―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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19-7:「迎撃」

 事態発生により、進行を再開しようとしていた所を、再び停止する事となった車輛隊。そんな車輛隊、先に穏原を襲った物と同一個体と思しき箒が、再び急襲した。

 その箒は車輛隊の直上を、風を切り裂く音を立てながら凄まじい速さで飛び抜け、そして同時に魔法現象と思しき攻撃を放って行く。

 突風現象のようなそれは車輛隊の内の滞空大型トラックを襲い、そのキャビンの幌を裂いて剥ぎ、吹き飛ばした。

 

「ヅッ、野郎ッ!」

「被害報告しろッ!」

 

 身を屈め、襲い来たそれ等を凌いだ隊員等から、声が上がる。

 

《デリック・アンチエア、幌を持ってかれたが、人員に被害無し……!》

 

 無線上には対空大型トラックからの報告の声が上がる。幸いにも今の襲撃での、人的被害は発生していなかった。

 

「……また厄介な物が出て来た」

 

 各員から声や通信が上がる中、一方で82式指揮通信車の後部には、そこにカバーし声を零す峨奈の姿があった。他にも近くの車輛や家屋の影には、同様に身を隠した第1分隊各員の姿が見える。第1分隊も車輛隊同様に、突然の襲撃から、進行の中断を余儀なくされていた。

 峨奈始め第1分隊各員の視線は、今しがた飛び抜けて行った箒を追う。該当の箒は車輛隊を離れ、再上昇していく姿を見せている。

 各車輛の搭載火器もまた、銃口と照準でその姿を追い、撃墜すべく激しい対空砲火を撃ち上げていた。

 しかし驚くべきことにその箒は、クン、クン、と鋭角的にその軌道を変える、恐るべき機動運動を見せ、上がる銃火をことごとく回避して見せた。

 

「命中弾発生せず!畜生がッ!」

 

 こちらを翻弄するようなその動きに、指揮通信車上で12.7mm重機関銃に着き、攻撃を行っていた矢万から悪態の声が上がる。

 

「アレは放置しておくとやばいぞ、なんとか墜としておかないと!」

「あんなん、どうやって墜とせって言うんだよ!?」

 

 続け、明らかな脅威である存在を上空に見ながら、各隊員から声が上がり飛び交う。

 

「ッ、忌々しい」

 

 そして峨奈も、箒の姿を追いつつ声を零した。

 そんな折、上空の一定の行動まで上昇した箒は、反転効果を開始する姿を見せた。三度目の攻撃を敢行する気であろう。

 

「また来るぞーッ!」

 

 誰かの警告が響く。同時に、各車輛の搭載火器が、再び激しく唸り、銃火を上空に形成する。しかし箒は降下しながらも、またも鋭敏な回避行動を見せ、火線を翻弄する。

 

「各員!弾幕を形成しろ!」

 

 峨奈は第1分隊の各員に命じる。それに呼応し、周辺に身を隠していた分隊各員も、各火器を構えて発報を開始。弾幕形成に加わる。

 

「――軌道は道に沿ってる――いくらか高度は下げて来る」

 

 しかしそんな中、一人火器を構える様子を見せない分隊隊員の姿があった。

 策頼だ。峨奈の傍らでカバー態勢を取っている彼は、そこから上空より迫る箒に観察の目を向け、そして何かを呟いている。

 

「策頼、どうした」

 

 そんな様子を見せている策頼を、峨奈は不審に思い問いかける声を掛ける。

 

「――峨奈三曹、自分は高所に上がります」

「何?」

 

 しかし対する策頼は、峨奈の質問には答えずに、そんな言葉を返して来た。唐突に発された意図不明の進言に、峨奈はその顔に怪訝の色を浮かべて、策頼を見る。

 

「建物の上からなら、降下して来たアレを、横から狙えるかもしれません。行ってきます」

 

 だが峨奈のそんな様子を策頼は気にも留めず、そんな案を口にして見せた策頼、そして策頼は峨奈の許可も得ずに、その場から駆け出して行ってしまった。

 

「おい、策頼!――まったく」

 

 峨奈はそんな策頼の姿に戸惑ったものの、それ以上追う事はしなかった。

 昨晩。自身が危機にあった所を、策頼の異質な力により救われていた峨奈は、その事を思い返し、今もまた策頼の考えに任せる事にした――

 

 

 

 時間は十数秒戻る。

 エイレスは、上空へ一度退避し、そこから眼下を観察していた。

 まず最初の攻撃で、殿に位置する魔獣らしき物に座上していた、獣師らしき者は仕留めることが出来た。操る者がいなくなった影響だろう、魔獣は嘴のような物を明後日の向けたまま、その動きを止めていた。近くには、地面に落下した獣師の亡骸を取り巻く、他の者達の姿が見える。

 

「しかし――ッ。この攻撃は、いささか忌々しいですね」

 

 観察していた所へ、鏃のような物が撃ち上がり自身の傍を掠めて行き、エイレスその整った顔を顰めた。

 この攻撃は、いざ相対してみると中々に厄介であった。

 一つ一つが強力で、なおかつ無数に襲い来るそれ等は、回避するだけで集中を要した。そして二撃目の馬の無い馬車を狙った攻撃は、鏃の雨に妨げられて手元が狂い、効果を上げずに終わった。

 

(こうなると、〝矢避けの加護〟が惜しく感じる所です)

 

 そして内心でエイレスは、そんな思いを浮かべる。

 矢避けの加護とは、本来のエルフ族の多くが持つ魔法の一種である。その効果は文字道理、加護を受けた者に襲う矢の類を、風の力を持って退け、護るものであった。

 しかし、エルフの象徴の一つと言えるその力の庇護下に、今のエイレスやマイリセリア達は無かった。

 矢避けの加護は、基礎的な風魔法とはまた異なっていた。単純に魔力により風現象に影響を与え操る者が、基礎的な風魔法。対して矢避けの加護は、〝精霊〟と呼ばれる意志ある存在と疎通し、契りを交わすことにより、始めてその加護を得られる物であった。

 そして、その加護を彼女達が得られぬ理由。それは、彼女達が〝堕ちた〟身であるからだ。

 事の経緯は不明であるが、魔王の軍勢の軍門に下り、邪な力と価値観に魅入られ、堕落したのが今のマイリセリアやエイレス達である。そんな彼女達は、風の精霊達から忌諱され、そしてその加護を失ったのであった。

 

(新たな世界、新たな価値観を得た、代償という事ですか……ッ)

 

 自らがすでに精霊の庇護下の元になく、その力の恩恵を得られない理由を思い返し、内心で苦い言葉を零すエイレス。

 

(……仕方のない事です。未練がましい事は、言ってはいられません)

 

 しかしすぐに彼女は思い直し、そして意識を入り替え再び眼下を見る。

 

(なかなかに厄介な敵。ここで引くべきでしょうか――いえ。この町や警備隊がどうなろうと構いませんが、姫様に近づく脅威は、少しでも削っておきたい所です)

 

 一度、ここで引き下がる事を思案したエイレス。しかし使えるマイリセリアへ、少しでも貢献すべきとの考えが、彼女にさらなる追撃を仕掛ける事を決断させた。

 

「――あの先頭の物の、獣師を仕留めましょう」

 

 エイレスは、侵入者の隊列の先頭に位置する、車輪を持ちながらも魔獣にも似た外観を持つ物体の、その上に座上する獣師らしき者を、次なる目標と定める。そして彼女は跨る箒を操り、三度目の急降下を開始した。

 想定道理、効果を開始した彼女に対して、侵入者の隊列より無数の鏃が上がり始める。しかし彼女は箒を巧みに操り、鋭角的な軌道変更を繰り返して、それ等を翻弄する。

 

「――風よ、風よ。刃と成り我が手に」

 

 そして彼女は、降下、機動運動を行いながら、腕を翳して詠唱の呪文を紡ぎ始める。すると彼女の手先に、ぼんやりと発光する刃が出現する。基礎的な風魔法による、風の刃。先程、二度に渡り侵入者の隊列を襲い、そして殿の魔獣の獣師を仕留めて見せたのも、この風の刃。エイレスはこれを、三度侵入者達に向けて放つ腹積もりであった。

 彼女の跨る箒の高度は、瞬く間に下がり、侵入者の異質な隊列の姿が明確になる。狙うは先頭の魔獣に座上する獣師。その姿を目に収め、そして彼女は手先に発現させた風の刃を、獲物目がけて放つ――

 ――しかし直前、彼女は隊列の後方から殺気を覚えた。

 その元は、先に獣師を仕留め、動きを止めたはずの、隊列の殿に鎮座していた異質な魔獣。それの、明後日を向いていた嘴のような物が、しかし今はエイレスの方向を向き睨んでいる。

 ――彼女の肌に、裂くような感覚が走ったのは次の瞬間であった。

 

「ッ――!?」

 

 顔を顰めるエイレス。

 襲い来たのは、おそらく今までと同じ鏃。エイレスのその身に、直接の命中弾は無かった。しかし彼女の腕や肩には、裂いたような傷が出来、血が滲んでいた。おそらく魔獣の嘴から吐き出されたであろう鏃は、掠めるだけでエイレスの身を傷つけたのだ。

 

(まだ、動いて――ッ!いけないッ!)

 

 獣師を仕留めたはずの魔獣が、再び動きを見せ攻撃を放ってきた事に、驚いたエイレス。しかし直後に彼女は、思いがけぬ攻撃に気取られ、自らが高度を下げ過ぎている事に気付いた。攻撃行動を中断し、慌て箒を引き起こす彼女。

 

(ッ……よくも、この身に――)

 

 箒の姿勢は、地面と水平になるまで回復。

 同時にエイレスは、不意を打ち自分を傷つけた攻撃に、怒りの感情を覚えながらも、一度離脱し高度を取り直そうと、前を見る。

 

「――え?」

 

 しかしその彼女の目に、自身の眼前に迫る、黒い棒が映った――

 

 

 

 時間は再び、数分戻る。

 分隊の元を一度離れた策頼。

 車輛隊の近場には外階段を有する建物が一軒あり、策頼はその階段を駆け上がっていた。そうかからずに階段を駆け上がり切り、建物の屋上を踏む策頼。そして同時にショットガンの銃口と、その視線を上げる。その視線が照準越しに、まさに車輛隊に向けて急降下攻撃を仕掛けんとする、箒の姿を捉えた。

 ――〝それ〟が発現したのは、その瞬間であった。

 箒の降下速度が、まるでスローモーション効果を掛けたように、急激に遅く緩慢な物へと変貌したのだ。それだけではない。眼下に見える隊員等の動きや、聞こえ来る声や射撃音。その全てが、間延びした緩慢な物と成り替わっていた。

 それは、昨晩の作業着の異質な人間との会合以来、策頼の周りで巻き起こるようになった超常現象。それが今、またも策頼に寄与する形で発現したのだ。しかし策頼当人は、驚く様子を微塵も見せずに、緩慢に降下運動を続ける箒を観察し続ける。箒は降下を続け、車輛隊の直上まで迫る。

 重々しい咆哮がスローな音色で響いたのは、その瞬間であった。そして策頼の肉眼が車列真上を飛ぶ影を捉え、それは箒に跨る者へと到達。その傍を掠め飛んだ。

 一度策頼は視線を車列後方に向け、そしてそこに装甲戦闘車の姿を見止め、今の現象が装甲戦闘車の機関砲攻撃である事を理解する。そして視線を戻せば、機関砲に掠められた影響か、箒がその体勢をわずかに崩す姿が見えた。

 

「――行ける」

 

 それがチャンスである事を、策頼は見逃さなかった。

 瞬間、策頼は屋上空間を駆け出した。

 駆け出した直後、策頼は構えていたショットガンを降ろし放す。そして流れる動作で、弾帯に装着された得物を――四段式の伸縮式警棒を、掴みホルダーより引き抜いた。掴んだ警棒を強く振るい、伸ばし展開させる。

 その動作の間に、策頼の身は屋上空間を駆け切り、その縁へと達する。その先には、機関砲攻撃を受けて体勢を崩した影響であろう、車輛隊の真上、建物屋上と同じ高さまでそこ高度を落した、箒と跨る者の姿があった。

 ――そして策頼は、屋上の端を踏み切り、宙空へ飛んだ。

 スローモーションに支配された世界。全てが緩慢な動きを見せる中を、策頼だけが本来あるべき速さで、飛ぶ。先に見えるは、体勢をどうにか立て直したらしい、箒に跨る者。策頼の身は、その者の目と鼻の先まで、飛び到達する。

 そして策頼は、得物の警棒を持ったその腕を、思い切り振るい、そして放つ――

 ――その瞬間、世界は本来あるべき時間の流れを、取り戻した。

 

「――え?」

 

 同時に、策頼の耳眼が捉えたのは、箒に跨る人物――整った顔と長い耳を持つ女の、呆けた声と、顔。

 

「――ぎぇびぇッ!?」

 

 直後に、えげつないまでの悲鳴が。そして鉄と肉の衝突する、鈍く痛烈な音が響き上がった。

 策頼の繰り出し放った警棒が、その女――エイリスの顔面を、思い切り打ったのだ。

 その麗しいまでの鼻先は、見るも無残に折れ凹み、鼻の穴から血が噴き出て飛ぶ。端麗な物であったはずのその整った顔は、あってはならない程に崩れ歪む。そして真正面からの打撃を受けたエイレスの体は、箒上より反対方向に退け飛ばされた。箒は主を置いて飛び去ってしまう。

 そして打撃を放った策頼は、そのまま流れる動きでその身を回転させながら。エイレスは潰れた顔で天を仰ぎ、手足を突き出しながら宙空を降下。

 

「――ぎょけぇッ」

 

 先に地面に落ち、叩き付けられたのはエイレス。運の悪い事に頭から落ちた彼女は、頭を強打しそして首を折り、その口から掠れた妙な悲鳴を上げた。そして投げ捨てられた人形のように、五体を不規則に投げ出し、動かなくなる。――即死であった。

 一拍遅れ、策頼がその近くに、ズダンと音を立てて着地。そして立ち上がり、エイレスの体を振り向き見降ろし、その無力化を確認する策頼。見下ろす彼のその眼は、ただただ淡々とした物であった。

 

「策頼!」

 

 そんな策頼へ、声が掛かる。振り向き見れば、こちらに駆け寄って来る峨奈の姿があった。

 策頼等の着地地点は、82式指揮通信車の停車位置からすぐ先の所であり、峨奈の他にも、周辺の車輛や家屋に澪隠していた隊員等が出てきて、周囲へ展開する。

 

「峨奈三曹。脅威、排除しました」

 

 策頼は、自分の傍まで駆け寄って来た、端的に報告を発した。

 

「ッ――そうか、よくやってくれた」

 

 峨奈は、傍で転がるエルフ女の慣れ果てた姿をチラと見て、わずかに困惑の色を見せながらも、策頼に賞する言葉を掛ける。

 

「装甲戦闘車が、相手の態勢を崩してくれたおかげです」

 

 対する策頼は、それに特段誇る様子も無く、装甲戦闘車からの攻撃が、脅威の排除成功に寄与した事実を、淡々と述べた。

 

「そうか――ともかく、脅威が排除されたのは良かった。――皆、集合しろ。再編成だ」

 

 ストイックな姿勢を崩さぬ策頼を前に、峨奈もそれに合わせて、そこで話をまとめて切り上げる。そして周囲の各員に向けて、発し上げた。

 脅威の急襲により犠牲者を出したが、作戦はまだ途中なのだ。

 ――それから穏原三曹の遺体収容を終え、車輛隊と第1分隊は再編成、再調整を実施。

 

「――よし。車輛隊、移動だー!」

「第1分隊!再開だ、行くぞ!」

 

 車輛隊要員は各車に乗り込み、そして各車は動き出し、隊伍を組み直す。第1分隊は引き続き、水路沿いの通路を進行する。

 多くの者が傷を負い、疲弊した状態にある中で、しかし作戦を完遂させるべく、行程は再開された。

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