―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
作戦の変更の旨は、鐘楼の鷹幅等の元にも伝わっていた。
「――了解。こちらは引き続き高所からの監視を行います」
指揮所経由でその報を聞いた鷹幅は、それに監視継続の旨を返すと、通信を終える。
「水路か、そんなものがあったとはね」
横で眼下を見張っていた不知窪が、その姿勢のまま呟く。
「こちらから完全に死角になっていたからな。何にせよ、ここからは展開部隊に任せるしかない。我々はその支援に全力であたる」
「了解」
堅苦しさを崩さぬ鷹幅の言葉に、どこか緊張感の無い了解の言葉を返す不知窪。
彼等の耳に、再び通信音が届いたのはその時だった。
《ペンデュラムよりロングショット1。そちらに敵の〝箒〟部隊が向かっているのをオープンアーム(無人観測機)が捉えた》
「ッ!」
箒部隊。この町の警備隊に組織されている、箒を用いて飛ぶ飛行部隊。
潜入前に聞かされた説明を思い出し、おとぎ話の象徴のような存在がこちらへ迫っている事実に、顔を強張らせる。
そしてその存在は、彼等の視界へと姿を現した。
「見えました。こちらに向かってくる箒が四機」
「本当に箒で飛んでいる……」
双眼鏡、狙撃用スコープをそれぞれ覗く彼等の目に、箒に跨り飛ぶ警備兵達の姿がはっきりと移る。
「所で単位は〝機〟でいいんですかね?」
「知らんッ!それより対応しろッ!」
敵の迫っている状況にも関わらない不知窪の呑気な疑問に、鷹幅は怒号を上げる。
「レンジャ」
不知窪は返事と共に小銃のスコープを覗き直す。
一番端に位置していた一機に狙いをつけ、発砲した。撃ち出された7.7㎜弾は跨っていた警備兵に命中し、警備兵は箒から落ち、地上へ落下していった。
しかしその間に残りの三機は散会。そして跨る警備兵の姿がはっきりと見える距離まで接近。
そして警備兵達は一斉に腕を翳す。その手にそれぞれ、1mを越えるの大きさの火球が形成されるのが見えた。
「あー、こりゃ分が悪いな」
不知窪が他人事のように呟いた瞬間、警備兵達の腕が大きく振るわれ、その手中の火球が一斉に鐘楼へ向けて放たれた。
「ッ――退避だッ!」
鷹幅が言い放ち、同時に二人は身を翻して反対側に飛ぶように駆けた。
鐘楼の縁には、事前に退避用のロープが結んでまとめられてあった。不知窪がまとめられたロープを蹴とばして下まで垂らし、鐘楼から飛び出すようにロープに飛びつく。
不知窪の姿が落下するように消えたのを確認した瞬間に、続いて鷹幅もロープに飛びつく。体を振り回すようにしながら、身長分降下した直後、真上の先程までいた鐘楼が炎に包まれるのを見た。
「ッ!」
鷹幅は伝わる熱に顔を歪めながら、落下とほぼ変わらぬ速度でロープを降下し、地面に荒々しく着地。
そして先に降りて警戒していた不知窪の肩を叩き、走り出した。
「各ユニットへ、こちらロングショット1ッ!監視地点を無力化された!こちらは監視地点を放棄して離脱ッ!」
鷹幅は走りながら無線に向けて、監視地点放棄の旨を叫ぶ。
《ロングショット1、こちらエピック。必要なら、機上観測班が応援として降下する準備があるが》
「大丈夫だ!こちらは別の監視地点を探すッ!」
無線に叫び終えると、二人は新たな監視地点を探すべく、路地を駆け抜ける速度を上げた。
町上空で監視飛行を行うCH-47J。
その後部ランプドアでは、据え付けられた12.7㎜重機関銃が眼下を睨む。
さらに制刻と鳳藤がその両側に位置取っていた。
制刻は双眼鏡を時折覗きながら地上を見張り、鳳藤は照準装置付きの小銃を構えてランプに腰を降ろし、しきりに周囲を観察している。
両名は機上監視及び射撃員として、観測手と射撃手の役割を担っていた。
「おい、見ろ」
鳳藤が声を上げる。
「本当に箒で飛んでいるぞ……!」
遠くに、四機編隊を組んで飛行する箒に跨る警備兵の姿が見え、鳳藤はそれを照準装置越しの視線で追いかける。
「まずいな、鐘楼に向かう……」
箒の編隊が鷹幅二曹達のいる鐘楼に向かっている事に気づき、顔を顰める鳳藤。
《ペンデュラムよりロングショット1。そちらに敵の箒部隊が向かっているのをオープンアームが捉えた》
指揮所側も無人機経由でその存在に気付いたのだろう。鷹幅達に向けて指揮所から発報された無線音声が、機内の各員インカムにも流れ聞こえてくる。
それを片手間に聞きながら、制刻と鳳藤は鐘楼周辺と接近する箒部隊の観測を続ける。
鐘楼から小銃の先端が覗き、直後に一機が落ちるが、それに伴い残りの三機が散会。
「一機やったか。だが――」
「まずいぞ、残り三機が――」
残りの箒に跨る警備兵達の手に、炎の弾が成形される。そして次の瞬間にそれは一斉に鐘楼に向けて放たれ、着弾。鷹幅達の陣取っている鐘楼の鐘室を燃え上がらせた。
「ッ!鷹幅二曹達の鐘楼が燃えた!」
「焼け焦げてねぇといいが」
「何を呑気な事を……!鷹幅二曹達は無事なのか!?」
制刻の発言を咎め、鷹幅達の安否を心配する鳳藤。
《各ユニットへ、こちらロングショット1ッ!監視地点を無力化された!こちらは監視地点を放棄して離脱ッ!》
しかし直後、無線に鷹幅からの通信が響いた。
「無事だったようだな。――ロングショット1、こちらエピック。必要なら、機上観測班が応援として降下する準備があるが?」
制刻はインカムを口元に寄せ、鷹幅に向けて発報する。
《大丈夫だ!こちらは別の監視地点を探すッ!》
「本当に大丈夫なのか……?」
鳳藤は険しい表情で、燃え盛る鐘楼を見下ろしている。
「向こうも素人じゃねぇんだ。本当にヤバくなったら言ってくるだろ」
対する制刻はいつもと変わらぬ調子で言った。
《ジャンカー1よりライフボートへ。こちらは上流より6番目の橋で、小隊規模の敵と遭遇、対峙している。航空火力支援を要請する》
直後に、今度は地上の第1分隊からの支援要請の報が耳に届く。
「ほれ、お呼びのようだ」
《各員、支援に向かうぞ。準備してくれ》
小千谷の指示が、無線を通して機内の各員の耳に届く。
そしてCH-47Jは機体を傾け、第1分隊を支援するべく移動を開始した。
第1分隊は先の橋を後にし、次の橋へ到達しようとしていた。
「前方、敵警備部隊。多数です」
橋へ到達する少し手前で、策頼が報告の声を上げる。
「ん?あれは何をしてるんだ……?」
峨奈はそこで、橋の周辺に展開している警備部隊の様子が、少しおかしい事に気付いた。
数人の警備兵と、そしてほとんど下着姿の男や、扇情的な格好をした女が数名づつ。それが、他多数の警備兵達によりその場で拘束されていたのだ。
「峨奈さん。捕まってるのはおそらく、さっきの風俗モドキから逃げ出した連中です」
峨奈の疑問には、波原が答えた。
「成程……あちらも一枚岩でないと言う事か」
峨奈が呟いたその時、警備兵の一人がこちらを指し示し、騒ぎ立てる様子が目に入った。
「ッ、気付かれたか」
「何であれ、敵である事には変わりませんか」
「そのようだな。策頼、橋まで押し進め!橋の下流側で展開する」
「了!」
指示の言葉と共に、分隊は押し進み、そして各員は周辺に展開。そして再び警備部隊との交戦状態に突入した。
「ッ、ここは少し敵が多いな」
峨奈は建物の影から周辺を覗き見ながら呟く。
言った直後、近くの地面に飛来した鉱石柱が数本突き刺さった。
「ッ!魔法現象を使ってくる敵がいます!」
同じく建物の影でカバーしていた波原が声を上げる。敵警備部隊には鉱石柱を放つ魔法使用者が含まれているようで、第1分隊はその攻撃に晒され始めた。
「盃、無線機を」
「了解」
通信員の盃が峨奈に近寄り、盃の背負っていた大型無線機のマイクを峨奈が取る。
「ジャンカー1よりライフボートへ。こちらは上流より6番目の橋で、小隊規模の敵と遭遇、対峙している。航空火力支援を要請する」
《了解、位置に付く。少し待ってくれ――》
峨奈はCH-47Jに航空火力支援を要請した。
無線越しに返答があり、程なくして、分隊の現在位置上空にCH-47Jが飛来。
周辺に砂埃が舞い上がり、警備兵達の騒ぎ出す様子が見える。
「ライフボートへ。建物に重火力は向けるな、民間人がいる可能性がある」
《了解》
無線越しの返答の後、CH-47Jの後部ランプに搭載された12.7㎜重機関銃から射撃が開始。
水路沿いに固まっていた数名の警備兵に、死の雨となって降り注いだ。
機上から、眼下の橋の向こう側に、クロスボウでこちらを狙う複数の警備兵の姿を制刻の目が捉える。
「こっちを狙ってる奴らが、橋の向こうに複数。てき弾、対処できるか?」
《了解。対処します》
制刻の言葉を受け、40mmてき弾銃に付く所縁一士が発砲。てき弾が地上に向けて撃ち込まれ、橋の向こう側で炸裂。
クロスボウでこちらを狙っていた警備兵を含む数名が、爆発と飛び散った破片を諸に受けて吹き飛んだ。
《ライフボート。まだ敵の魔法使用者が残ってる。屋上に陣取っているはずだ、排除してくれ》
地上の第1分隊からさらなる要請が来る。
「了解――剱、上流左側の建物の屋上にいる奴だ」
「あぁ、確認した」
観測手の制刻に導かれ、鳳藤は小銃の照準補助具内に、建物屋上にいる魔法警備兵の姿を捉える。
そして発砲。
魔法警備兵は弾を受けて、屋上で崩れ落ちた。
魔法警備兵が倒れたのを最後に、少なくとも上空から観測した限りでは、活動を続ける敵警備兵の姿は無くなった。
《ライフボート、周囲に活動を続ける敵は無くなった。我々は前進を再開する、支援に感謝する》
それは地上も同じだったようで、第1分隊の峨奈からそういった旨の通信が来た。
《了解、こちらは離脱する。気を付けてな》
小千谷がそう返し、CH-47Jはホバリング状態から航行状態に移行。第1分隊上空を後にした。