―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
町の各所で各ユニットが作戦行動を継続する、その一方。
警備隊本部の古城より近い位置にある、住宅街の一点。路地より視線を出し、周囲を見回す一人の人影があった。
それは淡い金髪と整った顔が特徴の一人の少女。勇者、ファニールであった。
彼女は昨晩より、警備隊各詰め所等へ侵入を繰り返し、情報を収集。その末にようやく、相棒であるクラライナが、警備隊本部古城に監禁拘束されている事を特定。今しがたこの場まで到着し、これより警備隊本部への潜入を試みんとする所であった。
「どうなってるの……?」
しかし、そんなファニールからはその顔を困惑に染め、そして声を零していた。
その原因は、朝から急変した町の状況にあった。
夜が明け、町が朝を迎えたと思った矢先――異質な轟音を立てて、正体不明の飛行物体が、町の上空へ姿を現した。そしてそれを皮切りに聞こえ始めた、何かが破裂するような音の数々。それは時間の経過に連れて激しさを増し、今も町並みの向こうより聞こえて来ている。
対して警備隊本部よりは、次々に警備隊の箒が飛び立ち、町並みの向こうに向かって行く。
途中、箒のいくつかが落ちてゆく様子も見えた。
「何が、警備隊と戦ってるの……?」
不明な部分が大多数を占めたが、何らかの者達が町へと侵入し、警備隊と戦っている。その事は、ファニールにも察せた。
「……やめよう。今はこっちに集中」
しかし結局、現在の判断材料からでは、考える多くは憶測の域を出なかった。
侵入者の正体等、色々が気になる所ではあるが、今はそれよりも相棒であるクラライナの救出を優先すべきだ。そう自分に言い聞かせるようにして、ファニールは意識を切り替える。
そして狭い路地を駆け出した。
ファニールは速い速度で路地を掛け、程なくして路地は終わり、開けた場所へ出る。出た先に広がったのは、それなりの幅の道と、そして左右に伸びる、壁と堀。そこはまさに、警備隊の本部である古城の目の前で会った。
一度路地から周囲を見渡すファニール。幸運にも、周辺に見張り等の警備兵の姿は見えなかった。正体不明の侵入者への対応に、多くの人手を取られているのかもしれない。
ファニールはそこから今度は、先に見える堀の内側側面に視線を向け、走らせる。
「……しめた」
呟くファニール。彼女はその堀側面の一点に、人一人が屈んでやっと通れそうな程の、小さな横穴を見つけた。おそらく城内からの排水を行うための、横水路であろう。
「――よし」
そしてファニールは、再び周囲へ視線を走らせ確認。そして、路地より飛び出した。
堀に沿って走る道を横断し、堀の縁まで走るファニール。そして縁までたどり着いた瞬間、彼女は迷いなくそこにあった手すりを乗り越え、その向こうへと跳んだ。
彼女はそれなりに幅のある堀を悠々と跳躍。そしてその先にある、先程確認した排水水路の開口部へ、見事な精密さで身を飛び込ませ、着地した。
「ふぅ……うまく入れた」
侵入行動の第一段階の成功に、息と声を零すファニール。
そして彼女は気を引き締め直し、暗く不気味で、排水の流れる音が微かに響く排水路を、奥に向けて進み始めた。
場所は一度、作戦地域である凪美の町を離れ、隊の作戦拠点である草風の村へ――
村内を通る道を、小千谷はパイロットヘルメットを片腕に抱えながら、速足で歩み進んでいた。
町の警備隊の魔法現象オペレーターからの攻撃を受け、ダメージにより作戦への参加継続が危険と判断されたCH-47J。作戦を離れて帰投を命じられた機は、不幸中の幸いか帰投途中に再度の状況悪化等に見舞われる事はなく、どうにか草風の村への帰投を果たしていた。
小千谷は、臨時ヘリポートに降ろした傷を負ったCH-47Jを、他の航空隊隊員の各位に任せ、今は調整を行うために指揮所へと向かっている所であった。
村内は喧騒に溢れていた。
小千谷の進む道上には、73式大型トラック始め各車輛が縦隊を成して停まっている。そしてそれ等に火器弾薬類を搭載積載する隊員の姿や、周辺を慌ただしく駆けまわる隊員の姿が見える。
車列から少し離れた位置には、凪美の町より先んじて帰投した、87式砲側弾薬車の停まる姿が見える。砲側弾薬車は町より、不当に拘束されていた人達を運んで来た。不安と懐疑心に駆られながら移送されて来たその人達は、今は衰弱具合によっての搬送治療の区別を受けている。そして同時に、助力をかって出た村のセノイ村長に、安心を促すための言葉を掛けられ、必要な説明、質疑応答を受けていた。中には村人の知り合いもいたのだろう、再会を喜ぶ姿も見えた。
そんな中を抜けて歩きながら、小千谷は村の一角にある空き倉庫――今は村より借り受け、指揮所として用いられているそこに辿り着いた。
小千谷は開け放たれていた扉を潜り、内部へと踏み入る。
内部の開けた空間内には、いくつかの長机やパイプ椅子、ホワイトボードなどが並んでいる。並ぶ机の上には、地図、無線機、ノートパソコン等と言った機材用具他が、雑多に置かれている。そしてノートパソコンを注視する算域二士や、無線に耳を傾けつつ、急かしく記録のためにタブレットのキーパッドを打つ帆櫛三曹等、指揮所要員の隊員の姿が見える。
「井神さん」
小千谷は、そんな彼等の一つ向こうに、井神の姿を見つけて彼を呼ぶ声を上げた。ホワイトボードの前に立ち、それに目を向けていた井神。ホワイトボードには作戦地域である凪美の町の地図が張られ、その所々にはマグネットが置かれている。マグネットは、町内で展開行動する各隊の、大まかな現在位置を示す物であった。
掛けられた声に、井神はそれから視線を外して振り向き、そして小千谷の姿に気付く。
「あぁ、小千谷二尉。ご無事でなによりです」
そして井神は、無事帰投した小千谷に対して、それを歓迎し労う言葉を掛けた。
「あぁ……だが申し訳ない。CHを損傷させ、航空支援の継続が不可能となってしまった……」
対する小千谷は、CH-47Jが損傷を負い、作戦中の航空支援が無くなってしまった事に責任を感じているのだろう、険しく渋い表情で返す。
「ヘリコプターの損傷は、大きいですか?」
「いや。見た所、取り返しのつかないような物じゃなかった。今は吾妻(あがつま)空曹長始め整備員達が見てくれている。……けど、少なくとも今作戦中の再出撃は無理だと見る」
ヘリコプターの状態状況を尋ねる井神の言葉に、小千谷は引き続きの険しい表情で回答の言葉を発する。
「そうですか――仕方がありません」
「すまない……」
「いえ。無事に帰投し、そして機体を持ち帰ってくれた事に、感謝します」
再び謝罪の言葉を述べた小千谷に、しかし井神は説くような声色で、感謝の言葉を返した。
《――ハシント!車列が伸び切ってる、速度を落せ!》
《――ダメだ!上から狙われてる、目を付けられてる!これ以上速度は落とせないッ!》
二人の会話の一方、長机に置かれた大型無線機からは、怒号に近い声が上がり聞こえている。現場で上がり交わされる無線のやり取りが、指揮所にも引っ切り無しに届いていた。
《――ケンタウロス3、分隊長負傷ッ!アルマジロ1-1指示をッ!》
《――誰か代行しろ!先任者、指揮を代行しろ!》
《――デリック・アンチエア、タイヤをやられた!速度が出ない、速度低下!》
《――ジャンカー6より1-1――!》
今現在聞こえているのは、車輛隊本隊の各車各隊からの物だ。上がるはいずれも怒号。そして音声の背後には、漏れなく何らかの火器の激しい発砲音が聞こえた。
「――井神一曹、車輛隊は特に激しい攻撃に晒されているようです!」
そこで記録のためにパッドを打ちつつ、無線音声に耳を傾けていた帆櫛が、顔を起こして井神に向けて発した。
「負傷者も多数発生しているようです。一度後退させるべきでは!?」
そして車輛隊の被害状況を鑑み、後退させる案を進言、訴える彼女。
「呼び掛けてみる。だが、難しいかもしれん」
井神は帆櫛の進言を、懸念を浮かべつつも受け入れる。そして無線機のマイクを取り、発し始める。
「ペンデュラムよりアルマジロ1-1、長沼さん聞こえますか?被害が大きいようであれば、一度後退を」
《――こちらアルマジロ1-1!ダメです!道は狭く、現状での回答反転は困難!近場に迂回路も無い、車輌隊はこのまま突っ切ります!それ以外無い!》
井神の後退の呼びかけに対して、しかし車輛隊の長沼からは、ほとんど怒号での返答が返って来た。
「了解。増援として、第2車輛隊の投入を計画している。現在、出動に向けての編成を急がせている。合流まで、持ちこたえてください」
《――了解!アルマジロ1-1、終ワリ!》
井神の説明の言葉に、長沼からは彼には珍しい荒っぽい声での返事が返され、そして通信は終えられた。
「やはり後退は難しいか」
現場より伝えられた状況に、井神は呟き零す。
「――帆櫛、第2車輛隊の編成状況の確認を取って来てくれるか」
「は!」
そして井神は、傍らにいる帆櫛に伝え頼む。それを受けた帆櫛は返答を返すと共に、身を跳ねるようにして駆け出し、指揮所を出て行った。
「井神一曹。第1分隊が、目標の橋に間もなく到達します」
そこへ今度は、ノートパソコンを操る算域二士から声が掛けられた。
「あぁ」
井神は答えながら、算域の隣に移動し、ノートパソコンのモニターに視線を落とす。小千谷もその後ろに位置取り、モニターを覗き込む。
無人観測機より送信される、上空から見た凪美の町の全形がモニターに映し出されている。
その一点。町を東西に走る水路沿いに、東へ動くマーカーがあった。映像は、そのマーカーの示す地点へとズームアップする――
峨奈率いる第1分隊の10名は、引き続き水路沿いを進んでいた。
水路を挟んで両側に人員を二分させ、警戒の視線を周囲に向けつつも、可能な限りの速さで駆け進んでいる。
その分隊の真上。水路沿いに並ぶ家並みに、細長く区切られた上空を、風を切るような音を立てて、警備隊の箒が二機飛び抜けて行った。
「ッ、あれも車輛隊への攻撃か」
通過して行った箒の目的を予測し、顔を顰めて呟く峨奈。
車輛隊本隊が特に苛烈な攻撃に遭っている事は、無線上に上がる通信から、峨奈等も掌握していた。そこへさらに加わるであろう敵の姿を目撃し、峨奈はその内に車輛隊を案ずる心情を浮かべる。
「峨奈三曹、あの橋です!」
しかしそこへ、峨奈の背後より続いていた波原から声が上がり駆けられる。
見ればその言葉通り、進行方向には町並みが途切れて開けた一帯が見え、その中心部には橋の架かる光景が見えた。あの橋こそ、車輛隊が渡橋するために目指している目的地だ。
これまでの警備隊側の動向、配置を見るに、高確率でまた待ち伏せがあると思われる。人の心配をしている場合ではない。峨奈は意識を切り替える。
分隊はそこからすぐに、橋のある一帯の間近まで差し掛かる。
「接敵ッ!」
瞬間、縦隊の戦闘を行く策頼から声が上がる。
そして峨奈等は、水路の上流側に立つ家屋に、配置した多数の警備兵の姿を見た。
「散会ッ!」
報告を聞き、そして目視で確認すると同時に、峨奈は散会を命じる声を発し上げた。
分隊の10名は、正しくは東西に走る水路を挟んで、南側に峨奈を含む7名。北側に残る3名の内訳で別れている。それぞれは峨奈の指示を聞き留めると同時に散会、橋の下流側、橋のすぐ傍にある建物各所に身を隠す。
峨奈等の側にあった建物は、角を大きく欠いて開き、そこに連ねた台に野菜果実を詰めた箱を並べた、商店施設の建物であった。縦隊先頭を行っていた策頼、町湖場の二名は、その商店内に突っ込むように踏み入り、置かれた商品台や柱に身を隠す。
建物近辺に、複数の矢が飛び来たのは、それとほぼ同時であった。
「ッ」
峨奈自身も、商店建物の壁に背を荒く預け、身を隠す。
「応戦しろッ!」
そして分隊各員に向けて発し上げる。それとほとんど同時に、展開した分隊各員は各火器による攻撃行動を開始した。一帯周辺に発砲音が響き出し、銃弾と矢、鉱石の針や杭が飛び交い始める。
「――上流北手、南手の家屋上階にそれぞれ配置――地上にはおよそ一個分隊程か――」
その敵味方の攻撃が飛び交う一帯へ、峨奈は視線を走らせ、敵警備隊の配置展開状況を観察する。
「これまでよりは少ないようだが――」
推察の言葉を発する途中で、峨奈は上流側家屋の屋根に、クロスボウを構える警備兵の姿を見る。瞬間、峨奈は反射で小銃を構え突き出し、二発発砲。
警備兵は打ち倒れ、屋根の向こうへと姿を消す。その姿を見ると同時に、身を再び隠す峨奈。そこへ、別方より鉱石針の雨が飛来し襲った。
「ッ!」
身を掠め、建物を壁を叩き、突き刺さる鉱石針の群れ。襲い来たそれに、峨奈は顔を顰める。
「――北手上階が火点か」
そして再び視線を出して覗き、火点らしき家屋上階の窓を見る。
(沈黙させ、踏み込み抑えなければ)
上流側を見つつ、内心で思案する峨奈。
これまでは分隊は、遭遇した敵警備隊をいくらか弱体化させ、隙を突き突破、行き過ぎれば良かった。しかしこの場へは、これから車輛隊が到着し、橋を渡る。おそらく橋の強度を見ながらの慎重な渡橋となるため、一時的にでも一帯を制圧し、少しでも危険を減らす必要がある。
その上で、この場に先んじて到着した以上、自分達がそれを成して置く事が最善であった。
すでに航空支援は無く、不安要素は多いが、選択肢は一つだ。
「各員、聞け。車輛隊到着に備えて、一帯を確保する。策頼、超保。香故、四耶。前進突入に準備――」
まず峨奈は、分隊より四名を指名。上流側へ押し上げ突入し、各家屋を突入制圧する指示を与える。
「町湖場、上流北手上階が火点だ。継続射撃でプレッシャーを与えろッ」
続き、分隊支援火器射手の町湖場に、警備隊側の火点への制圧射撃を指示。商店内にカバーしていた町湖場は、「了」と了解の声を返すと同時に、MINIMI軽機を商品台に据えて構え、上流側の火点家屋に向けての制圧射撃を開始した。
「波原、新好地、手榴弾ッ!」
制圧射撃の射撃音が唸り出すのを聞くと同時に、峨奈は背後で控えカバーしている波原と新好地に、手榴弾の投擲準備を命じる。指示を受け、波原と新好地は、それぞれのサスペンダーから下がる手榴弾を掴み、身構える。
「投擲先は上流両側の家屋手前――やれッ」
峨奈は投擲先を指示。そして今一度、一帯に視線を走らせ、そして実行を命じた。
指示に呼応してまず波原が、サスペンダーに繋がる手榴弾を引いてピンを抜きながら、峨奈の横を抜けて影より踏み出る。そして続く動作で振りかぶり、手榴弾を投擲。
放物線を描いて上流側の家屋のすぐ傍に投げ込まれた手榴弾は、直後に炸裂。爆風と破片が、周囲にいた警備兵達を死傷させ、怯ませた。
「次ッ!」
それを見ながら、峨奈は即座に二投目を促す。
引き下がる波原と入れ替わりに、新好地が前に踏み出て、その手にしていた手榴弾を投擲。手榴弾は先とは別の建物の近くに落ち、二度目の炸裂を巻き起こした。
「行けッ!突入、突入ッ!」
二度目の炸裂を見ると同時に、峨奈はハンドサインと、そして前進突入の声を張り上げる。
それに呼応し、先に指名された四名が、それぞれの建物遮蔽物より飛び出し駆け出した――
水路を挟んで南側。商店の柱に身を隠していた策頼は、合図が上がると同時に飛び出した。
同時に、同様に突入の指名を受けていた超保が飛び出し、続く。
策頼は両腕に装着した個人防護盾を構えて駆け、上流側と下流側を隔てる町路を横断する。手榴弾攻撃と制圧射撃の効果か、敵警備隊からの攻撃は希薄だ。
ほんの数秒で策頼と超保は路上を横断し切り、上流南手の建物へと踏み込む。その建物もまた、全面が大きく開けて、商品台の並んだ商店施設のようだ。
そして商店前に踏み込んだ瞬間、策頼はその並ぶ商品台の上に足を掛け、そして踏み切りその向こうへと跳んだ。
飛び越えた先。商店の売り場の内側には、先の手榴弾炸裂を受けて身を隠したのだろう、四名程の警備兵の身を屈めた姿がある。内の一名は策頼の目と鼻の先に位置し、その警備兵は目を剥きつつも、下げた剣の柄を握る。
「――ィィアアッ!!」
しかしその剣が抜かれるよりも早く、策頼の口から奇声が如き声が上がる。
そして同時に個人防護盾を装着したその片腕が突き出され、盾の先端がその警備兵の顔面を思い切り打った。
「ヅゥッ!?」
命中した盾の先端は、警備兵の鼻面に直撃。警備兵は鼻を折り、鈍い悲鳴と共に仰け反り吹っ飛んだ。
乗り込み間髪入れずに一撃を放った策頼。その姿に、別の警備兵達も目を剥く。直後には彼等の頭も、乗り込んで来た脅威に対応すべき切り替わり、剣を抜き、あるいはクロスボウを構えようとする。
しかしそれよりも速く、策頼は続く二人目の目標を定め、そしてその懐に踏み込んでいた。
策頼が踏み込んだのは、商店売り場の少し奥側に居た、クロスボウ装備の警備兵。その警備兵のクロスボウが上げ構えられる前に、策頼はアッパーを繰り出し、振り上げた。
「ゴゥッ!?」
個人防護盾の先端が、今度は警備兵の下顎を思い切り打った。
アッパーを諸に受けた警備兵は、頭部を仰け反らせると同時に、口から鈍い悲鳴を上げる。アッパーは警備兵の脳をも揺さぶったのだろう、警備兵は一歩よろめいたかと思うと、脚を折ってその場に崩れ落ちた。
二人目を無力化した策頼だが、その身体をまだ残る二名の警備兵の、殺気の含まれた視線が刺す。そして剣の刃が振るわれ、クロスボウの矢の切っ先が策頼を向く。
しかし瞬間、破裂音のような二度。間をおいてさらに二度、計四回続けて木霊。
同時に残る二名の警備兵は、立て続けに何かに強打されるように、その身を打ち飛ばした。彼等は商店売り場の床に、投げ出されるように倒れて動かなくなる。
警備兵達が打つ倒された方向の反対側を見れば、そこには小銃を構えた超保の姿があった。先行して突入した策頼に意識を取られていた警備兵達は、後続の超保にそこを狙われ、銃弾を受けて無力化されたのであった。
「――クリア」
「えぇ、クリア」
そこから超保と策頼は商店売り場内に視線を走らせ、それ以上敵が残っていない事を確認。端的にクリアの声を交わす。
「超保さん、続き二階へ」
「了解」
そして策頼は、売り場の片隅に設けられた階段を示しながら、超保に向けて促す。対する超保は、商品台に脚を駆けて飛び越えながらも、端的に了解の声を返す。最低限のやり取りを交わした後に、両者はそれぞれの装備を構え直し、そして階段へ脚を掛けた。
策頼は個人防護盾を構えて先行。超保は小銃を構えながら後ろより続き、階段を慎重に上がる。上り切るのに時間はかからず、先行する策頼は上階の床を踏む。
――策頼が人影と鉢合わせたのは、その瞬間であった。
その姿は警備兵。そしてすでに侵入に気付き、待ち伏せていたのであろう警備兵は、手にし振りかぶっていた剣を、策頼向けて振り下ろした。
――鈍い衝撃音が上がる。
「ヅッ――」
幸い剣撃は、策頼の構えていた個人防護盾により阻まれ防がれる。しかし策頼の身を、少なくない衝撃が襲う。
だが直後には、狭い空間内で破裂音が木霊した。
そして再び剣を振りかぶろうとしていた警備兵は、その動きを止め、そして崩れ落ちる。見ればその旨には穴が開いている。
一方、策頼の背後からは肩越しに小銃の銃身が突き出され、その銃口からはうっすらと硝煙が上がっている。後続の超保が、策頼の肩越しに警備兵を撃ち、無力化したのであった。
現れた障害を退けた二人は、警戒を維持しつつ上階へと踏み入る。
上階は特に壁や扉で区切られていない一間のスペースであり、そしてそれ以上の警備兵の姿は無かった。
「――クリア」
「クリア」
互いにクリアの声を上げる二人。
「超保さん、ありがとうございました」
そして策頼は構えの姿勢を解くと、今しがたの警備兵を無力化してくれた事についての礼を、端的に発する。
「いえ、こちらこそ」
対して超保は、策頼が先行して襲い来た剣撃を防いでくれた事に、真顔で礼の言葉を返す。
礼の言葉の交わし合いにしては、いささか淡々とし過ぎている、なんとも言えないやり取りを行った二人。しかし当人達に気にした様子は無く、超保は視線を一室内を見回す事に移し、そして策頼は窓際へ向かった。
「――1ヘッドへ、こちら1-2。上流南側の建物はクリア」
そして窓より見える一帯に視線を降ろしながら、分隊長の峨奈に向けて、インカムにて報告の通信を上げた。
《1-3だ、同じく北側をクリア》
同時に、香故の声で無線上に報告が上がる。橋を渡った向こう側の建物の制圧に向かった彼等も、建物の無力化制圧に成功したようだ。
《了解、1-2、1-3。よくやってくれた》
それぞれから上がった報告に対して、峨奈から返答が来る。
「――車輛隊だーーッ!」
下流側より、肉声で――波原の声で知らせる言葉が届いたのは、その時であった。
策頼は窓より視線を出し、橋より南方向へ伸びる町路の、その先を見る。町路の先に、こちらへと向かってくる車輛隊本隊の姿が見えた。
「車輛隊だーーッ!」
路上に出て警戒の姿勢を取っていた波原からの、知らせる声。
それを聞き留め峨奈も、波原の視線を追って町路の先を見る。その先にある交差路。そこを曲がり現れ、こちらへと向かってくる車輛隊各車の姿を、峨奈の眼も捉えた。
車輛隊本隊の到着合流に、峨奈は少しではあるが安堵を覚え、小さく息を零す。
「――ッ!」
しかし近づくにつれ明確になった車輛隊のその姿に、峨奈は一転してその目を見開いた。
――車輛隊は、お世辞にも軽微とは言えない損耗を負っていた。
先頭の82式指揮通信車と殿の89式装甲戦闘車には、表面に塗装の焼け焦げた跡などが見えたが、それはまだマシな方であった。
特に酷い被害を受けている様子であったのは、3輌の大型トラックだ。キャビンを覆う幌はどの車輌も穴だらけ、焼け落ちている車輛もある。張られた増加装甲は漏れなく傷だらけ。タイヤがパンクしている車輛もあれば、挙句はキャビンのドアが欠落している車輛まであった。
そして銃座を有する車輌は、しかしその銃座に肝心の隊員が着いていない物が散見された。
無線に上がり聞こえていた車輛隊側の通信内容から、車輛隊が敵の注意を集めて、特に苛烈な攻撃を受けている事は知っていた。しかし改めて車輛隊の傷つきようを目の当りにし、峨奈はその顔を険しくして、皺を刻んだ。
「ボロボロじゃねぇか……!」
同様に車輛隊の姿に少なからず驚いたのであろう、近くに居る波原からも声が上がる。
「車輛隊が特に目を引いたようだ――各員、四周警戒、一帯を維持。これよりの車輛隊の渡橋を援護する」
峨奈は町湖場の声に返してから、インカムを用いて第1分隊の各員に、指示の声を発し上げて送る。同時に峨奈は、依然として車輛隊上空に纏わりつく数機の箒と、車輛隊より上がる対空射撃の音を、見止めあるいは聞く。
「――町湖場。お前は対空射撃に加われ、向こうの負担を少しでも減らすんだ」
そして続けて、傍で構えていた分隊支援火器射手の町湖場に、対空攻撃への参加を命じた。
「了。良ければ誰か支えを」
指示に了解した町湖場は、周囲の隊員に手助けを要請する言葉を発し上げる。
「あぁ、俺がやるよ」
「すんません」
町湖場のそれには波原が応じた。波原はその場で片膝を付いて立膝の姿勢を取る。その波原の頭上――鉄帽の上に、町湖場はMINIMI軽機を構えて据える。波原はそのMINIMI軽機の二脚を両腕を上げて掴み、軽機を自らの頭上で支え安定させる。そして町湖場は、支えの助けを受けた軽機の仰角を取り、上空を舞う敵を狙って撃ち上げ撃ち上げ始めた。
町湖場等が対空射撃を始めた所へ、その傍らに車輛隊隊列が走り込んで来て到着した。先頭の82式指揮通信車が、橋と町路の境目ギリギリの所で停車する。峨奈はその車上に敬礼を向けようとした。しかし車上でターレットの12.7mm重機関銃に着く車長の矢万は、銃口と視線を上空に向けての懸命な対空戦闘に追われている様子であったため、峨奈は敬礼を取りやめた。
《――各分隊降車。周辺防護》
そこへ無線上に指示の声が上がり聞こえた。それは長沼の声であった。
峨奈はそれを聞くと同時に、車列の後方、4輌目に位置する指揮車兼任のガントラックに動きを見る。その助手席ドアが丁度開かれ、そこから長沼の降りて来る姿が見えた。降車した長沼は、各車輛より降車展開して行く隊員の間を、指示の声を張り上げながら抜けて来る。そして峨奈の姿を見止め近寄って来て、両者は相対。互いに敬礼を交わした。
「長沼二曹。第1分隊、橋及び周辺の確保を完了しております」
そして峨奈はまず、現場の状況を真っ先に報告した。
「ありがとう。――見ての通り、未だ敵の航空攻撃はしつこく仕掛けて来ている。すみやかに渡橋を開始したい」
対して長沼は簡潔な礼の言葉を返し、そして車輛隊の渡橋作業の開始を要請した。
「は――ですが一つだけ。人員の合流、入れ替え等の必要は?」
しかし峨奈は、急ぎである事を承知の上で、言葉を挟んだ。車輛隊の人員の被害状況を察しての、人員の交換再編成を進言する物であった。
「いや――君達はそのままの編成で、引き続き水路沿いに行って欲しい」
しかし長沼は進言を、頼む言葉で取り下げた。
「君達の行程を軽んじるわけでは無い。しかし、どうやら徒歩のほうがまだ、奴さん達の目を引き付けないようだ」
各車輛の様子を一瞥しながら言う長沼。少し峨奈等の気を使うように発されたそれだが、しかし峨奈もその事には同意であった。
「正直、そっちにもう一個分隊程、合流させようとも考えた。しかし車輛隊要員もこれ以上減らせない。編成は変えず、このまま行く」
続け発する長沼。
詳細を言えば、車輛隊本隊は各車輛の運用要員の他、2個の普通科分隊と、1個の各職種混成増強戦闘分隊を搭載。計3個分隊強の要員を有していた。しかしここまでで苛烈な攻撃に晒された結果、負傷者を多数出し、現在戦闘可能な要因は、2個分隊強にまで減少していた。車輛隊運用への支障、他を考えた上で、現編成のままが最適と長沼は考えたのであった。
「了解です」
それに異論は無く、そもそも論議の余裕も無い。峨奈は長沼の考えを了承した。
「よし――車輛の渡橋に掛かろう。見た目堅牢そうな橋だが……早急に、しかし慎重にやらないとな」
長沼は、視線の先に架かる、ようやくたどり着いた目的の橋を見ながら発する。
そして各隊が警戒及び対空戦闘を行う中を、誘導の隊員が配置に付き、車輛隊各車輛の渡橋作業が開始された。