―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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今回、意図的にフラストレーション、不快感を煽る描写をしています。
読む方によっては気持ち悪く感じる可能性が大いにあります、ご注意ください。


12-10:「よくよまなくてもゲロむかつく」

 谷の入口では、月歌狼の傭兵団の残りの部隊が待機している。

 ひとつは傭兵団主力の一角である、本隊第2部隊の衛狼隊。

 そしてもうひとつ、剣狼隊と呼ばれる機動部隊がいた。

 この剣狼隊という部隊は、傭兵団の他の部隊と比べ、かなりの異質さを放っていた。

 異なる点の一つとして機動部隊であるため、人数が他の隊より少ない事が上げられる。しかしそれに関しては、先行した偵察隊である瞬狼隊も同様だ。剣狼隊のもっとも異質な部分は、まず彼らの格好にあった。

 彼らは男女問わず皆一様に、黒い皮でできた、ライダースーツのような服を身に纏っていた。頭部以外の全身を、黒い素材が肌に密着するように覆っており、男女ともに体のラインがはっきりと出ている。そしてその上から、同じく黒い色の肘当や膝当、肩当などの防具を身に着けていた。

 その外観は異様さを発していたが、しかしこの剣狼隊は見た目以外にもう一つ、異質な部分があった。

 

「さっきから雨音に交じって変な音が聞こえない?」

「聞こえてるよヨウヤ。先に言った連中に何か起こったんでしょうね」

 

 隊の先頭付近で会話する傭兵達の姿がある。いずれも若い、いや子供とも言える傭兵だ。

 

「ねぇクリス、ランス。僕らは動かなくていいのかな?」

「また他の隊が揉めてるんでしょ、どいつもこいつも逃げ腰な奴等だもの」

 

 ヨウヤという中性的な顔立ちの少年の言葉に、クリスと呼ばれたセミショートの女子が棘のある言葉で返す。

 

「頭領からして、指示が逃げ腰だもんな。谷を通過するだけで隊を半分に分けてよ」

 

 ランスという名の生意気そうな雰囲気の少年が、クリスの言葉にさらに続けた。

 

「翔狼隊がやらかしたみたいだしねー、臆病になるのもしょうがないんじゃない?村一つ相手にするのに失敗するなんてことが、本来論外だけど」

「まったく、なんにしてもダメな奴等だな。村もここも、俺達にかかれば余裕だっていうのに」

 

 ランスやクリスの台詞は、他の隊をあざ笑うような内容に変わってゆく。

 元々、月歌狼の傭兵団は小規模な傭兵組織が連合を組んだことが始まりであり、その名残で、各隊の気質や方針には程度の差はあれど違いがある。それが要因で食い違いが発生することも多く、他隊をよく思わない者や、自身の隊が一番だと思っている者も珍しくはない。

 しかし、その中でも剣狼隊のそれは度を越していた。

 

「み、みんな……」

 

 雑談を続ける彼らに、おずおずとした調子の声がかけられる。

 

「ん?なんだよレンリ」

 

 声の主は、彼らの少し前にいる大人しそうな少年だ。ランスが声を返すも、レンリと呼ばれた大人しそうな少年は、オドオドとしながら目線を泳がせるだけ。

 

「お前達、油断はするものではないぞ」

 

 そんなレンリを代弁するかのように、凛とした声が響いた。

 

「い!?」

「あ……」

 

 発せられた声を耳にし、若い傭兵達は萎縮する。そして彼らの視線は一転に集中する。

 隊列の一番先頭で馬上に跨る、20代の女性がいた。

 高い身長になびく金髪、そして鋭い目つき。彼女こそ、この剣狼隊を率いる隊長であり、名をクラレティエといった。

 

「慢心は失敗を招く最大の敵だと教えたはずだ。それと、ここは戦地だ。おしゃべりに夢中になるのも関心しないぞ?」

「は、はい」

「すみません……」

 

 彼女に叱られ、若い傭兵達は大人しくなった。

 

「うひ、隊長に怒られちまった……」

「ちょっと軽率だったね……それにしても、相変わらずの迫力だ。言葉一つかけられただけで、隊長が強い人だっていうのが伝わってくるよ……」

 

 クラレティの背中を見つめながらヨウヤは言う。

 

「当然でしょ。あの人を誰だと思ってるのよ」

「何でお前が偉そうなんだよ、クリス」

 

 フンと息を巻き、まるで自分の事のように誇って見せるクリスに、ランスはあきれ顔で突っ込んだ。

 

「でも剣狼隊の傭兵として、隊長の事が誇らしいのは分かるよ」

「まぁそれは同感だな。俺も最初は疑ってたけど、あんな強さを持った人はそうそういないぜ」

 

 ヨウヤの隊長を誇る発言には、ランスも同調して誇らしげに語って見せた。

 

「あんた、隊長にコテンパンにやられたもんねー。あんだけ意気揚々と乗り込んできたくせに」

 

 にやにやした表情で言うクリス。

 クラレティエは月歌狼の傭兵団の中ではもとより、傭兵団が所属するギルド内でも名を馳せた女傭兵だった。

 剣狼隊の傭兵の中には、クラレティエの噂を聞きつけ、ギルドの他の傭兵組織から弟子入りに来た者や、果ては彼女に挑戦を申し込み、返り討ちにあってそのまま出弟子になってしまった者もいた。

 

「う、うるさいな!聞いたぞ?お前だって恥ずかしい台詞と共に乗り込んで来たんだろ?『あんたの伝説もあたしの登場でついに終わりさ!』とか言って――」

「あたしの過去に触れるなぁーーッ!」

「ごぶふぁッ!?」

 

 次の瞬間、クリスが馬上から蹴りを放ち、ランスは吹っ飛ばされて地面へと落下した。

 

「あはは……」

「二人とも、元々よそから隊長に挑みに来た人だったんですね……なのに今は、なぜこの傭兵隊に?」

 

 困り笑いをするヨウヤに、その後ろにいた大人しそうな少女が疑問を投げかけて来た。

 

「うん。挑戦してその結果、ランスやクリスは隊長に自分の誇りを折られた訳なんだけど……それと同時に隊長の強さに惚れ込んだんだ。そして隊長の元で戦いたいと思ったんだよ」

「なるほど……」

「まぁ、隊長に惚れ込んでるのは皆同じだと思うけどね。それはルカも同じじゃない?」

「……うふふ、それは確かにそうかもです」

 

 ヨウヤやルカと呼ばれた少女は、そんな会話を交わしながらクラレティエの背中に視線送る。

 

「ふふ、みんな気恥ずかしいことを言ってくれる」

 

 話を聞いていたのか、そのクラレティアが笑いながら振り返った。

 

「私はそんな特別な存在ではない。お前達も皆、素質を持った猟犬だ。鍛錬を繰り返せば、いずれ立派な戦士となれるだろう」

「隊長……!」

 

 クラレティエの言葉は傭兵達の心に響き、彼らはクラレティエに尊敬や憧れの眼差しをむけた。

 

「ところで……私が先程言った事は聞こえていなかったか?おしゃべりは感心しないぞ、と」

 

 次の瞬間、クラレティエの毅然としつつも優しかった表情は、氷のように冷たい物へと豹変した?

 

「い!?」

「!」

 

 若い傭兵達は皆、びくりと体を強張らせる。

 

「よりよき猟犬を育てるためにも、私は躾に手を抜くつもりはないぞ?後で仕置きを受けたいようだな?」

 

 影の入った微笑で傭兵達に言い放つクラレティエ。それを目にした若い傭兵達は、背中にゾクッと寒気が走るのを感じた。

 

「……ふぅ、騒がしい連中ね」

 

 そんなやり取りを端眼に、嫌味な声を漏らす存在が居た。

 静かな嫌味を発したのは、少し離れた位置で馬上に跨る、十台前半とおもわしき見た目の少女。

 ツインテールにした金髪と、人形のように白い肌が特徴的で、彼女だけ黒い皮服の上から、マントを羽織っているのもまた人目を引いた。

 

「まったく、しょうがない奴等ですわい」

 

 彼女の横で馬にまたがる、壮年の傭兵が同じく呆れた口調で言う。がっしりとした屈強な体と振る舞いが、玄人の傭兵である事を示していた。

 

「まったく……」

「あの、ロイミ」

 

 馬上で退屈な顔で呟いていたロイミに声がかけられる。ロイミの乗る馬の横に、十代半ばとみられる少年の姿があった。

 

「紅茶を入れて来たよ」

 

 少年の差し出す手には、この場に似つかわしくない紅茶の入ったカップが乗っていた。

 

「遅いわよ、リル」

「うぅ……ご、ごめん」

 

 リルと呼ばれた少年の怯えた表情をつまらなそうに一瞥し、ロイミは紅茶を受け取る。

 そして紅茶のカップに口をつけた。

 

「……悪くないわ」

 

 紅茶の評価を受け、リルは表情を明るくし、顔を上げる。

 

「あ、ありが……!」

「でも言ったはずよね?」

 

 お礼の言葉を続けようとしたリル。だがそれは、続けて発っせられたロイミの台詞に遮られる。

 

「え……?ひ!?」

 

 そして次の瞬間、リルの表情は凍り付いた。

 

「紅茶にハーブを添えるのは朝だけ。そして戦いの前に飲む紅茶には、砂糖は入れないように、って?」

 

 静かに、しかし不愉快そうに言うロイミは、馬上から冷たい目線でリルを見下ろしていた。

 

「うぁ、ぁ……」

 

 失敗を咎めるロイミの冷たい瞳に捕らわれ、リルは体を硬直させている。

 

「はぁ、お茶一つ満足に淹れられないなんて、相変わらず覚えの悪い使役魔ね」

 

 言うと、ロイミはリルンの首に指先を伸ばす。指先の向かう先はリルンの首もと。彼の首には首輪が着けられていた。

 このロイミという少女。見た目こそ十代前半の幼い風体だが、その正体は齢700歳を超える魔女だ。

そしてリルという少年は、魔女であるロイミに使える使役魔だった。

 

「いぐッ!」

 

 ロイミはリルンの首輪に指をかけ、リルの顔を引っ張りよせる。リルは苦悶の表情を浮かべるが、ロイミは気にする素振りも見せない。

 

「お仕置きが必要ね」

 

 そしてあろうことか、もう片方の手に握られたティーカップの中身を、リルの首もと目がけてこぼし出した。

 

「ッ!?あぅぅぅッ!」

 

 少しづつこぼされる紅茶が、少年の首から体へと伝ってゆく。体を襲う紅茶の熱に、リルは悲鳴を上げた。

 

「熱ぃ……ッ!ロイミ!やめ……」

「誰に口を聞いているの?」

 

 ロイミは冷たい目でリルの両目を睨み、冷たい口調で尋ねる。

 

「ひッ!……あぁ……ど、どうかお許しを、ロイミ様ぁ……」

 

 普段こそリルに名を飛び捨てにする事を許していたロイミだったが、躾や主従関係を教え込む際には様付けを強要していた。リルの懇願を耳にし、ようやく紅茶をこぼすのを止めるロイミ。

 

「立場を忘れちゃ駄目よ。聞くけど……あなたはあたしの何?」

「ぼ、僕は……ロイミ様の使役魔です……ロイミ様の下僕です……」

「なら、下僕として言う事は?」

「あ、あの……この出来の悪い愚かな下僕に、どうか躾をお願いします……!」

 

 リルンの言葉に加虐心をくすぐられたロイミは口元を吊り上げる。

 本来、使役魔とは小動物や魔物を従えるのが通例だ。しかし、一部には趣味や愛玩を兼ねて人間を使役する魔法師や魔女が存在し、ロイミもそんな魔女の一人だった。

 

「うふ、それでいいのよ」

 

 リルの言葉に満足したのか、ロイミは少しだけ表情を緩める。そして残りの紅茶をリルンの体へと注いだ。

 

「うぁ!ぁぅぅッ!」

「くすくす」

 

 熱さに悶えるリルを眺めながら、ロイミは悪趣味な笑い声を漏らす。

 

「ぁぅ!……はぁ、はぁ……」

 

 ロイミがようやく首輪にかけた指を放し、リルンは蕩けた顔で地面にへたり込んだ。

 

「ほら、何をへたりこんでるの?片づけておきなさい」

 

 躾が済むと、ロイミは休む間も与えず、使役魔に次の仕事を命ずる。

 

「は、はい……」

 

 ロイミに命じられたリルは、差し出されたティーカップを受け取り、そそくさと片づけに走っていった。

 

「うへぇ……」

 

 一方、そんなロイミ達の一連のやり取りをヨウヤ達は見ていた。

 

「はは、ロイミ達の所も相変わらずだね……」

「なんていうか、ロイミ達の周りは好き物ばっかりだよな……」

 

 とまどい混じりの小声で、そんな会話を交わしあうヨウヤ達。彼女達の独特な関係性は、彼らにも変わって見えるようだ。

 

「何かしら?無粋な輩がこそこそ話しているようだけど?」

 

 ヨウヤ達の会話に釘を刺すように、ロイミの声が割り込んで来た。小声で話していたが、彼らの会話をロイミはしっかり聞いていたらしい。

 

「む、なんだよ!」

 

 ロイミの嫌味な言葉にカチンときたのか、ランスが反論の声を上げた。

 

「そっちだって俺達の会話を盗み聞きしてたじゃねーか!悪趣味魔女のくせに偉そうに――いッ!?」

 

 しかしランスは言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。

 ランスの口を塞いだのは、振り向いて彼を睨みつける、ロイミの冷たい目だった。クラレティエの弟子を諫める物とは別種の、まるで動物でも見るような冷酷な瞳。

 

「ふぅん、面白いわね。ちゃんと最後まで言ってごらんなさい?」

 

 そして口元を歪め、微かに怒気を含めた口調で発する彼女。

 

「ぅ……」

 

 ロイミの冷たいオーラを向けられ、ランスは再び背筋が寒くなるのを感じ、何も言えなくなってしまった。

 

「身の程を脇まえろ小童。おぬしのような若造が安易に楯突いて良いお方ではないぞ」

 

 ロイミを代弁するかのように、壮年の傭兵が厳しい視線を向けて言った。

 

「まったく……しかし、相変わらずさすがの気迫ですわい。ロイミ嬢の前には、大の男ですら虚勢を張ることも叶いますまい」

「ふぅ」

 

 自身を褒めたたえる中年の傭兵の声を聴き流しながら、ため息を吐くロイミ。しかし、そこで彼女は、背後から向けられる別種の視線に気づいた。

 

「はぅぅ……」

 

 視線を感じる方向へ目を向けると、ロイミの左斜め後ろに、怯えている少女の姿があった。

 

「あーあ、泣ーかせた」

「ちょっとぉ、あなたのせいでミルラが怯えてるわよ?」

 

 ミルラと呼ばれた怯える少女の両脇には、他に長身で髪の長い女と、セミショートの少女の姿があり、両名は茶化すようにロイミへ言葉を放ってきた。彼女らは皆、剣狼隊の中でロイミの指揮下にある傭兵達だった。

 

「あら、怖がらせてしまったかしら?」

 

 一言呟くと、ロイミは愛馬をミルラの乗る馬へとよせた。

 

「あう……す、すみま……」

「謝る必要は無いわ」

 

 そう言ってミルラの言葉を遮るロイミ。そして、今までとは打って変わった、優しい笑みを浮かべながらミルラの頭をなでた。

 

「あ……」

「心配しないで。あれは私たちの関係に必要な事なの、怖がることは無いわ」

「は、はい」

 

 頭をなでられながら説明され、ミルラは返事をする。その返事はぎこちない物ではあったが、怯えは若干取り除かれていたようだった。

 

「氷みたいな女のロイミでも、小さな女の子には優しいのよねぇ」

「か弱き女子には優しく接する。これぞ強者の器というものだ」

 

 二人の少女のやり取りを見ながら、長い髪の女や壮年傭兵はそれぞれ思うことを口にした。

 

「うふふ、クラレティエちゃんやロイミちゃんのトコは楽しそうねー」

 

 そのまた一方で、騒がしいクラレティの周辺やロイミの周辺を、遠巻きに眺める者がいる。愛馬の上で横向きに優雅に座る、二十代半ばの女。

 

「ええ、にぎやかでいい事です」

「ちょっと騒がしくも思うが、若いやつらだしな」

 

 彼女の言葉に同調するように、周辺を固める男傭兵達が声を上げる。

 

「若い連中のあの青々しさはちょっと照れくさくなるけど、いいもんだよな」

「ロイミ様に躾ていただけるなんて、あの小僧うらやましいぜ……」

「え、お前本気かよ……?」

「いや、正直俺も……」

 

 傭兵達は口々に他のグループに対する思いを口にする。

 

「あら?なぁにみんな~。ひょっとしてクラちゃんやロイミちゃんの隊が羨ましかったりする~?」

 

 そんな傭兵達に、女はいたずらっぽい口調で問いかける。

 

「いえ!我らはセフィア様のために働く事こそ喜びです!」

「セフィア様と共にある事こそ、我らが誇りでございます!」

「他の隊に目移りなど、滅相もございません!」

 

 女が言った突端、傭兵達は一斉に沸き立ち、彼女に対して忠誠の言葉を述べ出した。

 この男傭兵達は、セフィアと呼ばれたその女傭兵の指揮下にあったが、彼らのセフィアへの忠誠は、傭兵としてのそれを遥かに凌いでいた。

 

「私共はいつ何時ともセフィア様と共にある覚悟です!そこでセフィア様!本日の身のお世話はぜひ私めに!」

「あ、お前!卑怯だぞ!」

「抜け駆けするな!それは私こそ適任です!」

 

 競って名乗りを上げ出す傭兵達。

 

「あ~ん、みんなうれしいわ~……でもね?」

 

 競う傭兵達を前に、今まで緩やかな口調で喋っていたセフィアが、唐突に声色を変えた。

 

「ッ!セ、セフィア様……?」

「言ってるでしょう、みんな?私ケンカはキ・ラ・イ・って?」

 

 笑みを浮かべながらも、独特の鋭さを纏った声で、言い聞かせるように言うセフィア。そしてその笑みも、口元こそ笑っているが、目は笑っていなかった。

 

「「「ッ!は、ははぁッ!」」」

 

 オーラを変えたセフィアを前にして、傭兵達は声を上げ、一斉に傅いた。

 

「うふふ、分かってくれた?みんないい子ね」

 

 するとセフィアは態度を戻し、また緩やかな声色で笑って見せた。

 

「ああ……お怒りになった姿もお美しい」

「やはりお仕えするべきはセフィア様だ」

「あの冷たい目で睨まれる事、それもまた我々の喜び……!」

 

 一見、長に対する忠誠の高いように見える彼ら。しかしその実態は、外見の綺麗な女に使われ働きたがる、一種の性的倒錯を持った人間の集まりだった。

 

「どこも微笑ましいな」

 

 そんな各所で賑々しさを耳にしながら、最先頭にいるのクラレティエは、穏やかな笑みを浮かつつ、そんな事を口にしていた。

 

「は、はい……あ、隊長」

 

 たじろぎながら同意したレンリ。だが彼はその直後、何かに気付きクラレティエへ目配せをする。

 

「ん、どうした?」

 

 クラレティエがレンリの視線を追い、目を凝らすと、前方からこちらへ向けて2騎の騎兵が走ってくるのが見えた。

 

「衛狼隊長です」

 

 近づいてくる騎兵は、本隊第2部隊である衛狼隊の隊長、そして衛狼隊の傭兵だった。

 

「剣狼隊!前進するぞ、準備しろ!」

 

 衛狼隊長はクラレティエ達の前へ現れるや否や、おもむろに言い放った。

 

「何だ、状況は一体どうなっているんだ?」

「それは俺が知りてぇよ!瞬狼隊と親狼隊の状況は一切不明。伝令すら戻ってこねぇんだ!」

 

 クラレティエの問いに対して、早口で捲し立てる衛狼隊長。その口調には、かなりの苛立ちが混じっていた。

 

「どうなってんのかは皆目見当がつかねぇ……が、あいつ等が危機的状況にあるのは間違いねぇだろう。クソが……!」

 

 悪態を吐く衛狼隊長だったが、彼の表情には苛立ちとはまた別の感情も浮かんでいる。親狼隊の事を彼は仲間として心配していた。

 

「なんだよ、親狼隊の連中もやらかしらのか?」

「って事は、これからあいつ等の尻ぬぐいに行かなきゃならないわけね」

 

 しかし衛狼隊長を煽るように、背後で若い傭兵達が愚痴を言うのが聞こえた。

 

「フン、他の隊に期待はしてないわ」

「あらら~、失敗しちゃったの~?」

「はぁ、同じ傭兵ながらだらしない奴らですわい……」

「ちょっと、いくらなんでも弱すぎじゃないー?」

 

 果てはロイミやセフィア、そして各隊の配下の傭兵達が口々に声を上げる。

 

「あんたらぁッ!言わせておけば――!」

 

 剣狼隊の傭兵達の好き勝手な言い回しに、衛狼隊の傭兵が声を荒げる。

 

「よせ、パスズ。今は仲間内で争う時じゃねぇ」

「ッ!……分かりました」

 

 だが衛狼隊長が静止し、パスズと呼ばれた女傭兵は怒りをこらえた。

 

「お前達、同じ傭兵団の同胞をあまり悪くいう者ではないぞ」

(こいつ……)

 

 クラレティエがそんな事を言って傭兵達を諫める。しかし、彼女もどこかで他隊を軽く見ていることを、衛狼隊長は感じ取っていた。

 

「すまないな」

「……剣狼隊の待機は解除だ。俺達、衛狼隊は中央に布陣、それと一部を左側の尾根に上げて前進する。お前たちは右側の尾根を行け!」

「承知した」

「……頼むぞ」

 

 伝えると、衛狼隊長と傭兵は馬を反転させて戻って行った。

 

「さて、いよいよ出番のようだな」

「隊長の剣を持て!」

 

 傭兵の一人が声を上げると、後ろから屈強な男が二人ががりで何かを運んで来た。それは刀身の部分だけで2メートルはあろうかという巨大な諸刃の剣だった。

 

「隊長どうぞ!」

「きっちり仕上げてありますぜぇ!」

「あぁ」

 

 男が二人がかりで持ち上げ、差し出した大剣を、なんとクラレティエは片手でいとも簡単に持ち上げる。

 

「ふっ」

 

 そして馬上で豪快に、それでいて優雅な挙動で剣を振り回して見せた。

 

「うっひゃ」

「すげぇ……」

 

 それを目にした若い傭兵達が声を上げ、憧れの眼差しでクラレティエを見つめる。

 

「ふぅ……いい感じだ。手入れもよくされている」

「へい!」

「ありがとうございますッ!」

 

 クラレティエの礼を受け、大剣を運んで来た傭兵達は意気揚々と引き下がっていった。

 

「クラレティ様」

 

 腕慣らしを終えたクラレティエにレンリが近寄る。レンリは戦いの前に、鎧などのクラレティエが身に着けている装備を直し、整えてゆく。

 

「ふむ、いつもすまんな」

「いえ、クラレティエ様にお仕えする者として当然です」

 

 このレンリという少年は、いわばクラレティエの執事のような立ち位置にあった。

 

「ふふ」

「え?あ……」

 

 クラレティエはいたずらっぽい笑みを浮かべると、近づいていたレンリの喉元に手を伸ばした。

 

「ふぁ!」

「さすがは、私の一番の忠犬だ」

 

 言いながら、クラレティエはレンリの喉元を指先でくすぐりだす。

 

「ふぁぁ……ありがとうございます」

「くく……今回の戦いが終わったら、褒美にまたお前を躾けてやろう」

「は、はぅぅ……!」

 

 そしてレンリの耳元に口を近づけ、艶やかな声で呟いて見せた。

 

「ん?嫌か?」

「ふぁ、いえ……どうぞ弄んでください、クラレティエ様の思うがままに……」

 

 隊の先頭で、妖艶なやり取りを繰り広げる二人。

 

「……」

「うっわぁ」

 

 そんな二人のやり取りを、後ろで若い傭兵達が顔を赤らめながら眺めていた。

 

「み、見ている方が気恥ずかしいね……」

「くそっ、なんであんな冴えない奴が隊長にあんなに可愛がられてるんだ?」

「何か通じるものがあるんだと思うよ?」

 

 気恥ずかしさに駆られながらも、二人についてひそひそと会話を繰り広げる若い傭兵達。

 

「………」

 

 やり取りに目を取られていたのは、クラレティエ配下の若い傭兵達だけではない。ロイミ配下の少年、リルもまた顔を赤らめその様子を眺めていた。

 

「……リル!」

「わ!」

 

 惚けていた彼を、ロイミの鋭い声色が引き戻した。

 

「いったいどこに目を奪われているのかしら?」

 

 ロイミはやや不機嫌そうな口調で言いながら、取り出した乗馬鞭をパシンと音を鳴らす。

 

「うぅ!ご、ごめん……」

 

 冷たい気迫に押され、リルは謝罪を口にした。

 

「……ふん!まぁいいわ」

 

 ぶっきらぼうに言うと、気持ちを入れ替えるためか、ロイミは馬上で乗馬鞭をヒュンヒュンと振り回す。

 

「うひゃ、怖ー」

「ふむ、いつみてもさすがの気迫。男の上に立つ資格をお持ちだ」

「ふぅ……リル!」

 

 配下の傭兵達の声を遮るかのように、ロイミはリルの名を呼ぶ。

 

「ひ、ひゃい!」

 

 突然名を呼ばれ、素っ頓狂な声を上げてしまうリル。

 

「今度はちゃんとした紅茶が飲みたいわ。戦いが終わって夜が明けたら、ハーブ入りの紅茶を入れなさい」

「あ……」

 

 ロイミの声には、今までと違いほんのわずかに穏やかさが込められていた。

 

「返事は?」

「ふわ!はい!」

 

 リルは今まで以上に顔を紅潮させ、返事をした。

 

「クスクス」

「飴と鞭をわかってる~」

 

 端から会話を聞いていた女達が、からかうような声を上げる。

 

「おしゃべりはそこまでにしなさい。あなた達、準備はいい?」

「は、はい!」

「もちろーん」

「この私、ロイミ嬢のためにいつでも身を挺す覚悟ですぞい!」

 

 ロイミの問いかけに、それぞれ声を返す彼女の配下の傭兵達。

 

「うふふ。みんな、私たちも負けてられないわよぉ」

 

 一方で、もう一人の副隊長各の女セフィアも、妖艶な声で配下の傭兵達に声をかける。

 

「「「はい!セフィア様!」」」

 

 それに対し、配下の傭兵達が一斉に声を上げた。

 

「ははは。どこの隊も皆、やる気に満ち溢れているようだな。さぁ皆、狼として牙を立てる時間が来たぞ!」

「「「おおッ!」」」

 

 クラレティエが剣を大きく振るうと共に上げた一声に、傭兵達は声を上げた。

 特徴的な三人の女を筆頭に、剣狼隊全体が沸き立ち、異様ともいえる団結感に包まれていた。

 

「いつ感じてもすごい……クラレティエ隊長やロイミさん、セフィアさん。三人の男顔負けの気迫に感化されて、全体が闘志に満ち溢れている!」

 

 他の傭兵同様に空気に感化されたヨウヤが、上ずった声で、状況を説明するかように言葉を発する。

 

「さぁ、私の猟犬たち!かわいく、優秀で、しかし猛々しい猟犬達よッ!今宵は鎖から解き放たれ、存分にその牙の猛威を振るうがいいッ!」

 

 猛々しく、しかし通る声で口上を発するクラレティエ。

 

「我ら、月歌狼の傭兵団、剣狼隊!我らの剣と牙の前に立てる者無し!」

「我らはクラレティエ様の猟犬!クラレティエ様の牙ッ!」

「クラレティエ様の、そして我ら剣狼隊の強さの前に、また驕った子犬が打ち拉ぎ、哀れな子羊は許しを請うであろう!」

 

 傭兵達が、各々に鼓舞の言葉を口にし、彼らの熱気はどんどんと上がってゆく。

 

「うむ、良い闘志だ――行くぞ、剣狼隊ッ! 」

「「「オオオオオオオッ!!」」」

 

 最後にクラレティエの上げた一声に、傭兵達の興奮は最高潮に達し、皆一丸となって雄叫びを上げた。

 

 

 

 衛狼隊長バンクスと傭兵のパスズが、隊の先頭に戻るために馬を飛ばしている。

 

「なんなのあいつ等の気色悪さは……衛狼隊長!あんな気色の悪い連中を信用するんですか!」

「信用なんぞしてねぇ、本当ならこっちから願い下げだ!だが今は人手が少しでも多く必要だ」

 

 パスズは顔を青くし、バンクスにいたっては米神に青筋を立てている。

 月歌狼の傭兵団の中で、剣狼隊が異質とされる最たる部分。それは隊長や副隊長各の女三人を中心に形成されている、彼らの狂気的なまでの関係性だった。

 カリスマと形容するには捻じ曲がった隊長各の女達の気質と、それに騎士道よろしく忠誠を誓う配下達。いや、もはやその忠誠心は一種の宗教的狂気、もしくは歪んだ性的倒錯すら感じさせた。

 ともかく一般的な傭兵とは明らかに方向性の違った異質さを、彼らは醸し出していた。その異質さは剣狼隊内部でこそ、結束高めるのに一役買っていたが、一方で、他隊との間に大きな軋轢を生む原因となっていた。

 

「ッ、奴らと連携なんて嫌になるわ……!」

 

 その関係性の悪さから、そして何より剣狼隊の特性から、剣狼隊は特殊な仕事に投入されることが多く、他隊と連携して作戦を行うことは少なかった。

 

「緊急事態だ、仕方ない……トイチナ、無事でいろよ……!」

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