―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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20-3:「凪美の町の選択」

 警備隊本部である古城の中心部に隣接する一棟。

 その内部を通る廊下を、少し急いた様子で駆ける一人の女――いや少女警備兵の姿がある。

 ポプラノステクの副官で、町長の娘でもあるヒュリリであった。

 彼女はポプラノステクより指示された、各隊各所への伝令を終え、今は急ぎ指揮所に戻る所であった。

 

「――そうよ。協力的では無いわ――」

 

 しかしそんな彼女の耳が、ふと、自分以外の何者かの声を聞き留めた。

 

「――ん?」

 

 聞こえたそれに、彼女は足を止め振り返る。

 声の聞こえた元は、今しがた通り過ぎかけた、廊下に設けられた扉の一つ。

 そこは資材庫であり、普段出入りの無いその一室から声が聞こえた事を、ヒュリリは気がかりに思った。

 彼女は引き返して扉の前に立ち、ノブに手をかけて扉をそっと開き、内部を覗く。

 そこ彼女の瞳は、その向こうに広がる薄暗い資材庫の内部の窓際に、佇む一人分の人影を見止めた。

 

「あれって――」

 

 薄暗い資材庫の中でも分かる、露出の多い扇情的な格好。後頭部で結った長い金髪に、尖った耳。

 人影は、エルフの女――マイリセリアであった。

 

「やっぱりエルフの……困るな。ここも一応、無闇に立ち入って欲しい所じゃないんだけど……」

 

 彼女を野放しにしていた自分達にも非が無いではないが、一応自分達が警備隊である以上、その関係施設に部外者が許可なく立ち入っている事は、あまり好ましい事では無かった。

 正直あまり関わり合いになりたくない相手ではあったが、その事を注意しようと、ヒュリリは扉の向こうの彼女に声を掛けようとする。

 

「この町は、魔王様の――魔王軍の友人たる存在には、値しないわ」

 

 しかし、扉の向こうから聞こえたマイリセリアの一言が、彼女の行動を止めた。

 

(――え?)

 

 とっさに自身の行動を止め、そして反射的に身を引き隠すヒュリリ。

 

(い、今の――)

 

 聞こえ来たその言葉が、すぐには噛み砕けなくとも、しかし不穏な内容である事を直感で感じたからだ。

 ヒュリリは息を潜め、扉の隙間から、先に見えるエルフの女の観察を続ける。

 

 

 

「この町の町長も、警備隊も、町の存続のために国の方針に従っているようだけれど――内心では、魔王軍への参加に肯定的ではないようね」

 

 資材庫である一室の窓際で、エルフの女――マイリセリアは言葉を並べている。他には誰もおらず、一見彼女の独り言のようにも見えるが、そうではなかった。

 彼女の片手には、何か結晶の埋め込まれたペンダントが持たれている。これは魔法道具の一つだ。

 そしてこの魔法道具により今行われているのは、〝遠方伝音魔法〟という魔法術であった。

 言葉から察せるだろうか。これは遠方に位置する者との伝音、伝声によるやり取りを可能とする術だ。発動使用にはこの魔法道具があれば良いという物ではなく、使用者に少なくない魔力の所有及び消費を要求し、そして事前に複雑な発動詠唱を要する、高位の魔法であった。

 この魔法により、マイリセリアは遠方の相手と、会話を行っていたのだ。

 

《――成程。それは後の火種となりそうですね》

 

 ペンダントの結晶がぼんやりと光、そこを発生源として、微かに効果の掛かったような音声が響き聞こえる。これが、遠方の相手の声だ。

 

《それに、その正体不明の侵入者というのも、気がかりですね》

 

 そして続け聞こえた声。それに、マイリセリアは顔を微かに険しくする。

 

「えぇ――どうにも勇者の娘達を拾いに来たようだし、敵である事には間違いない。そうでなくても――あの子達を手に掛けたんだもの、生かして置く気はないわ」

 

 そして冷たく言うマイリセリア。

 

「そういうわけよ。ヤツ等と、そしてこの町も、〝掃除〟しちゃっていいのよね?」

 

 そして次に、彼女はそんな言葉をペンダントに向けて放った。その顔は、微かに笑っていた。

 

《構いません。これ以降は、動きが大々的な物となって行きます。それに伴い、中央府の動きに賛同しない者達も、少なからず出て来るでしょう。その際の、〝みせしめ〟も必要となります》

 

 ペンダントからは、冷静な声色でそんな言葉が返される。

 

《それを実行するのに、あなた方で戦力は足りるのですか?》

「見くびらないで。こんな町、〝私達〟だけでも過大過ぎるくらいだわ」

《では良いのですが――くれぐれも、失態など無きよう願います》

「言うわね、分かってるわよ。じゃあね――獣耳のレディシオちゃん」

 

 マイリセリアは交わされた会話の締めくくりに、何か揶揄うような一言を発する。

 そしてそれを最後に会話は終わり、マイリセリアの持っていたペンダントの結晶は、その明かりを消失させる。魔法の発動が終了した証であった。

 

「――さて」

 

 遠方伝音魔法によるやり取りを終えたマイリセリアは、持っていたペンダントを放して首から下げ、一言呟く。

 

「どうするのかしら?お嬢ちゃん?」

 

 そして身を翻し、その先に居る人物に、妖しい声色で問いかけた。

 

「――!?」

 

 それは他でも無いヒュリリだ。

 マイリセリアは、扉の向こうより自身の様子を伺うヒュリリの存在に、最初から気付いていたのだ。

 

「ぁ――ッ!」

 

 一瞬の動揺をその顔に見せたヒュリリは、しかし直後に、飛ぶように身を翻してその場より駆け出した。

 

「ふふふ」

 

 そんなヒュリリの姿に、マイリセリアは微笑を零す。そしてまるで、これから狩りでも楽しまんとする優雅な様子で、歩み出した。

 

 

 

「侵入者の隊列、間もなく本部に到達します」

「本部守備隊、1隊、4隊。及び西南西区域隊、6隊、7隊。配置に着いています」

 

 警備隊本部の指揮所。

 ポプラノステクに代わって指揮を引き継いだ町長ルデラの元に、各警備兵より報告が上がっている。

 

「了解――いよいよ、おいでなすったか」

 

 いよいよ自分達の拠点に迫った、侵入者の本隊と思しき隊列。

 おそらくこの本部古城での攻防は、これまでで最も苛烈な戦いになるであろう。それを予感し、覚悟と緊迫の様子でルデラは声を零す。

 ダン――と、指揮所内に何かぶつかるような音が木霊したのは、その時であった。

 音の発生源は、指揮所の出入り口。

 ルデラと、警備兵達がそちらへ視線を向ければ、そこにある開け放たれた扉に身をぶつけたと思しき、一人の警備兵の姿があった。

 

「ヒュリリ?どうした」

 

 それが自分の娘であるヒュリリである事にすぐに気づき、ルデラは声を零す。

 

「と、父さま――」

 

 一方のヒュリリは、何か焦った様子で声を零しながら、指揮所内の警備兵達を掻き分け抜け、ルデラの元へと駆け寄って来る。

 

「た、大変――エルフは……魔王は……この町を……!」

 

 そしてヒュリリは、父ルデラの身にすり寄りその服を掴み、荒い呼吸で何かを訴え始めた。

 

「落ち着け、呼吸しろ」

 

 そんな娘ヒュリリに、ルデラは努めて冷静な口調で投げかけ促す。

 

「はっ……はっ……父さま……エルフのあの人は……この町を始末するつもりです――!」

 

 ヒュリリは父の促し通りに呼吸し、その息を整える。そして申し訳程度にだが落ち着いたその身体で、父の顔を見上げて訴え上げた。

 ――ヒュリリは早口で、今しがた見聞きした一連の物事を、ルデラや周りの警備兵達に説明した。

 エルフのマイリセリアが、自分達を不穏分子と判断した事。

 そして方法は不明だが、この町をみせしめとして始末しようとしている事を。

 

「ッ――お見通しってわけか」

 

 娘からのそれ等の説明を聞いたルデラは、しかし驚きの色は薄く、苦い顔色を作ってそんな言葉を発した。

 周囲の警備兵達も、多少の違いはあれどそれは同様であった。

 国の中央府の、魔王軍側に加担しようとする動きに、町は表面上追従していたが、その奥底では肯定的でない事。それを国や魔王軍側がそれを不穏の火種と判断する事。

 それ等は思い当たり、そして起こり得る可能性であったから。

 

「やはり……今回の選択は、間違いだったのでしょうか」

 

 ルデラの傍らにいた警備兵長が、ぽつりと発する。

 

「今までこの町は、ずっとこのやり方で生き残って来たが……俺の番で、とうとうしくじっちまったか……」

 

 そして、ルデラは何か自嘲的に発する。

 この凪美の町という町は、その歴史上、幾度も属する国家、勢力を変えて来た。

 それは時に国同士の駆け引きにより領土が変わる事により、時には戦争により領土か変わる事によった。

 その都度、この凪美の町は新勢力新体制に取り入り、勝利を勝ち取るであろう側に加担して来た。

 ――例え他所から冷たい目で見られ、罵倒されようとも。

 ――全ては町が存続するために。この町しか、居る場所の無い者達のために。

 今回、魔王軍側に着く事を選択した中央府に追従し、その上での企みに手を貸したのも、町を生き残らせるためであった。

 だが、今回ついにそれは破綻した。

 不服を、不満を、取り入ろうとする先に気取られ、そして不穏分子との判断をなされた。

 

「もう止めにしていいんじゃないか」

 

 そんな時、警備兵の中の誰かから声が上がった。

 

「……そうだな」

 

 他の誰かから声が上がる。

 それは、国の中央への追従を、魔王軍へ取り入る行為を、ここで止めようという言葉だった。

 ここに居る者達は、いや町の住民達は皆、内心で思っていた。

 決して綺麗な成り立ちの町では無いが、自分達の居場所であったこの町を、これ以上汚したくないと。

 

「――だが、ここまで多くの者が犠牲になった!それを……」

 

 だがそこで、また別の誰かが声を上げる。これまでの犠牲の意味を、問い悔やむ声だ。

 

「けど、これ以上その犠牲を増やしたくはない」

 

 しかし、別の誰かがそう答えた。

 そして少しの間、指揮所内を沈黙が包む。

 

「――決まりのようだな」

 

 それを破ったのは、ルデラだった。

 ルデラは自分に寄り添っていたヒュリリをやんわりと退かせると、長机へ両腕をドンと着く。

 

「これより凪美の町は、中央府の方針より離脱――来ると思われる町への攻撃に、防衛行動を取る。まずは各隊の再集結、再編成だ」

 

 そして発し上げられたルデラの言葉。

 その言葉に、指揮所内の警備兵達は沸き立ち、そして一斉に動き始めた。

 

「ラフタ警備兵長。確か侵入したお客さん達は、勇者のお姉ちゃん達の引き渡しを要求して来たと言ったな?」

 

 ルデラの尋ねる言葉に、傍らに立つ警備兵長は、コクリと頷き肯定する。

 

「まずお客さん達に、伝音魔法で戦いの停止の要求を呼びかけろ。その勇者のお姉ちゃん達を引き渡せば、引き上げてくれるかもしれない」

「うまくいくでしょうか?」

 

 ルデラの案に、警備兵長は期待半分、疑念半分といった様子で返す。

 

「向こうさんは、住民に被害が出ないよう動いているって報告があったろう?どうにも、見た目や持つ力に反して、そこまで乱暴なヤツ等じゃないようだ。話を聞いてくれる可能性は、低くない」

「了解――ククエ、伝令を!」

 

 警備兵長はルデラの考えを受け入れ、警備兵を伝令に向かわせる。

 

「ヒュリリ、お前にも向かってもらう。お前は、隊長のトコまで行け。勇者のお姉ちゃんや、侵入したっていうお客さんと、すでに事を構えてる頃だろう。それを止めるんだ」

 

 そしてルデラの方は、傍らにいた娘ヒュリリに、伝令を命じる言葉を発した。

 

「は、はい!」

 

 それにヒュリリも返答。

 彼女は跳ねるようにその場で身を翻し、先に発った他の伝令同様、指揮所の扉より飛び出して行った。

 

「――よし。それと――」

 

 娘が飛び出て行った姿を見送り、ルデラは他の者に続け指示の言葉を発そうとする。

 

「――あらあら、何か賑やかねぇ」

 

 しかしルデラの声を遮るように、そんな声が指揮所内に響き渡った。

 何か嘲笑うような色の含まれた一言。だがルデラは驚く色は見せず、変わらぬ表情で声の発生源へ視線を起こす。

 先にヒュリリ達伝令が出て行った方向とは、また別方にある出入り口。

 そこに佇む、マイリセリアの姿があった。

 

「てっきり、お通夜みたいな空気になってるものと思ったけど」

 

 マイリセリアは指揮所内を見渡しながら、そんな一言を呟く。

 対する警備兵達は、マイリセリアに向けて一斉に警戒の目を向ける。何名かは剣を抜いてその切っ先を向け、また何名かはルデラの周囲に集まり、彼の身を守る布陣を取る。

 

「エルフのお姉ちゃん。俺達この町は、国の企みから降りさせてもらう」

 

 そしてルデラは毅然とした顔を作り、マイリセリアに向けて言い放った。

 

「――と、わざわざ言うまでもないか。すでにそっちから、切られちまったようだしな」

 

 しかしすぐにその表情を皮肉気な笑みに変え、そう言葉を続ける。

 

「あらあら。ヤケになっちゃったのかしら?」

 

 ルデラの言葉に、マイリセリアは微笑を浮かべてそんな言葉を発する。

 

「いや。むしろ、憑き物が落ちたような気分さ」

 

 それに対して、ルデラはそんな言葉で返した。

 

「ふふ、そう。なら――」

 

 ルデラの言葉を聞き、再び微笑を零すマイリセリア。

 

「――思い残す事はないわね――?」

 

 直後、彼女はその口角を吊り上げ、氷の様な冷たい笑いで、一言を発した。

 そしてその片腕を翳し振り上げ、自らの体の前に、風の刃を発現させる。

 対する警備兵達は、各々の得物を一斉にマイリセリアへ向け構えを取る。

 直後――指揮所内で戦いの音が響き上がった――

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