―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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19-6:「急襲」

 渡橋を開始した侵入者の隊列の上空には、今も何機もの箒警備兵が飛び交っている。

 侵入者の隊列の上げる攻撃により、警備隊箒隊の側も少なくない被害を出し、その数を減じていたが、しかし彼等は尚もしつこく食らいつき、侵入者に対して攻撃行動を続けていた。

 そんな一方、警備隊箒隊の群れよりも高い高度に、様子の異なる一機の箒が旋回飛行していた。それに跨るは、露出の多い扇情的な姿をした、長身のエルフの女。リーダー格のマイリセリアが伴っていた内の一人、エイレスと言う名で呼ばれていた女エルフであった。

 

「警備隊は、中々に苦戦してるようですね」

 

 その整った麗しい顔を、しかし真顔から一切変えずに、まさに他人事と言った様子で呟きながら、眼下の様子を眺めるエイレス。

 警備隊が決死の戦いを繰り広げる一方で彼女の行動は、安全な高度に身を置いての、侵入者の各隊の観察行為に留まっていた。そこに、警備隊に手を貸そうという様子は微塵も無かった。

 

「飛んでいた魔獣は去ったようですが……地上の隊列も、厄介なようですね」

 

 今現在は、渡橋を行っている侵入者の隊列に、その目を向けているエイレス。

 今も隊列からは、どうにも鏃のような物を放つ物であるらしい攻撃が、いくつも激しく上がっている。

 

「ルミナのミル・ダーウも、大きな効果を与えなかった様子……」

 

 先んじて同胞であるエルフの少女ルミナが、浸蝕魔法を持って隊列に仕掛けたはずであった。しかし隊列が健在な所を見ると、それも失敗に終わったようだ。

 

「未だ得体が知れませんね……もう少し、情報が欲しい所です」

 

 再び眼下の侵入者の隊列を見つめ、しばし思考したエイレス。

 

「少し仕掛け、探ってみますか」

 

 やがて彼女は、そう威力偵察行動を決める言葉を発した。

 そして彼女は跨る箒を操り、その先端を大きく下げ、現高度からの降下を始めた。

 

「いくらか損耗を与えられれば、御の字です」

 

 急降下を始めた箒の上で、呟き零すエイレス。

 箒の高度はみるみる下がり、侵入者の隊列の姿がより明確になる。異質な乗り物で構成される隊列。エイレスはその中でも、殿に位置する特に大きな一つに注目した。

 

「魔獣、あるいはゴーレムの類なのでしょうか?」

 

 緑色で無骨な、見た事も無い外観。それを眼下に、推測の言葉を零す彼女。

 

「上に一人乗っている――騎手、あるいは獣師――」

 

 その魔獣、あるいはゴーレムと思しき物体の上に乗る、それを操っていると思しき一人の人間を見止めるエイレス。

 

「――まずはあれを、狩ります」

 

 彼女は、その艶やかな唇から冷たく一言発した。

 

「――風よ、風よ。刃となり我が手に――」

 

 そして彼女は、降下の速度を寄り上げる箒の上で、自らの体の前で腕を翳し、詠唱の呪文を口にし始める――

 

 

 

 時間は3分程戻る。

 目標の橋で合流した車輛隊、及び第1分隊は、車輛の渡橋作業を開始。

 橋の強度状態に細心の注意を払いながら、一輌ずつ慎重に、しかし可能な限りの早さで渡して行った。そして今は最後の一輌、殿を務めている89式装甲戦闘車が橋上にあった。

 砲塔上には車長の穏原と、砲手の髄菩も上がり、それぞれは左右に身を乗り出して、車体周りの異変を少しの物でも見逃さぬよう、視線を配っている。

 誘導の隊員に従っての、操縦手の藩童の慎重で丁寧な操縦により車体は運ばれ、そして89式装甲戦闘車は渡橋を終え、無事対岸へと渡り切った。

 

「――よし、藩童。渡り切った、完了だ」

《了》

 

 車体が完全に橋を抜けた事を確認し、車長の穏原は操縦手にインカム越しにその旨を告げる。

 

「全車、渡橋完了ーー!」

 

 同時に、誘導の隊員が周囲に向けて張り上げた声が、響き聞こえた。

 

「よぉし、各員搭乗しろ。すみやかにこの場を離脱するぞ」

「第1分隊!再編する、集合しろ!」

 

 そして車輛隊及び第1分隊の各長である長沼、峨奈が、行動再開に伴いそれぞれ指示の声を張り上げ、それが周囲に響く。それに呼応し、車輛の渡橋支援に当たっていた隊員や、警戒に着いていた隊員等が、慌ただしく動き始めた。車輛隊要員は各車輛に乗り込んでゆき、第1分隊の隊員等は集合する姿を見せる。

 

「髄菩、砲手席に戻れ。俺達は対空戦闘を再開する」

 

 そんな隊員等の姿を見てから、装甲戦闘車の砲塔上で、穏原は発する。

 彼が視線を前に移せば、先に渡橋を終えた各車輛で各搭載火器が仰角を取り、対空攻撃を激しく撃ち上げる様子を見せていた。その相手はもちろん、未だしつこく食らいついて来る警備隊箒隊。

 警備隊からの航空攻撃はなお激しく、装甲戦闘車もすみやかに、展開される対空攻撃に復帰する必要があった。

 

「了解」

 

 穏原の指示を受け、髄菩は返事と共に砲手用ハッチを潜り、車内に降りて行った。

 

「まだ折り返しってトコか……」

 

 対する穏原は、引き続き砲塔上に身を置き、そしてどこか少し疲れた様子で呟いた。

 しかし直後には気持ちを切り替え、上空を見上げる。その視線の先に丁度、大きく旋回行動を取る二機の箒の姿が確認できた。見るに、そこから降下攻撃に移行するのであろうと、穏原は推測。

 

「髄菩、2時方向、敵機。仰角50°に取れ」

 

 それを次なる攻撃目標と定め、穏原はインカム越しに指示。砲手の髄菩の操作により、砲塔は旋回、35㎜機関砲は仰角を取る。砲口が上空の箒編隊を狙い、そして穏原は射撃開始の号令を発しようとした。

 

《8時方向、一機急速接近ッ!――嘘だろ、速すぎる。銃火が――》

 

 しかしその時、穏原の耳が、インカム越しに切迫した誰かの声を聞く。

 

《――エンブリー逃げろッ!!》

 

 その誰かの声は直後に、エンブリー――穏原等に向けられた警告へと変わった。

 

「ッ――!」

 

 しかし穏原の耳が警告を理解した時、彼の体は逃げるより前に身を捻り、該当の方向を振り向き見上げてしまっていた。

 その穏原の眼は一瞬だけ、上空直上に迫った一機の箒を捉えた――

 

 

「――え?」

 

 

 直後――穏原の身は、立て続く異変に見舞われた。

 ――真っ先に走ったのは、何か腹が打たれ、そして冷たい物が胴を走る感覚。

 ――そして大きく揺れ、変化した視界。

 気付けば、先程まで広がる空を映していたはずの視界は、何か大きな物のシルエットに占められていた。そのシルエットが、斜め後方から見た89式装甲戦闘車である事に気付いたと同時に、穏原の背は、何か硬い物に叩き付けられる衝撃を覚えた。

 体を襲った痛み。自分が乗車していたはずの車輛が、眼前に鎮座している状況。それ等から、穏原は初めて、自分が車上より落下したのだと気付く。

 何かに襲われ、叩き落されたらしい。しかし踏ん張りも効かず落とされるなんて、気が抜けていたようだ――穏原は何か緩慢な思考で、そんな考えを浮かべる。

 敵の襲撃は続いている、すぐに起き上がって戻らなければ――そう思い、起き上がろうとした穏原。

 ――だが、なぜか踏ん張りが利かない。足の方が、起き上がる感覚が無い。

 妙に思い、どうにも先程から緩慢な思考で、顔を起こし自身の足元を見る穏原。

 

「――あぁ……」

 

 そして穏原は、そこか疲れた、そして他人事のような理由で、その理由を理解した――

 

 

 

 ドサリ――と。

 89式装甲戦闘車の砲手席で、砲手の髄菩は不自然な音を聞いた。

 音の発生源は、隣接する車長席。

 髄菩は覗いていた搭載火砲の照準器より眼を放し、隣へと視線を向ける。

 

「あ――?」

 

 そして髄菩、怪訝な色の声を零した。

 見えた物――そこにある車長用シートに座していたのは、1型迷彩服のズボンを纏う、人の下半身。

 そこまではいい。

 だが肝心なのは、何かが足りない事。そのシルエットが妙である事。不自然な〝赤色〟が見え、そこより上に〝あるべき物〟が無い事――

 

「――藩童、止まれ」

 

 見えた物に対する、理解が追いついていないまま。髄菩はインカム越しに操縦手の藩童に伝える。

 

《どうした?》

 

 動き出し始めていた装甲戦闘車が、再び停止する感覚が、髄菩に伝わる。

 同時に藩童より、事態を尋ねる声が寄越される。

 

「車長が――」

 

 しかし髄菩は、それに対して正しく答えを紡ぐ事はできなかった。

 

《車長がどうしたんだ?髄菩?詳しく伝えてくれ》

 

 詳細の要請の言葉を寄越す藩童。しかし髄菩はそれには答えず、バネ仕掛けの様に動き出していた。まだ見えたそれに、理解の及んでいないまま――否、見えたそれへの理解が、間違いである事を願いながら。

 髄菩、車内に備えてある、折り畳み銃床型の小銃を掴み取り、そして砲塔天井に設けられている砲手用ハッチに手を掛け、荒々しく跳ね上げ開ける。

 

《ッ――エンブリーより各車、異常事態発生。停止願う》

 

 インカムからは、異常事態を察したのであろう、各ユニットへ停止を要請する藩童の声が聞こえる。髄菩はそれを聞きながらも、ハッチを再び潜って車上に上がる。車上に上半身を繰り出し、焦る様子で右へ左へ視線を動かす髄菩。そして斜め後方へ振り向いた瞬間、そこに〝それ〟を見た。

 人影――間違いなく、穏原の身。

 それを見止めた瞬間、髄菩はハッチより這い出て、砲塔上より飛び降りた。

 装甲戦闘車の側方地面に脚を着く髄菩。それなりの高さから飛び降りたため、衝撃と痛みが足裏より伝わる。しかし構わず、髄菩はそこから車体の後方へと駆けた。

 ――そこには、残酷な現実があった。

 

「――ぁ」

 

 眼に飛び込んで来たそれに、思わず声を零す髄菩。

 そこあったのは、穏原の体の〝半分〟。

 ――臍に近い部分より真っ二つに切断された、上半身だけの穏原であった――

 衝撃的な、凄惨な光景。

 切断面より零れる臓物。流れ来る血の匂い。

 残酷な情報が、嫌が応にも髄菩に起こった現実を理解させる。

 

「――ッ――」

 

 直後、髄菩は胃の中の物を地面に吐き散らかした。

 今朝方かっ込んだ朝食が、胃液と交じり合った姿に代わって、再び体外に現れる。

 

「――……ッ……ぁ……あ……!」

 

 そしてドッと襲い来た衝撃的な情報、状況、現実。

 髄菩の心はざわめき、圧され、呼吸は意に反して荒くなる。

 ついに立っている事すら叶わなくなり、髄菩はその場に蹲り、座り込んだ。

 

「――ぁ……かぁ……!」

 

 口内に不快な酷い酸味を感じながら、荒い呼吸を繰り返す髄菩。

 苦しみに苛まれ、意識の朦朧とする彼。――そんな彼の肩が、何者かの手が置かれる間隔を覚えたのは、その時であった。

 

「落ち着け、陸士長」

 

 続き、横からそんな声が聞こえ来る。

 余裕など全くない中で、どうにかそちらを一瞥する髄菩。

 そこにあったのは、一人の隊員の姿。施設科のレンジャー隊員、ヴォーの姿であった。

 

「大丈夫だ、君は大丈夫だ。大きく呼吸しろ」

 

 周囲に警戒の視線を走らせる様子を見せながら、髄菩の肩に置いたその手に力を込め、そう声を投げかけて来るヴォー。

 回復を欲する体は、無意識の内にその言葉に習い始め呼吸を始める。

 しかし、同時に髄菩の中では、思考が蠢いていた。

 ――何が大丈夫な物かと。

 ――この惨劇を前に、どうして冷静でいられる。

 ――だから反対だった。この異世界に、首を突っ込み過ぎた。その結果がこの惨劇だ。

 呼吸の甲斐あってか身体的な不快感は微かに和らいだが、心はざわめき続ける。

 

「――ッぁ……」

 

 しかしその時、髄菩の耳は、自分とは別のか細い呼吸音を聞いた。それは間違いなく、自分のすぐ傍で横たわる人から発せられた。

 眼をやれば、穏原は半身を失った体ながらも、その身を動かそうとしていた。口は何かを紡ごうと動かし、その右腕は何かを探るように持ち上がる。

 

「――!穏原三曹ッ!」

 

 その光景に髄菩は、未だ苦しみと不快感の引かぬその身を、しかし跳ねるように動かした。そして穏原の身体に寄り、持ち上げられたその腕を掴み取る。

 

「……悪い、親父……帰れそうに、ない……――」

 

 刹那、誰かが来るのを待っていたのだろう。穏原は一言、自らの父親への詫びる言葉を、血の流れるその口から紡いだ。

 そして、最後の行いを成し遂げたかのように、その持ち上がっていた腕から力が抜けた。

 だらりと下がった腕が、それを支えていた髄菩により重量感を与える。

 そして見れば、穏原の顔は、虚空を見つめたまま、瞬き一つする事すらなくなっていた。

 

「……穏原三曹……――」

 

 最期を迎えた穏原。

 彼のその身を前に、髄菩はもはや紡ぐ言葉も思い浮かばなかった。髄菩はただ穏原の名を呼び、そして取っていたその腕を、穏原の胸の上へと置いた。

 言葉を失っていた髄菩薩、そこで周囲に気配が増えた事に気が付く。

 顔を上げれば、近くには遅れ駆け付けたのであろう、操縦手の藩童の姿が。そしてさらに向こうには、装甲戦闘車の横を抜け、こちらへ歩いて来る長沼の姿が見えた。

 

「なんてこった」

 

 藩童からは、穏原の凄惨な姿を前にしての物である、言葉が零される。

 しかし苦しみ悶えた髄菩と対比して、藩童のそれはどこか淡々としたものに思えた。

 

(変人、共め――)

 

 この凄惨な光景を前に、しかし動揺の様子をまるで見せぬヴォーや藩童。それを前に、内心で吐き捨てる髄菩。

 しかしそこへ長沼が到着して、穏原の体の前に立ち、髄菩の眼はそちらへと向く。

 

「……」

 

 ヴォーや藩童と違い、長沼の表情は悲観に満ちていた。しかし一方で、驚きの色は無く、代わりにどこか疲れた様子が見える。長沼は昨晩から、凄惨な姿と成り果てた隊員を、何名もその眼に刻んでいた。そんな彼にとっては、凄惨な光景を前に悲しみこそすれど、最早驚く段階は過ぎていた。

 長沼は片膝を付いて屈むと、虚空を見つめたままの穏原の眼を、その手で閉じる。

 

「……穏原三曹の体を収容しろ。装甲戦闘車の隊員スペースへ」

 

 そして、集まって来た隊員等に向けて告げた。

 

「無線を」

 

 それから通信機を担当する通信隊員を呼び寄せ、差し出されたマイクを受け取る。そして発し始めた。

 

「アルマジロ1-1よりペンデュラム、及び各ユニットへ。一名死亡。エンブリー、穏原三曹が死亡」

 

 無線通信により、穏原死亡の旨を、指揮所及び各ユニットに向けて発し上げる。

 

《――アルマジロ1-1、もう一度言え。エンブリー、穏原三曹が死亡といったか?》

 

 返信はすぐに来た。指揮所より、井神の声で再度の報告要請が来る。

 

「そうです、戦死です。穏原三曹が戦死。魔法現象攻撃により身体を切断され、ほぼ即死です。現在は、遺体の収容を急いでいます。完了次第行動を再開します」

 

 対して長沼は、どこか疲れた声色で、念を押すように返信を返す。そして続け、現在の状況と予定を告げた。

 

《――……了解。作戦は継続できるんだな?申し訳ない、頼む》

「了解です。終ワリ」

 

 井神はこちら現状を鑑み察したのであろう、事細かく問い尋ねる事は無く、ただ託す言葉だけを送って来た。長沼もそれに端的に返し、そして通信を終えた。

 通信の間に、駆け付けた隊員等の手に寄り、穏原の身体は担架へと移し乗せられていた。そして今まさに運び動かされる穏原を乗せた担架。

 聞こえ来る通信のやり取りや、運び出される穏原の体。髄菩はそれ等を漠然と聞き、そして見ながら未だ座り込んで、残る苦しさや心のざわめきを堪えていた。

 

「髄菩陸士長」

 

 しかしそんな所へ、長沼が髄菩に向けて声を掛けた。

 

「は……?」

 

 まだ意識動作が少し緩慢なせいか、やや不躾な物となってしまった髄菩の返事。だが長沼は特段気にした様子は無く、言葉を続ける。

 

「しっかりするんだ。これより君が、装甲戦闘車の車長を兼任、代行しろ」

「は――自分が?」

 

 長沼が発して寄越した命ずる言葉に、しかし髄菩はその顔を険しくして返した。

 

「そうだ。できるはずだろう」

 

 そんな反応を示した髄菩に、長沼は肯定の言葉を発し、そして付け加える。

 装甲戦闘車は状況によっては、車長が降車班と共に降車して、分隊を指揮する場合がある。その際には砲手が装甲戦闘車側の車長を代行する事となっているため、確かに可能ではある。実際、髄菩もそれを想定した教育訓練は受けていた。

 しかし今の、不安定な状態の自分にそれを任せようと言うのか。髄菩はあからさまな懸念と、何より忌諱の様子をその顔に浮かべる。

 

「現状、できるのは君しかいない。やるんだ」

 

 しかし髄菩のその様子に気づいてなお、長沼は命ずる言葉を押し通した。

 

「――ッ、了」

 

 どうやら現状、拒否権は無いようだ。

 髄菩はその顔に、苦い色を隠す事無く現し、そして了解の言葉を返した。

 

「よし、頼むぞ。――収容、行程再開を急げ!各銃座は、対空戦闘に注力!」

 

 長沼は立ち上がり、各隊各員に届く声を張り上げる。

 

「ッ……」

 

 そんな長沼の声を横に聞きつつ、髄菩は自身も立ち上がり、ひとまず汚れた口周りを手の甲で拭う。

 

「ヴォー三曹、ご迷惑を」

「あぁ」

 

 そして自分を介抱してくれたヴォーに、一応の礼の言葉を紡ぐ。対するヴォーは、警戒の目を走らせながら、端的な返事を寄越した。

 

「藩童、聞いたな?俺が代行して、戦闘運用は継続だと」

「あぁ、了解」

 

 続いて、操縦手の藩童に確認、指示の言葉を送る髄菩。藩童からは、どこか飄々とした返事が返される。

 風を切り裂く音と共に、頭上を一機の箒が凄まじい速さで飛び抜けたのは、その時であった。同時に、先に停車する対空大型トラックのキャビンの幌が、剥がれ飛ぶ光景が見えた。周辺の隊員が驚き身を屈める姿が見え、さらに張り上げられた声が聞こえ来る。

 

「ッ――あれだ」

 

 今飛び去った一機が、穏原を亡き者にした下手人である事は、直感で理解できた。

 

「藩童、戦闘車に戻るぞ」

 

 髄菩は藩童に促し、そして装甲戦闘車へと駆け戻った。

 履帯に脚を掛け、車体を、砲塔をよじ登り、砲手用ハッチを潜り内部へと滑るように入り込む。砲手用シートに座して収まり、射撃装置のグリップを掴み、搭載火砲用の照準器を覗く。

 

「――どこまでも、ふざけてる」

 

 そして現状の全てに対する思いを吐き捨て、その照準内に下手人を掴まえるべく、砲塔の、砲身の操作旋回を始める――

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