―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
16-1:「超機動存在 〝策頼 会呼〟」
時系列は少し戻る――。
正体不明の作業服と白衣の人物に導かれ、現実とは異なる不気味な空間を、策頼は歩み進む。
突如姿を現した作業服と白衣姿の謎の人物、そして現実とは明らかに異なる空間。不可解な事象の連続に、本来ならば驚愕、そして困惑すべき所だろう。
しかし今の策頼にとっては細事でしかなかった。
この先に憎き仇敵があり、これはそれを屠るべく与えられた道であること。策頼には不思議とそれが理解でき、そして今の策頼にはそれだけで十分だった。
やがて不気味な空間は薄れ、策頼の体を現実へと降り立たせる――
そこは、今まさに惨劇が巻き起こる、傭兵達が形成する包囲のど真ん中だった。
そして策頼の視線のすぐ先にあったのは、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、壮年傭兵の体に腰かけ、裸に剥いたリルを犬のように虐げ弄ぶロイミの姿。
策頼はそんなロイミに背後から接近し真横まで踏み込む。そして腕を伸ばし、一切の躊躇なく拳骨による最初の一撃を叩き込んだ。
「ブギェッ――!?」
ロイミの頬を中心とした横面に、拳の尖らせた人差し指と中指の関節がめり込む。そしてロイミは先ほどまでの優雅な姿から一転、微笑を浮かべていた顔を、眼球を剥き出し舌突き出した不細工な面に変えて、面白いほど綺麗に、そして無様に吹っ飛んだ。
「は――?ろ、ロイミ嬢――」
殴り飛ばされたロイミに真っ先に気が付いたのは、彼女の尻の下に居た壮年傭兵だった。聞こえたの悲鳴と違和感が、主であるロイミの身に何かあった事を壮年傭兵に察知させる。
「ごびぇぉッ!?」
しかし壮年傭兵が何か動きを起こすことは叶わなかった。策頼の脚が壮年傭兵の頭を踏みつけ、壮年傭兵の顔と体を湿った地面に叩き付けて沈めたからだ。
「へ……?――ぶぐぅッ!?」
弄ばれ被虐快楽の虜になっていたリルは、事態に気付くことすらままならなかった。そして気付けば、策頼の放ったヤクザ蹴りが顔面に入り、リルはもんどり打ち地面に投げ出された。
ロイミ達を殴り飛ばし蹴散らした策頼は、前方の光景を目に留める。そこでは峨奈を女達と触手が囲み、今まさに峨奈をその手に掛けようとする直前だった。それを確認し、一歩踏み出した策頼の身に、その時またも不思議な現象が後押しした。
一歩を踏み出した瞬間に策頼の周囲の景色が歪み、気付けばその直後には、策頼は女達の――すなわちシノやカイテの真横まで踏み込でいたのだ。
今のこの場にその現象をしっかりと確認できた者はいなかったが、今の事象を端から観測できていれば、策頼が数歩分の距離を瞬間移動したように見えていただろう。そして女達の位置まで踏み込んだ策頼は、おもむろにシノに向けて拳骨を放った。
「ブェッ――!?」
先のロイミ同様、顔面を不細工に変えてシノは吹き飛ぶ。策頼は放った拳を引き戻すと、間髪入れずに反対側のカイテの鼻っ面に叩き込んだ。
「ごげぇ――!?」
ロイミやシノと変わらず、その顔を不細工に変形させてカイテが悲鳴を上げる。
「ふぅ!?ふぁ、ふ――ごびょッ!?」
そして両脇の女達が地面に放り出される姿を、それぞれ一瞥で確認した策頼は、足元で拘束されて悶えていた少年を、片手間に踏みつぶした。
策頼を中心に、主要な傭兵達の殴り飛ばされ、踏みつぶされた姿が散らばる。
その一瞬の間に起こった超常的な事態に、今だ唖然としたまま動くことのできない傭兵達。そんな傭兵達には目も留めず、策頼は地面に横たわる峨奈の前へと立った。
「ッ……ぁ……」
巻き起こった事態に驚いていたのは、峨奈も同等であった。
しかし峨奈はここまでの事象を全てを目視はできておらず、突然現れた隊員らしき人物が、自分を手に掛けようとしていた女達に拳を見舞った姿だけを、その目で確認していた。
「策頼一士、か……?逃げ、るんだ……ッ」
歩み寄って来た人物が同中隊の策頼である事をそこで初めて確認し、そして策頼が単騎で敵中に侵入してきたことを察した峨奈は、満身創痍の体から警告の言葉を絞り出す。
「峨奈三曹、少しだけ堪えて下さい―――今、終わらせます」
しかし策頼は峨奈に向けて、静かな声でそう伝える。
その策頼の身に、全方向からの殺気が襲ったのはその次の瞬間だった。
「コイツ……!」
「………」
「フ、フフ……」
策頼がゆっくり振り返ると、目に映ったのはロイミやシノ、カイテ達、三人の女の姿。
彼女達は皆、女とは言えいくつもの戦いを潜り抜けて来た、歴戦の傭兵であり剣狼隊の精鋭。ましてやロイミは人間の能力を遥かに凌ぐ魔女。一撃で戦闘不能に追い込むには至らなかったらしく、この僅かな時間の内に立ち直って来た。
しかし奇襲の一撃は、彼女らのプライドを足蹴にし、激昂させるには十分過ぎた。ロイミが出現させた無数の鉱石針が宙空で並び、策頼等を包囲している。そしてシノやカイテ達の手中ではそれぞれの得物が光る。
何より三人の女の顔には、見れば鬼すら逃げ出す程の怒りの表情が作られていた。
「ふ~ん、女の子に酷い事をする悪い子がまだいるんだぁ」
さらに、ロイミとは対面方向に居て無事であったセフィアからも言葉が飛ぶ。いつものように緊張感の無い声色と笑顔だが、その目は笑っておらず、ロイミ等と同様に殺気が宿っていた。
「セフィア、手出しはしないで……他の皆もよ……こいつは、私達だけでやるわ――」
ロイミは平静を装った口調でそんな言葉を発したが、彼女の怒りの感情は、風が肌を撫でただけで爆発するほどの域にあった。
(((あああ……あいつなんてことを……)))
隊長格や精鋭の女達のその殺気に満ちた姿に、怯えていたのは周囲を囲う傭兵達だった。傭兵達は彼女達のオーラに言葉すら発せられずに、敵に向けられているはずのその殺気に恐怖と絶望を感じ、身を震え上がらせた。
シノとカイテは得物でるナイフや鞭を手中で小さく鳴らし、ロイミは鉱石針を操る腕を翳す。
それが襲撃者への死刑宣告だった。
瞬間、シノとロイミは目にも止まらぬ速さで策頼に向けて飛び出し、ロイミは無数の鉱石針を憎き敵に向けて突進させ、そして自身は空高く飛び立った。
策頼の周辺へいくつもの鉱石が叩き付けられ、土煙と衝突により破片となった鉱石が舞う。その中へ突貫するのは、侍女のシノと暴虐女のカイテ。二人は晴れた土煙の中に、立ち構える策頼の姿を確認する。鉱石針の攻撃による成果は不明だが、どうあれ二人に手心を加える気などあるはずは無かった。
シノは無数の小さなナイフを両手の指に挟み、カイテは愛用の大振りのナイフを手にし、凄まじい跳躍で速度に乗った二人の体は、策頼へと急接近。そしてシノはこの世にこれ以上ない程冷酷な表情で、カイテは目を見開いて口許を裂けんがまでに釣り上げた、恐ろしく加虐的な笑みを浮かべて、勢いのままそれぞれの得物の切っ先を策頼に向けて薙ぎ、もしくは振り下ろす――
しかし、二人の得物は虚しく空を切った。
「――!?」
「なッ!?」
その目に捉え、その場にいたはずの標的――すなわち策頼の姿が、得物が切り裂く直前に一切の予兆も見せずに二人の前から消えた。
驚愕の事態に目を見開くシノとカイテ。その時、カイテの真横からジャキッ、という金属音が聞こえる。
「――ぶぎょぇッ!?」
そして直後、カイテの顔面を先の拳骨以上の衝撃と鈍痛が襲った。
不思議な事に、策頼の姿はカイテの真横にあった。その腕はカイテに向けて伸ばされ、その手に握られていた警棒が、カイテの顔面にめり込んでいた。どうやったかは不明だが、二人の攻撃を回避した策頼は、そこから四段式の伸縮式警棒を展開させ、それをカイテの顔面に叩き込んだのだ。
「愚かな真似はそこまでです――」
その策頼の背後、宙空に浮かぶシノの姿があった。
彼女は策頼の意識がカイテに向いた瞬間を見逃さなかった。その隙を突いて策頼の背後へと飛び、そして今、策頼の頭部目がけて鋭い蹴りを放つ。
「――な!?」
しかし彼女の攻撃は、またも空を切った。
驚くべきことに、策頼が見せたのはただの回避ではなかった。まるで瞬間移動でもするかのように策頼の立ち位置は変わり、シノの攻撃を虚しく空振りに終わらせたのだ。そして蹴りが空を切った直後、シノは纏う服の後ろ腰の部分に違和感を感じ取る。瞬間、彼女の視界が思いっきり揺れ、そして彼女の頭部をまたも衝撃と鈍痛が襲った。
「ギィッ!?」
「ごがッ!?」
悲鳴は二人分上がった。シノと、カイテの悲鳴だ。シノは中空で策頼に服を掴まれてぶん回され、その先で痛みに悶えていたカイテと頭同士を思い切りぶつけたのだ。策頼はそのままシノを離し、二人は勢いのまま飛ばされ地面に叩き付けられた。
「……は!き、貴様ぁ!」
二人が無残に叩き付けられたタイミングで、状況を見守るしかなかった傭兵達がようやく動き出した。
ロイミから手を出すなと釘を刺されてはいた傭兵達だが、精鋭たるシノとカイテがことごとこ翻弄されている異常事態を前に、彼らもさすがにじっとしては居られなかった。
「ロイミ様やシノさんによくもッ!」
「よくもカイテさんにッ!」
「調子に乗るなぁ!」
傭兵達はそれぞれ、敬愛する女達の名を叫びながら跳躍、あるいは地上を駆けて突貫。策頼に向けて殺到する。
「コイツ――ぎぇぁッ!?」
そして一番先頭を切り襲い掛かって来た傭兵は、最初の犠牲者となった。
策頼は切りかかって来た傭兵を一歩移動して回避すると、警棒とはまた別に持った鉈を掲げ、その刃で傭兵の首を掻き切った。
その背後から別の大柄の傭兵が、その前身で覆うように襲い掛かって来る。が、策頼の振り上げた警棒が傭兵の両目を打つ。傭兵は「ぎゃ」と悲鳴を上げ、両目を抑えてのけ反った。策頼はもんどり打つ傭兵の体に飛び蹴りを掛ける。いや違う、傭兵の体を壁代わりに蹴り、体を反転跳躍させた。
「な、うわ――!?」
そして真横から策頼を狙い切り掛かろうとしていた傭兵が、目標を失い体勢を崩した。跳躍し中空にあった策頼は、体勢を崩した傭兵の上を取る形となる。
「ぎぇッ!?」
そして傭兵の後頭部に鉈を叩き落とし、傭兵は悲鳴を上げると同時に崩れ落ちた。
策頼は傭兵に刺さった鉈から一度手を離し、着地すると同時にショットガンを繰り出す。そして信じられない事に策頼は片手だけでショットガンを構えると、先の警棒に視力を奪われ、悶えていた傭兵の額に散弾を撃ち込んだ。
「びゃッ!」
悶えていた巨体の傭兵は、抵抗もできないまま頭部を爆ぜ、亡骸となったその体を地面に沈めた。
「このぉ!」
「調子に乗るんじゃないよ!」
そこへ二人の女傭兵が剣を振りかぶり、襲い掛かって来る。カイテの取り巻きの女傭兵達だった。
前に出ていた一人目の剣撃を、身体をずらして回避する策頼。しかし回避したその先で、待ってましたと言わんばかりに、もう一人の女傭兵が切りかかって来た。
「あは!掛かっ――ごぶぅッ!?」
策がうまく運んだと思い、高らかな声と共に剣を振り降ろそうとした女傭兵。だが、その声は途中で悲鳴に変わった。見れば女傭兵は、策頼が片手で突き出したショットガンの、その先端にワイヤーで強引に巻き付け装着された銃剣に、腹部を刺されて中空で串刺しになっていた。
「な!こ……こいつッ!」
その光景に、激昂したもう一人の女傭兵が再び切りかかって来る。
しかし策頼はその攻撃を、片手の先にぶら下がっている女傭兵を支えたまま、体を反らして回避してみせる。そして攻撃を回避され浮足立った女傭兵の頭に、警棒を叩き込んだ。
「ぎぇぉッ!」
横頭部に入った凄まじい打撃は、頭骨を割り女傭兵の脳を損傷。眼を剥き出し、潰れた顔面から血を撒き散らしながら、取り巻きの女傭兵は崩れ落ちた。
策頼はショットガンを支えていた方の腕の屈伸運動で動かし、銃の先で串刺しになっていた女傭兵の体を放り投げるようにして、女傭兵の体から銃剣を抜いた。
そして先の傭兵の頭に刺さったままの鉈を、引っこ抜き回収。それら装備が使用に問題無い事を、淡々とした様子で確認した。