―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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13-8:「衝撃起爆の大号令」

 塹壕は鉱石柱の攻撃のせいで、ほとんど原型を留めていなかったが、二人分が入れる程のスペースがかろうじて残っており、到着した誉はそこに飛び込んだ。

 

「待ってろ」

 

 誉は鈴暮の体を隠すように塹壕の底へ寝かせると、壕の外へと再び飛び出した。先ほど見つけたかろうじて機能している無線機を始め、それを含む周囲に散らばった装備品を可能な限り回収し、観測壕跡へと戻る。戻った誉は装備品をひっくり返して使えそうなものを探し、鈴暮の手当てを開始した。

 

「ッ……なんてことしやがる」

 

 上衣を脱がせると、鈴暮の華奢な体にはいくつもの痣や鞭の跡が見て取れた。誉は怒りと殺意が再燃しそうになるが、それを堪えて鈴暮の手当てに専念する。

 

「センパイ……」

 

 手当の途中で、鈴暮が顔を歪めて声を上げる。

 

「どうした!どこが痛む!?まさか内臓か!?」

 

 苦し気な声を上げた鈴暮に、誉は目を見開いて尋ねる。

 

「……背中、払ってください……あのメス共の感触が残ってて、気持ち悪い……」

 

 だが心配をよそに鈴暮の口から発せられたのは、皮肉交じりのそんな要求だった。

 

「……ハッ」

 

 鈴暮の皮肉交じりの軽口に、誉は脱力した。そして軽く笑みを浮かべながら、鈴暮の背中を払ってやった。

 

「すんません……そうだセンパイ!奴等、何か洗脳に似た能力を俺に使って来たんです。それでオレ、急に無気力になって奴らの言うがままに……」

「洗脳だぁ!?ふざけやがって……だが合点はいった。そうでもなきゃ、お前があんな気色悪い状況に、抵抗もせずに甘んじるわけねぇからな」

 

 誉は先の状況を思い返し、怒りと不快感の混じった表情を浮かべる。

 

「とにかくこのことも、一緒に伝えないと。後の手当ては自分でやれるんで、先輩は無線で連絡を……」

「分かった、無理はするなよ。こいつが通じてくれればいいが……」

 

 誉は壊れかけの無線機のマイクを取り、回線を開いた。

 

「誰か応答してくれ。こちらスナップ21、誉士長。繰り返す、こちらスナップ21。誰か聞こえてるか?」

《L1……長沼だ。スナッ……事なのか?通信状況……悪い、状況は……なっているんだ?》

 

 呼びかけに、無線機からは途切れ途切れの音声で、しかし返信が流れて来た。

 

「長沼二曹、こちらは半壊した無線を使ってるので、要点だけ伝えます。レッチ3は我々を攻撃後、対岸の第2攻撃壕に向かいました。繰り返します、レッチ3は第2攻撃壕に向かっています。至急何らかの対応願います!」

《心配な……L2はすでに第2攻撃壕を放棄……後退した。現在、事態に対応中。増援の分……そちらに向かっている》

「了解。それと連中は――」

 

 続けようとした誉。――だが彼の言葉は、ガシャ、という突然の金属音に阻まれた。

 

「は――!?」

 

 見れば無線機は巨大な刃に貫かれ、バチバチと異音を放っていた。

 

「不思議な魔法道具を使うようだな」

 

 困惑する誉の背に掛けられる妖艶さの混じる声、そして気配。

 振り返った誉の目に映ったのは、大剣を片手に塹壕の上からこちらを見下ろす、剣狼隊長クラレティエの姿だった。

 

「ッ!」

 

 考えるより先に、誉は塹壕の底に置いたエンピを足で跳ね上げて掴み取る。そして先端をクラレティエに向けて突き出した。

 

「ヅゥッ――!?」

 

 だが、エンピの先端が敵へと届く前に、誉の右横腹に違和感が走った。

 クラレティエの横に別の人影がある。傭兵の一人であるクリスだ。彼女はクラレティエの脇を縫って現れた、得物である戦斧を振い、誉の横腹を掻っ割いたのだ。一瞬遅れて襲って来た激痛に、誉は体勢を崩して崩れ落ちる。

 

「ごめんなさい隊長、またも横取りしちゃいましたッ!」

 

 クラレティエに振り向き、クリスいたずらっぽい笑みでそんな言葉を放つ。

 

「ふふ、調子が良いようだなクリス」

 

 対して、クラレティエも笑みを浮かべて返してみせた。

 

「お前ェッ!」

 

 しかしクリスに意識の向いている無防備なクラレティエに、小柄な人影が襲い掛かった。

 鈴暮だ。 塹壕から飛び出した鈴暮は、両手を地面につけて倒立姿勢となり、手負いの体とは思えない身のこなしで、回し蹴りをクラレティエ向けて放った。

 

「ッ!」

 

 だがクラレティエは大剣を持った片手を引き寄せ、大剣の柄で鈴暮の足を軽々と止めて見せた。

 

「ほう、良い動きを見せてくれる」

 

 攻撃を受け止めたクラレティエは、感心したような口調で鈴暮の顔を見下ろす。対する鈴暮はすぐさま倒立後転でその場を離れ、クラレティエと距離を取った。

 

「やはり素質は悪くないようだ。野犬のままにしておくのは、惜しく感じてしまうな」

「黙れェェェッ!」

 

 クラレティエの言葉は鈴暮の怒りと嫌悪感を煽り、彼の額に青筋が浮かぶ。誉を傷つけられた怒りに任せ、鈴暮は再度間合いを詰め、クラレティエに向けて上段回し蹴りを放つ。

 

「よっ!」

「くっ!」

 

 しかし、鈴暮の蹴り技は何者かによって止められた。

 

「な――ッ!?」

 

 驚愕する鈴暮の目に映ったのは、彼とクラレティエの間に割って入った二人分の人影。立ちはだかったのは、クリスと同じくクラレティエの配下の傭兵である、ヨウヤとランス。二人は息の合った動きで互いの剣を交差させて盾となり、鈴暮の攻撃を防いだのだ。

 まずい――そう思った鈴暮は即座に脚を引き、再び間合いを取ろうとする。しかし鈴暮の体はそのわずかな間だが無防備を晒し、そこへヨウヤの剣が襲った。

 

「こ――?」

 

 突き出された剣は、鈴暮の首を掻っ割く。そして鈴暮は体のバランスを崩し、大きくふらついた後に地面へと倒れた。

 

「ぁ――?ごふ……ぁ……!?」

 

 斬撃は彼の頸椎にまで達していた。喉元を抑える鈴暮。声にならない声と、大量の血が彼の口から吐き出される。

 そして短い時間の後に、鈴暮は意識を失った。

 

「へへ、クリスだけにいい格好はさせないぜ!」

「僕らがいる限り、隊長は傷つけさせない!」

 

 鈴暮を退けると同時に、二人の傭兵は演劇の決め台詞のように発して見せた。

 

「ははっ、今日は皆に助けられてばかりだな」

 

 笑顔でそんな言葉を発するクラレティエ。だが、直後にクラレティは塹壕側で動く気配を感じ取る。

 

「お前ェェッ!」

 

 視線を移したクラレティエの目に映ったのは、エンピを突き出す誉の姿だ。誉が腹部に受けた剣撃による傷は致命的なまでの深さだったが、彼はそれでも起き上がり、クラレティエに向けて決死の一撃を放った。しかし、突き出されたエンピがクラレティエの体を貫くことは無かった。

 

「なッ!」

「ぐぅ、うぅ……!」

 

 またしても何者かが割って入り、唸り声を上げながらも、クラレティエに向けられた攻撃を受け止めていた。受け止めたのは、クラレティエの側近である少年、レンリだ。戦い慣れていない様子がありありと分かる少年は、しかし必死に誉の攻撃を防いでいる。

 

「レンリか。すまないな、助かったぞ」

 

 言いながら、クラレティエはレンリの横から自身の大剣を、まるでレイピアでも扱うかのように軽々と突き出した。

 

「ごぅッ!?」

 

 突き出された大剣は誉の腹部を貫いた。そしてクラレティエが反動を付け、彼の体から大剣を引き抜く。支えを失った誉は、塹壕の底に再び崩れ落ちた。

 

「ふむ、どうやらこの二人だけのようだな」

 

 クラレティエは大剣を引き寄せながら、周囲が安全になったことを確認する。

 

「隊長!」

「隊長、大丈夫ですか?」

 

 そんなクラレティの元へ、ヨウヤやランス、クリス達が集まりだした。彼らはクラレティエを取り巻き、彼女の身を案じる。

 

「ああ、大丈夫だ。助かったぞ、みんな良い動きだった」

「い、いえそんな!大したことないっすよ!」

「まだまだ未熟な僕たちだけど、せめて隊長の盾となってお役に立って見せます!」

 

 クラレティエに礼を言われ、三人、特にランスやヨウヤは顔を赤らめ、そして息巻いた。

 

「レンリ、お前もよくやってくれた」

 

 集まった配下の傭兵達を見渡したのちに、クラレティエは脇にいるレンリにねぎらいの声をかける。

 

「え!で、でも!結局僕、耐えるのに精いっぱいで、結局隊長頼りでした!なのに……」

「ふふ、何を言っている。私を身を挺して守ってくれたではないか」

 

 優しい笑みで礼を言われながら、クラレティエはレンリの頭を撫で始めた。

 

「わっ、わぁ……!」

 

 唐突に頭を撫でられ、レンリは赤面する。

 

「た……隊長ぅ……」

「ふふふ……おや?」

 

 その手でレンリを可愛がっていたクラレティエだが、途中で彼女は何かに気付き、表情を変えた。

 

「あ、あの……隊長?」

「……成程そうか、まだまだかわいい子供だと思っていたが……」

 

 突然、真顔になった彼女にレンリは困惑するが、クラレティエはそんな彼をよそに、何かを呟きながら考え込んでいる。少しした後に、何かに納得したような仕草を見せると、真顔を一転させて悪戯っぽい笑みを作る。

 

「レンリ、お前……私に対して支配欲を抱いているな?」

 

 そしてレンリに向けてそんな台詞を言い放った。

 

「は……え、ええ!?たた隊長、な、何を……! 」

「隠すことはない。躾けられるばかりでなく、躾ける立場として私に接したいのだろう?お前も男児だ、そういった欲を持つのも分からないではない」

 

 突然の言葉にレンリは狼狽し、弁明の言葉を紡ごうとするが、それよりもクラレティエの行動のほうが早かった。

 

「え、え!」

 

 クラレティは身を屈めて目線の高さをレンリに合わせると、彼の手を取り、その指先を自身の喉元に這わせ出す。

 

「正直に言おう。私は……お前に躾けられるのもやぶさかではないぞ。お前にその意思があるのなら、お前の夜の忠犬となってもいいが?」

 

 そしてクラレティエはレンリの耳元に口を近づけ、淫靡な囁き声で告白した。

 

「な……なぁ!?」

 

 その言葉に少年はさらに狼狽した。事実レンリには、クラレティエに対して、少し背伸びをしたいという感情が芽生えていた。その彼女による、想定を超えた解釈からの思いもよらぬ告白。レンリの顔は真っ赤に染まり、鼓動は激しく脈を打った。

 

「我が忠犬の中から、私を忠犬とする主が現れる。それもまたおもしろいではないか」

「た、隊長……」

 

 その端麗な顔立ちに、余裕を見せる微笑を浮かべて話すクラレティエ。しかし、その頬に微かな赤みが浮かんでいるのにレンリは気づく。絶対的な存在であり、憧れの対象であった隊長の見せた雌を感じさせる一面に、少年の鼓動はさらに高鳴る。戦場という空間にも関わらず、二人の間には妖艶な空気が満ちていた。

 

「何を話してるんだろう……」

「ぐぬぅ、またレンリだけ……」

「あははッ、見せつけてくれるぅ」

 

 そんなクラレティエ等を取り巻いていて、様子を眺めている若い傭兵達。会話の内容こそ聞こえていなかったが、意味ありげな彼女たちの間合いを、妬いたり、ちゃかしたりとそれぞれの反応を示した。

 

「んん、クラレティエ隊長、よろしいですかな?」

「おっと」

 

 そんなやり取りを繰り広げるクラレティエに、咳払いと共に声がかけられ、クラレティエはレンリを解放して、向き直る。向き直った先には、ロイミの配下の壮年傭兵や少女傭兵の姿があった。

 

「その……ロイミさん達が……」

 

 壮年傭兵の言葉に続けるように、少女傭兵がおどおどとした様子で話す。二人はロイミ達の安否を心配しているようだ。

 

「あぁ、もちろん分かっているさ。すでに猟犬達がロイミ達を探しに向かった、すぐに見つかるだろう」

 

 クラレティエの言葉を証明するように、北側からこちらへ向かってくる傭兵達の姿が見えた。

 

「隊長!ロイミさんが見つかりました!」

 

 先頭を傭兵の一人、ルカが駆けてくる。その後ろ、傭兵達の中心には、リルに抱えられているロイミの姿があった。

 

「ロイミ嬢!」

「ロイミさん!」

 

 壮年傭兵や少女傭兵がロイミへと駆け寄り、クラレティエもそれに続き、彼女へと歩み寄る。

 

「ロイミ……!」

 

 そしてロイミの姿に、クラレティエや配下の傭兵達は驚き目を見張った。彼女は気を失っており、おまけに傷や泥まみれだったからだ。

 

「ロイミ嬢!なんという……小僧!貴様が付いていながら一体何をしていた!」

「うぅ、ご……ごめんなさい……」

「まあまあ、あまり厳しい事を言ってやるな」

 

 壮年傭兵を宥めながら下がらせ、変わってクラレティエがロイミを抱えるリルの前に立つ。

 

「ロイミ、酷い傷だ……他の二人はどうした?」

「二人は、すでに死んでました……」

 

 クラレティエの質問には、ロイミに代わり横に立っていたルカが答えた。二人とは、ロイミと共にこの場に残ったセミショートの女と長い髪の女の事で、両者はルカ達が発見した時には、すでに失血多量で死体となっていた。

 

「なんという……リル、一体何があったんだ?」

「その、敵の生き残りがいて、突然襲われたんです……」

 

 クラレティエに尋ねられ、説明を始めるリル。

 

「ロイミは、念のためプリゾレイブ・ガーデを張ってたんです、それなのに敵は動いて襲ってきました……」

「ロイミの術が張られている中でか?だとしたら強力な抵抗術をもっているはずだ。その敵とは?」

「そこに、倒れている人です……」

 

 リルはおずおずと誉の体を指し示した。

 

「ふむ、妙だな……こいつからは、そこまで強力な術を使える程の魔力は感じない」

 

 しげしげと誉の体を見下ろすクラレティエ。数秒間観察した後に、彼女は誉に向けて口を開いた。

 

「貴様、なぜロイミの術が張られている中を動いていられた?何か防御魔法を使ったのか?それに先の魔法道具の意図も気になるな、何か話をしていたようだが……?」

 

 誉に対して直接問いただすクラレティエ。

 

「……悪ぃな、畜産物の鳴き声は分かんねーよ」

 

 だが、誉は返したのは皮肉気な笑みと一言の罵倒文句だった。

 

「――ぎぁッ!?」

 

 その直後、周囲にいた傭兵達が武器の柄や足で、誉を殴り付け出した。

 

「こいつッ!」

「隊長に向かってよくもッ!」

 

 彼らにとって、隊長であるクラレティエを侮辱されることは、何よりも許しがたい事であった。

 

「よくわからないが、何にせよ危険な奴がいたようだな。戻ってきて良かった」

 

 クラレティエは暴行を受ける誉を冷めた目で見ながら、リルとロイミへと向き直る。

 

「あ、あの隊長、ありがとうございました……でも、なぜこちらへ……?」

「あぁ、衛狼隊の援護のために向こうへ赴いたはいいが、衛狼隊は大きな損害を受けたらしく、すでに撤退を始めていたんだ。そしてどういう訳か、向こう側の敵が使っていたらしい穴倉も、もぬけの殻でな」

「きっと隊長に臆して逃げ出したんだぜ」

「最近だと、クラレティエ隊長だとわかった途端、逃げちゃう敵もいるくらいだもんねー」

 

 説明の途中で、傭兵達が軽口を挟む。

 

「お前達、あまり楽観視ばかりするものではないぞ。――とにかくそういうわけで、猟犬達の大半はセフィアに任せ、衛狼隊の撤退の援護にあたらせている。我々はこちら側の状況確認と、お前達への報告のために戻って来たというわけだ」

 

 説明を終えると、クラレティエは改めてロイミに目を落とす。

 

「ロイミは一度手当てを受けさせた方がいいな。よし、お前たちは一度ロイミを連れて下がってくれ」

「はッ!」

「はい!」

 

 クラレティエがロイミ配下の壮年傭兵達にそう命じると、壮年傭兵達は即座に返事を返した。

 

「リル、ロイミ嬢のお体は私が預かる。貴様はしっかりと周囲を見張れ。先のような失態は二度と許さんぞ!」

「は、はいッ……!」

 

 リルに釘を刺す壮年傭兵。

 

「あいかわらず親父さんは厳しいなぁ」

「あはは……リルは相変わらず大変そうだね……」

 

 その背後では、様子を見ていた若い傭兵達が口々に呟いていた。

 

「ヨウヤ達、それにレンリも。念のためロイミ達の護衛に着け。谷の入り口まで引いたら、セフィアの隊と合流し再攻撃の準備を整えろ」

「あれ、このまま私達だけで突っ込まないんですか?」

「この程度の敵、隊長なら一撃じゃないですか!」

 

 クラレティエの指示に若い傭兵達は疑問の声を上げる。

 

「いや、今回の敵は異質な点が多い。一度引き、体勢を整える。万全の態勢で一気に蹂躙するのだ。」

「確かに……焦りは禁物ですよね。わかりました!」

「私も辺りを少し調べてから合流する。では頼むぞ」

 

 クラレティエの命を受け、ロイミとその配下、そしてクラレティエが護衛を命じた傭兵達が飛び立ってゆく。彼らは谷の入り口へ向けて飛び去って行き、その場にはクラレティエと数名の傭兵が残った。

 

「よし。私達も周辺を軽く調べたら、すぐに引くぞ」

「隊長、こいつはどうします?」

 

 傭兵の一人が、塹壕の底を指し示しながら尋ねて来た。塹壕の底には誉の姿がある。多量の血を失い、誉の意識は朦朧とし出していたが、それでも彼は刺し殺さんばかりの気迫でクラレティエを睨みつけていた。

 

「そうだな……聞きたい事はあるが、どうせこの傷では尋問には耐えれまい。放っておけば長くは持たずに息絶えるだろうが――」

 

 言葉の途中で、クラレティエは愛用の大剣を大きく振り上げた。

 

「貴様はロイミ達を傷つけ、我らの仲間達を手にかけた。その報いを受け、惨たらしい死に様を晒してもらうとしよう」

 

 誉の目に、振り上げられた大剣の切っ先が映る。そこから描かれる軌道は、彼の体を真っ二つに切り裂くだろう。

 

「さあ、痛みと共に己の行いを悔いるがいい」

 

 冷淡な口調で言い放たれた、咎人に裁きを下すかのようなクラレティエの一言。その一言と同時に大剣が、今まさに彼にとどめを刺すべく振り下ろされる――

 

 

《ゲェェーーィリヴゥェェーンおぉーんなーァッ!!こーこまーでおーいでーェッ!!フォーーーォウッッッ!!!》

 

 

 ――衝撃が起きた。

 暴音と怪声の強襲。突如、周囲の空気を掻き乱すような異質な音声が、横殴りのような衝撃で辺り一面に響き渡った。

 

「ッ!」

 

 突如割り込んだ怪音に、クラレティエの剣を振り下ろす腕が止まる。

 

「な、なんだこの声!」

「あ!た、隊長!あれをッ!」

 

 傭兵の一人が塹壕の東、彼ら傭兵達が最初に突き進んで来た方向を指し示し、クラレティエもそちらへ視線を向ける。

 よくよく目を凝らして見れば、少し先に人影が見えた。暗がりの中でも大男と分かるシルエットが、叫び散らかしながら、腕を大きく振り回している。その動作と、何より今しがたの異質な叫び声の内容は、明らかにクラレティエ等を挑発していた。

 

「あいつ……隊長になんて事を!」

「こいつ等の仲間だ、追いかけろ!」

「待て」

 

 人影を追いかけようとした傭兵達だったが、クラレティエの一言が彼らを制止した。

 

「今日は私を怒らせてくれる者が大勢いるようだな……」

 

 静かに言葉を発するクラレティエ。彼女は愛用の大剣を一度ぐるりと回して持ち直すと、思い切り斜めに振り下ろす。

 

「!」

 

 振り下ろされた大剣の切っ先は、砂埃を巻き上げ、地面を抉り亀裂を作った。

 

「た、隊長……!」

「お前達。そいつに止めを刺して、先に谷の入り口まで引け。私は、奴等を屠った後に合流する」

 

 口許に笑みを浮かべながら、傭兵達に命じるクラレティエ。しかし彼女の目は笑っていなかった。クラレティエからの凄まじい気迫を感じ、傭兵達は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

「何、少し害虫を駆除して来るだけだ」

 

 そこまで言うと、クラレティエは新たに現れた敵影を追い、夜空へと飛び立った。

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