―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
事態発生により、進行を再開しようとしていた所を、再び停止する事となった車輛隊。そんな車輛隊、先に穏原を襲った物と同一個体と思しき箒が、再び急襲した。
その箒は車輛隊の直上を、風を切り裂く音を立てながら凄まじい速さで飛び抜け、そして同時に魔法現象と思しき攻撃を放って行く。
突風現象のようなそれは車輛隊の内の滞空大型トラックを襲い、そのキャビンの幌を裂いて剥ぎ、吹き飛ばした。
「ヅッ、野郎ッ!」
「被害報告しろッ!」
身を屈め、襲い来たそれ等を凌いだ隊員等から、声が上がる。
《デリック・アンチエア、幌を持ってかれたが、人員に被害無し……!》
無線上には対空大型トラックからの報告の声が上がる。幸いにも今の襲撃での、人的被害は発生していなかった。
「……また厄介な物が出て来た」
各員から声や通信が上がる中、一方で82式指揮通信車の後部には、そこにカバーし声を零す峨奈の姿があった。他にも近くの車輛や家屋の影には、同様に身を隠した第1分隊各員の姿が見える。第1分隊も車輛隊同様に、突然の襲撃から、進行の中断を余儀なくされていた。
峨奈始め第1分隊各員の視線は、今しがた飛び抜けて行った箒を追う。該当の箒は車輛隊を離れ、再上昇していく姿を見せている。
各車輛の搭載火器もまた、銃口と照準でその姿を追い、撃墜すべく激しい対空砲火を撃ち上げていた。
しかし驚くべきことにその箒は、クン、クン、と鋭角的にその軌道を変える、恐るべき機動運動を見せ、上がる銃火をことごとく回避して見せた。
「命中弾発生せず!畜生がッ!」
こちらを翻弄するようなその動きに、指揮通信車上で12.7mm重機関銃に着き、攻撃を行っていた矢万から悪態の声が上がる。
「アレは放置しておくとやばいぞ、なんとか墜としておかないと!」
「あんなん、どうやって墜とせって言うんだよ!?」
続け、明らかな脅威である存在を上空に見ながら、各隊員から声が上がり飛び交う。
「ッ、忌々しい」
そして峨奈も、箒の姿を追いつつ声を零した。
そんな折、上空の一定の行動まで上昇した箒は、反転効果を開始する姿を見せた。三度目の攻撃を敢行する気であろう。
「また来るぞーッ!」
誰かの警告が響く。同時に、各車輛の搭載火器が、再び激しく唸り、銃火を上空に形成する。しかし箒は降下しながらも、またも鋭敏な回避行動を見せ、火線を翻弄する。
「各員!弾幕を形成しろ!」
峨奈は第1分隊の各員に命じる。それに呼応し、周辺に身を隠していた分隊各員も、各火器を構えて発報を開始。弾幕形成に加わる。
「――軌道は道に沿ってる――いくらか高度は下げて来る」
しかしそんな中、一人火器を構える様子を見せない分隊隊員の姿があった。
策頼だ。峨奈の傍らでカバー態勢を取っている彼は、そこから上空より迫る箒に観察の目を向け、そして何かを呟いている。
「策頼、どうした」
そんな様子を見せている策頼を、峨奈は不審に思い問いかける声を掛ける。
「――峨奈三曹、自分は高所に上がります」
「何?」
しかし対する策頼は、峨奈の質問には答えずに、そんな言葉を返して来た。唐突に発された意図不明の進言に、峨奈はその顔に怪訝の色を浮かべて、策頼を見る。
「建物の上からなら、降下して来たアレを、横から狙えるかもしれません。行ってきます」
だが峨奈のそんな様子を策頼は気にも留めず、そんな案を口にして見せた策頼、そして策頼は峨奈の許可も得ずに、その場から駆け出して行ってしまった。
「おい、策頼!――まったく」
峨奈はそんな策頼の姿に戸惑ったものの、それ以上追う事はしなかった。
昨晩。自身が危機にあった所を、策頼の異質な力により救われていた峨奈は、その事を思い返し、今もまた策頼の考えに任せる事にした――
時間は十数秒戻る。
エイレスは、上空へ一度退避し、そこから眼下を観察していた。
まず最初の攻撃で、殿に位置する魔獣らしき物に座上していた、獣師らしき者は仕留めることが出来た。操る者がいなくなった影響だろう、魔獣は嘴のような物を明後日の向けたまま、その動きを止めていた。近くには、地面に落下した獣師の亡骸を取り巻く、他の者達の姿が見える。
「しかし――ッ。この攻撃は、いささか忌々しいですね」
観察していた所へ、鏃のような物が撃ち上がり自身の傍を掠めて行き、エイレスその整った顔を顰めた。
この攻撃は、いざ相対してみると中々に厄介であった。
一つ一つが強力で、なおかつ無数に襲い来るそれ等は、回避するだけで集中を要した。そして二撃目の馬の無い馬車を狙った攻撃は、鏃の雨に妨げられて手元が狂い、効果を上げずに終わった。
(こうなると、〝矢避けの加護〟が惜しく感じる所です)
そして内心でエイレスは、そんな思いを浮かべる。
矢避けの加護とは、本来のエルフ族の多くが持つ魔法の一種である。その効果は文字道理、加護を受けた者に襲う矢の類を、風の力を持って退け、護るものであった。
しかし、エルフの象徴の一つと言えるその力の庇護下に、今のエイレスやマイリセリア達は無かった。
矢避けの加護は、基礎的な風魔法とはまた異なっていた。単純に魔力により風現象に影響を与え操る者が、基礎的な風魔法。対して矢避けの加護は、〝精霊〟と呼ばれる意志ある存在と疎通し、契りを交わすことにより、始めてその加護を得られる物であった。
そして、その加護を彼女達が得られぬ理由。それは、彼女達が〝堕ちた〟身であるからだ。
事の経緯は不明であるが、魔王の軍勢の軍門に下り、邪な力と価値観に魅入られ、堕落したのが今のマイリセリアやエイレス達である。そんな彼女達は、風の精霊達から忌諱され、そしてその加護を失ったのであった。
(新たな世界、新たな価値観を得た、代償という事ですか……ッ)
自らがすでに精霊の庇護下の元になく、その力の恩恵を得られない理由を思い返し、内心で苦い言葉を零すエイレス。
(……仕方のない事です。未練がましい事は、言ってはいられません)
しかしすぐに彼女は思い直し、そして意識を入り替え再び眼下を見る。
(なかなかに厄介な敵。ここで引くべきでしょうか――いえ。この町や警備隊がどうなろうと構いませんが、姫様に近づく脅威は、少しでも削っておきたい所です)
一度、ここで引き下がる事を思案したエイレス。しかし使えるマイリセリアへ、少しでも貢献すべきとの考えが、彼女にさらなる追撃を仕掛ける事を決断させた。
「――あの先頭の物の、獣師を仕留めましょう」
エイレスは、侵入者の隊列の先頭に位置する、車輪を持ちながらも魔獣にも似た外観を持つ物体の、その上に座上する獣師らしき者を、次なる目標と定める。そして彼女は跨る箒を操り、三度目の急降下を開始した。
想定道理、効果を開始した彼女に対して、侵入者の隊列より無数の鏃が上がり始める。しかし彼女は箒を巧みに操り、鋭角的な軌道変更を繰り返して、それ等を翻弄する。
「――風よ、風よ。刃と成り我が手に」
そして彼女は、降下、機動運動を行いながら、腕を翳して詠唱の呪文を紡ぎ始める。すると彼女の手先に、ぼんやりと発光する刃が出現する。基礎的な風魔法による、風の刃。先程、二度に渡り侵入者の隊列を襲い、そして殿の魔獣の獣師を仕留めて見せたのも、この風の刃。エイレスはこれを、三度侵入者達に向けて放つ腹積もりであった。
彼女の跨る箒の高度は、瞬く間に下がり、侵入者の異質な隊列の姿が明確になる。狙うは先頭の魔獣に座上する獣師。その姿を目に収め、そして彼女は手先に発現させた風の刃を、獲物目がけて放つ――
――しかし直前、彼女は隊列の後方から殺気を覚えた。
その元は、先に獣師を仕留め、動きを止めたはずの、隊列の殿に鎮座していた異質な魔獣。それの、明後日を向いていた嘴のような物が、しかし今はエイレスの方向を向き睨んでいる。
――彼女の肌に、裂くような感覚が走ったのは次の瞬間であった。
「ッ――!?」
顔を顰めるエイレス。
襲い来たのは、おそらく今までと同じ鏃。エイレスのその身に、直接の命中弾は無かった。しかし彼女の腕や肩には、裂いたような傷が出来、血が滲んでいた。おそらく魔獣の嘴から吐き出されたであろう鏃は、掠めるだけでエイレスの身を傷つけたのだ。
(まだ、動いて――ッ!いけないッ!)
獣師を仕留めたはずの魔獣が、再び動きを見せ攻撃を放ってきた事に、驚いたエイレス。しかし直後に彼女は、思いがけぬ攻撃に気取られ、自らが高度を下げ過ぎている事に気付いた。攻撃行動を中断し、慌て箒を引き起こす彼女。
(ッ……よくも、この身に――)
箒の姿勢は、地面と水平になるまで回復。
同時にエイレスは、不意を打ち自分を傷つけた攻撃に、怒りの感情を覚えながらも、一度離脱し高度を取り直そうと、前を見る。
「――え?」
しかしその彼女の目に、自身の眼前に迫る、黒い棒が映った――
時間は再び、数分戻る。
分隊の元を一度離れた策頼。
車輛隊の近場には外階段を有する建物が一軒あり、策頼はその階段を駆け上がっていた。そうかからずに階段を駆け上がり切り、建物の屋上を踏む策頼。そして同時にショットガンの銃口と、その視線を上げる。その視線が照準越しに、まさに車輛隊に向けて急降下攻撃を仕掛けんとする、箒の姿を捉えた。
――〝それ〟が発現したのは、その瞬間であった。
箒の降下速度が、まるでスローモーション効果を掛けたように、急激に遅く緩慢な物へと変貌したのだ。それだけではない。眼下に見える隊員等の動きや、聞こえ来る声や射撃音。その全てが、間延びした緩慢な物と成り替わっていた。
それは、昨晩の作業着の異質な人間との会合以来、策頼の周りで巻き起こるようになった超常現象。それが今、またも策頼に寄与する形で発現したのだ。しかし策頼当人は、驚く様子を微塵も見せずに、緩慢に降下運動を続ける箒を観察し続ける。箒は降下を続け、車輛隊の直上まで迫る。
重々しい咆哮がスローな音色で響いたのは、その瞬間であった。そして策頼の肉眼が車列真上を飛ぶ影を捉え、それは箒に跨る者へと到達。その傍を掠め飛んだ。
一度策頼は視線を車列後方に向け、そしてそこに装甲戦闘車の姿を見止め、今の現象が装甲戦闘車の機関砲攻撃である事を理解する。そして視線を戻せば、機関砲に掠められた影響か、箒がその体勢をわずかに崩す姿が見えた。
「――行ける」
それがチャンスである事を、策頼は見逃さなかった。
瞬間、策頼は屋上空間を駆け出した。
駆け出した直後、策頼は構えていたショットガンを降ろし放す。そして流れる動作で、弾帯に装着された得物を――四段式の伸縮式警棒を、掴みホルダーより引き抜いた。掴んだ警棒を強く振るい、伸ばし展開させる。
その動作の間に、策頼の身は屋上空間を駆け切り、その縁へと達する。その先には、機関砲攻撃を受けて体勢を崩した影響であろう、車輛隊の真上、建物屋上と同じ高さまでそこ高度を落した、箒と跨る者の姿があった。
――そして策頼は、屋上の端を踏み切り、宙空へ飛んだ。
スローモーションに支配された世界。全てが緩慢な動きを見せる中を、策頼だけが本来あるべき速さで、飛ぶ。先に見えるは、体勢をどうにか立て直したらしい、箒に跨る者。策頼の身は、その者の目と鼻の先まで、飛び到達する。
そして策頼は、得物の警棒を持ったその腕を、思い切り振るい、そして放つ――
――その瞬間、世界は本来あるべき時間の流れを、取り戻した。
「――え?」
同時に、策頼の耳眼が捉えたのは、箒に跨る人物――整った顔と長い耳を持つ女の、呆けた声と、顔。
「――ぎぇびぇッ!?」
直後に、えげつないまでの悲鳴が。そして鉄と肉の衝突する、鈍く痛烈な音が響き上がった。
策頼の繰り出し放った警棒が、その女――エイリスの顔面を、思い切り打ったのだ。
その麗しいまでの鼻先は、見るも無残に折れ凹み、鼻の穴から血が噴き出て飛ぶ。端麗な物であったはずのその整った顔は、あってはならない程に崩れ歪む。そして真正面からの打撃を受けたエイレスの体は、箒上より反対方向に退け飛ばされた。箒は主を置いて飛び去ってしまう。
そして打撃を放った策頼は、そのまま流れる動きでその身を回転させながら。エイレスは潰れた顔で天を仰ぎ、手足を突き出しながら宙空を降下。
「――ぎょけぇッ」
先に地面に落ち、叩き付けられたのはエイレス。運の悪い事に頭から落ちた彼女は、頭を強打しそして首を折り、その口から掠れた妙な悲鳴を上げた。そして投げ捨てられた人形のように、五体を不規則に投げ出し、動かなくなる。――即死であった。
一拍遅れ、策頼がその近くに、ズダンと音を立てて着地。そして立ち上がり、エイレスの体を振り向き見降ろし、その無力化を確認する策頼。見下ろす彼のその眼は、ただただ淡々とした物であった。
「策頼!」
そんな策頼へ、声が掛かる。振り向き見れば、こちらに駆け寄って来る峨奈の姿があった。
策頼等の着地地点は、82式指揮通信車の停車位置からすぐ先の所であり、峨奈の他にも、周辺の車輛や家屋に澪隠していた隊員等が出てきて、周囲へ展開する。
「峨奈三曹。脅威、排除しました」
策頼は、自分の傍まで駆け寄って来た、端的に報告を発した。
「ッ――そうか、よくやってくれた」
峨奈は、傍で転がるエルフ女の慣れ果てた姿をチラと見て、わずかに困惑の色を見せながらも、策頼に賞する言葉を掛ける。
「装甲戦闘車が、相手の態勢を崩してくれたおかげです」
対する策頼は、それに特段誇る様子も無く、装甲戦闘車からの攻撃が、脅威の排除成功に寄与した事実を、淡々と述べた。
「そうか――ともかく、脅威が排除されたのは良かった。――皆、集合しろ。再編成だ」
ストイックな姿勢を崩さぬ策頼を前に、峨奈もそれに合わせて、そこで話をまとめて切り上げる。そして周囲の各員に向けて、発し上げた。
脅威の急襲により犠牲者を出したが、作戦はまだ途中なのだ。
――それから穏原三曹の遺体収容を終え、車輛隊と第1分隊は再編成、再調整を実施。
「――よし。車輛隊、移動だー!」
「第1分隊!再開だ、行くぞ!」
車輛隊要員は各車に乗り込み、そして各車は動き出し、隊伍を組み直す。第1分隊は引き続き、水路沿いの通路を進行する。
多くの者が傷を負い、疲弊した状態にある中で、しかし作戦を完遂させるべく、行程は再開された。