―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
「あの兄ちゃんにも困ったもんだ」
小型トラック上で制刻が呟く。
避難区画を発して町を出た4分隊各員の乗る小型トラックは、程なくして山賊の根城とする山へとたどり着いた。
今現在は、山の中を通る小さな道を登り進んでいる。
「おい、あれを見ろ」
小型トラックが山の中腹へ差し掛かった所で、鳳藤が声を上げる。視線の先に、一頭の馬の姿があった。
小型トラックは馬の近くまで来て一度停車。各員は周囲を警戒しつつ降車する。
「これは、エティラさんの馬か……?」
「でしょうね。ここで馬を降りて、徒歩で奴らのアジトに向かったんでしょう」
河義の言葉に、制刻が推測の言葉を発する。
「経過時間的に、すでに奴らの所へ突っ込んでるかもしれねぇ」
「ッ、一足遅かったか……」
制刻の言葉に、河義は悪態を零す。
「俺等も、踏み込むことになりそうですかね?」
そう発した策頼は、取り残されていた馬の手綱を取り、その頭を撫でてやっている。それまでどこか寂し気にしていた馬は、策頼を気に入ったのかブルルと嬉しそうに鳴きながら、その頭を策頼へ寄せていた。
「あぁ。こりゃぁ、ハチの巣をつつく事になりそうだな」
「荒事は避けられないか……」
制刻が山の頂上の方角を一瞥しながら呟き、河義はため息混じりに呟く。
《ジャンカー4、応答せよ。こちらはジャンカーL1、鷹幅(たかはば)二曹だ》
小型トラックに積んでいた大型無線機から、声が響き出したのはその時だった。
「っと――こちらジャンカー4ヘッド河義」
「増援が来たな」
河義が無線を取る傍らで、制刻が呟く。無線の相手は、先に要請した増援部隊であった。
《こちらは町に到着し、エンブリーと合流した。それと井神一曹から、こちらの指揮を預かっている、そちらの状況知らせ》
「こちらは敵性集団――山賊の拠点の目前まで来ています――」
河義は、追跡対象であるエティラがすでに山賊の拠点に単身乗り込んだ模様である事。エティラやさらわれた町の住民を救助回収するため、4分隊もこれより山賊の拠点への侵入を試みる事などを伝えた。
《了解――交戦の許可はすでに下りてはいるが、くれぐれも慎重に行動するように。こちらも再編成が完了次第、そちらへ向かう》
「了解です」
そこで河義は通信を終えた。
「皆準備しろ、これより敵性集団の拠点に侵入する。場合によっては民間人の救助、保護を伴いながらの戦闘となるやもしれん。その際は十分注意しろ」
「了解」
「了解です……!」
「了」
各員は返事を返した後に、小型トラックに再乗車。行程を再開した。
山の頂上にある廃村。
元々は山に入る山師や猟師の拠点としての役割を担っていた村であったが、現在は山賊達のアジトと成り果てていた。村の各所からは、騒がしく品の無い笑い声や叫び声が上がっている。
「へへ、今日はまったくもって大収穫だったな。笑いが止まらねぇぜ」
「まったくだぜ。特によ、乗り込んで来たあの女、なかなかの上玉だったよな」
「あぁ。最初はやたら強くてビビったが、捕まえたガキを盾にしたら、あっさり降伏しやがったしな」
村の一角では、二人の山賊がそんな下卑た会話を交わしている。
「へへへ、今夜が楽し――グェッ!?」
しかし次の瞬間、二人の山賊の片割れが突然悲鳴を上げて、その首から血を噴き出す。山賊のその首は切り裂かれており、山賊は鮮血を噴き出しながら地面に崩れ落ちた。
「な!?何だ――ギェッ!?」
相方の突然の悲鳴に狼狽えかけたもう一人の山賊だったが、彼もまた直後には悲鳴を上げる。その首には斧が突き立てられていた。
「この、下衆共が……!」
山賊に突き立てられた斧の柄を握るのは、エティラだ。
彼は憎悪を込めた言葉と共に、山賊の首に突き刺さった斧を引き抜く。支えを失った山賊の体は、相方同様地面に崩れ落ちた。
「……捕まっている人達を探さないと」
エティラは二人分の死体を隠すと、村内の捜索を開始した。
物陰に身を隠し、渡り進みながら、村内を探すエティラ。
程なくして彼は、一つの小屋を目に留めた。小屋の扉の前には一人の山賊が立ち、退屈そうに欠伸を欠いている。
「あそこらしいな……」
エティラは見張りらしき山賊の視界に入らないよう、注意を払いながら小屋の側面に回り込む。
「くっそ面倒臭ぇなぁ、捕まえた連中の見張りなんてよぉ……」
回り込むと、小屋の前に立つ山賊の呟き声が聞こえてくる。
「貧乏くじを引かされ――むぐ!?もぼォ!?」
山賊は呟きを最後まで発することはできなかった。
山賊の背後から忍び寄ったエティラが、斧で山賊の口を塞ぎ、そして首を掻き切ったのだ。
エティラは息絶えた山賊の体を地面へ置き、横へ転がすと、小屋の扉へと向き直った。
「私達、どうなるのかな……」
「わかんないよ……」
薄暗い小屋の中で、不安げな声が響いている。
そこにいたのは10人ほどの10代、20代の女子供達だ。彼女達は皆、山賊の手によりさらわれ監禁されている、昇林の町の住民であった。
「く……」
その中に一人だけ、毛色の違う女性がいた。
野外での活動に適した動きやすい服装に、軽装の防具を纏っている。
エティラの相方である、女剣士のセネだ。そしてその両腕は手枷で拘束されていた。
戻らない相方の身を案じ、そして捕らえられた住民を助け出すため、彼女は山賊の根城であるこの廃村に、単身乗り込んだ。
山賊を10人ほど屠ったまでは良かった。しかしそこで山賊達は捉えた女子供達を盾として彼女の前に差し出し、手出しの術を失った彼女は、こうして虜囚の身に落ちることとなったのだ。
「おねえちゃん……」
そんな彼女に、一人の少女がか細い声と共に近寄る。
彼女こそ、ロナ少年の友人であり、町長の娘である少女、エナであった。
「おいで――大丈夫だ……」
言葉と共に、セネは拘束された腕で輪を作ってエナの体に通し、彼女を抱き寄せて励ましの声を掛ける。
ガチャっと、小屋の出入り口から物音がしたのはその時だった。
「ッ!」
「ひ!」
おそらく山賊が来たのであろう事を予想し、小屋の中で蹲っていた女や少女達は、恐怖で顔を強張らせる。
そしてセネは抱き留めていたエナを話すと、彼女達を庇うように扉の前へと出る。
次の瞬間、扉が開かれ、月夜の微かな光が小屋内へ差し込んだ。そして扉の前に現れた人影に、セネは威嚇の鋭い視線を向ける。
「セネか?大丈夫だ、俺だよ――」
しかし直後の発せられた言葉、そして差し込んだ光に慣れたセネの目が見た、人影の正体に、彼女は威嚇の目は、驚きのそれに変わった。
「エティラ!」
現れた人影の正体は、他ならぬエティラであった。
「来てくれたのか……いや、そもそもてっきり奴らにやられた物と……」
「まったく、お前は早とちりを……その上一人で乗り込むなんて、なんて無茶をするんだ……」
「す、すまない……最悪の事態が頭によぎって、どうしてもじっとしていられなかったんだ」
エティラの叱責の言葉に、セネはシュンとした表情を作り、謝罪の言葉を発する。
「まぁいい……」
エティラはため息混じりに発すると、斧でセネの腕を拘束していた手枷を壊し、彼女を解放してやる。
「ッ……ありがとう、エティラ」
「ともかく、今は皆を――」
「――ッ!エティラ、後ろッ!」
エティラの言葉を遮り、セネが声を上げたのはその時だった。
上がったセネの声に、エティラは反射で後ろを振り向く。そして目に映ったのは、彼に向って剣を振り上げる、一人の山賊の姿だった。
「ゲッ!」
しかし次の瞬間上がったのは、山賊の悲鳴だった。
山賊の振りかぶった剣が振り下ろされるよりも、エティラの起こした行動のほうが僅差で早かった。彼はとっさに山賊の腹目がけて、肘を後ろに放ち、山賊の剣が振り下ろされるのを阻止したのだ。
「ぎゃッ!?」
山賊から続けて悲鳴が上がる。エティラは山賊が怯んだ隙に身を翻し、山賊に向かって斧を振るったのだ。
「エティラ、大丈夫か?」
「あぁ、平気だ――しかし……」
エティラはセネに返しつつも、その視線を小屋の外へと向ける。
「おい見ろ、侵入者だ!」
「野郎、ぶっ殺せ!」
その視線の先には、異常に気付いたのであろう、複数の傭兵達がこちらへ向かってくる姿が見えた。
「ッ、気付かれたか……」
迫る山賊達の姿に、エティラは悪態を吐く。
「仕方がない……奴らを倒して、活路を開くしかない!」
「あぁ!」
エティラの言葉に、セネは答えながら、足元に転がる山賊が持っていた剣を取る。そして二人は、迫る山賊を迎え撃つべく、小屋から駆け出した。
二人は小屋を出た先に広がる開けた場所の真ん中で、山賊達と対峙した。
「死ねやぁ!」
距離が迫るや否や、先頭にいた山賊が斧を振りかぶり、猟師に向けて切りかかって来る。
「せッ、はぁ!」
「ぐぁッ!?」
しかしエティラはそれを軽やかに回避。そして隙のできた山賊の身体に向かって斧を薙ぎ、山賊を切り捨てた。
「おらぁ!」
エティラのその横から、隙を突いて別の山賊が切りかかる。
「はっ!」
しかしエティラを狙ったその攻撃は、セネによって防がれ、山賊はセネにより切り倒され、地面へ崩れ落ちた。
その調子で、二人は迫る山賊達を、一人、また一人と打ち倒していった。
「糞、なんなんだよ……!」
「つえぇぞこいつ等!」
立った二人の侵入者に、次々と仲間が倒れてゆき、山賊達は狼狽え、浮足立つ。
「これなら――」
「あぁ、皆を連れて脱出できるかも……」
エティラとセネは背中合わせで山賊達の包囲に対峙しながら、住民達の脱出に光明が見えたことにより、少しの期待感を顔に表す。
「おいおい――景気のいい夜だってのに、面倒事かァ……?」
しかしその時、山賊達の群れの奥から、一際低い声が聞こえて来た。
「お、お頭……!」
山賊達の群れが左右に割れ、できた道を一人の男が歩いて来る。
190㎝はあろう身長に屈強な体躯の大男。山賊の一人が発した言葉から、山賊達の頭のようであった。
「なんだなんだぁ、さっきの女と……野郎も増えてるな。しかし、立った二人相手に何をやってんだぁ、お前等は?」
「で、ですがお頭……こいつ等、なんかやたら強くて……」
「まったく、だらしのねぇ手下どもだぜ。しょうがねぇ、俺が相手をしてやるよぉ」
手下の有様に呆れ返った様子の言葉を吐く山賊の頭。彼は言うと、肩に担いだ巨大な斧を振り降ろしながら、二人の前へと歩み迫って来た。
「――ッ!」
最初に攻撃の動きを見せたのはエティラだった。彼は斧を振る予備動作と共に足を踏み切り、そして山賊の頭に一撃を放つべく、飛び掛かった。
「おら」
「な!?」
しかしエティラの振るった斧は、山賊の頭の翳した斧に、易々と受け止められてします。そして山賊頭は空いた片腕をエティラへと伸ばし、彼のその首を捕まえて、締め上げだした。
「エティラ!」
そんなエティラを救うべく、セネが剣を振りかぶって山賊頭へ切りかかる。
「おらよ」
「ごほッ!?」
しかし、彼女の剣もまた、山賊の頭へと届く事は無かった。山賊の頭が振るった大斧の柄が、セネの鳩尾に入り、彼女は鈍い悲鳴を上げながら吹き飛び、そして地面へと叩き付けられた。
「ぐが……あぁ……」
山賊の頭は地面に叩き付けられたセネを一瞥すると、捕まえたエティラの首をより一層強く締め上げる。
「なんだぁ?どんなもんかと思ったが、大したことねぇじゃねぇか?」
山賊の頭は、掴み上げたエティラの姿を眺めながら一笑。
「さっすがお頭!」
「奴らが手も足もでねぇぜ!」
そして周りにいた山賊達が囃し立てる。
「さて、舐めた真似をしてくれた事だし、コイツには町の連中に対する見せしめになってもらうとするかぁ」
楽し気に言うと、山賊の頭はエティラの首を握る力に、より一層の力を込める。
「ぐぁぁ……」
「やめろ……エティラぁ……!」
山賊達は屠られる獲物に対してニヤニヤとした視線を集中させる。
エティラとセネ。二人からは苦し気な声が上がる。そしてエティラの呼吸が限界に達しようとした。
――強烈な光がその場に居る全員を照らしたのは、その瞬間だった。