―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
凪美の町、警備隊本部の古城。
古城は中核となる本城の他、いくつかの曲輪、棟から成っている。これ等は築城当初からある物もあれば、後に増築された物もあった。
その内の、古城敷地内の南側に近い一棟。その内部を通る通路を、四人ほどの警備兵が歩み進む姿があった。
「はぁ。いつもの事だが、嫌な仕事だな」
「まったくね。こんな事に手を貸すなんて」
内の、男女2名の警備兵が、渋い表情で言葉を交わす。
彼等は今現在、小さな荷車を押して、あるものを運んでいた。荷台上に乗せられたそのあるものに、視線を落とす警備兵達。そこに乗せられていたのは、一人の女――水戸美の体であった。
逃走中に警備隊に身柄を抑えられた水戸美の体は、その現場から水路を用いて、ここ警備隊本部まで運ばれて来た。そして今は、警備兵達の手により、この本部の地下に存在する地下牢に運ばれる途中なのであった。
「経緯は知らないが、この子もかわいそうに……早い所、地下牢に置いてこよう」
最後尾で護衛の役に付く警備兵が、他の者に促す。彼等にとっても、この仕事、役割は、決して気の進むものでは無かった。
「あぁ。それに今はあちこちの手が足りてない。手早く済ませて、俺達もそっちに――」
さらに先頭をゆく警備兵が、続いて促す言葉を発する。そして彼は、歩むその足の速度を上げようとした。
――しかし、それが襲い来たのは、その瞬間であった。
「――でぇやぁぁぁぁッ!!」
上――通路の天井より、突然人影が現れた。
掛け声とともに現れた何者か――それは勇者の少女、ファニールだ。
警備兵達の前に飛び出て来た彼女は、次の瞬間には振り回したその脚で、先頭にいる警備兵の横面を思いっきり蹴り打った。
「――がッ!?」
突然の強襲に、先頭の警備兵は反応する事すらままならず、横面に強打を食らい吹き飛ばされる。そして通路の壁に身を叩き付け、気を失い崩れ落ちた。
「なッ!?」
「ッ!」
突然の事態に、他の警備隊員達はその目を剥く。しかし同時に、襲い来たファニールに対して対応しようと、下げる剣やクロスボウを抜き、あるいは構えようとした。
「ふッ!」
だがそれよりも、ファニールの動きは輪をかけて早かった。
ファニールは二人目の警備兵の懐に着地。そしてその警備兵の横首を打つ。それを受けた警備兵は、「こぅッ」と掠れた悲鳴を上げて崩れ落ちる。
ファニールはさらにそこから飛び、その先に居た女警備兵に肉薄。女の横を抜けながら、その腹部に拳を叩き込んだ。「かはッ」と胃液を吐きながら崩れ落ちる女警備兵を尻目に、ファニールは最後の警備兵に向けて踏み切り、飛ぶ。
最期の警備兵は得物であるクロスボウお、ファニールに向けて構えようとしていた。しかしファニールはそれよりも速く、警備兵との間合いを詰める。
「ッァ!?」
踏み込んだ瞬間、足を蹴り上げ、警備兵の手よりクロスボウを蹴って弾き飛ばす。
「――ゴゥッ!?」
そして連続動作で拳を振るい、警備兵の顎を打った。警備兵は打撃に脳を揺さぶられ、気を失いその場に音を立てて倒れた。
それを最後に、その場にファニール以外に立つ者は居なくなった。
「――ふぅ……」
瞬く間に四人の警備兵を気絶させ、無力化を成して見せたファニール。彼女は通路周辺に視線を走らせて、他に敵の姿が無い事を確認すると、小さく息を吐く。
そして、警備兵達の運んでいた荷車の、その上で横たわっている水戸美の体に視線を落とした。
「まさか……ううん、可能性は十分にあった――ミトミさん、しっかりしてミトミさん!」
そして呟き零すと、荷車の前に立ち、水戸美に呼びかけ彼女の体を揺さぶり始めた。
「――……ん……う、んん……」
それに対して、水戸美は反応を示す。そして閉じていたその目を、緩慢にゆっくりと開いた。
「ミトミさん!」
「……ん……ファニール……さん……?」
水戸美は意識が覚醒し切ってないのか、気だるそうにその状態を起こしながら、ファニールの姿を前にしている事に、疑問を抱いているであろう声を零す。
「……ぇ……あれ……ッ!あ――あれ……!?わ、私、どうなって……!?ここ……!?」
しかし次には、それまで自身があった状況を思い出し、そして身を取り巻く環境が変わっている事を理解したのだろう。目を見開き、驚き狼狽える声を上げた。
「大丈夫、落ち着いて。まずここは、この町の警備隊の本部の中なんだ」
そんな水戸美に、ファニールは落ち着きを促しながら、この場がどこであるかを説明する。
「警備隊……あ――そうか……私、捕まっちゃって……」
その説明の言葉が、水戸美の記憶の回復を促し、彼女は自身が警備隊に捕らえられてしまった事を、思い出した。
「やっぱり、警備隊に捕まったんだね」
「はい……」
水戸美は答え、そこから自身の記憶を辿り出す。そして昨晩、宿に警備隊が自分を探して訪れ、自分は危機を覚えて宿から逃げ出した事。それから一晩中町をさ迷ったが、今朝方に結局警備隊に捕まってしまった事等を、警備隊に説明した。
「そうか、そんな事に……」
「はい……すみません、ファニールさん。助けに来てくれて、ありがとうございます」
水戸美はファニールに向けて、礼の言葉を紡ぐ。しかし言葉を受けたファニールは、すこし顔を険しくし、どこか後ろめたさそうな様子を見せた。
「……ミトミさん、それなんだけど……ボクはミトミさんに謝らなくちゃならない……」
そしてファニールは紡ぎ出す。ファニールは、水戸美を一人宿に残して行った事が間違いで会った事。そして何より、今この場で水戸美を救い出せた事は偶然であり、ファニール自身は戦力的な事から、クラライナの救出を優先して動いていた事等を告げる。その事を告白し、ファニールは水戸美に向けて謝罪した。
「な、成程。そうだったんですね……」
「うん。戦力的な判断とは言え、ボクはミトミさんの優先順位を下げた……勇者としては、褒められる行為じゃないね……」
水戸美は特段気分を害した様子は無く、納得の様子を見せる。しかし対するファニールは、その顔に暗い影を落とす。
「そ、そんな事……!ファニールさんは悪くないです!私は、戦いの役には立てないですし……それに!ファニールさんは、ちゃんとこうして私を助けてくれました!」
そんなファニールの姿を前に、水戸美は慌てた様子でフォローの言葉を発した。
「――ふふ……ミトミさんは、ホントに優しくていい子だね」
「――わぁ」
水戸美の姿とフォローの言葉に、ファニールは暗くしていたその顔に笑みを戻す。そして水戸美に近づき、その身を抱きしめる。
「今度は、絶対に一人にしない」
そして水戸美に向けて、決意の言葉を告げた。
「……そうだミトミさん、聞いておきたい事が――」
それから抱き合いを解くと、ファニールは水戸美に尋ねる言葉を発する。それは、昨晩ファニールが宿に戻った際に発見した、一室に隠されていた警備兵達の亡骸についてであった。
「そんな事が……いいえ、知らないです……」
しかし水戸美は、警備隊が宿に踏み込んで来た時点で宿を飛び出し逃走していたため、それについては知らない事をファニールに告げた。
「そうなんだね……どうにも、ボク達とも警備隊とも違う、別の何者かが動いてるみたいなんだ」
ファニールはそんな言葉を水戸美に零す。
そして、先程町の上空を飛んでいた飛行物体を始め、町に正体不明の、それもなかなかの規模の組織が進入している事。それが警備隊と戦っているらしい事等を説明した。
「そんな事が……?じゃあ、さっきのも関係あるのかな……?」
それを聞き、水戸美も先程、自分を追う警備隊が何者かの手で倒されていた事を思い返す。
「ファニールさんにも、その正体は分からないんですか?」
「うん……正直まったく。あんな物は、見た事が無いよ……思い当たる節が無い。魔王軍かとも考えたけど、この町の警備隊は魔王軍と協力してるはずだし……」
尋ねる言葉に、ファニールは再びその顔を神妙な物にして返す。
この世界を旅して来たファニールにも分からぬ存在。そんな存在に対して、水戸美も不安げな色をその顔に見せた。
「正直分からない事だらけだけど……幸い、警備隊の意識はその侵入者の方に大分取られてる。その隙に、クラライナを助け出して、なんとか町を脱出したいと思うんだ」
分からない事を考えてもしょうがないと、ファニールは気を取り直し、これよりの案を水戸美に告げる。
「ミトミさん。怖いかもしれないけど、着いて来てくれる?」
「は、はい……!もちろんです……!」
ファニールの確認の言葉に、水戸美はおっかなびっくりと言った様子ながらも、確かな返事を返す。
「ありがとう。――よし、行こうか」
そして二人は、残る仲間であるクラライナの救出のために、その場を発して駆け出した。
水戸美とファニールは、古城内の通路を進んだ先で、地下階へ繋がっているであろう階段を発見。降りた先に続く通路を進み、そしてその先で、いくつかの牢屋が並ぶ空間に辿り着いた。
その牢屋は、それまでは犯罪を犯した物を拘置しておくために使われる場所であったが、今では中央府の活動の妨げとなるという理由で、不当に拘束された人達を監禁する事に使われていた。
ちなみに現在は封鎖され使われていないが怪しげな一室も存在し、この地下空間が作られた当初の本来の目的は、あまり知りたいと思える物では無かった。
「――ミトミさん、待って」
その牢屋の並ぶ一帯に踏み入ろうとする前で、ファニールは水戸美に促し、そして共に曲がり角に身を隠した。
「見張りがいる」
先を覗くファニール。その先、牢屋の並ぶ傍に設けられたスペースに、机に着く一人の警備兵の姿が見えた。
「ど、どうしましょう……」
「大丈夫。おびき寄せて、ちょっと眠ってもらうよ」
水戸美にそう答えたファニールは、先程警備兵の一人から奪っておいた警備隊の帽子をその頭に被る。
「――おーい、来てくれ!緊急事態だ!」
そして帽子の先と自身の顔を少しだけ曲がり角から出すと、先に居る見張りの警備兵に向けて張り上げて見せた。
「な、何だ!?どうしたんだ!?」
見張りの警備兵は、聞こえた声に飛び上がるように机から立ち上がり、尋ねる言葉を寄越してくる。
「侵入者だ!勇者の娘が忍び込んで来た!今、一隊が相手取ってる、応援が必要だ!」
そんな警備兵に、ファニールは自らの存在を借りの理由に上げ、そして求める声を張り上げる。
「わ、分かった!今行く!」
それに警備兵は答え、机を離れてこちらへと駆けて来る。
「それで、場所はどこで……」
警備兵は、尋ねる声を上げながら駆けこんでくる。瞬間、角でファニールと警備兵の眼があった。
「ここだよ」
相対した警備兵に、ファニールはそんな風に答える。そして同時に、警備兵の首を打った。
「ごッ!」
ファニールの繰り出し命中させた打撃に、警備兵は声を零して気絶。その場に崩れ落ちた。
「ゴメンね――うまくいった」
崩れた警備兵に視線を落としながら、ファニールは言葉を零した。
「――うん、鍵だ」
そしてファニールは、警備兵の体の前に屈んでその身体を探り、並ぶ牢屋の物であろう鍵の束を見つけて拝借する。
「――勇者様……!?勇者様なのか!」
並ぶ牢屋の奥側より、声が聞こえ来たのはその時であった。
「クラライナ!?待って、今行く!」
ファニールは聞こえ来た声に返し、そして水戸美とファニールは声の方向へと駆ける。並ぶ牢屋の一番奥に位置する一つ。その中、格子の向こうに、ファニールの相棒の護衛騎士、クラライナの姿があった。
「勇者様……!それに、ミトミさんも……!」
「クラライナ!大丈夫!?」
二人は牢の内外でそれぞれ格子にすり寄り、顔を合わせる。
「あぁ、体は大事無い。……しかし、すまない勇者様……ここの警備隊の――国の企みに陥れられ、不覚を取りこうして捕らわれてしまった……」
ファニールの案ずる言葉に、クラライナはその身に問題は無い旨を返す。しかし同時に、警備隊の企みに嵌められ、捕らわれてしまった事っを失態と感じているのだろう。悔しげに顔を歪め、そんな謝罪の言葉を紡いだ。
「クラライナが謝る事なんてないよ!無事で、ホントに良かった……」
しかしファニールはそんなクラライナを擁護する言葉を発し、そして安堵の声を続けて零した。そして話しながらもファニールは、先に警備兵から拝借した鍵を用いて、牢の扉の錠を解き、扉を解放した。
「さぁ、まずはここを脱出しよう!詳しい経緯は途中で――」
「いや、待ってくれ勇者様」
そしてここからの急ぎ脱出を促そうとしたファニール。しかしその言葉は途中でクラライナに阻まれた。
「あの子達も、連れて行かなければ」
クラライナは続けて、その視線で反対側の牢を示した。
ファニールと水戸美はそれに導かれ振り向き、反対側の薄暗い牢の中を、目を凝らして見る。そして牢の内部の隅に、身を寄せ合う二人の子供の姿を見た。
ファニールが牢に近寄りさらによく観察すれば、二人は正確にはどちらも10歳前後と思われる、男の子と女の子である事が分かった。
「この子達は?」
「どうにも、国の企みの邪魔と成り、口封じに捕らえられた子供達らしい」
「そんな……こんな子供達まで?……――ッ」
クラライナからの説明を受けたファニールは、その顔を険しくしながら零す。そして子供達の監禁されている牢の扉を解放し、中へと踏み入った。
近づいて来たファニールに、子供達は少し怯えた様子を見せ、男の子は女の子を庇うように抱く。
「大丈夫、心配しないで。お姉ちゃんは、君達を助けに来たんだよ」
そんな子供達の警戒を解くべく、ファニールはそう子供達に言葉を投げかける。
「……姉ちゃん達について行けば、助かるの……?」
そのファニールの言葉に、男の子のほうが尋ねる言葉を返す。
「うん、そうだよ。それになにより、お姉ちゃんは勇者だからね!だから安心して」
ファニールはその男の子の言葉を肯定。そして笑顔を作り、自らの立場を名乗り、そして促して見せた。
そんなファニールの言葉を聞いた男の子と女の子は、一度顔を見合わせる。
「お兄ちゃん……」
「……大丈夫。この人達と一緒に行こう」
そして二人は言葉を交わすと、やがて意を決したように立ち上がり、ファニールへと歩み寄った。
「ありがとう。大丈夫、ボク達を信じて」
ファニールはそんな二人に再度微笑み、そして左右の腕で二人をそれぞれ抱きしめた。
「――ミトミさん。ボク達は先頭に立たなきゃならない。申し訳ないけど、この子達をお願いしてもいいかな?」
そこからファニールは水戸美に振り向き、子供達を彼女に託す旨を話し、そして問う。
「は、はい。もちろんですっ」
それを水戸美も、少しおっかなびっくりながらも了承する。
「ありがとう。じゃあ二人とも、あのお姉ちゃんから離れないで」
そしてファニールは子供達に促し、そして水戸美はファニールに代わり、子供達の手を取った。
「さて――クラライナ、行けそう?」
「もちろんだ。武器も取り返した」
振り向き相棒であるクラライナに尋ねるファニール。それに対して、クラライナからは問題ない旨が返される。いつの間にか彼女の手には、彼女の愛用していた武器が取り戻され、持たれていた。どうやらこの地下牢空間に、共に保管されていたようだ。
「よし。じゃあ皆、反撃開始だよ!」
「あぁ!」
「はい!」
ファニールの声にそれぞれから返答が返る。
そして合流を果たした彼女達は、この地下牢空間より。そしてこの警備隊本部である古城より、脱出を開始した。