―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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ここより3、4話程フラストレーションの溜まるシーンが続きます。ご注意ください。


13-2:「それの襲来」

 数分遡り、第2攻撃壕対岸の第21観測壕。

 

「了解――麻掬三曹、聞いての通りです。敵が来ます」

 

 無線通信を終えた誉が、この第21観測壕の指揮を担当する、麻掬へ振り向きそう伝える。対岸の第2攻撃壕から、傭兵団が前進を始めたとの報告が入ったのだ。

 

「了解。今度は俺等が迎え撃たなきゃならん――各員、再度各装備をチェックしろ」

 

 麻掬が指示を出し、各々は装備の最終確認を開始する。

 

「誉先輩」

「ん?」

 

 そんな中、作業の片手間に、鈴暮は誉に話しかける。

 

「策頼先輩、なんかしんどそうな声でしたね……」

 

 鈴暮は、少年っぽさの残る可愛らしい顔を少し曇らせ、心配そうに言う。

 

「ああ、しょうがねぇ。あいつはここ数日戦い続きの上、残酷な物も見ちまったらしいからな。そして、これからまたしても戦闘だってんだ……」

 

 この世界に来て以来、立て続く戦闘に事件。それ等の影響で、心身ともに疲弊の見える策頼の事を、彼の友人である誉と鈴暮は酷く心配していた。

 

「大丈夫かな……」

「余裕ね、人の心配してるなんて」

 

 しかしそんな二人の会話に、不機嫌そうな声が割って入る。

 

「向こうのぶっ飛んだ面子より、私等がどうなるかも分かんないのよ?」

 

 声の主は渋い顔つきで、12.7mm重機関銃の点検をしている祝詞だった。

 

「人にあたるなよ祝詞、気持ちはわかるが」

「ッ……悪かったわよ!」

 

 誉の返した言葉に、ぶっきらぼうに言い放つ祝詞。彼女は確認を終えた12.7mm重機関銃のフィードカバーを閉めて、ため息を吐く。

 

「寒い……早く帰りたい」

 

 そして祝詞はそんな台詞を零した。

 

「帰った所でやるべき事は山盛りだがな。武器の整備に燃料、弾薬の再補給。今後の計画のブリーフィング。今も車両の整備や、ヘリやら無人機やら用意に大忙しで、そっちの手伝いにも駆り出されるかも――」

「違う!……私が言いたいのは、元の世界に返りたいって事よ……!」

 

 誉は言葉を紡ぎ並べたが、しかしそれを遮り、悲観に染まった声色で祝詞は叫んだ。

 得体の知れない異世界で、連日続く作戦行動による心身の疲弊。加えて現在の、不快な塹壕の中で、さらに擬装から吹き込む雨風に削られる体温、体力、気力。

 何より、これから殺し合いをしなければならないという不安と嫌悪。

 祝詞の口からそんな言葉が放たれるのも、無理は無かった。

 

「………」

 

 祝詞の言葉に、塹壕は静寂に包まれる。

 

「……よせや、こんなタイミングで」

 

 少しの静寂の後、祝詞の隣にいた美斗知が、苦虫を噛み潰したかのような顔で発した。

 

(ギスギスしてるなぁ……)

《スナップ21》

 

 そんな事を思っていた鈴暮の意識を、無線からの音声が引き戻した。

 

《敵主力ドローン2、目視域に到達》

「了解――麻掬三曹、敵が目視域に到達とのこと」

 

 鈴暮は無線に返し、そして麻掬に伝える。

 

「見えてる」

 

 その麻掬は暗視眼鏡を手に、谷間の先を睨んでいる。彼の目には、谷を進む敵傭兵部隊が映っていた。

 

「報告、敵は主力を谷間に展開し進行中」

 

 麻掬は発してから暗視眼鏡を放すと、塹壕陣地内の隊員等に向き直って説明を始める。

 

「確認するぞ。谷間に展開した敵主力は、第2攻撃壕と迫撃砲が対応をする。俺等がまず相手をするのは、こちら側の丘に上がってきた敵、一個小隊だ。これの排除が完了次第、第2攻撃壕の援護に移る」

「了解」

「言うだけなら簡単ですけどね……」

 

 麻掬の確認指示の言葉に、誉は了承の、祝詞は皮肉気な返事をそれぞれ返す。

 

「配置に着け」

 

 各員は自分の装備を手に定位置へ着き、美斗知と祝詞は、担当する12.7㎜重機関銃へと着いた。

 

「敵主力、まもなくB2攻撃線に侵入」

 

 麻掬に代わり、暗視眼鏡を覗く誉が敵の様子を伝える。

 

「――敵主力、B2攻撃線を越えました」

「来るぞ」

 

 麻掬が呟く。

 その数秒後、上空に照明弾の閃光が上がる。そして一瞬の間を置いた後に、谷間で無数の爆煙が上がり出した。

 

「始まった」

「………」

 

 殺し合いが始まった。

 にもかかわらず、第21観測壕は未だに静かで、現実感は希薄だった。

 上空の瞬きに照らされながら、眼下で巻き起こっているであろう阿鼻叫喚。

 しかし、壕の面々が抱いていたのは、まるでつまらない映画でも見ているような感覚だった。

 

「――麻掬三曹。こちらへ接近する敵影あり!」

 

 そんな彼らを現実に引き戻す声。この場にいる唯一の普通科隊員、崖胃の声だ。

 

「どこです」

「こちら側の崖の下、一個小隊規模。騎兵が縦列で接近中」

 

 麻掬が見れば、傭兵とおぼしき騎兵達が、谷間に沿って走る丘の崖下を、断崖に沿うようにしながら走ってくるのが見えた。

 

「報告された別動隊か?上には上がらなかったのか?」

「ッ、あれじゃ50口径では狙えません!」

 

 祝詞が困惑の声を上げる。

 三脚に固定された、取れる俯角角度の大きくない12.7mm重機関銃では、眼下を断崖に沿いながら走ってくる騎兵達を狙う事はできなかった。

 

「いい、個人火器で対応する。誉士長、MINIMIを」

「了解」

 

 崖胃三曹は指示しながら自分の小銃を、そして誉もMINIMI軽機を持って塹壕から這いずり出た。

 

「怪しい気配があったらすぐに戻って下さい!――あいつら、こんなルートを通って何がしたいんだ……?」

 

 麻掬は、崖胃等両名の背に発すると、視線をもどして暗視眼鏡越しに敵を観察を再開。そして疑問の声を漏らす。

 

「俺等が陣取ってるのを警戒して、崖下の死角を選んだのでは?」

 

 鈴暮が発するが、麻掬はそれを否定する。

 

「意義が薄い。確かに開けた丘の上を突っ込んで来るよりかは、狙われにくいかもしれないが――あえて俺等に頭上を取られてまで選択する程のメリットじゃない。ましてこの地形だ」

 

 第21観測壕が構築された周辺は、この地域一帯でも特に断崖の岩肌が荒い場所だった。

 人の手でこの断崖を登るには少なくない労力が求められる。まして、今は夜間でおまけに雨天であり、崖下から上に攻めるには最悪の環境だった。

 

「こっちを警戒していない訳はないはずだ……」

 

 無線での報告では、傭兵団は谷間の両脇を走る丘の上にも注意を向けているらしく、現に先ほども対岸の丘の上に偵察を上げている。こちらが丘の上に陣取っている可能性を、考慮していないという事も考えにくかった。

 

「さっきの第一波を助け出すために、俺等を無視して下を突っ切って行くつもりでは?」

「……それくらいか」

 

 再びの鈴暮の推測の声に、しかし疑念を払拭しきれない様子の麻掬。

 

《なんでもいい、レッチ3はここで排除する》

 

 が、インカムからの崖胃三曹の声がそれを一蹴する。

 崖胃三曹と誉は、塹壕陣地から少し先の、崖下を狙える位置に陣取っていた。誉は腹ばいでMINIMI軽機を構え、その横に崖胃三曹が立膝を着いた。

 

「お前は正面に向けてばら撒け、撃ち零しは俺がやる」

「了」

「――撃て」

 

 先頭の騎兵が射程距離に入ったのを見て、崖胃三曹が指示を出す。そして誉のMINIMI軽機の引き金が引かれ、発砲音が響き弾を撃ち出された。

 吐き出された弾の群れは、先頭を駆ける騎兵達へと襲い掛かる――はずだった。

 

「――あ?」

 

 しかし誉のその目は、照準の先にありえない物を見た。

 先頭を切っていた騎兵の乗り手が消えた。

 いや違う、消えたと思われた乗り手は、断崖の岩肌へと飛び移っていた。

 そして、それだけではなかった。

 信じられない事にその乗り手は、突き出した岩を次々に足場とし、人間ではありえない跳躍力で、岩肌を舞うように登って来ていたのだ。

 

「――!……カスたれがぁ――冗談だろ!?」

 

 横で、同じ物を見たであろう崖胃三曹が悪態を吐き出した。だが吐き出された悪態をよそに、その冗談は続く。

 先頭の騎兵のその動きを合図とするかのように、後続の乗り手達も馬上に立ち、そこから岩肌へと飛び移ってゆく。そして岩肌の突起を足場に、次々と断崖を登り出した。

 

「誉士長!」

 

 崖胃が誉の名を叫ぶ。

 誉は返事の代わりに、照準を断崖の岩肌へと向け、再びMINIMI軽機の引き金を引いた。

 かろやかに崖を登ってくる傭兵達に向けて、無数の5.56㎜弾がばら撒かれ出す。しかし暴力の雨に臆することなく、傭兵達は縦横に跳躍を続ける。

 

「有効打、確認できず!」

「落ち着け、目移りを起こすな。目標を先頭の奴に絞れ!」

 

 予想外の挙動を取る敵に、必死に食らいつき照準を付け、発砲する崖胃と誉。

 だが銃火を掻い潜り、先陣を切って飛び立った先頭の傭兵が、崖の上へと到達し足をつけた。

 

《崖胃三曹、壕に戻ってください。これ以上の突出は危険です!》

 

 崖胃のインカムに、麻掬三曹の後退指示が飛び込む。

 

「――了解。誉士長、戻るぞ!」

「ッ、了解!」

 

 最初の傭兵に続くように、崖の上には傭兵達が次々と到達してゆく。その傭兵達に向けて牽制に弾をばら撒きながら、二人は塹壕へと後退した。

 

「美斗知、祝詞!」

「了解」

「冗談でしょ……!」

 

 塹壕では12.7mm重機関銃を担当する美斗知と祝詞が、三脚を掴んで持ち上げ、12.7mm重機関銃の再設置にかかっていた。

 

「なんなんだあれは!?」

 

 壕へと戻って来た崖胃三曹が、開口一番に困惑と苛立ちの混じった声を上げた。

 

「いわゆるファンタジー世界の不思議な力って奴でしょう、こんな形で出くわしたくなかったが……」

 

 言葉を返した麻掬。その手には信号けん銃が握られている。

 

「各員射撃準備、弾幕を展開して敵を迎撃する。美斗知士長、50口径は?」

「再設置完了!」

「よし、備えろ。照明弾を上げるぞ」

 

 麻掬は信号けん銃を頭上に掲げ、引き金を引いた。

 撃ち出された照明弾は、降り立った敵の頭上へ向けて飛び、炸裂。瞬いた照明弾は、こちらへ向けて駆け出す傭兵達を照らし出した。

 

「射撃開始ッ!」

 

 麻掬は即座に指示を出す。

 12.7mm重機関銃が、そして各員の火器が一斉に火を噴いた。

 注がれる銃弾の雨に晒され、傭兵達の内の何人かが倒れるのが見える。

 

「何体か飛び上がった!」

 

 誉の声。襲い来る銃弾から逃れるためか、傭兵達は上空へと跳躍を始める。しかし飛び上がった傭兵達もまた、小銃や軽機の攻撃に晒される事となる。

 崖を登った丘上の、なだらかな地面上での跳躍は、岩肌で行われたそれよりも単調な物となり、傭兵達の内数名が、予測射撃の餌食となった。

 

「有効打確認。敵の進行が止まります」

 

 鈴暮が報告の声を上げる。展開される弾幕によって、傭兵達の動きが鈍くなる。一度上空へ飛び上がった傭兵達も、地面に着地して身を伏せてゆくのが見えた。

 

「射撃を継続、このまま釘付けに――ん?」

 

 命じようとした麻掬は、しかし瞬間目についた光景に、訝しむ声を上げる。見れば他の傭兵達が動きを止める中、一人だけ動き続ける影があった。その影は他の傭兵達をかき分けるように、突き進んでくる。

 

「マジか?一体突っ込んでくる」

 

 誉の驚きの声。

 

「50口径、対応しろ」

「了」

 

 麻掬が命じ、美斗知は12.7mm重機関銃を旋回させ、一人突っ込んでくる人影を照準に収める。

 そして押し鉄に力を込め、発砲した。

 

「――?」

 

 弾は突き進んでくる人影に吸い込まれたはずだった。

 しかし、人影は一瞬何か動きを見せたかと思うと、何事も無かったかのように、こちらへの突貫を続けている。

 

「……当たったはずだぞ?再攻撃する」

 

 疑念を感じながらも、美斗知は再度照準を覗き発砲。

 

「――!」

 

 しかし、先と同様の光景が繰り返される。そして次の瞬間、美斗知はある事を確信した。

 

「麻掬三曹!」

 

 照準の先に見たものを報告するべく、麻掬の名を叫ぶ。一方、隣で双眼鏡を覗く麻掬三曹の横顔は、酷く険しいものとなっていた。

 

「分かっている美斗知士長、お前の言いたい事は分かる……あいつ、剣で銃弾を弾いてる!」

 

 彼らが目にしたもの、それは大剣を振るい、12.7㎜弾を跳ね除ける人間の姿だった。

 

「はぁ!?何を……んな事が!」

 

 誉が声を上げるが、現実にその事態は起こっていた。

 

「信じられないが事実だ!あれは洒落じゃすまない、美斗知士長、撃ち続けろ!」

「了解!」

「各員、あの個体に集中砲火だ!」

 

 麻掬の指示が発せられ、全ての火器が、迫り来る傭兵に狙いを向けて火を噴きだす。しかし、撃ち出される弾はその敵傭兵の手によってことごとく退けられてゆく。

 接近するにつれ、敵傭兵の動きが鮮明になる。その傭兵は時に体をしならせて弾を避け、時にその大剣で弾を弾き反らし、果ては弾を真っ二つに切り裂いたと思しき姿を見せていた。

 

「は、冗談だろ」

 

 驚きを通り越し、呆れたような声を上げる美斗知。

 傭兵は、注がれるすべての弾を曲芸のように退けながら、飛ぶように走り、こちらへと迫って来る。

 そして――

 

「ッ!」

 

 各員の視界から消えた――否、対象はまたしても飛んだ。

 一瞬、踏み切る動作を見せたその人影は、直後には上空約30メートルの高さへと飛び上がっていた。

 

「呆けるな!撃て!」

 

 崖胃の怒号。

 各員は上空の敵を追い、小銃や軽機関銃を上空に向ける。

 

「ダメです、仰角が――!」

 

 だが美斗知の荒げる声が響く。火力の要の重機関銃に限っては、それが叶わなかった。

 対空マウントではない重機関銃は仰角を取れずに、射手である美斗知の視線だけが、上空の敵を追う。

 

「!」

 

 そして気づく。

 ゆっくりと重力に引かれて降下を始める、その存在の取る軌道。傭兵が手に持つ巨大な得物が、牙を剥かんとする先。

 

「麻掬三――」

 

 口から声が漏れかけた瞬間、彼の体に鈍い衝撃と鈍痛が走った。

 彼の視界が揺れる。

 そして何が起こったのかを把握する前に、さらなる衝撃が巻き起こり、視界の端で土砂が巻き上がった。

 

「げッ――痛!」

 

 直後に塹壕の底に体を打ち付け、自身が突き飛ばされた事を美斗知は理解する。体が訴える痛みを押さえつけ、目の前の事態を確認するべく身を起こす。

 

「畜生!なんだって――」

「美斗知!麻掬三曹!大丈――え?」

 

 起き上がった美斗知、そして駆け寄った祝詞は。――二人は、目に飛び込んで来たものに言葉を失った。

 緩やかに弧を描いて構築してあったはずの塹壕は、切り裂かれたかのように十字になっている。

 スポットに設置してあった12.7mm重機関銃は中心部で切断され、銃身を始めとする各部はひしゃげている。

 しかし、両名が目を奪われたものは、それ等ではない――

 

「あ……あ……」

 

 口をパクパクと動かし、声を零す祝詞。

 そこに麻掬の――右腕、そして右の胸部から左わき腹までを切り裂かれ切断され、胴が上下で真っ二つになった麻掬の体が、横たわっていた――

 

「あ………い………嫌あああああッ!!」


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