―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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17-8:「逃走者、追跡者」

 凪美の町。ある一角の路地裏。

 

「ん……」

 

 水戸美は、路地裏に雑多に積み上げられた木箱の影で目を覚ました。

 

「あれ……うわ!嘘……やだ、寝ちゃってた……!」

 

 そして自分が置かれた状況を思い出し、そんな言葉を発する水戸美。

 昨晩、窮地に陥り宿を逃げ出した水戸美。

 その逃走の最中で逃げ疲れた水戸美は、見つけた隠れられそうな場所で少しの休息を取ろうとした。

 しかし、見知らぬ町の中での逃走は予想以上に水戸美の体力を奪っており、彼女はそのまま寝入ってしまったのだった。

 

「こんな状況で……!我ながら抜けてるにも程があるよ……」

 

 己の失態を恥ずかしく思いながらも、周辺に人の気配が無い事にほっとする彼女。

 しかし、それも束の間。

 次の瞬間には急激な不安が彼女を襲った。

 

「どうしよう……やっぱり当ても無く逃げ回るよりも、宿に戻ってみたほうがいいのかな……」

 

 水戸美は考えを巡らせながら立ち上がり、木箱の影から路地の先を覗き見ようとした。

 

「ちょっと、君?」

 

 しかしその時、突然声が掛けられ、水戸美は飛び上がりそうになった。

 おそるおそる背後を振り向くと、そこには二人組の男達がいた。

 

「こんな所で何をしてるんだい?」

 

 二人組は、どちらもここの警備隊の制服を纏っている。

 その片割れが一歩踏み出しながら、彼女に尋ねて来た。

 

「あ……」

 

 水戸美の顔が恐怖で硬直する。

 

「どうしたんだい、何かあったのか?」

 

 一方の警備兵は、水戸美の事を捕縛対象とは気づいていないらしく、様子のおかしい水戸美の顔を、心配そうにのぞき込んでくる。

 

「ちょっと待て、黒い髪の女……君、まさか――」

 

 しかしその時、横に居たもう一人の警備兵が、水戸美の特徴に気が付き、声を上げた。

 

「ッ!」

 

 警備兵のその言葉を聞いた瞬間、水戸美は身を翻して逃げ出した。

 

「あッ!君、待ちなさい!――待て!」

「やはり彼女が通達にあった対象だ!応援を呼ぶぞ!」

 

 路地内の障害物をかき分けて逃げる水戸美の背後で、そんな声が聞こえる。

 そして警笛の音が、まだ目覚め切っていない町中で響き渡った。

 

 

 

「今のは?」

「警笛みたいですね」

 

 町の教会の鐘楼。

 交代での短い仮眠を終え、二人体制での邦人捜索を再開した鷹幅と不知窪の耳に、甲高い笛の音が届いたのはその時だった。

 

「ここの警備隊が何か見つけたのか?」

「はたして勇者か、邦人か」

 

 呟きながら不知窪は、そして鷹幅も、笛の音の聞こえた方向に視線を向ける。

 教会から、区画を一つ挟んだ先に走る通り。その道に面する路地から、一人の人間が掛け出てくるのが見えた。

 それぞれ双眼鏡を構えた鷹幅と不知窪の目に、その人物の詳細な容姿が映る。この世界では自分達以外ではまず見る事の無かった、黒髪の女だった。

 

「発見した!おそらく彼女だッ!」

 

 走る彼女の後ろからは、同じく路地から飛び出してきた二人組の警備兵が見える。

 

「追われてるようです」

 

 邦人らしき女は必死に走っているが、その速度から追いつかれるのは時間の問題見えた。さらに彼女の進行方向からは、応援に駆け付けたらしい別の二人組の警備兵が迫っていた。

 

「まずい――彼女、挟み撃ちにあったぞ……!」

「あのままだと捕まります。警備兵を排除しましょう」

 

 言いながら不知窪は、自分の装備である99式7.7㎜小銃を繰り出す。

 

「待つんだ!本隊に発砲許可を……!」

 

 不知窪のその言葉と行動に、鷹幅は制止の声を掛けようとする。

 

「すでに、こっちの判断で撃っていいと言われてるでしょう」

 

 しかし不知窪は、すでに発砲の許可が下りている旨を、何を今更といった風に鷹幅に告げる。

 

「ッ――間違っても邦人に当てるなよ!」

「もちろん」

 

 鷹幅の釘を刺す言葉に端的に答えると、不知窪は99式7.7㎜小銃を構え、装着された狙撃用スコープを除く。

 照準の先に警備兵の一人の背中を捉えた不知窪は、短い照準付けの時間の後に、小銃の引き金を引いた。

 

 

 

 進路も退路も塞がれ、いよいよ最後かと表情を強張らせた水戸美。

 ――そんな彼女の耳が、パン、という乾いた破裂音を聞いたのは、その時だった。

 

「え?」

「――ぐぁ……」

 

 そして、目の前に立ちはだかった警備兵が、苦し気な声を零して崩れ落ちる姿が、水戸美のその目に映った。

 

 

 

 まず、立ちはだかった警備兵の内の一人に7.7㎜弾を撃ち込んだ不知窪は、小銃のボルトを操作して、空薬莢を輩出。折り返しのボルト操作で薬室に次弾を送り込むと、次の標的に照準を合わせる。

 そして引き金を引き、再び発砲音が響いた。

 

 

 

 再び乾いた破裂音が響いた瞬間、前から迫っていたもう一人の警備兵が倒れた。

 突然の現象に、水戸美はただ硬直している。

 そして今度は、そんな彼女の背後でその現象が起きる。

 破裂音と共にした、背後での物音に誘われ振り向けば、彼女を最初に発見した警備兵が地面に倒れている姿が見えた。

 

「ローグル!?ッ、一体何が――」

 

 最後に残った、水戸美を捕縛対象だと気付いた警備兵が声を上げかける。

 しかし彼は言葉を発し切る事無く、またも破裂音が響いた瞬間に、何かに殴打されるようにのけぞり、そして地面に打ち倒された。

 

「……え……?」

 

 少しの間、水戸美は何が起こったのか分からず呆気に取られていた。

 しかし直後に彼女の目が、倒れた警備兵から地面に流れ出る、赤い液体を見る。

 人の死。

 この世界に初めて降り立ち、ファニール達に救われた時にも、一度見てはいた。

 しかしあの時は混乱しており、目の前で人が死んでいく様子をまじまじと見るのは、これが初めてであった。

 

「あ……ひ……っ!」

 

 改めて直面した人の死に、水戸美は小さな悲鳴を上げて狼狽えかけた。

 

「……え?」

 

 しかしその時、彼女の目は視線の先に、教会の鐘楼で光を見た。

 彼女の狼狽を阻害するように瞬き出した光は、自然現象では起こりえない、意図的な点滅を繰り返している。

 そして水戸美の目は、鐘楼に人影を捉えた。

 その正体は皆目不明であり、彼女を別種の不安と恐怖が襲う。

 しかし、今の彼女にはそこを目指す以外の選択肢は無く、水戸美は恐る恐るといった動きで、教会を目指して駆け出した。

 

 

 

「よし、いい子だ。そのままこっちに来るんだ」

 

 不知窪はこちらに向けて駆け出した邦人の姿を追いながら呟く。

 同時にその片手で持ったライトを彼女に向けて、点灯と消灯のスイッチ操作を繰り返している。このまま彼女が教会までたどり着けば、後はヘリコプターを呼んで到着まで耐え凌ぎ、この町から脱出するだけだ。

 

「ッ!通りの反対側から別の警備兵、分隊規模!」

 

 しかし、別方向を監視していた鷹幅が声を上げる。

 不知窪が視線を移せば、邦人の進行方向から、今度は8~9人の警備兵の部隊が近づいて来る姿が見えた。

 

「対応します」

「頼む――って、わっ!?」

 

 発しかけた鷹幅の身体に重圧がかかる。

 位置を変えた不知窪が、鷹幅の体に覆いかぶさったのだ。

 二十代後半でありながら少年のような容姿体躯の高幅は、不知窪の長身に押しつぶされる。

 

「お、おい!」

「我慢してください、ここが最良の位置なんです」

 

 身を捩る孝幅に、子供に言い聞かせるように言った不知窪は、そのまま小銃を構え直してスコープを覗く。

 そして、隊列の先頭を走る警備兵に照準を着け、発砲した。

 撃ち出された弾は戦闘に位置していた警備兵に命中し、警備兵はその場に崩れ落ちる。

 突然の事態に、後続の警備兵達の足が止まる。

 それをチャンスと、不知窪は足を止めた警備兵の一人を照準に捉える。そしてボルト操作の後に再び引き金を引き、二人目の警備兵に7.7㎜弾を撃ち込んだ。

 ボルト操作、再照準、発砲の手順を素早く繰り返し、不知窪は小銃から立て続けに発砲音を響かせる。

 狼狽していた警備兵達はそこを狙われ、三人、四人と銃弾を撃ち込まれて倒れていった。警備兵達は、そこまで来てようやく事態に察しをつけたのか、道の両脇へと散会してゆく。

 不知窪は逃げ隠れてゆく内の一人を追いかけ、その背中に弾倉内に残った最後の一発を撃ち込んだ。

 

「計五人、排除もしくは負傷させました。残りは警戒して前進をためらってるようです」

 

 鷹幅に報告を上げながら、不知窪は弾切れを起こした小銃に、7.7mm弾のまとめられたクリップを押し込み、再装填を完了させる。

 

「それは良かったが……早くどいてくれ!」

 

 不知窪に乗っかられたままの鷹幅は、再び身を捩りながら声を荒げる。

 

「まったく……邦人は――良し、こっちに来てる」

 

 不知窪の重圧から解放された鷹幅は、双眼鏡で邦人の姿を確認。障害の無くなった通りを、邦人が順調に教会へと向かっている姿を見て、安堵の声を上げる。

 しかし、教会へと向かう途中の彼女前に、路地から別の警備兵が姿を現したのはその時だった。

 

「まずいッ!」

 

 その光景に、思わず声を上げる鷹幅。

 立ちはだかった警備兵を前に、邦人は身を翻して反対方向に逃げようとする。しかし、警備兵の動きの方が早く、彼女は警備兵に羽交い絞めにされてしまう。

 

「しまった!彼女が捕まったッ!」

「ッ」

 

 鷹幅の声に反応した不知窪は、即座に小銃をそちらへ向けて、引き金に指を掛ける。

 

「よせ!あの子に当たる!」

 

 しかし、不知窪の小銃を鷹幅がその腕で跳ね上げて、発砲を阻んだ。

 邦人と警備兵の姿は完全に重なっており、撃つことは危険だと判断したのだ。

 

「しかし」

 

 その間に現れた警備兵は、邦人のを羽交い絞めにしたまま、路地の影へと消えて行ってしまった。

 

「あーあ」

 

 その様子に、どこか他人事のように声を零す不知窪。

 

「ッ、路地に入られた……」

「――いや、待った。まだ隙間から見えるかも」

 

 失意の声を零す鷹幅に、しかし不知窪はまだ可能性を捨てていない言葉を発する。

 そして小銃のスコープを覗き、路地の延長線を予測して、視線でそれを辿る。

 

「見えた、見えました。あの川沿いの建物に連れ込まれた」

 

 そして不知窪は、建物同士のわずかな隙間から、邦人が一つの建物に連れ込まれる姿を見た。

 

「絶妙な角度でした。もう少しズレてたら死角になってたな」

 

 邦人の連れ込まれた建物を確認した不知窪は、小銃を降ろしながらそんな言葉を零す。

 

「しかし、もう少しで掠め取れたんですがね。ちょっと面白くないな」

「彼女に当たったら元も子もないだろう……!」

 

 続けて不服気にいった不知窪に、鷹幅は語調をきつくして返す。

 

「まあ、そうですけど。で、どうします?我々で踏み込みますか?」

「いや――」

 

 不知窪の提案を否定し、鐘楼から眼下へ視線を向ける鷹幅。

 見れば、さらに一個分隊程の警備兵が。彼らの陣取る教会へと迫って来るのが見えた。

 

「警備隊に本格的に動き出された、これ以上は我々だけでは火力不足だ……」

「じゃあ、本隊に応援要請ですね」

 

 苦々しく言う鷹幅に対して、この状況にも関わらず、緊張感の無い声で言う不知窪。

 

「あぁ……私が要請する。お前は外の警備兵に対応してくれ」

「了」

 

 再び射撃体勢に移った不知窪を横目に見ながら、鷹幅は通信回線を開き、インカムに向けて発し始めた。

 

「アルマジロ1-2、こちらロングショット1!ペンデュラムへ要請、〝レーベンホルムには行かない〟。繰り返す、〝レーベンホルムには行かない〟ッ!呼応展開部隊の出動願う!」

 

 

 

 捕えられた水戸美は、路地を引きずられ、その奥にある建物に引きずり込まれた。

 

「放してッ!」

「糞、この!暴れるな!」

「あぅッ――!」

 

 必死に抵抗を試みた水戸美は、しかし鬱陶しがった警備兵に後ろ首を殴打され、気絶してしまった。

 

「おい、なんでここに連れて来た!」

 

 そこへ、建物内にいた別の警備兵が駆け付ける。

 警備兵は、水戸美の姿を見て声を荒げた。

 

「しょうがないだろ……!外は今、こいつの仲間らしき奴の攻撃に晒されてるんだ。中央区域隊のヤツ等がバタバタとやられてた……!」

 

 他の警備兵がやられていく様子を目撃していた彼は、その様子を思い返して顔を青く染める。

 

「だからって、ここが他の区域隊のやつ等にばれたらまずいのは分かってるだろう!?」

「分かってる!とにかくこの娘は水路で運んで、とっとと本部に引き渡しちまおう……!」

 

 警備兵達は、焦り慌てた様子で動き始めた。

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