―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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2-8:「語られるこの世界」

 村を後にした偵察隊とハシア達は、村から少しより距離を取った地点で野営をし、朝を待っていた。指揮通信車の傍らで制刻等は焚火を囲んでいる。

 

「成程、ニニマさんのお姉さんはそんな考えを……」

「あぁ……」

 

 神妙な面持ちで発されたハシアの台詞に、新好地が小さく言葉を返す。

 新好地とニニマは、イロニスがなぜ今回の事態を巻き起こしたのか、本人が語ったその理由を皆へと伝えていた。

 

「世界平和のために全人類をゾンビ化か。またぶっ飛んだ結論にたどり着いたモンだな」

 

 制刻は脱いだ自身の66式鉄帽を、片手で弄りながら発する。

 

「そして、実際にこんな薬を作り出してしまったのか……」

 

 制刻に続いて河義が発する。彼女の手には、一つの小瓶が握られている。それはイロニスが所有していた、死者をゾンビ化させる薬品だ。偵察隊は彼女が所有していたその薬品を、今回の事件の重要証拠品として回収していた。

 

「世界の汚い部分を、色々と知ってしまったんだろうな……」

 

 そして河義は苦々しい口調で言う。

 

「彼女にも同情が無いわけではないが――それでも今回の事は許されざる行為だ。今回の事、そして彼女が作り出した薬に付いては、然るべき機関に報告して、無力化の方法を見つけなければならない」

「……ですね」

 

 ハシアの毅然とした言葉に、河義は少しやりきれないといった表情で返した。

 

「河義三曹。アインプさんの方、終わりました」

 

 そこへ出蔵が声を挟む。彼女は救い出されたアインプの手当てをしていた。指揮通信車の後部ハッチには、そこに腰掛けるアインプの姿もある。

 

「アインプの怪我の具合はどうだったんだい?」

 

 ハシアは彼女等の元へ近寄づき、出蔵に尋ねる。

 

「小さな怪我はいくつかありましたけど、体調は健康そのものです」

「あったりまえ!この程度屁でもないよ」

 

 ハシアに対して出蔵が伝え、それに続いてアインプが意気揚々と答えて見せた。

 

「――所で、嬢ちゃん村があんなことになっちまって、どこか他に当てはあるのか?」

 

 アインプの容態に関する話が一区切りした所で、新好地がニニマに向けて尋ねる。

 

「あ、それは大丈夫です。月橋の町に姉が住んでますから」

「姉?」

「あぁ、ごめんなさい。もう一人下の姉がいるんです。私が村を一週間離れていたのも、その下の姉の所に行っていたからなんです」

「成程」

 

 ニニマの説明に、新好地は納得したように呟く。

 

「じゃあ、寄り道等はすることなく、ニニマさんを送っていけるな」

「え――送って、いただけるんですか?」

 

 河義の発した言葉に、ニニマは若干驚いた様子で発する。

 

「当り前だろう?まさかここまで来て、俺達があんたを放って行くとでも?」

「でも――ううん、ありがとうございます」

 

 最初は遠慮の姿勢を見せかけたニニマだが、小さく首を振ると例の言葉を言った。

 

 

 

 明日の行程の話し合いも終わり、偵察隊は食事とする事となった。

 持ち込まれていた戦闘糧食Ⅱ型が各員に、そしてハシアやニニマ達にも配られ、焚火を囲んで各々はそれを口に運んでいる。

 隊員等はパックから直接スプーンで中身を食していたが、ハシアやニニマ達の分に関しては、食べやすいよう飯盒の中蓋に移す配慮が取られていた。

 

「変わってるけど、うまいねこれ」

「アイディ種と違って水気と粘りの多い米だな……それに何より、この保存形式事態も興味深い」

 

 アインプは楽し気に糧食を頬張り、ハシアは興味深げに観察しながら、糧食を口に運んでいる。主食をとり飯とし、副食に筑前煮のパックを用意した日本人向けのメニューだったが、異世界人の彼等にも受け入れられたようだった。

 

「……」

 

 しかしニニマだけは、その手に持ったスプーンの動きが緩慢であり、飯盒の中蓋によそわれた糧食にも、ほとんど口がつけられた様子が無かった。

 

「ん?どうした嬢ちゃん、口に合わないか?」

 

 隣に座っていた新好地がそれに気づき、ニニマに尋ねる。

 

「あ、いえ……そういうわけでは……」

「……いやすまん、そもそも食欲が無いか」

「すみません……」

 

 ニニマの心境を察した新好地は発し、それに対してニニマも謝罪で返す。

 つい先程、両親と姉、そして故郷を一度に失った彼女だ。そんな彼女に何か物を口にする気力が起きないのも、当然の事であった。

 

「しかしな……何か口に入れて置かないと、それこそ体に悪いしな……」

 

 困ったように発した新好地は、自身持っていたとり飯のパックを置くと、入れ替わりにそこに置いてあったフルーツ缶を手に取る。これに関しては民生品の物であった。

 そしてフルーツ缶の蓋を開けると、缶をニニマへと差し出した。

 

「果物ならどうだ?味飯よりは口に入れやすいと思う」

「あ、ありがとうございます」

 

 ニニマはフルーツ缶を新好地の手から受け取ると、少し遠慮がちな手つきで、スプーンでその中身を掬い、自身の口に運ぶ。

 

「――ん」

 

 カットされた果物と果汁の味をその舌で感じたニニマは、そこで初めて緊張で強張っていたその頬を綻ばせ、わずかにだが安堵の様子を見せた。

 

「食えそうか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 尋ねた新好地に返しながら、ニニマはフルーツ缶の中身を口に運ぶ。その様子に、新好地の顔にも笑みが浮かんだ。

 

 

 

 東方面偵察隊の各員とハシア達は野営で夜を越し、そして朝を迎えて行程を再開。指揮通信車は連峰の内の残る最後の山を越えつつあった。

 

「ふえー!速いなぁ、コレ!」

 

 指揮通信車の車上では、監視役を引き受けたアインプが、風を受けながらその走行速度に驚き、そしてはしゃいでいる。

 

「よぉ、姉ちゃん!はしゃぐのいいが、間違って落っこちたりすんなよ!」

 

 そんなアインプを、ターレットに付く矢万は危なっかしそうに見ながら、声を送る。

 

「大丈夫、分かってるってぇ!」

「本当に大丈夫かよ……」

 

 陽気に返事を返すアインプに、矢万は呆れた声で呟いた。

 

 

 

 一方、車内後部の隊員用スペースでは、ニニマが落ち着かなそうな様子で座席に座っていた。

 

「大丈夫か?」

「ちょっと、落ち着かないです……」

「俯いてると酔うから気を付けてな。気分が悪くなったら、すぐに言うんだぞ?」

 

 不慣れな車輛に顔を強張らせているニニマを、新好地が気遣っている。

 

「改めて思うけど、君達の持つ装備は本当にすごいね」

 

 一方、同様に座席に腰掛けているハシアは、すでに驚く段階は過ぎたのか、興味深げに指揮通信車の内部を見回している。

 

「確か初めてあった時に、ニホンという国の軍隊だと言っていたよね?」

「厳密には軍を名乗ってはいませんが……まぁ、類似する組織である事に代わりはありません」

 

 ハシアの質問に、河義が答える。

 

「君達のような強力な軍隊を持つ国があれば、その名が世間に知れ渡らないという事はまずないだろう。でも……少なくとも、僕等が知る限りではそういった名の国は聞いたことが無い。どうやら最初に聞かされた、君達がまったく違う世界からやって来たというのは、本当の事のようだね」

「まだ信じてなかったのか、オメェさん」

 

 ハシアの言葉に。今度は制刻がふてぶてしい口調で発する。

 

「おい、制刻。――無理も無い話だろう、私達だって、今だに現在の状況を信じ切れてはいないんだ」

 

 そんな制刻に、河義は咎める声を上げる。制刻はそれに対して「あぁ、失礼」と軽い調子で返すと、ハシアへ再び向き直る。

 

「所で、こっちからも聞いていいか?」

「ん、なんだい?僕に答えられる事であればいいけど」

「むしろ、お前ぇさん以外に適任はいない質問だ。お前ぇさん、最初に魔王とやらを倒すために旅をしてると言ったな?この世界の魔王っつーのは、どういう存在なんだ?」

「この世界の……?ごめん、先に聞いてもいいかな?君たちの世界にも魔王が?」

「いや、俺等の世界には居ねぇ――」

 

 制刻は自分達の世界には、強大な人や物を現す比喩的な言葉としてこそ〝魔王〟という言葉は存在しているが、実態を持った本物の魔王というものは存在しない事を、勇者に教える。

 

「まぁ、魔王の名で祭り上げられる奴は五万といたがな」

 

 言葉の最後に、制刻は皮肉気に付け加える。

 

「成程――じゃあ、この世界に魔王について教えようか――」

 

 ハシアは言葉を紡ぎ始める。

 この世界では、世界各地に魔王関する共通の言い伝えがあったという。

 何千年、もしくは何万年かもしれない遥か昔。魔王と言う強大な力を持つ存在が、実在していたという。その魔王は比類なき力を誇り、そして地上に存在する魔物のほとんどを従え、それ等を持って世界に侵略の手を伸ばした。

 しかし魔王とその軍勢に対抗すべく、この世界の国々は結託。そして魔王を打ち倒すべく、それにたる力を持った存在、〝勇者〟が世界の各地から選び出され、集った。

 勇者達、そして各国の勢力は数えきれない犠牲と引き換えに魔王の勢力を打ち破り、魔王を倒すことに成功した。

 しかし、魔王は最後にこう言い残したという。――いずれこの世に蘇り、その時こそは人類を打ち倒し、この世界を支配する――と。

 

「その言い伝えが現実の物となったのが、およそ五年前だよ……」

「RPGの世界観そのものだな……」

 

 そこまで聞かされた内容に、新好地は思わず呟く。

 

「あーる……?」

 

 横に座っていたニニマが不思議そうな顔で尋ねる。

 

「あぁ……まるで御伽噺の世界観だなって」

「ははは。実際、世界中の皆がそう思っていたよ。――現実に、魔王が復活するまではね」

 

 ハシアは一度指揮通信車内にいる各員を見渡すと、再び語り始める。

 魔王は、現在この世界で人類が到達している範囲の中でも、最北東端にある〝終界の誓国〟という国で復活したとの事だ。

 そして魔王復活に呼応して多くの魔物が魔王の元に集結。再び結成された魔王の軍勢はその地を起点として、各地へ侵略を始めた。終界の誓国、そして近隣諸国は抵抗も空しく、もしくは碌な抵抗すらできないまま攻め落され、あるいは滅ぼされて行ったという。

 魔王の軍勢の各地への侵略に対して、この世界の各国は連合を結成し、これに立ち向かう事となる。

 しかし、すでに御伽噺としてしか考えられていなかった魔王の突然の復活と侵略に対して、各国の対応はお世辞にも迅速な物とは言えず、対応は後手に回り続けた。

 足並みは揃わず、各国の戦力は敗走と壊滅を繰り返し、五年の間に二つの大陸とそこに存在する数多の国々が、魔王の軍勢の手に落ちた。

 現在主戦場となっている〝命郷の大陸〟で、各国の連合軍はようやく足並みを揃え、まっとうな防衛線を築いて魔王の軍勢の侵攻速度を抑える事に成功したものの、防戦一方である状況に変わりはなく、防衛線は日に日に押されている。

 さらには魔王復活の影響か、各地に生息していた魔物もその数を増やし、そして狂暴性を増した。

 そして改善どころか悪化の一途を辿る状況に、連合への参加や派兵を渋る国が現れ始め、挙句の果てには各国の連合体を裏切り、魔王の軍勢に下る国や人々まで現れる有様であるという。

 

「ボロクソだな……」

 

 そこまで話を聞いた所で、新好地は思わず零した。

 

「まったくだよ……抵抗を続ける者達の士気も下がり続け、各国は疲弊して行く一方だ。そしてそんな状況に藁にもすがる思いだったんだろうね。各国、そして人々は、もう一つの言い伝えに賭ける事にしたんだ」

「それが、勇者か」

 

 ハシアの言葉に、制刻が返す。そしてハシアはその通りだと告げた。

 かつて魔王を打倒した勇者という存在。各国と人々は、その存在の復活を願い、その可能性のある者を死にもの狂いで探し始めた。

 そしてそれが功を奏したのか、言い伝えにある勇者の条件に値する者が、各地で発見される。人並み外れた身体能力と魔力をその身に宿す者達。あるいは未熟であれども、鍛錬を受けることにより、その力を得うる可能性のある者達。または心得が無くとも、国、組織単位で行われる強大な魔力加護を、その一身に受け止められる程の器を持つ者達。彼等はかつての勇者達の末裔であったり、あるいはかつての魔王との戦い以降に生まれ出た、新たな勇者としての資質を持つ血筋の者であったりした。

 各国は探し出したそれらの勇者たる者達に、魔王討伐の命を与えたのだ。

 さらに同じくして、各地からかつて勇者達が使用した武器が見つけ出された。それらは国宝として厳重に保管されている者もあれば、人目を避けるように辺境に隠されている物もある一方で、普通の武器や道具に混じって一般に流通している物もあれば、田舎の一般家屋の物置で埃を被っている物まであった。

 それらは皆、一般的な武器や道具とはかけ離れた強力な力を宿していた。

 しかし発見されたそれらはかつて存在いくつもの武器のほんの一角に過ぎず、選び出された勇者達には、魔王討伐の命に並び、未だ未発見の武器や道具の発見回収が命じられた。

 

「成程な。で、その面倒を押し付けられた一人が、お前さんってわけか」

「おい制刻」

 

 皮肉気な言葉を吐いた制刻を、河義は咎める。

 

「いや……僕も正直、大変な役割を任されちゃったなと思ってるよ。国で図書管理士をやってた頃には、こんな危険を伴う冒険に出るとは、思ってもみなかった」

「図書管理士ですか……!」

「おもいっきり畑違いの職だな。どんな経緯で選び出されたんだ?」

 

 ハシアの前職を聞き、河義が驚きの声を発して、制刻が呆れの混じった声で返す。

 ハシアの話によると、彼の国はかつての勇者の血縁にある者を調べ、それが彼の一族であったらしい。この事実は、ハシアも彼の家族も家族も初耳で、大変驚いたとのこと。

 そして一族の中で、ハシアに勇者としての資質が確認され、勇者としての命が与えられたとの事だった。

 

「なんというか、ご出身の事を悪く言うようで失礼かもしれませんが……少し乱暴な話ですね……」

「もちろん強制ではなく、僕には断る選択肢もあったよ。知らせは公にされる事はなかったから、断って元の生活を続けることもできた。――でも、魔王軍によって世界が危機に陥っている事は心苦しく思っていたからね」

 

 そこでハシアは俯き、少し声のトーンを落とす。

 

「魔王討伐の旅なんて偉そうに言ったけど、僕じゃ魔王の元までたどり着く事もできないだろう……。でも、未だに眠る武器や道具の発見や、対魔王戦線で戦力の一端になるくらいはできるかもしれない。僕でも力になれる事があるなら、それをしたいと思ったんだ」

 

 ハシアはそこで再び顔を起こす。

 

「それに、僕一人だけではなく、ガティシアやイクラディが仲間として一緒に来てくれたからね」

「村で一緒だったあの兄ちゃん二人か」

 

 ハシアの言葉に、制刻は村でハシアと一緒だった、騎士のガティシアと僧侶のアインプの姿を思い出す。

 

「うん。ガティシアは王宮騎士団でももっとも優秀な存在だし、イクラディも片翼協会から選び出された優秀な僧侶だ。二人には何度も助けられたよ」

「ん?では、アインプさんは?」

 

 そこで河義は指揮通信車内の天井を見上げ、その向こうで風を切っているであろうアインプについて尋ねる。

 

「あぁ、アインプだけは僕等の故郷、栄と結束の王国の出身じゃないんだ。途中で立ち寄った町で彼女と出会って、色々あって同行してくれる事になったんだ」

「成程」

「彼女にも何度も助けられている。三人が居なければ、僕はとっくにどこかで倒れていただろう。今回、そんな仲間を助け出してくれた事には、本当に感謝しているよ」

「よしてください。私たちはたまたま居合わせ、出来る事をしたに過ぎません」

 

 頭を下げたハシアに、河義は慌てて返す。

 

「それに、飛んだり切ったりと、俺等から見りゃお前ぇさんも十分やべぇけどな」

 

 そして制刻が言う。

 

「はは、ありがとう。でもこの力は、純粋な僕自身の力じゃない。国の教会から加護を受けているから、発揮できる力なんだ」

 

 ハシアによれば、彼の国の教会では勇者に加護を与えるための大掛かりな魔法儀式が今も行われており、それがハシアに、そして彼を通して彼の仲間達に、超常的な力を与えているのだと言う。

 この先の鍛錬次第では、魔法儀式の恩恵がなくとも、彼自身がその体に強大な魔力を宿す事が可能になるそうだが、それまでの道は遠いとの事であった。

 

「僕はまだ、借り物の力でやっと戦っているに過ぎない。国からの加護がなければ、ただの人さ」

「しかし先の話を聞くに、その力を大きな力を借り受ける事のできる存在が、そもそも稀なのでしょう?」

 

 自嘲気味に言ったハシアに、河義は問う。

 

「うん、そうらしい。でも僕は、その借り受けることのできた力すら、満足に使いこなせていないのが現実だ。国の人々の期待に少しでも応えるために、もっと鍛錬を重ねなければならない」

 

 それは皆にというより、自身に言い聞かせるように発した言葉だったのだろう。ハシアは決心を新たにしたように、凛とした表情で発する。

 

「これ以上強くなんのかよ……」

 

そんなハシアに、新好地は驚きと呆れの混じった口調で発した。


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