―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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16-3:「Tentacles Jack」

「なんなのよ――一体何なのよ……!」

 

 上空に身を置き、眼下を眺めるロイミの姿がある。しかし彼女に、これまでのような優美な姿勢は無く、その顔には焦りと苛立ちが浮かび上がっていた。

 ロイミは何も、配下の傭兵達が策頼に挑み蹴散らされていく様子を、ただ眺めているわけではない。彼女は先程から眼下の敵に対して、自分が習得している限りのあらゆる魔法の詠唱発現を試みていた。

 しかし、いかなる術の詠唱を試みようとも、眼下の敵に有効打を与える事は叶わず、それどころか不可解な事に、術その物の発現すらままならない事すらあった。

 

「ッ、いいわ――術が通用しなくても、直接この手で仕留めてやる……!」

 

 やがて痺れを切らしたロイミは、自らの乗る触手を操り、憎き敵に向けて降下した。

 

 

 

「なんなんだコイツ!くそ……」

「ライレンの姐さんまで……!」

 

 策頼を取り巻き、包囲する傭兵達。しかし彼らは皆たじろぎ、浮足立っていた。周囲には傭兵達の死体が散乱している。

 突然現れた脅威的な存在に、攻めあぐねていた傭兵達だが、その時、彼らは背後からの別殺気を感じ取った。

 

「ロ、ロイミ様……!」

 

 傭兵達が振り向くと、触手に立つロイミの姿がそこにあった。ロイミは一度下がらせていた触手を呼び寄せて伴わせ、無数の触手を周囲に従わせている。

 

「邪魔よ」

 

 その殺気の含まれた一言で意図を察し、傭兵達は逃げるように引き、場を空ける。

 ロイミは腕を前方に掲げる。それを合図に、ロイミの周りにいた無数の触手達が、一斉に飛び出した

 先頭を切る触手が策頼へその身を飛び掛からせる。しかし、策頼は半歩体を捻るだけで、それを回避。触手は明後日の方向へ飛び、地面にその身を突っ込んだ。回避した所を狙い、次の触手が、さらに次の触手が策頼へと立て続けに襲い掛かる。しかし策頼はそのいずれもを、身を少し捻る、半歩動く等の最低限の、そしてどこか緩やかな動作で回避して見せた。

 

「ちょろちょろと……!」

 

 ロイミは苛立ちながらも命令を送り、さらに触手をけしかける。四方から何匹もの触手がその身で策頼へ突貫するが、しかし策頼は同様の動きでそれを避け、触手達はその攻撃をことごとく回避される。

 策頼の落ち着いたその動きは、まるで触手達を翻弄する舞の用ですらあった。

 

「ッ――小賢しい……いいわ、それなら――!」

 

 零しながら、ロイミは自身の乗る触手に命令を送る。命令を受けた触手は、ロイミを乗せたまま勢いよく飛び出した。

 彼女は敵の懐へ突貫し、その手で直接始末を付ける腹積もりだ。しかし――

 

「ッ!――キャァッ!?」

 

 次の瞬間、彼女の乗る触手は突如その頭を落とし、敵中に達する前に地面に激突した。

 予期せぬ事態と衝撃に、ロイミは触手から振り落とされ地面に投げ出された。

 

「痛……何をしてるのよ!敵は――」

 

 投げ出された土ぼこりに塗れたロイミは、苦し気に起き上がりながら、触手に対して叱責の声を上げかける。しかしそこで彼女は、目に映った光景から異常に気が付いた。

 触手達の様子がおかしい。

 策頼を襲っている触手達の動きは鈍く、周囲を包囲している触手達も何か苦し気だ。

 慌てて指先を動かし、触手達への命令を飛ばす。

 しかし対応はすでに遅かった。命令に対する触手達の反応は鈍く、そして異常は加速度的に進行を始めた。触手達はついにロイミの命令をまるで受け付けなくなり、それぞれが統率も連携も何もない、勝手な行動を始める。

 そしてついには、触手達は暴走を始めた。

 

「うわぁッ!」

「ぎゃぁッ!」

 

 触手達は見境をなくし、うち何体かは明後日のほうこうへ飛び出し、あろう事か味方であるはずの傭兵達を襲いだした。突然の触手達からの攻撃に傭兵達の反応は遅れ、彼らは暴走する触手に叩き飛ばされ、潰されてゆく。

 

「嘘でしょ……どうなってるの……!?」

「ロイミ嬢!」

 

 驚愕するロイミの元へ、壮年傭兵が駆け寄って来た。壮年傭兵は己の身を挺して、暴走する触手からロイミを庇おうとする。

 

「ぐぁッ!?」

 

 しかし壮年傭兵はあっけなく暴走触手の餌食となり、その身を触手の巨体で打ち飛ばされてしまった。

 

「ッ――やめなさい!止まれ……ッ!止まって――!」

 

 最早懇願にも近い叫び声で、触手に停止の命令を送るロイミ。しかしその必死の行動も空しく、触手達の暴走が収まる様子は無かった。

 

「ッ――」

 

 ロイミは先に居る敵を睨む。

 異常事態の原因が、憎き敵にあることは十中八九間違いない。

 その敵たる策頼は暴走に、時折飛んでくる触手を片手間に避けつつ、読めない表情で状況を眺めている。

 暴走していた触手達は、やがて勢いを失い、次々とその体を地面に横たえ出し、そして苦し気に悶え始める。先ほどまでの触手達は、何らかの未知の影響により、苦しみ、のたうち回っていたのだ。

 

「な―――」

 

 そして次に迎えた光景に、ロイミは絶句した。

 驚くべきことに触手達は、策頼の周囲に弱々しい動きで集まり出した。虫の息の触手達は策頼を中心に集まると、次々と策頼に向けて満身創痍の体でその頭をもたげ出す。まるで策頼に、許しと助けを乞わんとするように。

 触手達は本能で、自分達を苦しめている原因が策頼である事、そして何よりこの場を支配する強者が策頼となった事を本能で理解し、ロイミの支配下を離れて策頼も元へと下ろうとしているのだ。

 一方の当の策頼当人は、自分に集う触手達を大して興味も無さげに見下ろしている。

 

「―――!」

 

 そんな策頼の目と鼻の先に、人影が飛び込んで来たのはその瞬間だった。

 それは眼を血走らせ、怒りを剥き出しにしたロイミだ。

 ここまでコケにされた挙句、使役する触手達を奪われた彼女は、怒りと悔しさで激昂していた。

 そんな彼女の手には鞭が握られている。それは、普段リルを甚振る時に使う乗馬鞭とはまた違う、先端に硬く鋭利な金属を仕込んだ鞭。これで幾度も打たれれば、大の男ですら泣いて許しを乞う程の凶悪な代物。彼女が戦闘の際に用いる物であった。

 策頼の懐へと踏み込む事に成功したロイミ。

 

「――がぁぁッ!」

 

 さらに、策頼の背後から巨体が襲う。獅子の獣人、ライレンだ。

 恐るべき強靭さで気絶より短時間で復活した彼女は、策頼の背後を取り襲い掛かったのだ。

 策頼の身を押さえ、ロイミの攻撃を手助けする腹積もりだろう。

 

「フフ、いいわライレン――!」

 

 ライレンの行動を称し、鋭利な笑みを作るロイミ。

 次の瞬間には、目の前の仇敵は、彼女の屈強な体に羽交い絞めにされるであろう。

 そして彼女は、その手にある身の毛もよだつ得物を、怒りに任せて目の前の相手に向けて、思い切り振るった。

 

「――ぎゃぅッ!?」

 

 甲高い悲鳴が上がり、ロイミの耳に届く。そして同時にロイミの手に伝わる、人の身を打ち割いた感覚。

 それ等が、目の前の憎き相手からの物であると確信し。ロイミはその口角を上げる――

 

「――え?」

 

 しかし、直後にその眼の飛び込んで来た物に、ロイミは思わず声を漏らした。

 彼女の目の前にあったのは、憎き仇敵の身体ではなく、彼女と同種の黒い皮のスーツを纏った巨体。

 それはライレンであった。

 

「ぁ……ぃぎ……」

 

 眼をぐりんと剥き、苦し気な声を零すライレン。

 ライレンの頬には、鞭による一線の傷が、痛々しく出来上がってる。

 

「な――!?」

 

 目を剥くロイミ、そして彼女は状況を理解する。

 ライレンの巨体は宙に持ち上げられている。その向こうには、そのライレンの巨体を、後ろ首を締め上げ片手で持ち上げ掲げる、ロイミの仇敵――策頼の姿があった。

 策頼の背後を取ったはずのライレン。しかしどうやったのか、まるで策頼が瞬間移動でもしたかのように、両者の位置関係は変わっていた。

 そしてライレンは、策頼に捕まえられ、その巨体を肉の盾とされていた。

 

「――コイツッ!」

 

 それに驚愕したのも一瞬、ロイミは頭に血を登らせる。

 そして常人離れしたステップで、策頼の側面へ周り、再び鞭を打ち放った。

 

「ぎぇぅッ!」

 

 しかし、上がったのはまたもライレンの悲鳴。

 策頼はロイミの動きを知っていたかのように、身を捻り方向を変え、ライレンの体を肉盾に、鞭を再度防いだ。

 

「ぉ嬢ぉ……やべ、て……」

 

 顔に鞭の後を増やし、そして白目を剥くライレン。後ろ首を絞められている影響か、涎を零し、弱々しい懇願の声を漏らしている。

 

「ッ――!」

 

 瞬間、ロイミの体が消える。いや、ロイミの体は策頼の頭上にあった。

 彼女は上空へ飛び、そして身をくるりと回転させながら策頼の頭上を通り、背後へ回る。

 そしてがら空きの策頼の背中へと、三度鞭を放つ。

 

「ひぎゅぃッ!」

 

 しかし響いたのは、またもライレンの鳴き声。

 策頼は、ロイミのそれを越える速度で身を回転させ、またも虎女を肉盾として攻撃を防いだ。

 

「ッゥ……!コイツ!どこまで――」

 

 怒りから目を剥き牙を剥き出しにし、ロイミはもはやがむしゃらに動き鞭を振るおうとした。

 

「――ギェゥッ!?」

「――ギャンッ!」

 

 しかし直後、二人分の女の悲鳴が響いた。

 見れば、策頼がライレンの体を投げて持ち直して尻尾を掴み、彼女の体をロイミめがけてぶん回していた。

 ロイミとライレンの、互いの頭部が見事に激突。

 凄まじい勢いで振り回されたライレンの巨体。その衝撃に、ロイミはまたも白目を剥いて、明後日の方向へ勢いよく吹っ飛んで行った。

 

「―――」

 

 何の感慨もなさそうに、ロイミの吹っ飛んで行った方向を一瞥する策頼。

 

「ひぎゅぅぅ……ゆるひて……たしゅけて……」

 

 その手の先では、地面に顔を擦るライレンが、最早先程までの勇猛さなど見る影もない体で、懇願の言葉を漏らしている。

 策頼は、そんなライレンの体を尻尾を引っ張り引きずり寄せ、そして蹴り跳ね上げてその頭を鷲掴みにする。

 

「ひ――ぎゅぃぃぃぃッ!?」

 

 そして、ライレンの口から絶叫が上がった。

 見れば、策頼が先程と同様に、その五指に力を込めて、ライレンの頭部を圧していた。

 

「やべ……いだ……いぎゃぁぁぁッ!?」

 

 しかし、その様子は先程の比ではなかった。

 ブチ、ボキリと鳴ってはならない音が鳴るばかりか、策頼の五指はライレンの頭部額各所に、骨を陥没させているであろう様子で食い込んでゆく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 

 上がる、最早女のそれではない絶叫。そして――

 

「――あ゜ッ」

 

 瞬間。ライレンの頭部上半分が爆ぜた。

 まるで、果実を握り潰したかのように彼女の頭部は砕け、眼球、脳漿、頭骨の破片、特徴的な虎の耳。その他頭部を成していた諸々が、花火のように綺麗に爆ぜ飛ぶ。

 その一部は、策頼の手中にぐちゃりと握り圧される。

 そして、支えを失ったライレンの体が、バタンと倒れて再び地面に沈んだ。

 ピクピクと痙攣し、あらゆる体液を漏らし噴き出すライレンの体。

 それが、彼女が見せた最後の動きであった。

 

「………」

 

 それを淡々とした眼で見降ろしながら、血と臓物で塗れた片手を。ピッピッと払う策頼。

 最早脅威対象ではなくなったライレンの体より視線を外し、別の脅威、ロイミが吹っ飛んで行った方向へ視線を向ける。

 そして追撃をかけるべく歩み出そうとする策頼。しかし、そんな彼を狙う別の気配が背後に迫っていた。

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