―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
「な……!」
「こ、こいつ……ッ!」
策頼を囲い、取り巻く傭兵達に動揺が見える。
瞬く間に幾人もの仲間を倒され、怯みが生じたようだ。
「まったく、何やってんだい」
しかしそんな折、傭兵達の背後より、何か重々しい女の声が聞こえ来る。
振り向く傭兵達。その先に、一つの巨大な人影があった。
「ラ、ライレン姐さん!」
どよめく傭兵達。そこに居たのは、一人の女だ。
しかし驚くべき事に、その身長は優に2mに達すると見られる程あった。さらにその体躯は、身長の高さに見劣りしない、筋肉のついた鍛え上げられた物だ。他の剣狼隊の傭兵達と同様の、体のラインの出る黒い皮服も助けてか、それがありありと見て取れる。
だが特徴的なのは、それだけではない。
靡く金髪の生える女の頭部。そこに見えたのは、二つの獅子の耳だ。
さらに、腰の部分からは動揺に獅子の尻尾が生え伸びて揺れている。首元には優雅である程の体毛が、生え揃い首周りを覆っている。
女は、獅子の獣人であった。
「たかだか男一人に、一体何をてこずってんだよ」
現れた、並外れた巨体体躯を誇るライレンと呼ばれた獅子獣人の女傭兵。彼女は呆れた様子で言いながら、傭兵達を掻き分けて、ノシノシと歩み出て来る。
その圧は凄まじいものであり、傭兵達はそれだけでたじろぐ様子を見せている。
「ふぅん。多少タッパはあって、すばしっこいみたいだけど――」
ライレンは、先に立ち構える策頼の姿を観察。そして言葉と共に、体躯に反した端麗さを持つその顔に、不敵な笑みを浮かべる。
「ふふん。すぐに捻り潰して、ボコボコにしてやるよぉ」
彼女はこれまで、屈強な体を誇り天狗となる人間の男達を、それをさらに凌駕する彼女の身体と力で、ことごとく倒し屈して来た。
彼女の加虐的な発言に、身を振るわせたのは周りの傭兵達。傭兵達の中にも、彼女に屈され、プライドを折られた者達が何人もいた。
そんな周りの反応に気を良くしてか、ライレンはペロリと軽く舌なめずりをする。
「さぁて……行くよ!」
瞬間、ドッ――という音が響き渡り、砂埃が上がった。
ライレンが地面を踏み、飛び出したのだ。
彼女のその巨大な体は、しかしそれを支える脚の力により、打ち出され速度に乗る。
その先には、標的である策頼の姿。
打ち出されたライレンの体は、一瞬後には策頼との間合いに達し踏み込む。
そして彼女は、拳をその手に作り、振り上げる。彼女の腰には、得物の大剣が提げられていたが、彼女はそれを抜いてはいない。自分よりも体躯に引けを取る人間の男など、拳で十分だとの判断からだ。
実際彼女の腕力から放たれる拳は、凄まじい威力を誇り、並大抵の人間であれば、ひとたまりもなく潰されてしまうであろう。
(半端なタッパの人間なんて、この一発で崩れるもんさ)
内心でそんな言葉を浮かべるライレン。
「ほぅら!泣き声を聞かせなぁッ!!」
そして高らかな声を発し上げた。ライレンのその拳が、策頼に振り下ろされる。
体躯、質量ともに圧倒的なライレンからの拳撃が、策頼を襲う――
――パシ、と。そんな接触音が上がったのは、その瞬間であった。
「――は?」
呆けた声を上げたのは、獅子女のライレン。
獲物に拳が入り、獲物の肉がひしゃげる事が響くことを想像して疑わなかった彼女は、しかし聞こえ来たそれに、思わずそんな声を零した。
しかしさらに違和感が彼女を襲う。
見れば、彼女の振り降ろした拳は、獲物に達していない。彼女の拳は、何かに阻まれ、振り下ろす軌道の途中で止まっていた。
「――な」
そしてライレンは、起こった事態を把握し目を剥く。
――彼女の振り降ろした拳、腕は、策頼の翳し上げた片手の、その指先に止められていた。
「…………」
策頼は、まるで踏ん張るといった様子も無く、ただ佇む姿勢でライレンの腕を止め、そして相対した彼女をつまらなそうな冷たい視線で見ている。
「――う、嘘――こ、このッ!」
対するライレンは、信じられぬといった狼狽の声を零し、そして腕に、全身に力を込める。しかしそれでも、策頼の体どころか、止められた彼女の腕はビクともしない。
体躯も質量も自らに及ばない相手を前に、あり得るはずの無い出来事。しかし現実にそれは起きていた。そして――
「――え」
次の瞬間、ふわりという感覚がライレンに走る。
見れば、彼女のその巨大な体は、中空にあった。
「ぇ――ギャブゥッ!?」
かと思った直後、彼女の身を、鈍く、しかし大きい鈍痛が襲った。
そして上がる悲鳴。
気付けば、彼女の身は策頼の後方にあり、そして地面に思い切り叩き付けられていた。
「が……ぁ……!?」
突然の事態と痛みに、困惑の声を零すライレン。しかし、その視線を上げ、そこに佇む策頼を目にした瞬間。彼女は起こった出来事を理解する。
ライレンは、策頼に持ち上げられ、そしてそのまま投げ飛ばされ叩き付けられたのだ。
補足しておこう。
190㎝越えという、並大抵以上の身長と体躯を持つ策頼であるが、彼はそれに頼り驕った事など、ただの一度も無い。
身長体躯といった要素を最早些細な物とする程の、それを越える戦闘の術を、策頼は体得していた。
「ッ……ッ!」
短い間痛みに悶えたライレン。
しかし獣人であり、そして屈強な体を持つライレンはすぐに回復を見せ、彼女は起き上がる。
「ッ……こいつゥッ!」
そして先までの様子から一片。猛獣のそれを思わせる険しい表情を作るライレン。策頼を明確な脅威と見ての変貌だ。
そして彼女は、それまで収めていた腰のその大剣を抜剣。直後、その脚力で踏み切り、彼女は爆発的に飛んだ。
その踏み切り跳躍は、先よりも遥かに早い速度へ、彼女の身体を乗せる。そして剣を突き出すライレン。速度に乗せられた大剣は、凶悪な威力を持つそれとなる。
獅子の特性を持つ獣人である彼女だからこそ、できる芸当。
そして彼女の身と大剣の切っ先が、策頼の間近まで迫り、そして貫く――
「――ッ!?」
しかし、剣先は空を切った。
一瞬前までそこにいたはずの、策頼の姿が無い。
事態に、またも目を剥くライレン。直後だった、そんな彼女の尻尾が、次の瞬間に妙な感触を覚えたのは。
「ぇ――ぎぇッ!?」
その次の瞬間には、ライレンは再び地面に叩き付けられていた。
見れば、先の位置から少しずれた位置に、策頼の姿がある。そして策頼のその片手は、ライレンの尻尾を掴んでいた。
――先の瞬間をもう一度見る。
策頼は、ライレンの刺突吶喊を、一歩後退する端的な動作で回避。
そして目標を失い空を切り、横を飛び抜けようとしたライレンの尻尾を掴み捕まえ、それを利用して彼女の身体を思い切りぶん回し、叩き付けたのだ。
「な――ッ、あぎゃッ!?」
ライレンを襲った衝撃は、その一撃に留まらなかった。
策頼はライレンの尻尾を掴み引っ張り宙に浮かべ、そしてまたも彼女の身体を地面に叩き付けたのだ。
「ぎゃぅッ!?やべッ……ッ!?」
二度、三度と。
策頼は、100㎏を優に超えるライレンの体を、しかし悠々とそして淡々とぶん回し、繰り容赦なく返し叩き付ける。
「あぎゅッ……!」
そして何度目かのタイミングで、策頼はまるで飽きたかのように、ライレンの尻尾を放した。ライレンは、悲鳴と共にべちゃりと地面に叩き付けられる。
「ふぎぁ……あんはぁ……」
しかし、どこまで強靭な体をしているのか、並ではないダメージを受けているであろう事にも関わらず、ライレンはそこから間もなくして起き上がった。
その顔は、鼻血を垂らしながらも凄まじい形相を浮かべている。
「ゆるはん……――殺ふッ!!」
そして踏み切り、右手で拳を、左手で相手を捕まえようとする形を作り、策頼向けて襲い掛かった。
――しかし、彼女の両腕は空しくも空を切った。
彼女のリーチを外れた先には、最低限の動作、後退回避行動を取った策頼の姿。
「――あ!?」
そして直後、彼女の視界は突如何かに覆われ奪われた。ライレンは同時に、自身の顔に違和感を覚える。
「――!?――ぁ、があぁぁぁぁぁッ!?」
そしてライレンの口から絶叫が上がった。
「……」
見れば、策頼が掲げた片手でライレンの顔面を鷲掴みにしている。そしてその五指には力が込められ、ライレンの顔面を思いっきり圧してる。
これがライレンの顔面に凄まじい痛みを与え、彼女に絶叫を上げさせたのだ。
「あ――がぁぁ……ッ!?」
ライレンは絶叫を上げながらも、自身の顔を圧する策頼の片腕を、彼女の筋肉のふんだんに備わった両腕で掴む。そして策頼の腕を引き剥がそうと抵抗を試みる。
しかし、彼女の並外れた腕力を持ってしても、策頼の腕はビクともしなかった。
「ぎぁぁぁ……!?あぁぁ……!」
その間にも策頼の五指を圧を強め、ライレンの顔面からは、ゴキュリ、ブチ、と鳴ってはならない音が上がる。
そしてライレンは体を支える力を失し、その両膝をガクリと折り地面に着く。
策頼の片腕を掴み、抵抗を試みていたライレンの両腕も同様に力を失い、策頼の腕を離れてダラリと落ちる。
「ぁ……がばば……」
彼女の肉食獣特有の牙の覗く口からは、泡が溢れ零れ出す。そして同時に零れた声を最後に、彼女の口から音の類が聞こえなくなる。
策頼から与えられる圧と激痛に耐えかね、ライレンが気を失った証であった。
「……」
特段言葉を発する事も無く、策頼は失神したライレンの頭部を解放する。支えを失ったライレンの体は崩れ、音を立ててその巨体を地面に埋める。
その強靭さからしつこい食らいつきを見せたライレンを、策頼はただ「面倒だった」とでも思っているような顔で、見降ろしていた。
そして視線を起こす策頼。視線の先に、策頼に向けて殺到するさらなる犠牲者たちの姿が見えた。
(敵――いや、周り動きが遅い)
策頼は不思議な感覚を覚えていた。
傭兵達の動きが、いや、周囲の全てのものの動きが、時折酷く緩慢になる時があった。まるで世界がスローモーションをかけられたようになり、その中で自身だけが普通に動いているような感覚。
しかし、策頼がそれを気に留めたのはほんの数秒だった。策頼にとって今気にすべきこと、成すべきことはただ敵の排除のみ。それに寄与するならば、今の事態、現象がなんであれ構わなかった。
不気味な空間で戦闘の様子を見ていた作業服と白衣の人物は、高らかな声を上げる。
「――素敵だ、あなたのような人は大好きだ――!その身を機動させ、あらゆる力を展開し、仇敵を翻弄し、全てを撃滅するんだ。そうさ――!あなたにはその権利があるッ!!」