―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
町の中心部より、少し東に行った所にある、あまり広くはない町路。
「どうなってやがる……」
その町路上に、顰めた険しい表情で、上空を見上げる一人の男性の姿があった。
男性は、町の西側城壁近くのある宿の店主であった。
彼は少し前に、雇っている従業員と交代して仕事を上がり、町のほぼ反対側にある実家への帰路に就いた所であった。
しかしその途中の彼の身に届き、そして見えたのは、警備隊からの町へ侵入者があった事を告げる広報音声。そして町上空を飛び交う、いくつもの警備隊箒隊の姿。
いや、それ等に関してはまだ理解ができる。
驚くべきは、箒隊に混じり――否、箒隊を蹴散らし翻弄するように上空を飛ぶ、巨大で異質な飛行物体の存在であった。
突如として現れ、上空を物々しい様子で飛び回る正体不明の飛行物体は、店主の眼を上空に釘付けにするには十分過ぎた。
さらに、町の各所からは異質な破裂音が絶え間なく響き上がり、挙句には盛大な爆裂音まで聞こえて来る始末だ。
住み慣れたはずの町で起る異様な事態に、店主はただただ困惑していた。
「一体何が……――ッ!」
言葉を零し掛けた店主であったが、直後に彼の耳は、異質な音の接近を捉える。そして音を頼りに道の先へ視線を向け、その上空に〝それ〟の姿を捉えた。
見上げた道の先の上空に現れたのは、何か翼のような物を回転させる、件の巨大な飛行物体だ。
規則的な音を立てながら、見る見るうちにそのシルエットを大きくし、接近する姿を見せる。その後方には、飛行物体を追っているのであろう、2機の警備隊の箒の姿も見える。
魔法を打ち合い戦っているのか、警備隊の箒からは鉱石針が。飛行物体の後方からは、何か光の線のような物が放たれている様子が、微かに見えた。
店主がその光景を頭で処理している僅かな間に、かなりの速度がでているのであろうその飛行物体は、店主の真上に到達。
轟音を立てて風圧を巻き起こしながら、店主の直上を飛び抜けて行った。
「ッぅ……!」
襲った轟音と風圧に、思わず顔を手で覆う店主。しかし彼の眼は、次には別の事態を捉えた。
飛行物体より放たれた光の線が、追撃していた箒警備兵の片方に命中。瞬間、警備兵はまるで弾かれるように身を打ち反らし、そして箒のその軌道が明後日の方向へと変わった。
制御を失ったのであろう箒は、主である警備兵を乗せたまま飛び、こちらへ飛来。そして店主の真横に建つ家屋の窓際へと、突っ込み激突した。
箒警備兵の激突は、店主にとっても危機的な事態を招いた。
家屋の窓際は、いくつかの鉢植えが並び彩られていた。それが箒警備兵の激突に寄り軒並み浚えられ、落下。真下に位置していた店主を襲ったのだ。
「ッ――!」
突然の危機。店主はその眼で襲い来る鉢植えを捉えるも、反して体は咄嗟には動いてくれない。店主は鉢植えが身を襲う事を覚悟し、両腕を翳し、目を瞑る――
「――店主ッ!」
だが直前、店主を呼ぶ声が響く。
そして同時に店主の身を、予期せぬ方向からの鈍い衝撃が襲った。
「!?――ヅッ!?」
気付けば、店主は地面に突き飛ばされ倒れていた。
一瞬置いて、先程まで彼が立っていた場所に鉢植えが複数落下。ガシャリガシャリと割れ破損する音が上がり聞こえた。
自信の身を危ぶませたかもしれないその音を聞きながらも、しかし店主の今の意識は、自身の真上――自身に覆いかぶさった一人の人物に向いていた。
緑を基調として斑模様を描く服装、同様の模様の兜。その腕や身には、用途不明の装備装具らしき物を持ち、あるいは身に着け、全身から異質さを醸し出している。
しかし店主は、その異質な人物の顔に見覚えがあった。
「大丈夫ですか!?」
美少年とも言える整ったその顔を、剣幕に染めて聞き尋ねて来る人物は、昨晩宿に道を尋ねに現れた、妙な客人に他ならなかった。
「あ、あぁ……」
「よかった……」
店主の戸惑い混じりの返答に、対する異質な姿の彼は、剣幕を安堵のそれに変える。
しかし店主は、次には自身に覆いかぶさる彼の体を、後ずさり抜け出した。
「店主?」
「……お前さん……警備隊の言ってる侵入者の一味だな?」
怪訝な顔を浮かべた異質な姿の彼に向けて、店主は立ち上がり距離を少し取ると、そう言葉を発した。
「ッ!」
それを聞き、そして店主が自身に警戒――否、敵意を向けている事を理解し、異質な人物は再びその顔を険しくする。
「お前さんは、昨日から町の下調べに入ってたってトコか……」
「店主……警戒されるのも当然です。ですが我々の行動には事情が――」
警戒の姿勢を見せる店主に対して、異質な姿の彼は事情を説明する言葉を発しかける。
「分かってるッ!」
しかしそれは、張り上げた店主の声に阻まれた。
「――分かってんだ。国、いや町が――警備隊の坊主や小娘が、何か良くない企みの元で、動いてるって事はよ……」
険しい表情で異質な彼を睨んだまま、店主は言葉を紡ぐ。
「だがこの町には、ここしか身を置く場所が無いヤツが大勢いるんだ。――俺や、警備隊のヤツ等を含めてな……」
続けそう語る店主。その顔には、微かに悲しそうな顔が浮かんでいた。
「タカハバニソウ」
少しの間沈黙が支配したその場へ、何者かを呼ぶ声が割り込む。
見れば、異質な姿の彼の背後に、同様の姿格好をした別の人物が駆け寄って来ていた。
格好は美少年顔の彼と同様ながらも、その姿は高身長で、顔は頬は痩せこけて鋭い眼をしていて、その雰囲気はまるで異なる。
「フチクボサンソウ……」
「急いでください」
その新たな人物は、周辺に何か杖のような物を構えて警戒の視線を向けながら、美少年顔の彼に端的に何かを告げる。
見ればその背後向こうには、さらに三名程の同じく斑模様の衣服に身を包んだ者達の姿があった。平凡な顔立ちの者が何か声を張り上げている。そして陰険そうな顔の者と、オークかトロルの亜種かと疑う巨体の者が、杖らしき物や鉄の棒を構えて路地裏を向いている。
瞬間、それらの道具から破裂音が上がった。
詳細は分からないが、おそらく追撃の警備隊と相対しているのだろう事は、店主にも察せた。
その光景を背後にしながら、美少年顔の彼は、店主へと再び視線を戻す。その眼には、少しの悲し気な色が見て取れた。
「……行け。今、救ってくれた義理だ」
店主はそんな彼に向けて、発し、そして顎をしゃくった。
「――全身再開する!行くぞッ!」
美少年顔の彼は、背後の者達に向けて振り向き、張り上げる。そしてもう一度だけ店主を見ると、その身を翻した。
彼等五名は、路地に対して牽制と思しき行動を行いながら、隊伍を組み直す。
そして道を反対側へ渡り、小道へと入って行き、その姿を消した。
「……」
険しい顔のまま、それを見送った店主。
彼等が姿を消してから少し遅れて、路地裏より警備隊の一隊が駆け出て来た。
「ッ!親父さん!?」
その一隊を構成する中の、指揮官である警備兵長の男が、店主の姿を見つけて驚きの声を上げる。その警備長は、店主の顔見知りであった。
「大丈夫か!?今ここを、侵入者の一団が通ったろ!?」
駆け寄って来て、店主の身を案じる警備兵長。
「あぁ……どころか、ヤツ等に助けられちまった。箒が家に突っ込んで、鉢が落っこちて来た所をな……」
対する店主は説明の言葉を紡ぎながら、先に箒警備兵が突っ込んだ家屋や、道に落ちて割れた鉢植えを、順番に視線で示して見せる。
「すまん。その義理で、逃がしちまった……」
そしてバツが悪そうに、先の彼等が消えて行った、小道を視線で指し示した。
「ッ……!ナウレ、エオン、墜ちた箒警備兵の救護回収に向かえ。残りは、侵入者を追うんだ!」
警備兵長は配下の警備兵達に指示の声を張り上げる。
それに応じ、二名の警備兵は墜落した箒警備兵の回収に向かい、残りの者は追撃を続行すべく、小道へ入り駆けて行った。
「親父さん、外は危険だ。どこかに避難を――」
「……なぁ、セウライよぉ」
残った警備兵長は、店主に避難を促す言葉を発しかける。しかし店主の、警備兵長の名を呼ぶ言葉がそれを遮った。
「お前さん達は――いや、俺達はどこへ向かってるんだ?」
「ッ!」
続き紡がれた店主の問いかける言葉。それを聞いた警備兵長は目を見開き、そして次には、表情を苦くそしてどこか悲しい物に変えた。
「警備隊が、いつもこの町を守るために動いてくれてる事は知ってる。だが……今回は、道理に外れた、よくねぇ噂が聞こえて来てる」
そんな警備兵長に、店主は言葉を続ける。
「なぁ。町を守るためとは言え、今進んでる道は、正しいと胸を張って言える道なのか?」
真剣な顔で、再び問いかけの言葉をぶつける店主。
「……俺にも、わかんねぇよ……」
しかし警備兵長は、それに対する答えを紡ぐ事はできなかった。