―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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12-4:「護りの囲い」

「……ぐッ……!」

 

 落馬した親狼隊隊長、トイチナは痛む体を起こし、周囲を見渡す。

 ――地獄絵図だった。

 負傷者の悲鳴がそこかしこで上がっている。

 周囲に仲間の亡骸がいくつも転がり、血の水溜りがそこらじゅうにでき、吹き飛ばされ、千切れた人間の〝部品〟があちこちに散らばっている。夜空に撃ち上がった光源によって、それらははっきりと照らされ、トイチナの目に飛び込んできた。

 

「トイチナ、トイチナ!しっかりしろ!」

 

 そんなトイチナの元へ、頭領が駆け寄ってきた。

 

「頭領……今のは、ボルカレイナ攻撃ですか……!?」

 

 たった今起こった攻撃がなんなのか、トイチナは思い当たる魔法を口にする。

 ただ、今の攻撃が自分が口にした魔法とは別物であろうことは、内心では彼も分かっていた。

 

「分からん、それにしては妙だ。火炎弾が飛来するのも見えなかった……とにかくここを離れなければ!」

 

 トイチナは頭領の助けを受け、体を起こす。

 周囲では攻撃を逃れたものの、突然の事態に浮き足立っている傭兵達の姿が見えた。

 

「頭領!指示を下さい!一体どうすれば――」

 

 次の瞬間だった。

 ブシュ――と、視界の先で指示を求めていた傭兵が、突然頭から血を噴き出して倒れたのは。

 

「!?」

 

 驚いたのも束の間、彼の付近にいた他の傭兵達も、同様に体から血を噴き出し、次々と倒れて行く。

 

「頭領!」

 

 トイチナは咄嗟に、自分を支えてくれていた頭領に体当たりをし、近くの馬の亡骸へと倒れさせる。そして自身も馬の亡骸の影に倒れこんだ。

 

「身を隠せーッ!生きてる者は身を隠せーッ!」

 

 倒れこむと同時に、トイチナは周囲にいる味方に大声で叫んだ。その指示に、周囲の生き残っていた傭兵達は遮蔽物へ身を隠してゆく。遅れた何名かが、謎の攻撃に食われ、血を噴き出した。

 

「ッ、すまん……!今のはなんだ!?」

 

 頭領は自分を庇ってくれたトイチナに例を言い、そして尋ねる。

 

「不明です!いきなり血を噴き出しました!矢の類かレイニ系の飛晶魔法か……?……イレマ!崖の上の魔力反応を調べろ!」

 

 トイチナは、後ろで別の馬の亡骸に身を隠している、術師のイレマに向けて叫んだ。

 

「やってます……ッ!もう谷全域を調べてます!」

 

 イレマは縮こまった体勢で馬の亡骸に隠れ、水晶の入った箱を手に、術を発動していた。

 

「反応はあったか!?」

「まったくないです!どうして!?あんな攻撃があったのに、術者らしい魔力をどこにも感じられない!」

 

 イレマからは悲鳴にも近い声で返答が返ってきた。

 

「魔法ではない……となると」

 

 トイチナは馬の亡骸からわずかに顔を出す。彼の視線が向くのは、先ほどラミが何かいると言った崖の上。一瞬、崖の上で光が瞬き、何かが爆ぜるような音がする。

 

「今のは……ヅッ!」

 

 そしてわずかに間を置いてから、周囲の地面が突然抉られ、馬の亡骸が血を噴き出し、謎の衝撃が伝わってきた。

 

「……やはり崖の上からの攻撃です!魔力の反応が無いとなると、恐らく武器による攻撃だと思われます」

「そうか……しかし、谷全域にまったく魔力が感じられないというのが気になる。先ほどの攻撃の正体は……?」

 

 頭領が考えている途中で、再び謎の攻撃が襲って来た。そして遠くで仲間が、倒れて行くのが見える。

 

「糞!」

「ッ、考えるのは後か。この場をなんとかしなければ、攻撃も撤退もままならん」

 

 呟くと、頭領は一度息を吸い、そして大声を発した。

 

「動ける隊はいるかー!?崖に向けて防御体制!隊ごとに分散して展開しろーッ!」

 

 その指示は、狙われていなかった、もしくは遮蔽物に隠れてやり過ごしていた傭兵達の耳に届く。

 そして彼等は再び動き出した。

 動き出した傭兵達は、まず各所で4~6名ほどのグループを作り出した。彼等は皆、その手に鉄製の大きな盾を持っている。展開する途中で、またしても何人かの傭兵が血を噴いて倒れるが、今度は傭兵達は怯まずに、行動し続ける。

 彼等はそれぞれの場所で集結すると、横一列並び、立てひざを突いて盾を構え、防御体制を完成させた。その一連の動作は、まるで機動隊が展開して行くようだった。

 

「何人か、頭領のために盾を!」

 

 トイチナは頭領を守るために、周囲の傭兵に声をかける。

 すると、一番近くにいた傭兵グループが駆け寄ってきて、頭領やトイチナ、近場にいた仲間を守るように、盾を構えて周囲を固めた。

 傭兵グループの八割がたが防御体制を完成させつつあった時、一番突出していたグループに攻撃が加えられた。彼等の構える盾にいくつもの強い衝撃が走り、金属同士がぶつかり合う音が響いた。

 

「ッ……大丈夫だ、防げます!」

 

 だが加えられた攻撃は盾を貫通せず、傭兵達は健在だった。

 

「よし、弓兵!整った隊から崖の上へ攻撃を始めろ!トイチナ、念のため各隊へ術者を向わせ、防御上昇の魔法を施させろ。それとレイニシルダとマーヴェウォイルを使える者が生きていたら、それも準備もさせるんだ!」

「了解!術者の者で無事なものは返事をしろー!」

 

 頭領から指示を受け、トイチナはそれを成すために行動を始めた。

 一方、各傭兵グループは次の動きに移る。盾を構えた傭兵の背後には、3~5名の者が弓兵が控えていた。彼等は盾に隠れながら弓を構え、崖の上目掛けて矢を解き放った。

放たれた矢が崖の上へ注ぎ込まれる。すると、崖の上からの攻撃が止んだ。

 

「よし、効いてるぞ!続けて――」

 

 続けて弓を引こうとする傭兵達。

 ――だが、攻撃が止んだのは一瞬でしかなかった。

 

「――ごッ」

 

 事態は、一番突出しているグループで発生した。

 一人の傭兵の構えていた盾が、凄まじい衝撃と共に貫通され、ほぼ同時に、盾の主である傭兵の上半身がはじけ飛び、臓器を飛び散らせた。

 

「なッ――ごげッ!?」

 

 さらに彼の横に並んでいた傭兵達も、同様に衝撃に襲われ、順番に次々と弾き飛んで行く。

 

「た、盾を!そんな……ぎゃッ!?」

 

 そして盾による防護を失い、剥き出しになった弓兵達も粉砕されて行く。

 

「馬鹿な……ッ!盾ごと貫通されている!?」

 

 その様子は頭領も目撃していた。

 

「糞ッ、エーナ隊下がれェ!トイチナ、防御魔法はまだかッ!」

「まもなく完了です!」

 

 後方から、トイチナの声が返ってきた。

 崖から比較的離れた位置で、二つの傭兵グループが防御体勢を取っている。両グループの背後では、それぞれ術師が魔法発動のための詠唱を行っていた。

 彼等は、ミルシーダと言われる防御魔法を、傭兵達に施していた。この魔法は、人や物の硬度、防御力を上げる事ができ、今はグループの傭兵達と、彼等の持つ盾にこの魔法が施されていた。

 

「――立ち向かう者たちに、鋼にも勝る加護をッ。ミルシーダ完了です!」

「ウォト隊、リンナ隊!前へーッ!」

 

 術者が詠唱を終えると同時に、トイチナが号令を出す。

 攻撃を受けたの傭兵グループの生き残りが後方へと下がり、それと入れ替わるように、二つのグループは列を保ったまま一番前へと進み出た。一番前へと進み出た二つの傭兵グループに、先ほどの攻撃が襲い掛かる。

 

「ぐッ!?」

 

 何人かの傭兵が、盾越しに凄まじい衝撃に襲われる。

 

「……効くぜ…!なんて攻撃だ…!」

 

 だが彼等は無事だった。

 衝撃に痺れる様な感覚を覚えた傭兵達だったが、防御魔法を施された盾は攻撃を防ぎ切り、傭兵達はその場に踏みとどまった。

 

「行けるぞ、攻撃!」

 

 そして後ろに追従していた弓兵達が、崖の上に向けて弓を引いた。

 

「防いだか……だが、まだ威力があるようだな」

 

 一連の様子を見ていた頭領は、そう呟く。

 

「頭領!」

 

 そこへトイチナが駆け込んできた。

 

「トイチナ、レイニシルダとマーヴェウォイルを使える者はいたか?」

「それぞれを使えるマイニとヒストが生きてました。しばしお待ちを」

 

 展開している傭兵グループの元へ、盾を持った三人の傭兵に守られながら、二人の術者が走って行くのが見える。彼等は傭兵グループの背後にたどり着くと、魔法詠唱を始める。

 ――そして十数秒後、傭兵団全体を、青い半透明と緑の半透明の二種類のドームが覆った。

 

 

 

 塹壕陣地のスポットに据えられた92式7.7mm重機関銃が、キツツキのそれにも例えられる独特の発砲音を響かせている。保弾板に整えられた7.7㎜弾は給弾口より吸いこまれ、そして銃口から眼下へと撃ち込まれて行く。

 眼下には、先の迫撃砲からの砲撃によって防御体制を崩され、各所で身を晒している傭兵達。

 

「………」

 

 版婆の操る92式7.7mm重機関銃は、そんな彼等へは無慈悲に銃弾を注ぎ込み、浴びせていた。

 

「三曹、左ッ側にまだ固まってます!」

「見えてる、喚くな」

 

 傍らにいる、相方で給弾補佐の柚稲(ゆいな)一士が張り上げる。対して、それに端的に返す版婆。

 大多数の傭兵は馬の亡骸やわずかな岩場、窪みなどに身を隠して行ったが、逃げ遅れた傭兵の姿が所々に見られた。その中でも敵の固まっている所に照準を合わせ、押し鉄を押す版婆。そして照準を覗きながら、重機自体を少しづつ旋回させてゆく。それだけで、照準の先では傭兵達が一人また一人と亡骸となり、ぬかるんだ地面へと身を沈めていった。

 

「二曹。敵、展開行動を再開!」

 

 だが傭兵達も当然、一方的に攻撃され続けるつもりなど無いようだ。

 峨奈から、動き出した傭兵を確認しての、報告が上がる。砲撃が終わってから約一分、混乱状態からいくらか統制を取り戻したのか、傭兵団は再び防御体勢への展開を始めた。

 

「展開をさせるな、動き出した敵を優先して攻撃しろ」

 

 長沼の指示に、各機関銃が行動を始めた傭兵に狙いを付け、発砲する。狙われ、撃ち抜かれた傭兵は地面へと倒れてゆく。

 だが、それを目の当たりにしても、生き残った傭兵達は止まらなかった。銃撃を逃れた傭兵達は各所で集合し、こちらに向けて盾を構え、防御体制を取る姿を見せた。

 

「敵に十数名の損害、しかし行動は継続中!」

「こけ脅しが効くのは最初だけか」

 

 恐れを知らぬ敵の行動に、長沼は言葉を零す。

 

「クソ」

 

 その横では、樫端が悪態を吐きながら自身の小銃を構える。一番近い位置で横並びになった傭兵グループを狙い、発砲。しかし、撃ちだされた5.56mm弾は、傭兵達の構えた分厚い盾に跳ね返されてしまった。

 

「チクショウ!」

「落ち着け樫端。落ち着いてよく狙――隠れろ!」

 

 樫端を落ち着かせようとした峨奈。だが彼は途中で言葉を切り、叫んだ。それと同時に樫端を塹壕内に押し込み、自らも塹壕内へ身を隠した。

 

「うッ!?」

 

 その直後、傭兵達の放った無数の矢が飛来、塹壕の上を矢が掠めていった。

 

「脅かしてくれる……!最前列の敵グループより攻撃、敵は攻撃態勢を完了させています!」

 

 峨奈は攻撃に冷や汗をかきながら、長沼に報告を上げる。

 

香故(こうこ)三曹、50口径で彼等を黙らせろ」

 

 長沼が指示を向けたのは、12.7mm重機関銃に着く、冷たい瞳が特徴的な一人の陸曹。

 

「了解」

 

 香故と呼ばれた彼は、長沼の指示に端的に呼応。12.7mm重機関銃を操作し照準を付け、押し鉄に力を込める。そしてその銃口より、12.7mm弾が傭兵達に向けて吐き出され始めた。

 撃ち出された12.7mm弾は傭兵グループの元へ到達すると、分厚い盾を、そして盾の主である傭兵を容易に貫き、盾の破片と傭兵の血肉を四散させた。香故が重機関銃を旋回させると、横並びで並んでいた傭兵達は次々と血を飛び散らせ、肉片を辺りにばら撒いて行く。

 

「恨むなよ」

 

 香故は表情を崩さずに淡々と、一言呟いた。

 

「敵隊列に動きあり。最前列のグループが後退、代わって後方のグループ二つが前に出ようとしています」

 

 峨奈の報告の声。12.7mm重機関銃の銃撃を受け、最前列に位置していたグループの生き残りが後退してゆく。それと入れ代わりに二つのグループが前へと出てきた。

 

「各小銃手は後退するグループに対応しろ。機関銃、前に出てきたグループに攻撃を集中」

 

 各小銃手は、下がってゆく傭兵達の後退を阻止するべく発砲を始める。

 12.7mm重機関銃は照準を、後退を始めたグループから前に出てきた傭兵グループへと移し、再び唸り声を上げた。

 撃ちだされた12.7mm弾は、先ほど同様、傭兵達を弾き飛ばし、肉片に変えるものと思われた。しかし――

 

「!」

 

 傭兵達は倒れなかった。

 撃ち出された12.7mm弾は、確かに傭兵達の元へと到達し、彼等の構える盾に命中。彼等に凄まじい衝撃を与えた。

 だがそれだけだった。

 彼等は一人として倒れる事も血を噴き出すこともなく、いまだにその場で盾を構え続けていた。

 

「今の見たか?」

「50口径が……防がれた?」

 

 眼下で起こった事態に、香故と、補佐の女隊員が怪訝な声を上げる。

 

「そんなことが――チッ!」

 

 続き零されかけた香故の声は、しかし再び飛来した矢の群れに妨げられる。重機関銃からの銃撃が一瞬途絶えたところを応射が来たのだ。

 

「攻撃を絶やすな。効果が無いわけではない、牽制を続けろ」

 

 長沼は隊員等に攻撃続行の指示を飛ばす。

 

「二曹!」

 

 だが指示を出した直後に、隣にいた峨奈が叫んだ。

 

「?」

 

 峨奈の声を聞くと同時に、長沼は視界に妙な違和感を覚えた。

 眼下の谷間の光景が、まるで色つきのガラスやスクリーン越しに見ているように、霞みだしたからだ。

 そしてそれが錯覚ではなくその通りなのだと分かる。

 違和感はしだいにはっきりと光景として現われる。谷間にいる傭兵団全体を覆うように、緑の半透明のドームが。そしてその緑のドームをさらに覆うように、青い半透明が現われた。

 

「あれは――どういう事だ?」

「ドーム……?CG……じゃないよね……?」

 

 突然現われた正体不明のドームに、壕の各所から訝しむ声が上がる。

 

「ッ、気味の悪い」

 

 そこへ香故が発し、12.7mm重機関銃の押し鉄を押し、ドームに向けて発砲する。撃ち出された12.7mm弾は半透明のドームを通過し、中にいる傭兵団へと届く。切り撃ちで十発以上撃ち込まれた弾は、そこに数名分の死体を築くはずだった。

 が――

 

「あ?」

 

 弾が注ぎ込まれた地点に、倒れた者は一人も居なかった。

 弾の半数近くは傭兵達の盾に防がれたようだ。いや、それでも盾の隙間を縫って後ろの傭兵達へと届いた弾があり、それらは傭兵達にそれなりの損害を与えるはずだった。

 だが、塹壕側から見る限り、狙われた傭兵達にそのような様子はなかった。

 

「嘘でしょ……?」

「冗談が過ぎる」

 

 横からの相方の女隊員の困惑の声。それを聞きながらも、香故は再び押し鉄を押し、ドームに向けて12.7mm弾を数発撃ち込む。しかし、やはり有効打が与えられている様子はなかった。

 

「各機関銃、ドーム内への発砲は控えろ。近づく敵だけを警戒、ムダ弾を使うな――小銃手、後ろの弓兵だけを狙え。殺傷できなくとも牽制にはなるはずだ」

 

 長沼は困惑する隊員等を制し、指示を飛ばす。

 

「二曹、あのドーム――」

「分かっている。おそらく弾の威力が殺されている」

 

 長沼と峨奈は言葉を交わしながらも、ドームの観察を続ける。

 

「………」

 

 その時、落下して行く照明弾が長沼の視界に入った。

 照明弾は先に外側の青色のドームをくぐり、続いて内側の緑のドームを通過する。その通過した瞬間、照明弾の光は極端に弱くなった。

 

「あの二つのドーム、どちらもエネルギーを減少させているのか?だが物体そのものは消滅していない……――樫端」

 

 少しの間考えた後、長沼は口を開く。

 

「迫撃砲隊に再度砲撃準備を要請」

「え?は、はい!」

「四耶三曹」

 

 樫端に指示を出した後、今度は対戦車班を構成する内の、一人の陸曹に声をかける。

 

「は」

 

 四耶と呼ばれた、彫の深い顔が特徴の三曹は、落下して行く照明弾に変わり、新たな照明弾を71式66mmてき弾銃を用いて撃ち出した所だった。

 その四耶に向けて、長沼は発する。

 

「あのドームに向けて、一発撃ちこめ――」


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