―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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2-6:「死の集落Ⅵ」

「は、ハシアぁッ!」

 

 特異体ゾンビの突貫を受けたハシアの姿が屋内から消え、アインプは彼の名を呼び、声を張り上げる。

 

「あらあら、勇者様も油断なさるのねぇ。特異体ちゃんの体当たりを、真正面から受けちゃったわ」

 

 イロニスは呑気な、それでいて煽るような口調で発する。

 

「な、なんてことするんだこの変態女ぁッ!」

「あらあら、そんなに怒っちゃって。大切な勇者様を傷つけられるのが嫌だったかしら?」

「当り前だろぉッ!」

 

 アインプは犬歯を剥き出しにして発する。

 

「ふふ――」

 

 イロニスはそんなアインプを見下ろして怪しく微笑む。そして、懐から小さな小瓶を取り出した。

 

「これをあなたに試してみるのも、いいかもしれないわねぇ」

「え……な、なんだよぉ、何する気だ……!」

 

 怪しい微笑みを浮かべたイロニスに、対するそれを見たアインプの表情は強張る。

 

「ふふ。これはねぇ、村の人達をアンデッドちゃんにしたお薬よぉ」

「な!?」

「ただし、これは服用者の元の身体能力をより反映するよう改良してあるの。あなたに使ったら、きっとつよーいアンデッドちゃんになると思うわぁ」

 

 言うとイロニスは、小瓶を持つ手とは反対の手でナイフを取り出し、ゆっくりと戦士に近づく。

 

「勇者様を他の誰かに傷つけられたくないのならぁ、あなた自身が直接勇者様と戦えばいいんじゃなぁい?」

「な、ふざけるなッ!やめろ、来るなぁッ!」

 

 青ざめた顔で叫び声を上げるアインプ。

 

「ふふ、怯えた顔も素敵よぉ」

 

 イロニスはそんなアインプに囁き、そして彼女にナイフを握った手を伸ばす――

 

「そこの人、止まってッ!」

 

 部屋内にまた別の声が響いたのは、その時だった。その声にイロニスは動きを止め、アインプは顔を上げる。

 

「戦士様から離れてください!」

 

 そこに立っていたのはニニマだった。彼女の手には短剣が握られ、その切っ先はイロニスへと向けられている。

 

「あらあら、今日はお客さんが一杯ねぇ」

 

 イロニスはため息交じりに発して振りかえる。

 

「う、動かな――え?」

 

 警告の言葉を発しかけたニニマだったが、直後に動きを止めたのは彼女の方だった。

 

「う、うそ……」

「あら?」

「………おねぇ……ちゃん?」

 

 そしてニニマの口からイロニスに向けて、そんな言葉が発せられた。

 

「あら、あらあら~。ひょっとしてニニマちゃん?あらぁ、勇者様と一緒に逃げていたのはニニマちゃんだったのねぇ~。大きくなってて、遠目には分からなかったわぁ」

 

 イロニスは笑みを浮かべて、純粋に再開を喜ぶように話す。しかし、ニニマは違った。

 

「なんで……お姉ちゃんは旅に出て……旅先で病気になって死んだって……」

「あら~。パパたち、ニニマちゃんにはそう教えてたのねぇ~。まぁ当然かしら?姉が邪法に触れて勘当されたなんて言えないものね~」

「勘当……?じゃ、邪法って……?」

 

 呆然とした表情で、絞り出すように言うニニマ。

 

「あぁ、邪法なんて言葉を使っちゃったけどぉ、本当は全然そんな事ないの、とっても素敵な物なのよぉ?ニニマちゃんも見たでしょう、村の人達の新しい姿を?」

「そんな……まさかお姉ちゃんが……?」

「そう。お姉ちゃんは村の井戸にぃ、毒とお姉ちゃんが作ったアンデッドちゃんになる薬を入れさせてもらいましたぁ。そ・し・て、み~んな新しい姿に大変身ッ!ってわけよぉ」

「嘘……じゃ、じゃあお父さんとお母さんは!?」

「あぁ、パパとママはちょっと寝室でお・や・す・み・中よ。でも心配しないで、すぐにまた会えるから。まぁ――お話するのはちょ~っと無理かもしれないけど?」

 

 イロニスは頬に指をあて、悪びれもせずに言う。

 

「あ……あ……あああああーーッ!」

 

 次の瞬間、ニニマは短剣を逆手に持ち替え、イロニスに向けて飛び掛かった。

 

「おっとぉ」

 

 イロニスはそれを避けるが、ニニマは間髪入れずに反転し、再びイロニス目がけて切りかかる。

 

「あああぁぁッ!」

「あらあらぁ、パパの短剣術はニニマちゃんが受け継いだのね~。太刀筋がパパそっくりだわぁ――でもね」

「あッ!?」

 

 ニニマは短剣を持つ右手をイロニスに掴んで止められ、そしてそのままイロニスに抱き寄せられた。

 

「そんなに興奮してちゃぁ、お姉ちゃんは倒せないわぁ」

「あ、あぁ……」

 

 抱き留められ、脱力したニニマの腕から、イロニスは短剣を取り上げる。そしてイロニスはニニマに顔を近づける。

 

「え、ちょ!ニニマちゃん逃げてッ!」

 

 拘束されているアインプが発するが、その声はニニマに届いてはいない。

 

「かわいそうに村娘ちゃん、辛いのねぇ――でも大丈夫、お姉ちゃんに任せて。すぐにパパやママと一緒になれるわぁ~」

 

 言いながら、イロニスはニニマの首筋に短剣を突き立てる――

 

 

 

「だッ!」

「がッ!?」

 

 

 

 イロニスの横面に何者かの飛び蹴りが叩き込まれ、彼女が吹っ飛んだのはその次の瞬間だった。

 

「え……?」

「へ?」

 

 突然の事態に、ニニマやアインプは状況を把握しきれず、呆けた顔を作る。

 

「糞、思いのほか広くて迷うわ、ぶつけるわで散々だッ!」

 

 彼女らの目の前、愚痴を吐き捨てそこに立つ新好地の姿がそこにあった。

 

「大丈夫か、嬢ちゃん?」

「ら、ラクトさん……!」

 

 ニニマはそこでようやく乱入者が新好地である事に気付き、彼の名を呼ぶ。

 

「ぐッ……本当にお客さんの多い日ね……怪しい格好して、強盗さんか何かかしら……?」

「うっせぇ!怪しいのはお互い様だろうがッ!」

 

 痛みに苛まれながらも微笑を浮かべて言ったイロニスに、新好地は返す。

 

「ふふ……」

 

 直後、イロニスは不敵に笑い、そして己の指をパチンと鳴らす。

 

「ッ――ラクトさん!」

 

 ニニマの声が響き、新好地は振り返る。振り返った彼の目に、飛び掛かり襲い掛かる獣のようなゾンビの姿が映った。ゾンビは中空で新好地目がけてその鋭い爪を振るう。

 しかし、その爪が届くよりも、新好地の対応の方が一瞬早かった。新好地はショットガンをゾンビに向けて構え、すかさず引き金を引く。ゾンビは散弾を真正面から浴び、その勢いで壁に叩き付けられ動かなくなった。

 

「危ねぇ……!」

 

 新好地は冷や汗を掻きながら発する。

 

「あら、不思議な武器を使うわね」

 

 イロニスは意外そうな表情で発しながら、腕を翳して指を振るう。

 すると、彼女の足元にいつの間にか現れていた、複数の新たな獣のようなゾンビが、新好地に向けて襲い掛かって来た。

 

「糞ッ!」

 

 新好地は迫るゾンビ達に向けて立て続けにショットガンの引き金を引く。ゾンビ達は散弾を浴びせられ、悲鳴と共に次々なぎ倒されてゆく。

 

「んもう、厄介な人ねぇ――」

 

 イロニスは口を尖らせて言いながら、新たなゾンビを呼び寄せるべく、再び指を鳴らそうとする。

 

「いい加減にしろッ!」

 

 しかし次の瞬間、新好地がイロニスの掲げた腕を狙って、発砲した。

 

「ヅッ!?」

 

 撃ち出された散弾はイロニスの片腕の皮を裂いて肉を削ぎ、彼女の腕に浅くはない傷を作る。

 

「ふふ……本当にいけない強盗さんね……」

 

 腕から血を流しながらも、首筋に一筋の汗を流しながらも、イロニスはその笑みを崩さずに発する。

 

「強盗じゃねぇ!ったく、なんて奴だ……」

 

 散弾をその身に受けてなお、微笑を浮かべ続けるイロニスの姿に、新好地は背中に寒い物を覚える。

 

「う~んでもでも――確かに強いけど普通の人には変わりないみたいねぇ~。研究材料としてはつまらないかなぁ~」

「ッ、何を気色悪い事言ってやがる!」

「うふふ……」

 

 イロニスは新好地の問いかけには答えずに、不気味な笑みを彼へと向ける。

 

「……お姉ちゃん、いい加減にしてよ……ッ!」

 

 そこへ、ニニマの声が飛び込んだ。新好地の登場でいくらか気力を持ち直したのか、彼女の瞳には怒りの色が浮かんでいた。

 

「はぁ!?このパッパラパー姉ちゃん、嬢ちゃんの姉貴なのか!?」

 

 ニニマとイロニスの関係性を知り、新好地は驚きの声を上げる。

 

「あらあら~、怖い顔しないでニニマちゃん」

「なんでなの……これだけのことをしておいて、どうして笑っていられるの!?お姉ちゃんのやってる事が、おかしいと思わないの!?」

 

 ニニマは鋭い目つきでイロニスを問い詰める。

 

「あら~、ニニマちゃん分からない?人ってみ~んな不安と不満を抱えながら生きてるじゃない?お姉ちゃんもこの村だけでなくいろんな所を見て来たけど、どこもギスギスしてて、嫌になっちゃうって感じだったわ~」

 

 イロニスはふざけた口調で続ける。

 

「でもでも~、み~んなアンデッドちゃんになれば~、そんあ嫌~な事もなくなるわぁ。不安も不満も無くなってぇ、何に対しても一致団結ってね?ね、素敵だと思わない?」

 

 イロニスは傷を負った身でありながら、子供のように楽し気に話す。

 

「元の考えは立派かもしれねぇが、辿り着いた手段がこの有様かよ……。姉ちゃん、アンタの脳味噌は確実に虫食ってるぜ!」

 

 イロニスの言葉を聞いた新好地は吐き捨てる。

 

「あら~、まだ理解できない~?それなら~――」

「もういいッ!!」

 

 ニニマはイロニスの言葉を遮り一喝する。

 

「お姉ちゃんはずっと前に死んだ……あなたはお姉ちゃんじゃないッ!!」

 

 ニニマは言い切ると、イロニスが落とした短剣を拾い上げる。そして同時にイロニスに向かって切りかかった。

 

「おっと」

 

 イロニスは背後へ跳躍してニニマの一太刀を避けると、そのままさらに飛ぶような動作で隣接する部屋へと逃げる。手負いの体で相手をするのは、さすがに不利と判断したのだろう。

 そしてニニマはそれを追いかけて、部屋を出て行った。

 一方の新好地は呆気に取られていたが、すぐに気を取り直して二人を追いかけようとする。

 

「あ!ま、待って!これほどいてってッ!」

「え、あぁ、悪ぃ!」

 

 しかしそこでアインプに呼び止められ、新好地は彼女の解放を優先する事となった。

 

 

 

 時系列は少し遡る。

 

 「ぐッ――がッ――!」

 

 特異体ゾンビの体当たりを受け、家屋の壁を突き破って外へと押し出されたハシアは、そのまま勢いで吹き飛ばされ、一度バウンドした後に地面に倒れる。

 

「ぐ……」

 

 ハシアがその体に受けたダメージは軽い物ではなく、直ちに起き上がる事は困難であった。

 しかし地面に倒れたハシアに、特異体ゾンビは容赦なく迫る。そしてハシアの傍まで来た特異体ゾンビは、彼を踏みつぶすべく、その腫れ上がった片足を持ち上げてハシアの上へと運ぶ。

 しかし、特異体ゾンビの足が踏み下ろされる直前、ハシアの体がその場から消えた。特異体ゾンビの脚は、そのまま何もない地面に重々しい音を立てて踏み下ろされる。

 

「――え……?」

 

 ハシアは自分の体が何者かに抱えられている事に気付く。彼が視線を上げれば、そこには他ならぬ制刻の姿があった。

 

「ギリだったな」

 

 制刻はハシアを小脇に抱えて駆けながら呟く。

 

「ジユウ……!すまない……」

 

 ハシアは苦し気な声色で、制刻に向けて謝罪する。

 

「別にいい」

 

 それに対して制刻は端的に返す。そして制刻は敷地を覆う塀の傍へ駆け込むと、やや手荒な動作でハシアの体をそこに置いた。そしてそこに合流した策頼が、警戒の姿勢を取る。

 

「ジユウ……中にアインプと、この村がこうなった元凶が……」

「元凶だと?」

 

 ハシアの言葉に、制刻は訝しむ声を上げる。

 

「オ゛オ゛オ゛ーー……!!」

 

 しかしその時、特異体ゾンビが低くそして不快な呻き声を上げ、制刻等の注意を引いた。見れば、特異体ゾンビは緩慢な歩みだが、こちらとの距離を詰めつつあった。

 

「自由さん、奴が来ます」

「しゃあねぇ。家ん中には新好地が行ってる、あいつに任せるとしよう。俺等は、このヘヴィなヤツの処理が先だ」

 

 言うと制刻と策頼は、特異体ゾンビを迎え撃つべく、その場を離れて向かってゆく。

 次の瞬間、特異体ゾンビは制刻等目がけて、突然速度を上げて突貫して来た。

 

「避けろ!」

 

 制刻と策頼はそれぞれ左右に飛ぶ。

 ギリギリの所で二人は特異体ゾンビの突貫を回避。特異体ゾンビの突貫は空を切り、二人の間を突き抜けてその先で停止する。

 目標を見失った特異体ゾンビは、その頭を仕切りに動かして索敵を行っている。

 

「賢くねぇな。ほれ、こっちだ」

 

 制刻は特異体ゾンビの注意をハシアに向かせないため、特異体ゾンビの背中に発砲して注意を自分へと向かせる。

 背中に5.56㎜弾を数発受けた特異体ゾンビは、しかしそれによりダメージを受けた様子は無く、のっそりとし動作で制刻の方を向く。そして制刻を発見した特異体ゾンビは、一転した瞬発力で駆け出し、制刻目がけて突貫して来た。

 

「っとぉ」

 

 制刻は再び横に飛んでそれを回避する。

 特異体ゾンビは再び目標を見失い、制刻等にその背を晒す。制刻はその背中に小銃を向けて三点制限点射で数回発砲。策頼も同様にショットガンを構えて数回発砲。5.56㎜弾と散弾が特異体ゾンビの背中に浴びせられる。

 

「オ゛オ゛ッ……!」

 

 攻撃に、しかし特異体ゾンビは呻き声こそ上げれどもダメージを受けた様子は見せてはいない。そして今度は策頼の方を向き、彼に向かって突貫を仕掛けた。

 策頼は制刻同様に横に飛んで突貫を回避。特異体ゾンビの突貫は三度空振り、そして目標をロストする。

 

「自由さん、弾が通ってません」

「見かけ通り、硬ぇようだな」

 

 分析の言葉を交わす二人。

 

「しゃぁねぇ、ちょいと荒業が必要なようだな。策頼、奴を俺の鼻先で立ち止まるよう誘導できるか?」

「やります」

 

 言うと策頼は、自分を通り越して行った特異体ゾンビに向けてショットガンを構え、発砲。攻撃を受けた特異体ゾンビは策頼に振り向き、突貫を仕掛けて来た。

 策頼はこれまでと同様に横に飛んで回避。策頼が居た場所を走り抜けて行った特異体ゾンビは、その先でつんのめるようにして停止する。

 

「――よぉ」

 

 その特異体ゾンビの懐へ、制刻が踏み込んで来たのは次の瞬間だった。

 突然間近に現れた制刻に、特異体ゾンビは反応できていない。そして制刻の手にはピンの抜かれた手榴弾が握られており、制刻はそんな特異体ゾンビの口目がけて、手榴弾を思い切り叩き込んだ。

 

「ヴォッ」

 

 手榴弾を捻じ込まれた特異体ゾンビの口からくぐもった声が上がる。

 制刻は手榴弾を特異体ゾンビの口に叩き込むと、すかさず特異体ゾンビの腹を蹴って、その反動で飛び、特異体ゾンビとの距離を取る。

 その直後、特異体ゾンビの口内に捻じ込まれた手榴弾が炸裂した。

 

「ビョッ――」

 

 特異体ゾンビの頭は、炸裂音とそして奇妙な悲鳴のような音と共に爆ぜた。

 頭部を構成していた頭骨や脳髄、眼球や歯、その他肉片が周囲へ飛び散る。そして頭部を完全に失った特異体ゾンビは、一拍の間を置いた後に、ドシンという音と砂煙を立てて、地面に倒れ伏し、動かなくなった。

 

「やぁれやれ」

 

 制刻は飛び退いた先で、立ち上がりながら呟く。

 

「仕留めましたね」

 

 そこへ策頼が合流。

 制刻と策頼は倒れた特異体ゾンビの体を遠巻きに確認し、完全に無力化できた事を確認する。

 

「ハシアを回収して、新好地んトコに向かうぞ。その元凶とやらを抑える必要がある」

「了」

 

 二人はそう言葉を交わすと、行動へと取り掛かった。

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