―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
「あ、あ……」
「嘘……だろ……?」
「ロイミ様たちが……そんなことが……」
静寂の中に音が戻り出す。
それは、策頼の手や触手の暴走を逃れた、もしくはそれらの手にかかりつつも奇跡的に無事だった傭兵達。
「こ、このぉ!」
「よくも皆様に!」
「絶対に許さん!」
彼等は満身創痍の体ながらも、主を手に掛けられた怒りで己を奮わせ、得物を手に、四方から一斉に策頼に襲い掛かろうとした。
だが、彼らが一斉に行動を起こそうとしたその瞬間、上空に閃光が瞬いた。
そして鉄の擦れる音とともに、傭兵達の後方から大きな物体が現れ、その物体が強烈な光が突如瞬き、策頼と、策頼を囲おうとする傭兵達の姿を照らした。
「うわぁぁぁッ!?」
「な、なんだぁッ!?」
その正体は、突入して来た施設作業車だ。
強烈なヘッドライトの光が剣狼隊の傭兵達の目を晦ませ、巨大なドーザーブレードが彼らを追い立てる。さらにショベルアームが右片へいっぱいに展開され、傭兵の逃れる隙を塞いでいた。
施設作業車のドーザーブレードには傭兵の死体が引っかかっている、先で見張りをしていたセフィア配下の傭兵のものだ。傭兵達は突入して来た増援分隊により、後退する暇すらなく排除されたのだった。最も彼らがここまで後退できていた所で、待つのは傭兵の死体の庭と、それを作り出した策頼だったが。
さらに後ろから続いていた大型トラックが、施設作業車の左側に出てその側面を向ける。大型トラックは応急的にガントラック化がなされており、荷台には三脚に乗せられて据えられた92式重機や96式40mmてき弾銃、そして乗車する隊員の小銃やMINIMI軽機等の銃口が並び、それらが全て傭兵達へと向けられた。
「バ、バケモノだッ!」
「ひ、引け!副隊長達を連れて……う、うわッ!?」
突然の得体の知れない物体の襲撃に、撤退しようとする傭兵達。
しかし、跳躍により撤退しようとした傭兵達は、わずかに跳ね跳ねただけで地面に転倒した。
彼等の人間離れした跳躍力は、クラレティエ、ロイミ、セフィア達、三人の隊長各の女達が習得する、高位の身体強化魔法の恩恵を受けていたことによる物であった。しかし、この場でロイミとセフィアが、そしてこの場の剣狼隊の傭兵達は知る由もなかったが、隊長であるクラレティエが無力化されたことにより、魔法の効果は消失。彼等はその驚異的な跳躍力を発揮することができなくなっていたのだ。
「うぎぇ!」
「ギャァッ!」
そして狼狽する傭兵達から悲鳴が上がり出す。
車両の隙間を縫い出て展開した各組の隊員が、各々目標を定めて発砲を開始。隊長各の三人の加護を失った丸裸同然の傭兵達は、碌な抵抗もできないまま、次々に撃たれ、倒れてゆく。
やがて立っている傭兵の姿が無くなると、一組四名が策頼や峨奈等の傍まで前進して来た。
彼等は滑り込むように策頼等の周囲に展開して、四周の警戒を開始する。
「――右片よし」
「左方異常無し!」
「前方、アクティブな敵影無し」
「了、各員そのまま警戒しろ」
各隊員は組長へと報告を上げる、組を率いるのは香故だ。香故は組の各隊員の報告を聞くと、引き続きの警戒を命じる。
「――妙な状況だな、もうほとんど終わってるじゃねぇか」
香故は自身の小銃を降ろして立膝の姿勢から立ち上がり、周囲を見渡しながら感心とも呆れともつかない口調で発する。
周辺には無数の傭兵達の死体が。そして、ついに力尽きた触手達の巨体がそこかしこに転がっていた。
「策頼一士、無事のようだな。脅威存在はどうした?」
香故は策頼に向けて振り向き、彼が無事な事を確認すると、状況を訪ねる言葉を発する。尋ねて来た香故に対して、策頼は言葉は発さずに視線だけで、眼下で地面に沈んでいるロイミの体を示して見せた。
「冗談かよ――お前が仕留めたのか?」
再び呆れた口調で発された香故の言葉に、策頼は今度は肯定の言葉も否定の言葉も返さず、ただロイミの体を冷たい目で見ろしていた。
「おぁぁ!?」
背後から隊員の声が響いたのはその時だった。香故が振り向くと、視線の先に、隊員とは別の人影が立っている事に気付く。
「ふ……ふふ……」
それは副隊長格の一人のセフィアだった。
不気味な艶のある笑い声こそ零しているが、乳房が切断され、鼻から頭頂部にかけてまで皮を剥がされて、禿げ上がっている今の彼女の姿にそれまでの妖艶さは微塵も無く、その見た目はまるで妖怪のそれだ。
「そこで止まれ!動くなッ!」
突然起き上がって来た皮の無い女に、近場に居た隊員は驚愕しながらも、小銃を向けて警告の言葉を発する。しかしセフィアにその言葉が届いている様子は無く、彼女はフラフラとおぼつかない足取りでゆっくりと歩を進めている。
「あははぁ……っ!もう許さないわぁ!」
そして口元を裂けんがまでに釣り上げて、不気味な声色で言葉を発し出した。
「どこまでも悪い子達……!みんな徹底的に甚振って、私の元に這いつくばらせて――ぼぎゃッ!?」
しかしセフィアの吐き出す呪詛の言葉は、もはや美女ではなく妖怪のそれと化したセフィアの顔面に、一本鞭が直撃することで中断された。
香故を始め、隊員等がその鞭の出先を追って振り向くと、上体を起こし、その手に鞭の柄を握った峨奈の姿がそこにあった。
「いつまで女王様気取りだ、そこまでにしろ」
吐き捨てた峨奈は、巧みな手首の動きで鞭を回収して見せる。その鞭は侍女であるシノが落とした物であり、峨奈はそれを拾い、セフィアに向けて放ったのだった。
「峨奈、無事か?」
「一応、無事だ……」
峨奈は香故の問いかけに答えながら、近くに落ちていた樫端の9mm機関けん銃を拾い上げると、険しい顔で立ち上がる。峨奈の向かう先には、鞭に打たれて吹っ飛ばされ、尻を高々と突き上げて地面に突っ伏し倒れているセフィアの姿がある。
峨奈はセフィアの前まで近づくと、おもむろに彼女の尻を思い切り踏みつけた。
「あぎッ!」
峨奈の戦闘靴に圧を掛けられ、突っ伏した姿勢のセフィアの口から悲鳴が上がる。
「なぁ、さんざん気持ち悪い事を宣っていたが、今惨めで無様で情けないのは誰だ?」
峨奈は静かな、しかし怒りの込められた言葉を眼下のセフィアに投げかける。
「貴様だよ」
言い捨てると同時に、峨奈は9mm機関けん銃をセフィアの頭に向け、その引き金を引いた。
「ぱびょッ!?」
数発の9mm弾がセフィアの後頭部に叩き込まれ、セフィアの体はビクリと一瞬跳ね上がる。そして血や脳漿で突っ伏している地面を汚し、そこに力の抜けた頭をべしゃりと落とし、死体と成り果てた。
妖艶さ漂う女王セフィアの、無残であっけない最期であった。
「あぁぁ、嘘だ!」
「そんなぁ!」
「セフィア様ぁ!」
そこへ周囲から叫び声が上がる。傭兵達の中には深手を負いながらも息のある者がまだ多く残っており、その中でもセフィアの配下の傭兵達が、主の死に泣き喚き出したのだ。
しかし峨奈はそんな声は無視して、セフィアの死体を冷たい汚物を見る目で見下ろす。
「何が躾だ、何が美しく強い方々だ……。お前達がやってたのは、低能が別の低能を甚振るだけの、不快なごっこ遊びだ……ッ!」
そして憎悪の含まれた強い口調で吐き捨てた。
「ぅぁッ……酷い目に遭った……」
「……」
一方、その少し離れた傍らで、起き上がる樫端や近子の姿があった。侍女のシノが無力化されたことで洗脳が解け、両者とも正気を取り戻したようだった。
樫端は半身を起こして、朦朧とした様子で声を零している。
近子はというと今までのことがなかったかのように容易に起き上がり、どことなく嫌そうな表情だけを作り、自身の戦闘服に付いた泥を払っていた。
「近子三曹、樫端……!正気に戻ったようだな……」
二人の様子を見た峨奈は、その顔に少しだけ安堵の色を浮かべる。
そしてガクリと体制を崩した。峨奈に蓄積したダメージは少なくなく、彼の体は限界だったのだ。
「おい峨奈!――衛生隊員!」
崩れかける峨奈の姿を見た香故が声を張り上げる。ちょうど到着していた着郷や出蔵等、その声に応えて衛生隊員がその場に駆け付けた。
「峨奈三曹!」
「ッ、すまん……」
着郷が慌てて駆け寄り、崩れかけた峨奈の身体を支えてる。峨奈は支えられながら、ゆっくりと再び地面に腰を降ろした。
「出蔵、他の人達を頼む」
「了解です」
出蔵は近子や樫端の元へと走る。
それと入れ替わりに、腰を降ろした峨奈の所へ、香故が歩み寄って来た。
「色々とよく分からん状況だな。しんどそうな所悪いが、説明してもらえるとありがたいね」
香故は周辺に散らばる傭兵達の死体、そして喚き叫んでいる傭兵達の姿を不快そうに見渡しながら、峨奈に事の詳細を尋ねる。
「あまり、口に出して話したくないんだがな……」
香故の言葉に、峨奈は苦々しい口調でそう零すと、着郷からの手当てを受けながら、事の顛末の説明を始めた。
「大丈夫だ。もう自分で動ける」
「俺も……なんとか平気かな?」
「でもあまり無理は――ん?」
近子や樫端に付き添い、彼らへの手当てを行っていた出蔵。
「策頼さん……?」
しかし彼女はその最中に、静かに歩き出す策頼が策頼の姿を目に留めた。
策頼は戦いのあった周辺を周り、剣狼隊でも主だった女であるカイテの死体や、生きているものの、今やモゴモゴと蠢くだけのシノの体を乱雑に拾い上げている。
「ぼ……僕がロイミを護らな……ぎゃぅ!」
その道中で、ダメージを負った体を懸命に起こそうとしていたリルが踏まれる。
策頼は再びロイミの体の前に立つと、カイテやシノの体を乱雑に放り落とす。そして、まだ息のあるロイミの首根っこを掴んで持ち上げた。
「き、汚い手で触るな……」
一時的な気絶から気を取り戻していたロイミは、苦し気な声でそんな旨の言葉を吐く。
「お前か?観測壕を襲って鈴暮を甚振ったのは?」
対する策頼はロイミの言葉など聞く様子も見せずに、逆に淡々とした口調でそう尋ねた。
「――ふふっ。ひょっとして、最初の虫共や躾のなってない野犬の事を言って――ごぶぅッ!?」
ロイミが言葉を言い終える前に、彼女の腹に衝撃と鈍痛が走った。策頼による膝蹴りを食らったのだ。
「こぉっ、おげぇぇぇッ……ッ!」
そしてロイミは胃の内容物を地面に吐き戻した。
「こぁ……お前、よくも――ぶぇッ!」
呪詛の言葉を発そうとしたロイミだが、その前に彼女は頭を策頼に踏まれ、自らの吐しゃ物が撒き散らされた地面に、その顔を沈めた。
そして策頼はロイミの両足の膝を蹴り、ロイミの脚を突っ伏す彼女の体の下に押し込む。結果、ロイミは強制的に縮こまるような土下座姿にされた。
さらに集めて来たシノやカイテの体も、同様の手順で無理やり土下座の姿勢にさせ、ロイミの左右に並べる策頼。
三人の女の体が、土下座の姿勢で尻を並べるという、面白い光景が完成する。
そして策頼は、並べた三人の女の背中に、おもむろにどかりと腰を降ろした。
「ぐぅ……!」
「んもッ……」
「………」
中央に位置するロイミの体をメインの腰かけとし、拘束してあるシノの体に片足をかけて、カイテの背中に手を置いて体重の一部を預ける。
背徳的な光景に見えるが、策頼自身に優越感も後ろめたさも感じていなかった。全ては復讐と義務感からの行動だったから。これを正義や大義などど言うつもりは毛頭ない。ただ、亡き友人や尊厳を踏みにじられた仲間のための仇討。生き残り、敵を仕留めた自身に与えられた義務。
それだけが、策頼を今の行為に駆らせていた。
「ぐ……うごぉぉぉぉぉッ!」
「あ?」
唐突な雄叫びが周囲に響き渡ったのは、香故が峨奈の話を聞き始めて少し経過した時だった。見れば、触手に打たれて深手を負い、それまで倒れ込んでいた壮年傭兵が、叫び声と共にその上半身を起こしていた。
「貴様ぁぁぁッ!ロイミ嬢から離れんかぁぁぁぁッ!」
憤慨し、怒りの声を上げる壮年傭兵。
「小僧ぉぉぉッ!猟犬共ぉぉぉッ!しっかりせんかぁぁぁ!ロイミ嬢の……主の危機を救えんで何が猟犬かぁぁッ!」
そして周りの傭兵達に向けて叱咤の声を上げる壮年傭兵。
「うっせぇ」
「ぎぁッ!?」
だが壮年傭兵は次の瞬間、悲鳴と共に地面に沈んだ。香故が、壮年傭兵の後頭部に脚を踏み下ろしていた。
「んだよ、この気っ色悪い全身タイツの首輪ジジイは?」
「どうにも脅威存在の女に心酔してる取り巻きらしい。何か、色々偉そうにほざいていた。私には、ただのオナニー野郎の被虐性癖ジジイにしか見えないがな」
峨奈はしんどそうなその顔をより顰めて吐き捨てた。
「ぎご……よくも我が主をぉぉぉ、おのれぇ貴様ら!そのお方をどなたと心得るかぁぁ!我々など足元にも及ばぬ至高の存在であるロイミ嬢であらせられるぞォォォ!」
そんな香故等の足元で、壮年傭兵は踏みつけられながらも、未だに怒りの喚き声を上げ続けている。
「……ハノーバー、施設作業車」
香故は壮年傭兵の喚き声に耳を傾けるのを止め、施設作業車に向けてインカムで無線通信を開く。
《ハノーバー、操縦手です。車長は今はずしてます》
「かまわん、少し頼み事がある」
無線で施設作業車側に何かを伝える香故。それが終わると、鉄の擦れる音と、機械の動作音が響き出す。
「貴様らのような……ぎぃやッ!?」
そして、喚いていた壮年傭兵の台詞が途中で途絶え、代わりにその口から悲鳴を上が上がった。
見れば施設作業車のショベルアームが壮年傭兵の体の上まで移動し、その先端、ショベルの刃が壮年傭兵の上半身、頭から腰に掛けてを縦に押し潰していた。
「あが……ぎぇあ……」
施設作業車の操縦手の操作に連動してショベルアームが下がり、先端の刃は壮年傭兵の体をミシミシと圧迫する。
「あ、ぎゃぁぁぁぁ……!」
より強くなる圧に、壮年傭兵の口から悲鳴が上がる。
「あぴょッ!」
おかしな最後の悲鳴と共に、壮年傭兵の上半身は真っ二つになった。
ショベルの刃により、頭部から上半身にかけてが文字道理真っ二つになり、頭部は脳や目玉や舌、胴体は内臓をふんだんに地面にぶちまけ、最期を迎えた。
「あぁ、気持ち悪い」
香故は、凄惨な最期を迎えた壮年傭兵の死体を見下ろしながら、そんな言葉を零す。不快な存在が一人居なくなったためか、その言葉には少しの安堵の色が含まれていた。
策頼は壮年傭兵の処分されるその様子を一瞥だけすると、腰の下のロイミに視線を戻した。
「ぐぷ……お、お前ェ……絶対に許さない……!徹底的に痛めつけて――ひぃッ!」
残る嘔吐感に耐えて、呪いの言葉を策頼に向けて発そうとしたロイミ。しかし、彼女の言葉を遮るように、パァンと子気味の良い音が響き、ロイミの口から悲鳴が上がった。
見れば策頼の片手には鞭が握られている。それはロイミが愛用していた乗馬鞭だ。策頼はそれをロイミの尻に振り下ろしたのだ。
「痛ッ!やめなさ――やめ、いやぁッ!」
そして策頼は何度も乗馬鞭をロイミの尻に叩き下ろす。
悲鳴を鬱陶しそうに聞きながら、ただロイミの体を甚振り続ける。幾度も振り下ろされる乗馬鞭に、ロイミの黒い戦闘服の尻の部分はボロボロになり、剥き出しになった彼女の尻の地肌には、いくつもの赤い鞭の跡が刻まれていった。
「ぅぁ……殺してや――ぎッ!」
再びロイミの呪詛の言葉が遮られる。
ロイミは頭を鷲掴みにされて強引に上を向かされる。策頼を睨みつけようとしたロイミだが、直後、目に映った物に彼女は目を見開く。
「――!おごォッ!?」
次の瞬間、ロイミから濁った嘔吐くような声が上がった。
見れば、乗馬鞭のその先端が、ロイミの鼻の穴に思い切り突っ込まれているではないか。強引に突き込まれた鞭は咽頭にまで達し、ロイミの鼻からは鼻血が出て、酷く歪に咳き込むロイミ。
「ごぉ……ほが……あんは、へっはいにころひてや……――ッ!?」
ロイミは鼻に鞭を突き込まれた状態のまま、振り向き策頼を睨んで呪詛の言葉を吐こうとしたが、そこで彼女の言葉は止まった。
そしてそこで、ロイミの顔が初めて青ざめる。
彼女の視線の先には、ただ物でも見るような冷たい顔で、自分を見下ろす策頼の顔があった。
「ひ――!?」
ロイミはそれに恐怖を感じた――。
今までも、強くしかし可憐な容姿のロイミに、下衆な願望を抱いてきた輩は両手に余るほどいた。そしてそんな輩をことごとく蹴散らしてきた。
しかし、今の相手から向けられているのは、ただ淡々とロイミを排除しようとする意志。自身の強さが常識が通じない、まったく不可解な相手からの冷たい凶大な撃滅の意志。
そしてロイミは見た。策頼の瞳の奥に宿る、静かな、しかし巨大な怒りを。
先程までのロイミ達の怒りを獰猛な獣の物と例えるなら、策頼のそれは、悲しみと憎悪と撃滅の意思に満ちた――暴走特急だ。半端な脅しや、見せかけの恐怖などでは動かせない、獣たちがいくら牙を剥こうとも傷一つ付けることのできない、強大な鋼鉄と発動の怒り。
それらが、彼女が実に数百年ぶりの恐怖を、それも今まで感じた事の無い初めての種類の恐怖を覚えさせた。
「――!」
そんな恐怖の存在である策頼の手に、何かが握られている事にロイミは気づく。
それは自らが生成し、周囲にばら撒いた鉱石針だ。
「う、嘘れしょ……やめなはい、ひょんなこほひて、たらひゃおからいはよ……ッ!」
その意図を察したロイミは、碌に喋ることもできない状態にも関わらず、必死に拒絶の言葉を捲し立てる。
「やめなひゃい……やめ、やめへ――」
ついにその言葉は命令から懇願に代わる。しかし――
「ヒギュィッ!?」
ロイミの尻穴に、鋭利な鉱石柱が深々と突き立てられた。
「あ……あ……」
次の瞬間、ロイミの股間から小便が漏れ出した。股間を濡らし、内腿を伝って地面を汚す。
「汚い」
策頼は冷めた目で一言吐き捨てる。本当にゴミを見たときのような一言。
連ねられた罵倒文句ではなく、冷静で端的な一言に、ロイミの尊厳はかえって踏みにじられ、彼女はその顔を真っ赤に染める。
「あぅ、あぅぅ……」
そして、まるで下僕の頼りない少年と同じような、惨めな呻き声を漏らし始めた。
「……あぐッ……!」
策頼はロイミの後頭部を再び踏みつける。
少し載せる程度の軽い踏みつけだったが、ロイミの頭は抵抗の片鱗も無く、容易に地面の水溜まりにビシャリと沈んだ。ぬかるんだ土に、ロイミ自身の嘔吐物、そして今しがた漏れ広がった小便が混じりあった汚水の水溜まりに。
「あ……あ……、あは、あひゃははははは……」
汚水溢れる地面に沈んだロイミの口から、力ない笑い声が零れ出す。
ロイミの精神は限界を迎え、崩壊した。
これまで絶対の勝利を重ねて来た、逆を言えば敗北を経験することの無かった、籠の中の鳥も同然であったロイミ。
彼女のその心は徹底的な敗北と、それに伴うこの仕打ちの前には、あまりに脆過ぎた。
「………」
憎き仇敵が精神崩壊を迎える様を、策頼は何の感動も無く、興が冷めたとでも言うような、ただ冷たい目で見下ろしていた。
「はひゃは……ぁ……――ぎぇッ!?」
そして策頼は自棄の笑い声を上げているロイミの顔を、脚で踏みつけ直し、汚物と混じった水溜まりにその顔面を沈めた。
「ぶぇッ……ぼぉ……!ぼぼッ……!」
溶けた土と汚物の混ざりあった水溜まりに顔を沈められ、苦しみ藻掻くロイミ。
「もぼぉ……ひぶ、はびゅけ(リル、助け)――ぶぉ……!」
使役獣の少年に助けを求めようとするが、その言葉すら最後までは続かない。
最初こそ激しく見せていた抵抗の動きは、目に見えて弱くなっていく。
「……ぉぼ……ぉ……」
そしてピクリピクリと断続的な動きを見せたかと思うと、それを最後に、尻を突き上げた姿勢のまま硬直し、動かなくなった。
700年もの時を生き、あらゆる知見に長け、技を自らの物とし、人々から時に敬愛を、時に畏怖の念を向けられてきた魔女。
そんな彼女の最期はあっけなく、そして嘔吐物と排泄物に塗れた畜生にも劣る物だった。
「ふぼぉ……――もぎょッ!?」
策頼は最早作業も同然の動きで、隣でモゴモゴと力なく藻掻いていたシノの頭を強く踏み、首の骨をへし折った。
先に死体となったロイミ、すでに死体となっていたカイテにシノが加わり、
こうして三人の女は策頼の腰の下で、土下座のように縮こまり尻を突き出した姿勢で、仲良く死体となって並んだ。
それまで消えていた厚く黒い雨雲が再び現れ、淡い光を降ろしていたこの世界の月を覆い隠す。まるでロイミ達の活躍の許される時間が、終わった事を示すように。彼女達が敗北した事実を示すように。
そして勝者である策頼のその心内を代弁するかのように、曇天へと戻った夜空は雨雫を零し始める。
「殺したぞ、誉――。終わったぞ、鈴暮――」
策頼は、先に逝った友人の名を冷たい口調のまま静かに呼ぶ。そして策頼は、少しの沈黙の後に咆哮の口火を切った。
比類なき、暴声が如き声で。もはや災害、天災という域で。曇天の夜空に向けて咆哮を上げた――