―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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14-4:「真剣勝負 再び」

「大丈夫なのかあいつら……」

 

 背後で発砲音が響き出し、劔は後ろを振り返りながら呟く。

 

「オメェは自分の心配してろ」

 

 制刻と鳳藤は脅威存在のクラレティエを追いかけ、彼女が逃走のために生成した、等間隔で連なり生える鉱石柱を辿っていた。

 しばらく辿って行った所で、鉱石柱は途絶え、遮蔽物の少ない開けた空間がまた広がっていた。

 

「ここで終わってる……」

「柱でキャッキャすんのは、飽きたみてぇだな」

 

 開けた場所へと出た二人は、警戒しながら周囲を見渡す。周辺は静かで目立った物もなく、控えめな雨音だけが響いていた。

 

「――ッ!」

「うわッ!」

 

 しかし次の瞬間、唐突な地鳴りと揺れが二人を襲う。そして湿った土を巻き上げながら、地表から次々と鉱石柱が姿を現した。鉱石柱は先程の剣山のような密集隊形ではなく、等間隔で二人の周囲を囲うように生えそろってゆく。

 

「柱が……周りを!」

「趣味の悪ぃスタジアムだな。第一俺ぁ、スポーツ全般が好きじゃねぇんだ」

 

 この異様な状況にもかかわらず、淡々と言いながら、制刻は信号けん銃を取り出して、夜闇に照明弾を打ち上げる。

 

「この状況で何を悠長に――おい、前方ッ!」

 

 制刻の発言を咎めようとした鳳藤だったが、その刹那、彼女の目が鉱石柱の一つに人影を見止める。

 

「お出ましか」

 

 制刻は皮肉気な口調で呟きながら、劔が指し示した鉱石柱へと視線を向ける。鉱石柱の頭頂部に、脅威対象クラレティエの姿があった。

 

「まったく、品の無い小手を使ってくれた……」

 

 眼下の敵を睨みつけながら、クラレティエは不愉快そうに呟く。

 

「不快なだけでなく、毒を持つ害虫となれば、もはや潰す事に遠慮等いらないな!」

 

 凛とした声に怒気を混ぜて吐き捨てると、彼女は鉱石柱の頭頂部から飛び立つ。そして肩に構えていた愛用の大剣を、空中で大きく振るった。

 

「剱、横に飛べッ!」

「ッ!?」

 

 制刻が怒号を上げ、二人はそれぞれ左右に飛ぶ。

 その次の瞬間、今まで立っていた場所を凄まじい衝撃が襲い、湿った土砂が周囲に巻き上がった。

 

「ゴホッ……なッ!」

 

 退避した先で体を起こした鳳藤は、目に入った光景に言葉を詰まらせる。先ほどまで自分等が立っていた地面には、直径10m近くに達する巨大な亀裂ができていた。

 

「彼女の仕業なのか……剣を振るっただけでこんなに……!」

 

 目の前の亀裂に視線を落とし、冷や汗を垂らす鳳藤。

 

「逐一面倒なやつだ」

 

 一方の制刻は、停止していたチェーンソーを再起動させながら、クラレティエの姿を探して視線を動かす。そして先と反対側の鉱石柱に、動く物体を捉えた。

 クラレティエは斬撃を放った直後に、その反動を利用して大きく跳躍していた。跳躍先の鉱石柱の側面へ足を着けると同時に、クラレティエは素早く詠唱を始める。

 

「鋼よ、鎚の雨となりて、愚者を大地に打ち付けよッ!」

 

 すると彼女の周辺に、鉱石でできた巨大な杭のような物がいくつも現れる。そして鉱石の杭は、眼下の敵に向けて一斉に突き進みだした。

 

「また何か来る――うわ、クソォッ!」

 

 鳳藤が叫び切る前に、鉱石の杭の群れは、制刻等の周囲に次々と落ちて土砂を巻き上げる。砲弾と同じサイズの鉱石が襲い来る様は、まさに砲撃のそれであった。

 

「これも鉱石か……?こんな――」

 

 困惑の声を漏らしかけた鳳藤だったが、続けて迫る脅威がそんな暇すら与えなかった。制刻等の直上に、目と鼻の先まで迫るクラレティエの姿があった。鉱石による攻撃は目眩ましであり、本命は彼女自身による斬撃だ。

 

「はぁぁッ!」

 

 落下するように制刻の直上まで肉薄した彼女は、中空で振りかぶった大剣を、制刻目がけて斜めに薙いだ。

 

「おぉう」

 

 命中すれば制刻の体を真っ二つに切り裂いただろう。だが、制刻は上半身を捻りながら反り、クラレティエの薙いだ大剣を、紙一重で回避した。

 

「ッ!」

 

 奇襲による一撃を回避され、眉間に微かな皺を寄せるクラレティエ。内心で舌打ちをしながら、彼女はすぐさま、薙いだ大剣を一秒にも満たない速度で持ち直し、再び大剣を制刻に向けて振り下ろす。対する制刻は、上半身を反った体制から復帰させながら、チェーンソーを繰り出し、斜めに振り上げる。

 

「っとぉ」

「ッ!くぅぅッ!」

 

 チェーンソーと機械剣が再び衝突。浅い角度でぶつかり合った互いの刃は、滑り、金切り音を立てて火花を上げた。

 

「どこまでも小賢しい害虫め……ッ!」

「余裕がねぇな。ゲリ便呼ばわりされて、悔しかったか?」

 

 制刻は鍔競り合いの最中にクラレティエを挑発。醜い口から発せられる品に欠ける煽り文句が、クラレティエの不快感を増長させる。

 

「くッ……はぁッ!」

 

 クラレティエは大剣に力を込め、チェーンソーを跳ね除ける。そして反動を利用して後ろへと飛び、制刻から距離を取って着地した。

 

「はッ!?くッ――!」

 

 劔は唐突に発生した白兵戦に目を奪われていたが、一瞬動きを止めたクラレティエに気付き、彼女に向けて小銃を構えて発砲する。しかし撃ち放たれた弾は、空しくもすべてクラレティエの大剣に跳ね返された。

 

「岩よ、鋼よ、鏃となりて牙を向け!」

 

 そしてクラレティエは素早く詠唱。お返しといわんばかりに鉱石の針を放った。

 

「ひぁっ!?」

「うぜぇ」

 

 鳳藤は慌てて横へ飛び退き、制刻はチェーンソーを適当に振るって、鉱石針を払いのける。

 

「ぷぁっ……クソ、彼女が消えた!」

 

 二人が襲い来る鉱石柱の撃退に追われている間に、クラレティエは姿を晦ましていた。

 

「どこ行きやがった」

 

 制刻は姿を消したクラレティエを捜索し、視線を周囲に走らせる。

 

「――ッ!あっちだぁッ!」

 

 その時、制刻とは別方向を見上げながら鳳藤が叫び声を上げる。

 

(あっちじゃわかんねぇよ)

 

 慌てた鳳藤の明瞭ではない伝達を、内心で呆れながら、鳳藤の視線を追う。鳳藤の視線の先に、連なり生える鉱石柱の側面を、壁でも走るような動きで伝うクラレティエの姿があった。そしてクラレティエは鉱石柱を伝いながら大剣を振るい、刃付きのブーメランを放つ。放たれた三枚のブーメランは分散し、それぞれの方向から二人へと襲い掛かった。

 

「うわッ!ひッ!」

「飽きねぇな」

 

 それぞれ違う高さとタイミングで襲って来たブーメランを、鳳藤は飛び跳ね身を屈めて回避、制刻は二つを身をよじって回避し、一枚をチェーンソーで弾き返した。

 ブーメランの襲撃をやりすごした制刻だが、彼の斜め後ろの宙空に、クラレティエの姿があった。二人の注意がブーメランに向いている間に、クラレティエは死角を突いてまるで瞬間移動の如き速さで接近。制刻の背後を取り、その背中目がけて大剣を振り下ろした。

 金切り音が響く。

 制刻は半身を捻りながら、背後に向けてチェーンソーを振り上げ、振り下ろされた大剣を、浅い角度で掬い上げるように受け止めた。

 両者の刃が交差して滑り、またも火花を上げる。制刻はチェーンソーをそのまま真上まで振り上げ、大剣の剣先を明後日の方向に逃がすように撥ね退ける。クラレティエは忌々し気な表情を浮かべたが、しかし跳ね除けられた勢いに逆らわずに、勢いを利用してそのまま後方宙空へ飛び、一回転して着地した。

 

「ッ、クソ!」

 

 制刻との白兵距離から離れたクラレティエに向けて、鳳藤は再び小銃を向けて発砲。隙を与えないために、今度はフルオートで弾をばら撒き続ける。しかしクラレティエは大剣で悠々と弾を跳ね除けながら、背後へ大きく跳躍。照明弾の光の弱まりだした夜空へと、またも姿を消した。

 

「近づいては離れ行きやがる。ヤツのほうがよっぽど害虫みてぇだ」

「どうしたらいいんだ!弾が掠りもしない!」

「喚くな。チャンスを伺え」

 

 焦る鳳藤を宥めつつ、制刻は姿を消したクラレティエの捜索をする。

 一方、クラレティエは鉱石柱を利用して上空を飛び交いながら、二人の様子を観察していた。

 

(やはり……あの醜悪な見た目の者、機械剣の扱いにかなり気を使っている)

 

 制刻が扱うチェーンソーはあくまで民生の作業道具に過ぎず、クラレティエの人間離れした腕力で振るわれる、とてつもない重量の大剣を、真正面から受け止められる程の強度は無い。制刻は、クラレティエの大剣を最良の角度で受け止め、威力を殺して逃がす事により、チェーンソーによる大剣とのぶつかり合いを実現していた。

 

(あの機械剣は見た目の凶悪さに反して、強度はそこまで高くはない――ふっ、所詮は害虫の背伸びか!)

 

 チェーンソーの脆弱さを確信したクラレティエは、鉱石柱の一つに足を着け、眼下の敵を睨む。

 

「鋼よ、鎚の雨となりて、愚者を大地に打ち付けよッ!」

 

 牽制のため、魔法詠唱により再び鉱石の杭を生成し、地上に向けて放つ。そして間を置いた後に、鉱石柱を足場に踏み切り、自身の体を空中へと撃ち出した。

 

「ッ、また杭だぁッ!」

「よく見て避けろ!」

 

 地上の制刻等の注意は、襲い掛かって来た鉱石杭の回避のために、わずか一瞬であるが上空より反れる。その隙を突き、クラレティエは再び制刻等の直上へと肉薄。制刻の目と鼻の先へと飛び込んだクラレティエは、制刻目がけて肩に担いだ大剣を振り降ろす。

 

「チッ」

 

 それに気づいた制刻も、ほぼ同時にチェーンソーを繰り出す。チェーンソーは、大剣と浅い角度で交じるための軌道で振り上げられる。その動作は、クラレティエの予測した通りだった。

 

「貴様の浅はかな抵抗は――もう通用せんッ!」

 

 クラレティエは互いの得物が触れ合う直前で、手首を捻じり、大剣の進入角度を変えた。遠心力に引っ張られる大剣の向きを、片手の力だけで一瞬で変えるという、クラレティエの腕力と動体視力だからこそできる力技だ。

 大剣はその破壊力の全てをぶつけられる角度で、チェーンソーへと叩き付けられた。チェーンソーのソーチェンは切れ、ソーチェンを巻き付けていたガイドバーは、一瞬ひしゃげた後に、千切れるように切断される。

 そして大剣はそのまま切り裂くべく、目がけて鼻先まで迫る。

 

「さぁ、私の前に亡骸を晒せッ!」

 

 もはや大剣を阻害する手立てもなく、クラレティエは目の前の醜悪な敵が、無残な亡骸になり果てるであろうことを確信する。

 しかし――その直後、クラレティエを異質な現象が襲った。

 

「ッ――!?」

 

 敵を切り裂き、綺麗な弧の軌道を描くはずの大剣は突如、主の意思に反して急停止。柄を掴んだままの彼女の体は、宙空に持ち上げられる形となる。

 

「――な――」

 

 そして彼女は自身の目に、信じられないものを見た。目の前の醜悪な存在を切り裂くはずの大剣が、その醜悪な存在によって止められていた。

 それも、素手で。

 正しくは彼女の大剣は、制刻の人差し指と親指につままれ、制刻を切り裂く一歩手前で、その凶悪なまでの運動エネルギーを完全に殺されていた。

 

「おぅ、際どかった」

 

 状況に反して、制刻は微塵も緊張感の感じられない口調で呟いた。

 

(バカ、な――)

 

 大剣の重量は半端なものではなく、並みの人間はもちろん、彼女の配下の屈強な傭兵達ですら、一人では満足に持ち上げる事もできない代物だ。まして、クラレティエの超人的な腕力によって扱われるそれが、指先だけで封じ込められるなど、ありえないはずの事だった。

 しかし彼女の目の前の存在は、それを悠々と成し遂げていた。 想定外の事態に、クラレティエの状況判断はほんのわずかに遅れる。

 そして次の瞬間、彼女の視界は大きく揺れた。

 

「――!?――ごェッ!?」

 

 気付いた時には、クラレティエの体は凄まじい勢いで地面に叩き付けられていた。

 制刻が大剣ごと彼女を振り飛ばしたのだ。

 わずか一瞬の隙を突かれ、自覚のないままに投げ飛ばされたクラレティエ。どれだけの速度で吹きとばされたのか、彼女の半身は地面にめり込んでいた。

 

「ぁ、こぉ……!ご、か……ぁ!」

 

 受け身を取る事もままならず、彼女の全身は凄まじいダメージを負った。

 体中に走る鈍痛は呼吸を困難にし、彼女の口からは、咳とも嘔吐きとも呼吸音ともつかない音が漏れ出している。少し前までの優雅に空を舞っていた姿から一転、土砂に塗れて、歪に手足を動かすクラレティエは、まるで死に際の虫のようだった。

 

「ふざけた奴だったな」

 

 クラレティエへの注意を保ちつつ、制刻は手元の巨大な得物へと視線を向ける。彼女から奪い取った、というより結果的に奪い取れた大剣を、まるで爪楊枝のように指先で弄くりながら観察する。

 

「どうやら、摩訶不思議な能力の付いた、ふざけたモンじゃねぇみてぇだな」

 

 異常性が無い物だと確認すると、制刻は一言吐き捨てた。

 

「んな………」

 

 一方その側で、一連の流れに目を丸くして、立ち尽くしていた劔。

 

「お前……無茶苦茶すぎるだろッ!っというか、そんな手段が取れるのであれば、なぜ最初から試みなかった!?」

 

 彼女は制刻がクラレティエを撃退した事実を理解すると、驚愕と呆れがない交ぜになった形容し難い表情で口を開いた。

 

「得体の知れねぇ得物に、直に触れたくなかったんでな。ただの鋼だったみてぇだが」

 

 言いながら大剣を放り投げる制刻。

 重々しい音を立てて落下した大剣は、その瞬間に制刻がつまんでいた部分から亀裂が走り、真っ二つに折れてしまった。制刻がその大剣の剣身に掛けた、指圧の影響であった。

 そしてその重さによって、湿った地面に深く沈み込んで行った。

 

「うわッ!?こ、この剣何キロ……いや何十、何百キロあるんだ……?それをお前……」

 

 真っ二つになった大剣と制刻を交互に見ながら、鳳藤は零す。

 

「どうでもいい、それよりヤツだ」

「ッ――そうだ!」

 

 しかし制刻の言葉に鳳藤は身を翻し、小銃を構えてクラレティエへと駆け寄る。

 未だ、苦悶の表情を浮かべて地面を這う満身創痍のクラレティエ。しかし彼女は敵の接近を察すると、顔を起こして鳳藤を睨みつけた。

 

「ッ……!君、抵抗するな!」

 

 クラレティエの鋭い眼光に一瞬たじろいだ鳳藤だが、負けじと声を張り上げ、クラレティエを確保拘束するべく、銃口を向けながら彼女の体へと近寄ろうとする。

 だが、その時だった。

 

「隊長に近づくなぁーーーッ!」

「は!?」

 

 突如、叫び声と共に何者かが上空より襲来した。現れた人影の手には巨大な戦斧が握られ、それが鳳藤に向かって振り下ろされた。

 

「うっわッ!?」

 

 鳳藤は咄嗟に回避行動を取り、かろうじて戦斧を回避する。しかし地面へと振り下ろされた戦斧は凄まじい衝撃を産み、不安定な体勢の鳳藤を吹き飛ばした。

 

「ひ――ふぉごッ!? 」

 

 巻き上げられた土砂と共に吹き飛ばされ劔は、地面に体を打ち付け、濁った悲鳴を上げた。

 

「あぁ、今度はなんだぁ?」

 

 一段落ついたと思っていた所への襲撃に、制刻は苛立ち混じりの声を漏らす。

 

「クリス!一人で突っ込むなよ!」

「皆、隊長の周りを固めるんだ!」

 

 襲撃者は戦斧持ちの人影だけに留まらなかった。上空より複数の人影が次々に現れ、地上に倒れるクラレティエの周囲を囲うように降り立ってゆく。人影はいずれも皆、クラレティエと同じ黒いレザースーツのような服を纏っている。顔立ちは誰も幼さを残し、動きは俊敏で活力に満ちていた。

 

「お前達……!」

 

 現れたのは、クラレティエの配下の若手の傭兵達だった。先の戦斧の襲撃者を含む傭兵達は、クラレティエの盾となるように立ち並び、一斉に武器を構えて制刻を睨む。

 

「我等!月歌狼の傭兵団、剣狼隊!そしてクラレティエ様の猟犬!」

「我らは主の盾であり牙!主を守り、そして獲物の喉元に食らいつく!」

「俺達猟犬に喧嘩を売った事、後悔させてやるぜ!」

 

 若い傭兵達は、それぞれの武器の切っ先を制刻に向けると、まるで演劇の舞台に立った役者のように、声高らかに言い放った。

 

「――おい、なんか気持ち悪ぃ茶番共が出て来たぞ」

 

 現れた傭兵達の立ち振る舞いに、制刻は訝し気な表情を作り呟く。

 

「ごほッ……じ、自由……手を、貸してくれ……!」

 

 一方、制刻の足元には、地面に打ち付けられたダメージでダウンし、這いつくばって来た鳳藤の姿。

 

「あっちもこっちも、カスみてぇなのしかいねぇ」

 

 双方を一瞥した後に、制刻は顔を顰めて吐き捨てた。

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