」

 

 制刻の言葉に、長沼は思考のためしばし沈黙したが、十数秒してから返答を寄越した。

 

《すまん。判断は任せる、無理なら交戦して身を守れ》

「L2、了解」

 

 進言の許可を聞き、制刻は無線通信を終えた。

 

「聞いたな。敵の斥候がこっちに接近してるが、これをやり過ごすぞ」

「マジかよ、こっちに皺よせが来やがった」

「万が一に備えて、接近戦の準備をしておけ」

 

 制刻は竹泉の愚痴を聞き流し、指示を発する。

 

「おい、本気でやろうってのか?塹壕は一応擬装してあるが、完璧とはいえねーんだぞ」

「暗闇とこの天候だ。可能性はある。それに、やろうがやるまいが、その先のドンパチは避けられんぞ」

 

 食い下がって発言する竹泉を説きながら、制刻は無線を手にする。

 

「出蔵、今どこだ?」

《第11観測壕に着きました、策頼さん達と一緒です》

「通信は聞いてたか?こっちは今から敵の斥候をやり過ごす。やり過ごした斥候は、下の本隊に合わせて第11観測壕の矢面まで行くはずだ。第11観測壕の面子がそれ片付けるまで、お前もそこにいろ」

《もし、そっちで戦闘になった場合は?》

「俺等だけでなんとかする、とにかくこっちが片付くまでそこから動くな」

《分かりました》

 

 制刻は通信を切り、自身の小銃を手に取った。

 

 

 

 それから数分が経過。

 

「おい。来たぜ」

 

 暗視眼鏡を構え、ビニールシートの隙間から外を覗いていた竹泉が発した。

 

「あぁ、見えてる」

 

 それに返答する制刻。

 視線の先、塹壕より100メートルと少し先に、ユラユラとゆれる複数の光源が見える。

 先ほどの発光体とは違う自然な光りかた、そして光によってぼんやりと浮かび上がる複数のシルエット。

 斥候の傭兵達と、傭兵達がそれぞれ持つ松明の明かりだった。

 

「数は……7名か。ばらけてるな」

 

 鳳藤が呟く。

 接近して来る人影は、散らばって塹壕に向って歩いてくる。

 

「右側の四名は壕から逸れるだろう。だが左の三名はこっちに来るな」

 

 制刻は人影を追いつつ、傭兵の進路を予測していた。

 傭兵達は警戒しながら徐々に近づいて来る。しかし彼等の警戒心は、明確に塹壕の方向に向けられているわけではなかった。

 

「周辺を広く警戒してるように見えるな」

「俺等には気付いてねぇ。たぶん、もっとでかい部隊の潜伏を警戒してんだ」

 

 鳳藤が零し、竹泉が推測の言葉を発する。やがて傭兵は塹壕の間近まで迫って来た。

 

「来たぞ」

 

 制刻等は息を殺す。

 一番先頭の傭兵、そしてそれに続く二人目は、塹壕より10メートル程横を通り過ぎた。

 そして三人目の傭兵が塹壕のすぐ側まで接近する。

 

(………)

 

 その傭兵は、塹壕の真横ギリギリを通過して行った。

 

「はぁ……」

「まだいるぞ、気ぃ抜くな」

 

 制刻が、安堵の息を吐いた鳳藤を咎めた。

 塹壕には、さらに二人の傭兵が接近する。二人の傭兵は、塹壕から大分離れたところを通過していった。

 そして、六人目の傭兵が塹壕に向けて歩いてくる。

 

(やばいか)

 

 制刻が心内で浮かべる。

 六人目の傭兵の進路は、塹壕にそのままぶつかる物だった。傭兵は歩みのリズムは変わらず、塹壕の直前まで迫る。

 

(……ッ!)

 

 身を竦ませる鳳藤。

 六人目の傭兵の歩幅は大きく、傭兵は塹壕の真上を跳び越え、そのまま離れていった。

 

(……よかった)

(勘弁願いたいね、糞!)

 

 鳳藤、竹泉は心の中で各々吐き出した。

 

(あと一人だ)

 

 制刻が再び心内で発する。

 最後の傭兵が塹壕の前まで接近する。この傭兵が塹壕に気付かずにそのまま通り過ぎてくれれば、この場は万事解決だ。しかし――

 

(!)

 

 鳳藤は傭兵の足の歩幅に気付く。

 傭兵の歩幅から見るに、彼の足はそのまま擬装されたシートに踏み込むコースだ。

 

(まず――)

 

 まずい、と思いかけた鳳藤。が――

 

「――ごぷ……ッ!?」

 

 次の瞬間、鳳藤の頭部を鈍い衝撃が襲った。

 なんと、傭兵は丁度、シートの真下に位置していた鳳藤の頭を踏みつけたのだ。鉄帽越しに人の体重を感じ、鳳藤は声を上げかけた。

 

「耐えろ」

 

 しかしそこを、制刻が声を上げそうになった鳳藤の口を手で塞ぐ。そして同時にもう片手で首根っこを掴み、鳳藤の頭を強引に固定させた。

 

「ふも……」

 

 口を塞がれ、鳳藤は傭兵の体重を頭と首周りに感じながら、くぐもった声を上げる。

 

「ん……?」

 

 一方の傭兵は、足裏の感覚を不思議に思ったのか、足元に視線を落とした。

 

「竹泉」

「チッ」

 

 傭兵が足元を不審に思った事は、傭兵の上げた声と気配により、制刻等にも分かった。

 制刻は顎をしゃくり、竹泉に合図を送る。竹泉は狭い塹壕内で、小銃をほぼ真上に向けて構えた。傭兵がこちらを完全に認識した瞬間、シート越しに彼を射殺できるように。

 

「うわッ!?」

 

 だがその時、声と土砂がこすれるような音が、塹壕の後方で上がった。

 

「どうした?」

 

 そして頭上の傭兵の注意が逸れ、傭兵はそちらへと駆けて行く。傭兵が塹壕の上から立ち去ったことにより、鳳藤は傭兵の重量から解放された。

 

「大丈夫か?」

「すまん……ぬかるみに足を取られた」

「気をつけろ、このあたりは地面の状態が特に悪いみたいだ」

 

 声と音の主は、先ほど塹壕を跨いで行った六人目の傭兵だった。塹壕を越えて進んだ先で転倒したようだ。

 

「急ごう、他の連中に置いてかれる」

「ああ」

 

 少しの会話の後、傭兵達は塹壕から離れていった。

 

「――行ったか」

 

 制刻は傭兵の気配が完全に消えるのを待ち、鳳藤から手を離した。

 

「ぶはッ!何をするんだ、畜生……!」

 

 口を解放された鳳藤は、酸欠で赤くなった顔をしかめて文句を言う。

 

「ばれなくてよかっただろ。竹泉、周囲を確認しろ。慎重にな」

 

 だが制刻はシレッと一言だけ言い、竹泉に指示を送った。

 

「何で私がこんな目に……」

 

 傍ら、鳳藤は自分の首周りをさすりながら、不服そうに呟く。

 

「周囲からは捌けたみてぇだ」

 

 竹泉はシートを少しだけ持ち上げ、周囲を見渡し、傭兵が塹壕の近辺からいなくなった事を確認。

 

「L1、こちらL2。敵の斥候はやり過ごした」

 

 制刻は無線で、長沼に傭兵をやり過ごした事を報告した。

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