―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
2-1:「死の集落Ⅰ」
二日後。
東方面への探索を担当する東方面偵察隊は、連峰と国境を越えた先にあるという町、〝月橋の町〟を目指して出発した。
東方面偵察隊の移動手段には82式指揮通信車が用いられ、搭乗員である車長と操縦手、そして選抜された一個班が搭乗。班は河義を筆頭に制刻と策頼。機甲科偵察隊の新好地と、衛生科の出蔵の5名という面子で編成されていた。
「まさか指揮車で偵察行動に出る事になるとはな」
指揮通信車の車長である
《機動性と装甲を兼ね備えているのは、この指揮車だけでしたからね》
矢万の呟きに、インターカム越しに言葉が返って来る。相手は指揮通信車の操縦手である
彼の言う通り、指揮通信車が今回の偵察任務に抜擢された理由は、異世界へと飛ばされて来た車輛装備の中で、ある程度の機動力と装甲を兼ね備えているという条件を満たすのが、当車だけであったからだ。
「本来なら普通科のLAV(軽装甲機動車)か96(96式装輪装甲車)が適任なんだろうがな」
矢万は、この場に存在しない車輛装備を思い浮かべながら、再び呟いた。
しばらく平坦な草原やなだらかな丘などを進み越えて来た指揮通信車は、やがてその前方に連なる山々の姿を捉えた。
「道は通っているようだが……」
河義の呟き声が聞こえる。彼は指揮通信車の車長用キューポラに併設された乗員用ハッチから半身を乗り出し、双眼鏡を覗いて先に見える連峰を観察していた。
山々は道こそ通っているが、山肌は木々が生い茂り、深い森を形成していた。このことから、野生動物等との接触が懸念された。
「制刻、車上に上がってくれ」
河義は視線をハッチの隙間から車内へ降ろし、通信指揮車の後部に設けられた隊員収容用スペースにいる制刻に向けて発する。
「了解」
制刻は河義の指示の言葉に返すと、車体の側面に設けられた乗員用ハッチを開く。そしてその巨体を器用にくぐらせ、車上へと上がって来た。
「山肌は深い森になってる。警戒のため、ここからは常時二名を監視として車上に上げたい」
「いいでしょう」
河義の提案に制刻はいささか礼節を欠いた口調で返す。
やがて彼等の乗る指揮通信車は、連なる山々の麓へとたどり着いた。
山の中へは一本の小さな轍が伸びており、指揮通信車はそれを頼りに登頂を始める。
「……ちょっと不気味な山ですね、何か出てきそう……」
そんな言葉を発したのは、小柄な女衛生隊員の出蔵だ。
指揮通信車の後部の隊員収容用スペースでちょこんと腰かけている彼女は、指揮通信車の側面に設けられた視察窓から外をの様子を眺めつつ発する。
「嫌な事言うなよ……」
そんな出蔵の発言に、対面に座る新好地が発する。
「ひょえっ!」
その時、指揮通信車の車体が大きく揺れ、出蔵が小さな悲鳴を零した。
「ッ、酷く揺れるな……」
「我慢してください、ちゃんと整備されている道を進んでいるわけじゃありませんから」
新好地の零した言葉に、操縦席の鬼奈落からそんな言葉が返って来る。
「ここを越えるのに、どれくらいかかるんですか?」
出蔵は丁度車内へ降りて来た河義に尋ねる。
「ん?あぁ――地図で見た限りでは、数時間で山を全て越えられるはずだ。できれば、暗くなる前に越えてしまいたい所だな」
出蔵の質問に、河義は答える。
「数時間もこんなのが続くのか……」
「よ、酔うかも……」
河義の返答に、新好地と出蔵は苦い表情で呟いた。
数時間を駆けて指揮通信車は連なる山々を順調に越え、最後の山に差し掛かろうとしていた。
「矢万、見張りを交代する」
制刻が何度目かの見張りの交代のため、乗員用ハッチを潜って車上に上がり、矢万に向けて発する。
「おぉ、頼む。気を張りっぱなしだったが、結局何も無かったな」
「その方がいいだろ」
各方へ警戒の目線を向けながら、そんな言葉を交わし合う二人。
矢万の方が階級が上であるにも関わらず、制刻の口調はタメ口であった。そして矢万はそれを気にした様子は無い。それは制刻と矢万は同い年であり、何より教育隊の同期であるからであった。
曹昇任こそ矢万の方が早かった(というより制刻に曹に昇任する気は無かった)が、教育隊で苦楽を共にした二人にとって、階級の差は些細なことであった。
「あの山を越えりゃ、〝月詠湖の国〟って国の領土に入れる」
「この調子なら、何事も無く辿り着けそうだな」
矢万は行程の終わりが見えて来た事に、安堵の表情を作る。
「矢万三曹、制刻さん。山の入り口に集落が見えます」
しかし、そんな二人の元へ声が割って入ったのはその時だった。声の主は、指揮通信車の前部、操縦席の横に設けられた座席でMINIMI軽機に付く策頼だ。
「何?」
策頼の言葉に、制刻は双眼鏡を構えて指揮車の進行方向へ視線を向ける。山と山の合間に位置する僅かな平坦な地形部分に、確かに集落が存在した。規模は町と村の中間程だ。
「あれか」
「鬼奈落、一度停車してくれ」
同様に双眼鏡を覗いていた矢万が、操縦手の鬼奈落に停車の指示を出す。
「どうした?」
異常に気付いたのだろう、河義が車内からハッチを潜って車上に這い出てくる。
「河義さん、前方に集落が見えます」
歳こそ矢万の方が上だが、三曹としての経歴は河義の方が長く、この場の先任者は河義であった。矢万は河義に言いながら、双眼鏡を渡す。
「………廃村か?」
河義はしばらく集落を観察した後に、そんな言葉を発した。
遠目に見てもその集落は寂れている事がわかり、人のいる様子も確認できなかった。
「出蔵、地図を確認してくれるか?この近辺に、集落はあるか?」
河義は車内にいる出蔵に指示を出す。
「えーっと……一応地図には表示されてます」
出蔵はタブレット端末に表示された地図に目を落としながら、言葉を返す。
「それと、道なりに進むにはこの集落を通過しなきゃダメみたいです」
「行くしかないか」
指揮通信車は再度発進し、集落へと接近した。
「まーた、分かりやすい寂れ具合だな……人の気配も無いぞ……」
集落の入り口まで近づいた指揮通信車の車上で、矢万が発する。そして班の各員は降車し、周囲に警戒の視線を向けていた。
「おい、いつの間にか空が曇ってるぜ……風も止んでる……。何か嫌な予感がしないか……?」
新好地は空を眺め、周囲を見渡しながら呟く。
「予感と言うより確信だな」
そんな新好地の呟きに制刻が返す。
「あん?」
「あれを見ろ」
制刻は近くにあった一軒の家屋の根元を視線で指し示す。
「げッ」
新好地が声を上げる。そこにあったのは死体だった。
それも酷い破損状態であり、体のそこかしこが齧り取られたかのように無くなっており、骨や内臓がはっきりと見えていた。
「酷いな……」
「野生動物か何かに襲われたんでしょうか?」
出蔵が死体の前にしゃがみ込んで死体を検分し、それを背後から河義が呟きながら尋ねる。
「出蔵、お前これ平気なのか……?」
「あ、はい。一応は」
戸惑いながら尋ねる新好地に、出蔵は平気な様子で答えた。
「河義三曹、指揮車を一度ここから放したほうがいいかと」
「何?」
「要の指揮車に何かあれば事です。先に少数で村内を漁って、安全を確保すべきかと」
制刻は河義に進言する。
「それもそうだが――危険かもしれんぞ、誰が行くんだ?」
「俺が行きます」
「俺も付き合うよ」
制刻が言い、新好地がそれに続く。
「大丈夫なんですか?」
出蔵は二人に尋ねる。
「それを確認しに行くんだ。河義三曹、俺と新好地で見てきます」
「了解。ただ、逐一連絡を寄越せ。15分以上通信が無いようなら、何かあったと判断して突入する」
「了解」