―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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12-3:「雨のち砲弾」

《L1、こちらL2。敵の斥候はやり過ごした》

「……向こうは敵の斥候をやり過ごしたみたいだ」

 

 狭く暗い空間で、一人の隊員――施設科の麻掬(あさすくい)三曹が無線通信に耳を傾けている。

 ここは第21観測壕。

 制刻等の第2攻撃壕から、谷を挟んで反対側の丘の上に作られた観測のための塹壕陣地だ。

 

「よくやる」

 

 麻掬三曹の隣にいる、同じく施設科の陸士長――迷彩戦闘服の名札に、(ほまれ)という名字の記された隊員が、呆れた声で言いながら、その特徴的な大きくギョロリとした眼で、偽装シート隙間から外を監視している。

 それを真似する様に、麻掬も塹壕とシートの隙間から外を覗き見る。

 最初に目に映るのは、谷を挟んで向こう側の第2攻撃壕のある丘。第2攻撃壕を通り過ぎた傭兵達の松明の明かりが、ゆらゆらと揺れているのが見える。

 一瞬その様子を見てから、今度は崖下の谷間の道に目を落とす。そして目に飛び込んでくるのは、先程の物とは比べ物にならない、谷間を川の水のように流れて行く無数の松明の明かり。

 傭兵団の本隊。何十騎、いや百を越える騎兵が通過して行く様子が見えた。

 

「ジャンカーL1、長沼二曹聞こえますか?こちらスナップ21。目標ドローン1は現在B2線を通過中」

 

 麻掬三曹は無線を手に取り、第1攻撃壕の長沼へ傭兵団の動向を伝える。

 

《了解スナップ21。L2が敵斥候をやり過ごしたのは聞いたな?作戦は変更無く開始の予定だ。少しでも何か変化があればすぐに伝えるように》

「了解」

 

 眼下を通り過ぎて行く傭兵団を、塹壕内の隊員等はまじまじと眺めている。

 

「……百名以上居る。それに対してこっちはたかだが三十数名、本当に大丈夫なのか」

 

 訝しげな顔で呟いたのは、誉のさらに隣に座る、武器科の美斗知(みとち)という名の陸士長。

 

「だから奇襲をするんだろ。十字砲火を浴びせられるよう陣形を整えたし、迫撃砲支援もある。なんとかなるだろ………いや、なんとかするしかねぇんだ」

 

 美斗知の発した台詞に、誉は言い聞かせるように答えた。

 

「長沼二曹はうまく指揮してくれるのかね………年長者で先任だからって、今回の戦闘の指揮なんぞ押し付けられたんだろ?それも需品科の先任と来た」

「………私等がそんな心配できた義理?」

 

 美斗知の発した愚痴に、いささか暗い声で言葉で声が返される。

 塹壕の中央部のスポットに据えられた、12.7mm重機関銃に着く女隊員。美斗知と同じく武器科の、祝詞(のりと)陸士長が声を返したようだ。

 

「みんな矢表に立ったことなんてない後方支援要員じゃない。私達にちゃんと今回の戦闘をこなせる保障はあるのかしらね………」

 

 この第21観測壕には6人の隊員が配置されていたが、彼女の言葉通り、一人を除いてこの場にいるのは皆、武器科や施設科などの後方支援職種の人間であった。

 

「は、確かにな」

 

 祝詞の言葉に、誉が鼻で笑ってから言う。

 

「だが俺等はともかく、長沼二曹は以前は19機団の68普(第19機動団、第68普通科連隊を示す)にいたって聞いてる。いくらかの経験はあるんだろう、少なくとも俺等が心配すんのはお門違いだ。――おい、隊列が途切れたぞ」

 

 話をしている間に、傭兵団の長い隊列は、第21観測壕の眼下を通り過ぎた。

 

「スナップ2よりジャンカーL1。目標ドローン1がB2線を通過。あと数分でそちらの有効射程に入る」

 

 麻掬は無線で長沼のいる第1攻撃壕にその旨を送った。隊員等は遠ざかって行く傭兵団を見送る。

 

「背中が丸見えだ」

 

 誉は、自身の火器であるMINIMI軽機関銃の照準を覗き、傭兵団の隊列を追いながら呟く。

 

「まだ撃つなよ。敵本隊への主攻撃はA1線の担当だ。俺等は敵の背後を監視し、撃ち漏らしをやるだけだ」

 

 麻掬が誉に、念を押すように注意の言葉をかける。

 

「分かってますよ。ッ、とっとと終わらせたいぜ……」

「あれ?誉さん、意外ですね」

 

 悪態を吐いた誉士長に、やや明るめの口調で反応する声。声の主は塹壕の一角に居る、小柄で童顔――いや可愛らしい顔立ちとまで言える、まるで少年のような男性隊員。施設科の、鈴暮(すずくれ)と言う名の一等陸士であった。

 

「は?」

 

 鈴暮の言葉の意図が分からず、誉は怪訝な声を返す。

 

「もっと息巻いてると思ってましたよ。じいちゃんばあちゃんに自慢できる仕事がしたいって、いつも言ってたじゃないですか。今こそ日ごろの成果を発揮して、人々を守れる。自慢話として、持って帰れるんじゃないですか?」

「……何言ってる」

 

 鈴暮の言葉に、しかし誉は不機嫌そうな表情を作り、そう返す。

 

「守るためとは言え、これからするのは人殺しだぞ。間違っても自慢なんかできるかよ……」

「あ……すんません……」

 

 そんな誉の言葉に、自身の発言が軽率だった事に気付き、鈴暮は気まずそうに謝った。

 

「54普のヤツ等とかは、何食わぬ顔でドカスカやってるけどな」

 

 そんな二人のやり取りに、美斗知が横から口を挟む。

 

「あいつら基準にしてどうすんのよ、〝おかしい〟の代名詞の54普よ?危ない言動のヤツ等が意図的に隔離されてるって噂まである」

 

 さらに祝詞も会話に加わり、ウンザリしたような口調で発言する。

 

「あー、それは他の隊や新人にも、普通に戦ってる人がチョコチョコいるみたいですけど?」

 

 美斗知、祝詞両名の54普連に対する発言に、鈴暮が少しかばうように言う。

 

「そういうのは元からイカれたヤツなんだろ。そいつらもほっときゃ、何人かは54普送りになってたかも――」

「おいッ!」

 

 美斗の言葉を遮り、麻掬が怒鳴った。そして塹壕内の一番端に目配せをする。

 

「あ……」

「……すいません、崖胃(がけい)三曹」

 

 その先にいる人物を見て、美斗知、祝詞は気まずそうな顔を作り、謝罪した。

 

「……いい、少しアレなヤツが多いのは事実だ」

 

 そう発した、塹壕内の一番端の人物。

 返事を返しながらも、その視線は美斗知等には向かず、塹壕の外を監視している。

 この場で唯一の普通科隊員の、崖胃と言う三曹だ。

 彼は後方支援職の隊員が中心のこの隊を補佐するため、ここに組み込まれていた。

 

「どちらにせよお前等のは根拠の無い噂話だ、口を慎め」

「了解……」

「すみません……」

 

 崖胃は気にしていない様子の言葉を返したが、麻掬は武器科の両名を注意。美斗知と祝詞は再度謝罪した。

 

「麻掬三曹。敵隊列、A1攻撃線に入ります」

 

 ちょうど会話が一区切りを迎えたところで、誉が発する。

 傭兵団の隊列が、A1攻撃線――長沼等の第1攻撃壕の攻撃範囲に入ろうとしていた。

 

「よし、備えろ。向こうでおっぱじまるぞ」

 

 

 

 傭兵団は谷間の道を進軍している。

 先陣の瞬狼隊は楔陣形を作り、前方を警戒しながら進んでいる。

 一方、本隊である親狼隊は、隊をいくつかのグループに分け、グループごとにいくらかの間隔を取りつつ、陣形を作って瞬狼隊に続いている。

 谷の南側の丘には、警戒のために上げた軽装兵の松明の明かりが見える。軽装兵は本隊に合わせて丘の上を進んでおり、彼等から特に異常の報告は無い。

 ここまで傭兵団に襲い掛かってくるような敵の気配は感じられず、傭兵団は谷の半ばに差し掛かった。

 その時、傭兵団の上空を、発光体が斜めに通過した。

 

「………」

 

 遠方知覚魔法を扱う少女ラミが、再び周囲を観測するために、発光体を飛ばしていた。

 

「ラミ、あまり根をつめるな」

「はい……でも近くなら比較的思い道理にうごかせますから」

 

 頭領が気を使い声をかけるが、ラミは言葉だけ返し、発光体の操作を続ける。

 高い魔力と技術を持たず、発光体の操作に制約を受けるラミだったが、近距離では比較的思い道理に発光体を動かす事ができた。

 

「エテナさんがいれば……」

 

 ラミが発した名は、彼女の慕っていた女性術師だ。

 ラミよりも高い魔力と技量を持つ術師だったが、数ヶ月前に傭兵団が引き受けた作戦で負傷し、今は隊に身をおいていなかった。

 

「頭領、もう少しで谷の出口が見えてくるはずです」

 

 トイチナが頭領に言う。

 傭兵団は谷を進み続け、谷の三分の二を消化。谷の出口に近づこうとしていた。

 

「……杞憂で終わってくれそうですかね」

「油断はするな」

 

 頭領は戒めの言葉を発する。

 しかし、周辺に大部隊の気配は無く、術師からの報告も無い。頭領も内心では少しだけ安堵していた。

 

「……え?」

 

 だが、次の瞬間、背後で声が上がる。

 他でもない、上空の発光体を操っている少女、ラミの発した声だった。

 

「どうした?」

「いえ……前方の崖の上に今何か……」

 

 トイチナの問いかけに、戸惑った声を返すラミ。

 ラミの操る発光体は、今さっき、前方側面に見える崖の上を横切ったところだったが、そこで、地表に微かな違和感を覚えた。

 先ほどの偵察では真っ暗で地面の様子などほとんど分からなかったが、今、周囲には傭兵団の松明の明かりが微かだが届いている。そのおかげで、崖の上の違和感に気付いたのだ。

 違和感の正体が何かを確かめるべく、ラミは発光体を旋回させ、再度崖の上へと飛ばす。崖の上空へと到達した発光体は、上空から見たその場の様子を、映像としてラミの脳裏へと伝える。

 その場で発光体を旋回させ、地表をよくよく観察する。そして崖際に、奇妙な一帯が存在する事に気付いた。何か布のような物で一帯が細長く覆い隠され、所々から何かが覗き出ている。

 

「!――崖の上!何か隠れています!」

「何!?」

 

 ラミが叫び、それを聞いた頭領達が声を上げる。

 

「――各隊ッ!右翼を正面に防御体制ーーッ!!」

 

 頭領はラミに詳細を尋ねることはしなかった。

 それより先に声を張り上げ、傭兵団全隊へと指示を出した。

 近くにいた傭兵の各グループは、頭領の声を耳にすると、即座に馬から降りて行動に移った。

 同時に頭領の命令を聞いた各グループのリーダーは、その命令を大声で反復する。反復された命令は陣形の外側にいるグループへ伝わり、頭領の命令はものの数秒で、傭兵団全体へと伝播していった。各グループの傭兵達の動きはすばやく、命じられた隊形を形作って行く。

 

「ラミ!崖の上に何がいるんだ!?」

 

 防御命令を出し終えてから、頭領は背後の少女に振り向き、詳細を尋ねた。

 

「分かりません!地面に何かが隠れています!あ、今動き――」

 

 次の瞬間だった。

 谷の上空で、突如鈍い破裂音が響く。そして傭兵団の頭上で、二つの強烈な光が瞬いた。上がった二つの光源により、周囲が今まで以上に明るく照らされる。

 

「ッ……!これはフレムか!?」

 

 トイチナは目を細め、上空の強烈な光を見上げながら、思い当たる光系魔法の名を口にする。

 

《――こちらは、ニホンコクリクタイです。皆さんに告ぎます。直ちに進行行動を中止し、退去してください。繰り返します――》

 

 そして同時に谷中に、異質な音声が響いて、そんな文言が聞こえ来た。

 

「何を……!?」

「うろたえるなッ!陣形を作れ!」

 

 唐突なそれ等に傭兵達は動揺を見せたが、そこへ頭領は再び声を張り上げる。

 傭兵達の注意はほんの一瞬だけ逸れたものの、彼等は即座に行動を再開。

 そしていくつかの隊から、牽制の矢が反射的に、右翼側の丘の上へと放たれる。

 傭兵達は素早く的確に動いてゆく。そして間もなく、全てのグループが防御体制への移行を完了するはずだった。

 

「!!」

 

 だが刹那、頭領の――いや、全ての傭兵達の耳が不可解な音を捉えた。それは風が吹く音とも、口笛の音ともつかない異質な音。

 

「一体何の音――」

 

 ――その音が、次の瞬間に爆音へと変わった。

 音と同時に頭領の視線の先で爆煙が上がる。そして、そこにいた傭兵のグループが、土砂と共にまとめて吹き飛んだ。

 

「――……な……?」

 

 さらに一秒と間を置かずに、各所で次々に爆炎が上がった。その場にいた傭兵達が爆煙に巻き込まれ、吹き飛ばされ、巻き上げられて行く。

 

「こ、攻撃ッ!敵の攻撃だぁーー!」

 

 誰かの声が爆音に混じって微かに聞こえる。

 そして傭兵団は混乱に陥った。

 

「ッ、落ち着け!各隊、散会し――ごぁぁッ!?」

 

 親狼隊長トイチナは、混乱する傭兵達を治めるべく、声を張り上げようとした。

だが、彼の背後でも爆炎が上がった。

 爆風に煽られ、彼の愛馬は吹き飛ぶように転倒、そしてトイチナは地面に投げ出された。

 

 

 

 数分前、長沼等の第1攻撃壕。

 

「来たな」

 

 長沼が暗視装置を覗いている。

 彼の目には、谷間の先から姿を現した傭兵団が見えていた。

 

「敵の先鋒がまもなく着弾範囲に侵入。先鋒と本隊の間に近くの間隔があります。100メートル から150メートルほどです」

 

 長沼の横で、同じく暗視装置を覗いている峨奈がそう伝える。

 

「先鋒は通過させろ、目標は本隊だ。本隊が着弾地点に来るまで待つ」

 

 長沼は隣の峨奈だけでなく、塹壕にいる隊員等に言い聞かせる。

 

「先鋒、着弾範囲に侵入……二曹、敵隊の上空に発光体です」

 

 迫り来る傭兵団の上空に、先ほど飛来したものと同様の赤い発光体が表れた。現われた発光体は、傭兵団本隊を中心に周辺を飛び回っている。

 

「周辺警戒のために飛ばしているようです」

「まるで護衛機だな」

 

 長沼は発光体の動きを見て呟いた。

 

「二曹。敵先鋒、通過します」

 

 先行していた傭兵の偵察隊、30騎程の騎兵が長沼等の眼下を通り過ぎてゆく。

 

「敵本隊、まもなく着弾範囲に侵入」

「樫端、迫撃砲に準備要請。すぐさま砲撃できるようにと伝えろ」

「はい」

 

 峨奈のさらに隣にいる樫端が、無線を手に後方の迫撃砲部隊へ通信を繋ぐ。

 

「二曹!発光体がこっちに来ます」

 

 その時、峨奈が上空に視線を送りながら言った。

 彼の言葉通り、傭兵団の上空を飛びまわっていた発光体が、こちらへと向ってきている。

 

「落ち着け。下手に動かず、さっきと同じようにやり過ごすぞ」

 

 長沼を始め、塹壕内の隊員等は息を潜める。

 発光体はものの数秒で塹壕上空に到達、真上を通り過ぎて行った。

 

「行ったか」

「……いえ、また戻ってきます」

 

 上空を通過した発光体は、塹壕から少し離れたところで旋回し、再び塹壕上空へ戻って来た。

 

「さっきより動きが機敏だ、彼等が近くにいるせいか?」

 

 発光体は再度塹壕上空を通過し、傭兵団の元へ戻ると思われた。だが、発光体はまたしても旋回し、こちらへと飛来してきた。そしてあろうことか、発光体は塹壕上空に張り付くように旋回を始めた。

 

「ッ、糞!」

 

 発光体のしつこさに、樫端が悪態を吐く。

 

(こいつは、気付かれたか……?)

 

 長沼は発光体を目で追いながら、心の中で呟く。

 

「二曹!」

 

 その時、長沼の内心を肯定するかのように、隣にいる峨奈が叫んだ。彼の目線は上空ではなく谷間の傭兵団に向いている。

 

「敵隊に動きが……こっちに向けて展開してる――我々は発見されています!」

 

 分散していた傭兵グループのほとんどが、慌しく動き始める。そして彼等の動きは、どれもこちらへ向けられたものだった。

 

「偽装解除ッ!対戦車班、照明弾を上げろッ!」

 

 瞬間、長沼は決断し、発し上げた。

 塹壕を覆っていた擬装シートが一斉に取り払われる。そして同時に、塹壕内で備えていた対戦車火器を担当する班の隊員等が、71式66mmてき弾銃を構える。それぞれの引き金が引かれ、各てき弾銃から照明弾が上空夜闇に向けて撃ち出される。

 ――撃ち出された照明弾は、上空で炸裂。強烈な光源が夜空に浮かび、谷全体を照らした。

 

《――こちらは、日本国陸隊です。皆さんに告ぎます。直ちに進行行動を中止し、退去してください。繰り返します――》

 

 そして長沼は、手にしていた拡声器を口元に寄せ、眼下の傭兵団に向けて広報勧告の声を発し始める。

 突然巻き起こったそれ等の現象に、眼下の傭兵達の狼狽する様子が見える。

 しかし、それも束の間。直後には、傭兵達は陣形の変更行動と見られる動きを再開する。

 そして、彼等の方より、複数の矢が飛来。塹壕の頭上を掠め、そして周辺へと突き刺さった。

 

「ッ――!攻撃です!」

 

 峨奈が発し、長沼も顔を顰める。

 その間にも、眼下で傭兵団は陣形を変え、完成させてゆく。

 

「聞く耳は持たないか……仕方がない――樫端、迫撃砲隊に砲撃開始要請!」

 

 長沼はその光景を前に零し、そして決意。傍らの樫端に指示の声を発する。

 

「はい!――ジャンカーL1よりモーターネスト。砲撃開始、繰り返す砲撃開始ッ!」

 

 それを受け、樫端が無線に向けて叫びだす。

 

「長沼二曹!迫撃砲隊、砲撃を開始。初弾着弾まで五秒ッ!」

 

 そして樫端が、迫撃砲隊から返された通信内容を長沼に伝える。

 

「了解」

 

 長沼はそれに一言、端的に答える。

 そして照明弾により照らし出された谷に、風を切るような音が響き渡り出し――

 ――最初の爆炎が上がった。

 初弾は傭兵団本隊の先頭、最右翼にいた傭兵グループの元へと落ちた。グループは爆炎に包まれ、5~6名が馬と共に吹き飛んだ。それとほぼ同時に、2発目が傭兵団の中列左翼にいたグループの所に着弾。グループのやや後ろで爆破した迫撃砲弾に、傭兵達数名は馬と共に、まるで蹴り上げられたかのように宙へと舞った。3発目、4発目と、迫撃砲隊の64式81mm迫撃砲から撃ち出された迫撃砲弾は次々と着弾。

 ほとんど同じ瞬間に、傭兵団隊列の各所で計六つの爆炎が上がり、合計して30名近くの傭兵達が、吹き飛ばされ、四散した。

 無事だった他の傭兵達が何が起こったのかを把握する前に、第2波が傭兵団へと襲い掛かる。何発かは第1波攻撃を凌ぎ、無事だったグループの元へと着弾、吹き飛ばされた先の者達と同様の運命を辿らせる。残りの何発かは、第1波攻撃で吹き飛ばされ、しかし死には至らなかった傭兵達へ、無慈悲にも再度襲い掛かった。

 第2派攻撃が止むと、その数秒後には第3波、さらにその後には第4波と、混乱に陥った傭兵団へ迫撃砲弾が着弾。傭兵達を次々に吹き飛ばしていった。

 

「………砲撃停止」

 

 20発以上の迫撃砲弾が撃ち込まれた所で、長沼は砲撃停止の命令を出した。

 

「モーター、砲撃停止、砲撃停止」

《モーター、了解。次の指示あるまで待機する》

 

 樫端が無線で砲撃停止の旨を伝え、迫撃砲隊からの砲撃が止んだ。

 

(三~四十名は吹き飛んだか……)

 

 長沼は双眼鏡を覗き、眼下の谷の様子を確認する。

 

(………)

 

 数秒眺めた後に、長沼は双眼鏡を降ろす。その表情はかすかに曇っていた。

 

「二曹、生き残りがばらけます!」

 

 しかし感傷に浸る間もなく、峨奈が生き残りの傭兵達の動きを確認し、報告を上げる。

 

「――射撃開始、各個に撃て」

 

 報告に、長沼は曇っていた表情を元に戻し、端的に指示を下す。

 塹壕陣地に設置された各機関銃、そして各員の持つ火器が火を噴き出した。


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