―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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12-8:「親狼、一矢報いる」

「ママぁッ!死にたくないよぉッ!」

「ゼト、落ち着くんだッ!クソッ!」

「そっちを抑えて!」

 

 半狂乱になって暴れる少女術師が、傭兵達に押さえつけられている。

 

「………」

 

 トイチナはその様子を目を見開き、見つめていた。

 

(……悪夢か、クソ!)

 

 心の中で悪態をつくトイチナ。

 

「親狼隊長……!」

 

 眼の前に様子に気を奪われていたトイチナに、声が掛けられた。

 

「プエシア!?」

 

 振り返ると、一人の傭兵の姿があった。

 

「お前!そんな状態で……!」

 

 彼の姿を見るなり、トイチナは声を上げる。

 それも無理はない。プエシアと呼ばれた傭兵は、右腕を根元から失っていた。彼は最初の爆煙攻撃で腕を吹き飛ばされ、先ほどようやく応急処置が終わったばかりで、無闇に動いていい状態ではなかった。

 

「俺は大丈夫です……!それよりさっき、対岸に一瞬ですが光が見えました……」

 

 プエシアは対岸の一箇所を、残った左腕で指差して見せる。

 

「おそらくあそこに……アイネ達を殺った奴がいます」

「分かった。分かったから、とにかくお前は安静に……」

「いえ」

 

 トイチナの台詞を遮り、プエシアは続ける。

 

「あの距離では闇雲に矢を放っても当たりません……俺の長射補助魔法を使ってください!」

「だが、お前のその傷では……」

 

 プエシアという傭兵は魔法補助を使い、強力な弓撃を放つ事のできる特殊な弓兵だった。しかし今の彼の体は、右腕を根元から失い、失血と激痛のせいで顔は見ていられない程に青ざめている。とてもではないが弓を引けるような状態ではなかった。

 

「ええ……ですから親狼隊長に弓をお願いしたいんです。俺が術式を隊長にかけて、補佐します」

「その体で詠唱に耐えられるのか……?」

「奴を潰さないと引く事もままなりません、やるしかないんです!」

 

 プエシアは訴えながら、左手に持った自身の弓と矢筒を差し出す。

 

「……分かった」

 

 プエシアの言葉を受け、トイチナはそれを諸諾した。

 トイチナは弓を受け取ると、対岸を見据えながらその場に屈む。その横にプエシアが同様に屈む。彼はトイチナの肩に左腕を乗せ、詠唱を開始した。

 

「可能な限り急げ、向こうもすぐに気づいて私達を狙……って、お前たち何してる!?」

 

 トイチナ達の周辺で、数名の傭兵が行動を始めていた。動き出した傭兵達は、皆術師ではない者達だ。

 しかし彼らは、どういうわけか一様に地面に本を広げ、魔法を発動するかのような体制を取り出していた。そして盾を持った傭兵達が、そんな彼らを庇うように布陣する。

 

「囮です!」

「親狼隊長、奴等は術師を優先的に狙ってます。我々が術師のふりをして、隊長や本物の術師から奴等の目を反らします!」

 

 言いながらも、傭兵達はトイチナ達の周りへ散らばってゆく。

 

「な……馬鹿な真似はやめろッ!みずから身を危険に晒す必要は無い!」

「おとなしくしていても脅威は去りません、今我々にできる事をやらせて下さい!」

 

 トイチナはみずから囮になろうとしている傭兵達に怒号を飛ばしたが、彼らは引き下がらなかった。

 

「親狼隊長は奴らを射る事に集中して下さい。これ以上奴らの好きにさせないで!」

「お前達……分かった。他に手が空いている者はここから引く準備をしろ!プエシア、一発で決めるぞ!」

 

 

 

 田話に代わって12.7mm重機関銃に着いた威末は、重機関銃を操り標的を探す。

 崖下では、かなり衰えたものの、未だに敵に動きが見られた。盾を持った傭兵の後ろに隠れ、その後ろで書物を開き、何かを行う者が複数見られる。

 

「あれも魔法のオペレーターか?」

 

 人数が減ったせいか、それぞれの魔法オペレーターにつく盾持ち傭兵は一人か多くて二人。必死に後ろの魔法オペレーターを庇っているようだったが、隙は大きかった。

 盾を持つ傭兵の、盾で覆いきれていない部位に照準を定め、押し鉄に力を込める。

 発砲音。

 撃ち出された12.7㎜弾は、盾を持っていた傭兵の左肩に直撃。彼の左腕を引き千切りながら貫通し、背後のオペレーターらしき者の胸部に直撃、オペレーターの体を真ん中から吹き飛ばした。

 

「一つ排除」

 

 目標の無力化を確認した冷徹な目で、威末は次の標的を探す。

 先の者達とほぼ同様の隊形を取る傭兵達を目に留め、照準を彼らに固定する。重機関銃の揺れが収まった所で、押し鉄に力を込め発砲。12.7㎜弾は手前の傭兵の持つ盾に直撃し、傭兵は衝撃に押し飛ばされて地面に倒れた。

 傭兵が倒れた瞬間、威末はすかさず押し鉄に再び力を込める。二発目の弾は、倒れた傭兵の背後に隠れていたオペレーターに命中。照準器の先で、人の頭部から血飛沫があがった。

 

「さらに一つ無力化」

 

 同様の動作を繰り返し、威末は確実に敵オペレーターの数を減らしていく。

 

(………)

 

 崖の下には大量の死体が横たわっている。そして自らの手で、その数はさらに増えてゆく。威末にとっては、過去の樺太事件において、樺太の地で何度も目にした光景だった。

 

《スナップ11まだか?こちらの攻撃は未だに収まる気配が無い!》

 

 しかしそんな威末の耳に、対岸の長沼からの叫び声が無線越しに届く。

 

「現在対応中、数は減らしている。あと少しだけ耐えていただきたい」

 

 叫び声に対して威末は早口で、しかし冷静に答えた。

 

「これだけ殺ってるのに変化無し……奴等、ダミーを演じてるのか」

 

 呟きながらも、威末は次の標的を探す。

 ――だが、その威末の目に妙なものが移った。

 

 

 

「飛翔せよ、その切っ先を哀れな獲物に向けて。彼奴等の肉は、お前の鏃に貫かれ、食い破られる――」

 

 プエシアが魔法詠唱を続けている。

 トイチナは弓を下げた状態で待機していたが、顔は起こし、対岸を真っ直ぐ見つめていた。

 

「!」

 

 対岸で一瞬だけ、小さな光が瞬くのが見える。

 

「ぎゃッ!」

「ッ!――ぐぶッ!」

 

 そして次の瞬間、近くで二人分の悲鳴が上がった。盾を手に女傭兵が、無防備な箇所を射抜かれて崩れたのだ。そして彼女が守っていた、術師の囮を演じていた傭兵も、続けてその体を射抜かれた。

 

「リユン、メルベナ!?……糞ッ」

 

 表情を険しくしながらも、対岸を見据えなおす。

 

「切っ先は風を切り、矢羽は獲物をも魅了する光の尾を引く。そして獲物は魅了されたまま死を迎える!」

 

 プエシアの詠唱が中盤まで達した時、トイチナの持つ矢が青白い光を帯び出した。それを確認したトイチナは、ゆっくりと、しかし力強く弓の弦と矢を引く。

 

「ぎぁッ!」

「アルナッ!?」

 

 さらに別の傭兵が撃ち抜かれ、命を落とす。幸か不幸か、彼らが囮となってくれているおかげで、トイチナも本物の術師も未だに無事だ。

 術師のスティアレイナによって、崖の上には鉱石のツララが降り続け、上に居座る敵の動きを封じてくれている。

 しかし、それは代償の大きすぎる安全だった。

 周辺には囮となり、倒れていった仲間の亡骸。

 

(……)

 

 弓を構え、対岸を狙う姿勢は崩さぬままのトイチナ。しかし彼の眉間には深いしわが寄り、奥歯は血が流れるほど強く噛み締められていた。

 

「――誇れ!光が、風が、すべてがお前の力となる!」

 

 プエシアの詠唱が最終段階に入る。

 矢がより強い光を帯び出した。

 

 

 

 威末は照準器の端に、不気味に光る青白い発光体を捉える。

 よくよく観察すれば、その正体はこちらに向けて弓を構える弓兵。青白く光る物は、その弓兵の持つ弓矢だ。

 

(これは――まずいか)

 

 危機感を感じる威末。

 

「いや、オペレーターが先だ」

 

 一名死亡の報告に、威末も内心では焦っていた。

 先に弓兵を排除して安全を確保したとしても、時間ロスはせいぜい数秒程度だが、威末はオペレーターの排除を優先した。

 素早く重機関銃を操り、発砲。排除と同時に次の目標に移り、撃つ。焦りのせいか、その途中二発ほど撃ち損じを出した。

 

「最後だ」

 

 最後のオペレーターに照準を定め、発砲。オペレーターの体が弾け飛んだ。

 

(よし!)

 

 それを確認した威末は、即座に弓兵がいた場所へと重機関銃を旋回させ、押し鉄に力を込める――

 

 

 

「ぐぁ!」

「ぎッ!」

 

 崖の下で、もはや何度目かも分からない悲鳴が上がった。

 

「ビノ!ラニアンッ!そんなぁッ!」

 

 傭兵達の決死の覚悟もむなしく、ついに本物の術師が、彼を守っていた傭兵共々、その体を弾き飛ばされた。

 

「――それこそが汝の命!見せよ、その死の光の軌跡をッ!」

 

 プエシアが詠唱を終えたのは、それとほぼ同時だった。

 傭兵が倒されるたびに見えていた対岸の光。その場所に狙いを定め、トイチナは限界まで引かれた弦を解き放った――

 

 

 

 一瞬の差だった。

 威末の指が押し鉄を押し切る前に、トイチナの放った矢は青白い光の尾を引き、通常の矢の速度を遥かに凌ぐ速さで、第11観測壕へと到達。

 そして鏃の先端は、寸分たがわずに銃口の開口部へ接触――

 

「ッ!――」

 

 ――ありえないことが起きた。

 接触した時点で押し留められ、運動エネルギーを失うはずの矢は、あろうことか鏃で銃口にヒビを入れ、押し広げ、銃身へと侵入。重機関銃を内部から破壊しながら押し進み、重機関銃を完全に貫通。

 

「――ぎぇがぁッ!?」

 

 貫通した矢は、僅差で退避の遅れた威末の頬を突き破った。そして矢が突き抜けた直後に続いた衝撃で、威末は吹き飛ばされ、壕の端に叩き付けられた。

 

《スナップ11、こちらはジャンカーL1!鋼鉄の雨が止んだぞ!》

 

 無線に対岸の長沼からの通信が飛び込んできたのは、それとほぼ同時だった。

 

「威末士長!」

 

 しかし、そばにいた門試の注意は無線には向かず、彼はあわてて威末へと駆け寄った。

 

「まばだッ!!」

 

 駆け寄った門試は、度肝を抜いた。

 門試が手を貸す前に威末は起き上がり、血走った目と裂けて、血濡れになった頬で何かを訴えだしたからだ。

 

「ふほッ!」

 

 もどかしく思ったのか、威末は口の中に人差し指と中指を突っ込み、千切れた頬を内側と外側から握るようにして繋ぎ止め、再び叫んだ。

 

「まだ全部殺った保証が無いッ!奴等がオペレーターを温存している可能性がある!攻撃が途絶えたこの隙にあっちで確実に潰させるんだ!すぐ伝えろッ!」


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