―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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チャプター1:「降り立ちし者たち ―異質な陸士と中隊―」
1-1:「介入点」


「……ぬぉ……あぁ?」

 

 太い唇と、すさまじく悪い歯並びで構成される口が開き、そこからだるそうな唸り声が漏れる。そして左右で全く造形の異なる、二つの眼がぬらっと開き、それらの持ち主である制刻は、薄暗い空間の中で目を覚ました。

 制刻が居たその場所は、お攻辞にも広いとは言い難い空間で、数箇所ある小さな覗き窓のような所から、微かに光が差し込んでいる。制刻はその空間の真ん中に据えられた、背中合わせのベンチシートに横になっていた。

 

「今のはなんだぁ?」

 

 目頭を押さえながらその巨体の上半身を起こし、つい先程まで自分が見ていた、夢の内容を思い返そうとする。

 

「……あの格好にあの声。おまけに変人かぶれみてぇな、理攻りにくい話し方……」

 

しかしそれを遮るように、薄暗い空間の一箇所が大きく開き、光が差し込んだ。

 

「自由……!こんな所にいたのか、起きろ!」

 

 差し込む光と共に、制刻の耳にハスキーな声色が飛び込んでくる。制刻がそちらに視線を向けると、空間の開口部に声の主である女の姿が見えた。制刻はそこで夢についての考察を打ち切り、入れ替わりに現在の自分の居る状況を思い出した。

 〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟は、〝日本国陸隊〟の普通科連隊に籍を置く陸士階級の〝有事官〟であり、現在、陸隊の行う演習に参加している真っ最中であった。

 そして、制刻が眠っていた狭く薄暗い空間は、陸隊に配備運用されている装甲戦闘車の後部乗員室だった。

 

「あぁー……喚くんじゃねぇ、起きてる」

 

 寝起きのだるさを隠そうともしない口調と重低音の声色で、自分を大声で叩き起こした同僚である女、〝鳳藤 剱(ほうどう つるぎ)〟に返しながら、制刻は腕時計に視線を落とす。

 

「おぉい、まだ時間あるじゃねぇか。どうした、面倒事でも起きたか?」

 

 制刻と剱の所属する分隊は、少し前に他の分隊と交代して昼休憩に入った所であった。そして早々と昼食を済ませた制刻は、装甲戦闘車の乗員室を勝手に借りて、残りの時間を仮眠に充てていた所だった。その休憩の終了時刻まではまだ余裕があり、口うるさく急かして来る剱に怪訝な声を返す。

 

「いいから、外に出てみろ!早く!」

 

 しかし剱は、疑問の声に明確な答えは返さず、酷く焦った様子でひたすらに制刻を急かす。

 

「なんだ。まさかロシアがまた押しかけて来たんじゃねぇだろうな」

 

 疑問に思いながら、制刻は掛布団代わりにしていた私物のジャンパーを羽織り、乗員室から外へと出る。

 そして、外部の異常な光景に気が付いた。

 

「あぁ?――ここどこだ?」

 

 制刻等の部隊が展開していたのは、なだらかな丘と平地から成る演習場のはずだった。しかし周辺の風景は一変していた。

 制刻等が今、足を着けているのは高地の頭頂部だ。周囲には連なる山々が一望でき、制刻等のいる高地もまた、その風景を成す山の一つだった。

 さらに演習期間は天候に恵まれず、演習場上空は薄暗い雲覆われていたはずだったが、その陰気な色合いの雲はどこかへと消え去り、上空には真っ青な空が広がり、わずかな真白い雲がアクセントのように点在していた。

 

「丘――いや、山のてっぺんじゃねぇか。俺が寝てる間に移動したのか?……いや待て、演習場周辺にこんな地形はねぇぞ?おいどうなってやがる」

 

 隣にいる剱に疑問の声を投げかける。

 

「私が聞きたいよ……気付いたらこの光景が広がっていたんだ……」

 

 端麗な顔立ちを持つ剱だが、しかし今その表情は、酷い焦燥の色に染まっている。そしてハスキーなその声色にも、不安の色が混じっていた。

 

「とにかく指揮車に来てくれ。井神(いのかみ)一曹が主導して、状況の把握を行っている」

 

 制刻は急かす剱と共に、通信指揮車へと向かった。

 

 

 高地の頂上の一角に82式指揮通信車が停車している。車両の後部ハッチは開け放たれ、その付近には数名の隊員が集まっていた。

 

「武蔵野3、応答せよ。こちら調布21、武蔵野3応答せよ」

 

 指揮車の内部、車体後部の通信室では一人の男性隊員が、備え付けの無線機の回線を開き、他の部隊へ向けての呼びかけを行っていた。

 

「……ダメですね、どっからも応答ありません」

 

 しばらくの間呼びかけを続けていた隊員だったが、やがてその手を止めると通信室の外へと向き直る。そして、整っているが無気力さの漂うその顔を顰めながら、後部搭乗口のすぐ側にいる隊員等にそう向けて言った。

 

「そんなわけあるか!他の回線で試してみろ!」

 

 隊員のその言葉に対して、搭乗口の一番近くにいたショートの女隊員が、苛立ちを露わにしながら喚き立てた。

 

「だから、ウチで把握してる限りの回線で試したんですよ。それでもどこからも応答はなかったんです」

 

 そんな女隊員に、無気力さの漂う顔の隊員は、聞き分けの無い子供に言い聞かせるような口調で説明する。

 

「ええい、どけ!私がやる!」

「ちょ、おおい……!」

 

 しかしその態度がショートの女隊員の気分を余計に害したらしく、彼女は通信指揮車の通信室に脚を掛け、無気力な顔の隊員と無線機の間に割り込もうする。

 

帆櫛(ほぐし)、よさんか」

 

 しかしその前に、背後から彼女に声が掛けられる。

 帆櫛と呼ばれた癖っ毛の女隊員が振り向くと、そこにはやや不健康な顔つきの、30代後半とおぼしき陸曹が立っていた。

 

「井神一曹……ですが!」

 

 帆櫛は中年の陸曹を井神という名で呼びながら、戸惑いの表情を作る。

 

「少し落ち着かんか。威末(いずえ)士長、悪いが全ての回線をもう一度試してくれ」

 

 井神はそんな帆櫛の肩を鷲掴みにし、半ば強引に通信室から引き下ろしながら、無気力そうな顔の隊員に指示を伝える。

 

「はぁ、分かりました――相模原4応答願う。こちら調布21」

 

 威末と呼ばれた無気力そうな顔の隊員は、やれやれといった表情で答えると、無線機に向き直り、呼びかけを再開した。

 

「何だって言うんだ……一体何が起こったって言うんだ!?」

 

 井神に宥められ、とりあえず無線機から離れた帆櫛だが、彼女の焦燥が納まる様子は無い。

 

「帆櫛三曹、一度深呼吸しろ。空回りしてるぞ」

 

「しかしッ……いえ、申し訳ありません……」

 

「焦っても事態は好転しない。落ち着いたら、お前は装備品の確認作業に戻ってくれ」

 

「分かりました……」

 

 井神の言葉を承諾した帆櫛は、指示された作業に取り掛かるため、通信指揮車の側を後にした。

 

「はぁ、しかし帆櫛の気持ちも分かる。これはどう考えても異常だ」

 

 帆櫛を見送った井神は、小さなため息を吐きながら言葉を漏らした。

 

「井神一曹」

 

 そんな井神へ声が掛けられる。

 井神が声のした方向へ振り向くと、帆櫛と入れ替わるようにこちらへ向かってくる、剱の姿があった。

 

「鳳藤士長、制刻は見つかったか?」

「ええ、はい……装甲戦闘車の中で眠っていました」

 

 剱は言いながら背後へと振り向き、井神は剱の視線を追う。

 

「オイ、こりゃ本当にどうなってやがんだ」

 

 彼らの視線の先には、散乱する装備や物資を訝し気に眺めながら、ズカズカとこちらへ歩いて来る制刻の姿があった。

 

「制刻、大層な重役出勤だな」

 

 現れた制刻に対して、井神は開口一番に皮肉気な笑みを浮かべてそう言った。

 

「えぇどうも。でぇ、井神一曹――こいつぁ一体全体何事です?」

 

 対する制刻は、井神の皮肉を全く悪びれもしない態度で流し、そして井神に対して質問を投げかけた。

 

「さぁな……突然妙な光や振動に襲われて、気が付いたらこの有様だ」

「あぁ、光や振動?そんなモン俺は感じませんでしたが」

「……お前は車内で眠っていたからだろう……!」

 

 制刻の言葉に、剱は呆れの混ざった叱責の声を上げた。しかし制刻は劔の言葉は無視して、井神との会話を続ける。

 

「突然の事だったよ。上空に閃光が走ったかと思うと、その直後に激しい振動に襲われたんだ。そしてその途中で奇妙な感覚に襲われ、俺は気を失ってしまった。他のヤツもだいたい同じ現象に遭遇している。お前はスイートルームにいたようだから、感じなかったみたいだがな」

「えぇ、せっかくのダイナミックなシーンに、居合わせられなくて残念です」

 

 そんな言葉を発する制刻だが、その口調からは残念さなど微塵も感じ取れなかった。

 

「そして目が覚めた時には、周辺の景色は一変していたというわけだ。さらに――見てみろ」

 

 井神はそう言いながら周囲を顎でしゃくり、制刻と剱はそれを追って周囲を見渡す。

 

「どうにもここにいるのは、我々数十名だけらしい。、ほとんどの部隊は影も形も無くなっていた」

「あぁ、ざっと見て妙に頭数が少ねぇと感じましたが、気のせいじゃなかったか」

 

 本来なら、周辺はなだらかな丘と平地の続く演習場のはずであり、そこには一定間隔で第4野砲科群の203mm自走榴弾砲が陣地を構え、さらに制刻等の部隊である第54普通科連隊の各中隊が、陣地転換訓練に備えて集結待機しているはずだった。

 しかし今現在、高地の頂上となったこの場に確認できるのは、一両の203mm自走榴弾砲を中心とした一個野砲科分隊と、制刻等を含む1個小隊程度の普通科部隊だけ。

 人数にして、50名程の隊員しか存在していなかったのだ。

 

「そんな……中隊の大半が消えたって言うのか……?」

 

 横にいた剱も、部隊の具体的な状況は初めて知ったらしく、顔を青くして言葉を漏らす。

 

「付近に待機してた第5中隊や本部管理中隊の奴等、それに陣取ってた第4野砲科群の大半もまとめてイリュージョンか」

 

 呟いた制刻は、何か考える素振りを見せながら周囲を見渡す。

 

「自然災害――にしちゃ不自然だ。その妙な閃光と振動とやらが気になるが、兵器を叩き込まれて消し飛んだとも考えにくい。辺りが小綺麗すぎる」

 

「あぁ、そこが妙なんだ。仮に他の部隊が災害等の被害にあったのだとしても、何らかの形跡は残るはずだ。だが現状はどうだ?一切の跡を残さず、俺ら以外の全てが掻き消えてる。まるで俺等のいた一部分だけが意図的に切り取られたかのようにな」

「意図的に切り取られた――か」

 

 井神の発したその言葉に、制刻は訝し気な表情を浮かべた。

 

「そういや井神一曹、ウチの小隊長は?それに中隊長や各幹部もいねぇようですが、あの人らもドロンですか?」

「自由、お前な……いつも言っているがもう少し態度を……!」

 

 制刻の敬意に欠ける発言に、剱は鋭い目つきで咎めたが、当人はどこ吹く風だ。

 

「残念だがいずれの幹部隊員の安否も確認できていない。だから俺が指揮を取ってるんだ」

「面倒に面倒は重なるもんだ」

「お前……ったく――井神一曹、他部隊との通信は、結局どうなりましたか?」

 

 制刻の言葉に剱は苦い表情をしたが、彼女は気を取り直して井神に対して質問を投げかける。

 

「4砲群(第4野砲科群)の威末士長に、無線で各所へ呼びかけてもらったが――残念ながら主要各所からの応答は、今の所どこからも無かった」

「通信障害でしょうか……先の閃光は何らかの電子攻撃だったのでは?」

「その可能性も考えられる。まぁ、何にせよ無線がだんまりな以上、後は足が頼りだ。すでにウチの中隊の面子と、4砲群に同行してた第21偵察隊から、周辺の偵察に出てもらっている。彼らが情報を持ち帰ってくれればいいが」

 

 井神が小さなため息混じりに呟いた、その直後だった。彼らの耳が、遠くから微かに響くエンジン音を捉える。

 

「井神一曹、東側から車両です。偵察に出たそちら(54普連)の小型トラックが戻って来たようです」

 

 同時に、通信指揮車のターレットで見張りについていた、指揮通信車の車長が報告の声を上げた。

 指揮車の車長が指し示す先には、偵察に出たジープベースの旧型73式小型トラックが、こちらに向けて走ってくる姿が見えた。

 

「いいタイミングで戻って来たな――お?」

 

 小型トラックの姿を目に留めた井神は、しかしその直後に違和感に気付く。

 小型トラックは一台だけで偵察に出たはずだったが、その後ろには小型トラックよりも遥かに大きい外観の、73式大型トラックが追走していた。

 

「あれはウチのトラックじゃないな、どうやら別の隊を見つけて来たらしい」

 

こちらまで走って来た小型トラックは、井神等の近くへ乗りつけて停車した。

 

「戻りました」

 

 小型トラックには二人の隊員が乗っており、助手席に座っていた20代半ばの陸曹が、車上で井神に向けて敬礼する。

 

「ご苦労、河義(かわぎ)三曹」

 

 井神もそれに応えて敬礼を返す。互いに敬礼を交わし合ったその直後に、河義と呼ばれた陸曹は、制刻の姿を目に留めた。

 

「制刻。お前どこにいたんだ?」

「ちょいと、スイートルームで一服中でしたんでね」

 

 この河義と呼ばれた陸曹は、制刻や剱の所属する分隊の分隊長であり、いわば彼らの直接の上官であった。制刻の全く悪びれない態度に、河義は呆れた顔を浮かべた。

 

「ったく……と、すみません井神一曹」

「別にかまわん。それで河義三曹、あちらさんは」

 

 井神は後続のトラックに視線を送りながら、河義に詳細を尋ねようとする。

 

「いやぁ、良かった。我々だけかと思いましたよ」

 

 しかしその前に、大型トラックの助手席から降りて来た隊員が、こちらへ声を掛けて来た。そしてこちらへと歩み寄って来たのは、40代半ばと思われる陸曹だった。

 

「第21後方支援連隊、補給隊の長沼(ながぬま)二曹です」

 

 近くまで来た陸曹は、所属を答えながら井神に敬礼をする。井神もそれに応えて敬礼を返す。

 

「54普通科連隊、第2中隊の井神一曹です。21後支連の補給隊……確か中央補給地点で展開していた部隊ですね。あなた方お二人だけですか?」

 

 井神は相対する長沼、大型トラックの運転席から降りる途中のドライバー、そしてトラックのバンパーに書かれた〝21後支〟という白い文字に、順に視線を移しながら尋ねる。

 その言葉に長沼と名乗った陸曹は「いえ」と発すると、背後に振り返り、東側に連なる山々を指し示しながら説明を始めた。

 

「向こうに見える連峰の、一番奥の山が分かりますか?我々は気が付いたら、あの山の向こう側にいました。点呼を取りましたが、確認できた隊員は約30名ほど、そして装備や物資の積載区画はおよそ半数が消え去っていました」

「そうですか。しかし、あんなに近くに……確か中央補給地点は、我々の展開地点よりも遥かに後方のはずです。陣地転換をされたわけでもないのですね?」

 

 中央補給地点は、後方支援連隊や施設大隊などが集結している大規模な補給所であり、井神等、普通科が展開する地点からは、10㎞以上後方にあるはずだった。しかし長沼が指し示して見せた山は、現在位置からせいぜい2~3㎞程の距離しかなかった。

 

「えぇ。むしろ最初は、私たちが本隊から置いてきぼりを食らったのかとすら思っていました。しかしそう考えるにもあまりにも妙でして……向こうの様子は、まるで積載区画の一部と、その周囲にいた隊員だけを切り取ったかのようでした」

「また切り取ったようにか」

 

 長沼の言葉を耳にし、制刻は訝し気に呟く。

 

「自由さん?」

 

 それに気がついた小型トラックの運転席に座る隊員、策頼(さくら)一士が声をかける。

 

「いや、ちょいとな」

 

 しかし制刻は一言だけ返すと、引き続き井神等の会話に耳を傾けた。

 

「そこで困惑していた所を、そちらの偵察隊と合流したのです。おかげで少しだけホッとしましたよ」

「我々も状況も似たようなものですがね……。所で長沼二曹、そちらに幹部隊員の方はおられますか?我々の部隊は中隊長を始め、幹部隊員がいずれも所在安否共に不明で、私が臨時で指揮を取っている状態なんです」

「いえ、どうやら状況は同じなようです……我々21後支連の他に、21管区隊の各隊や、第7機動団の隊員も数名巻き込まれたようなのですが……衛生技官の一曹が一人と、二曹が数名いる程度で、いずれの隊も幹部隊員の姿はありませんでした」

「そうですか……なんてこった」

 

 井神は苦い表情を作る。

 他部隊との合流に、両者が安心したのも束の間。結局状況は好転せず、再び不可攻の霧の中をさまよう事になった。

 

《調布21、応答願う。こちらは小笠原22、新好地(にいこうち)士長》

 

 しかしその直後、指揮車の通信室に備えられた無線から、音声が響き出した。

 

「っと、ウチから出した偵察からのようです」

 

 無線連絡の相手は、偵察に出した偵察隊隊員からの物だった。

 井神は長沼に一言説明すると、指揮車の通信室へと上がり込んだ。

 

「21偵の新好地からか?」

「そうです。――小笠原22、こちら調布21。何かあったのか」

 

 無線の前に座っていた威末が応答し、井神のその横に陣取り、内容に聞き耳を立てる。

 

《集落だ。俺達のいた山の北側、麓にある森を抜けた先に集落がある》

「何?」

 

 無線越しに告げられた報告内容に、井神は怪訝な顔を浮かべ、威末と無線機の間に割り込んで、言葉を発する。

 

「新好地士長、井神だ。それは確かに集落か?周辺数十㎞圏内は北東演習場の範囲内で、集落や民家などは本来無いはずだぞ」

 

 北海道北東演習場、知床半島の根元に存在する広大な演習場だ。

 第21管区隊の管轄内にあり、今回この地では、北部方面隊各隊の他、東北方面隊、樺太方面隊等からも多数の部隊が参加しての、実弾の使用を伴う大演習が行われている最中だった。

 

「推測だが出発した時間から見て、そちらの居る位置はまだ演習場内のはずだ。演習用のダミー集落等ではないのか?」

《いえ、少なくともダミーではありません、明らかに様相が違います。それに何というか、それぞれの家屋は日本式とも異なる、海外がモチーフのおとぎ話に出てくるような外観なんです》

「そんな物、演習場内に存在したか……?」

 

 新好地の説明に、井神は懐疑の念をより濃くする。

 

《加えて、今は集落の外れから観測しているんですが、ここからでも人が暮らしている痕跡がいくつか見えます。集落を訪ねてみて、何か聞けないかと思っているんですが》

「待て、新好地士長」

 

 新好地のその提案に、井神は少し語調を強めて制止を掛けた。

 

「今からそちらに応援を送る、調査はそれまで待て」

《応援?何もそこまで……》

「いいから。応援が到着するまでそこで待機だ、変に動くなよ」

《はぁ……分かりました》

 

 無線の向こうの新好地に釘を打つと、井神は無線機の前を離れて通信室から飛び出るように降りた。

 

「河義三曹、策頼一士、今のは聞こえてたな?帰って来たばかりで悪いが、今から応援に向かってくれるか」

 

 河義は一度運転席の策頼を見て、彼が頷き返すのを見てから、井神に向けて承諾の言葉お発した。

 

「分かりました、問題ありません」

 

 井神は河義の返事を聞くと、今度は隣にいる制刻と剱の方へと視線を向ける。

 

「制刻、鳳藤、お前等も河義三曹の分隊だろう。念のため人手は多くしておきた、一緒に行ってくれ」

「いいでしょう」

 

 井神の指示に、やや礼儀の欠いた口調で端的に返答する。

 

「あの、井神一曹。我々は実弾を携帯したままですので、出発の前に返納を……」

 

 しかし一方の剱が、ハスキーな声色に似合わない、おずおずとした口調でそう進言した。

 大規模な実射撃訓練を前提とした今回の演習では、各隊員も一定量の弾薬を常に携帯していた。しかし、正体が明らかではないとはいえ、集落を訪ねるにあたって実弾を携帯したままである事を剱は懸念したようだ。

 

「返納の必要は無い、そのまま持ていろ。偵察に出た各隊にも、実弾をそのまま携帯させている」

「そん……!井神一曹、お言葉ですがこの不測の事態の中で、不用意に実弾を携帯するのは問題かと思います……!」

「不測の事態だから携帯させている、野生動物との接触等も考えられるからな。何かあったら責任は俺が負う」

「しかし……」

 

 井神はそう言って剱を説くが、それでも剱は実弾を携帯しての行動に、二の足を踏んでいる様子だった。

 

「ほれ、行くぞ」

「わぁ!?」

 

 しかしそんな様子の剱を、制刻はじれったく思ったのか、次の瞬間、剱は制刻に襟首をつまみ上げられ、小型トラックの荷台へと放り込まれた。そして制刻は自身も荷台へと乗り込み、備え付けのシートにドカリと腰を降ろした。

 

「お前ッ……!」

「河義三曹、出発してください」

 

 剱は荷台の床に這いつくばりながら、制刻を睨みつけるが、制刻は意にも介さずに

助手席の河義に向けて出発できることを告げる。

 

「あぁ……」

 

 その様子を眺めていた河義は、微妙な表情を作りつつその報告に返事を返した。

 

「河義三曹」

 

 そんな河義に、井神が再び声を掛ける。

 

「先の出発前にも言った事でしつこいかもしれないが、危険な状況に遭遇した場合、殺傷を伴う武力の行使もためらうな」

「……了解です」

 

 井神のその言葉に、河義は一瞬言葉を詰まらせた後に返答を返した。

「頼むぞ」

「は。策頼、出してくれ」

 

 互いに敬礼を交わすと、河義は気を取り直して、運転席の策頼に指示を出す。

 

「了解」

 

 小型トラックは再びエンジンを吹かし、新好地の待つ正体不明の集落に向けて出発した。




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