―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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1-2:「接触」

 高地を下り麓へと降りた小型トラックは、その先に広がる森の中へと入った。

 森の中には、人の行き来により自然にできたと思われる道があり、小型トラックはそれを利用して難なく森の中を走り抜けてゆく。

 

「集落の情報にばかり意識が行ってたが、こんな森も演習場内にはなかったはずだ」

 

 助手席に座る河義は、流れてゆく森の景色に目を配りながら呟いた。

 その背後、小型トラックの荷台では、制刻と鳳藤がそれぞれ自身の小銃に弾倉を装填している。

 

「何も装填まで……なぁ、本当にここまでしておく必要があるのか?」

「知らねぇ。分からねぇから、こうやって備えておくんだ」

 

 懐疑的な表情で尋ねる鳳藤に、制刻はその独特の重低音で端的に返事を返す。

 小型トラックはしばらく走り続け、やがて前方に森の出口が見えてきた。

 

「河義三曹、あれを」

 

 運転席でハンドルを握る策頼が、視線で前方を示す。森の出口付近にオートバイに跨り、こちらに向けて手を振る隊員の姿があった。

 

「無線連絡を寄越した21偵の隊員だな」

 

 小型トラックは森の出口に到達し、オートバイの隣へと停車する。

 

「54普連、2中の河義三曹だ。21偵の新好地(にいこうち)士長か?」

 

 河義の問いかけに新好地は「そうです」と返し、両者は軽い敬礼を交わし合う。

 

「それで、あそこに見えるのが例の集落か」

 

 森の出口から先はなだらかな下り坂になっており、河義はその先を見下ろす。

 そこには報告道理、確かに小さな集落が存在していた。

 

「ほぅ。確かに妙ちくりんだ」

 

 同じく集落を見下ろしていた制刻が呟く。

 眼下に見える集落には、いくつかの家屋がポツポツと並んでいたが、それらはどれも日本国内で一般的に見られる住宅とは異なる物だった。

 河義は荷台に積んだ無線機を手繰り寄せ、高地頂上の通信指揮車に向けての回線を開いた。

 

「こちら川越14、河義三曹。調布21、応答願う」

《河義か、井神だ》

 

 無線の相手には、井神が直接出た。

 

「井神一曹、こちらは報告を受けた集落の外れに到着。21偵の新好地士長とも合流しました。まだ外れから様子を見ている所ですが、新好地士長の報告道理です。集落にはおとぎ話に出てくるような、小洒落た家屋が並んでます」

「自分の幻覚ではないという事は、分かってもらえましたか?」

 

 河義の横から、新好地が冗談交じりの台詞を発する。

 

「これより集落に赴き、情報を集めたいと思います」

《よし。河義、判断はお前に任せる。しかし無理はするなよ、何かあればすぐさま帰投しろ》

「分かりました。川越14交信終了」

 

 報告を終えた河義は無線を切り、無線機を荷台へと戻す。

 

「何かって、そんな……」

 

 一方、井神の最後の忠告の言葉に、それを聞いていた鳳藤は苦い表情を作って声を漏した。

 

「新好地士長、君はここに留まり見張りを続けてくれるか?」

「構いませんが……必要でしょうか?」

 

 河義の指示に、新好地は疑念の声を返す。

 

「まぁ、念のためな。――策頼、村の入り口まで進めてくれ」

「了解」

 

 背後を新好地に任せ、小型トラックは再発進。

 なだらかな坂を下り、集落の入り口付近へと乗り付けた。

 

「映画のセットか観光施設みたいだな……」

 

 河義は小型トラックの助手席から降りながら、近場で見る集落の様子に対して、そんな言葉を漏した。

 

「よし、皆も降りろ。手分けして集落を調べるぞ。俺は家屋を何件か訪ねてみる。策頼、俺と一緒に来てくれ」

「了解」

 

 策頼は同行の指示に端的に答えながら、小型トラックに載せていた自身の小銃を取り出し、肩へとかける。

 

「そんじゃあ、俺等は奥の方を見てきましょう」

「あぁ、頼むぞ制刻」

「よぉし剱、行くぞ」

 

 制刻は河義に集落の奥側の調査を進言。河義の了解を得ると、鳳藤を呼びながら、集落の奥へと進みだす。

 

「お、おい!勝手に決めるなよ……!」

 

 鳳藤は文句を吐き出しながら制刻の後に続いた。

 

「さて、まずあそこから訪ねてみるか」

 

 河義は制刻等を見送ると、一番近くに建つ一軒の家屋に目星をつけ、玄関口と思われる扉へと近づく。そして扉をノックしながら、声を上げた。

 

「すみません。私は陸隊、北部方面隊の者です。どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 自身の身分を名乗りながら、居住者に呼びかける河義。

 しかし少し待ち、さらに二度ほど呼びかけても、家屋の中から人が出てくる気配は無かった。

 

「河義三曹。見てきましたが、扉や窓は全部閉まってます」

 

 家屋の周囲を回って来た策頼が、河義にそう伝える。

 彼の言う通り、家屋の窓は全て木板でできた外窓で、完全に締め切られていた。

 

「この家には、誰も住んでいないんじゃないでしょうか?」

 

 策頼は独特の鋭い目つきで、誰も出てこない家屋をしげしげと眺めながら発言する。

 

「そうは思えないがな……見ろ、新好地士長が言っていたように、確かに生活の痕跡がある」

 

 河義は言いながら、家屋の壁際に視線を向ける。そこには最近用意されたばかりと見られる薪の束が、いくつか丁寧に積み重ねられていた。

 

「ひょっとしたら先の閃光と振動で、住人の身になにか起こったという可能性もある。よくよく注意しながら回ろう」

 

「了解」

 

 河義等は最初の家屋を後にし、次の家屋へと向かった。

 

 

 

 一方の制刻と鳳藤は、集落の中央を通る小道を、その両脇に点在する家々を調べつつ進んでいく。

 

「古めかしいのはパッと見だけってワケじゃねぇな。おまけに、インフラに関わる設備がまったく見当たらねぇ」

 

 制刻が呟くように、立ち並ぶ家屋はどれも、外面だけの飾りではなく、純粋に木材とレンガを主として構成されていた。しかし異質なのはそれだけではなく、現代ではどんな田舎の家屋でも大抵みられる、電線やアンテナ、水道やガスのメーター、空調の室外機、そういった類の設備が一切見かけられなかった。

 

「やはり、河義三曹が言っていたように、映画のセットとか、観光施設の跡なんじゃないのか?それが撤去されずに残っていただけとか……」

「北東演習場ができてから何十年も経つ。そんなモンが掌握されずに残ってると思えねぇがな」

 

 家屋の周囲をまるで不審者のように見て回りながら、制刻と鳳藤は考察を交わす。

 

「まぁ、その前にこの辺が演習場内だって保証もねぇがな。全く違う場所だってんなら、この得体の知れない集落にも、なんぼか説明はつく」

「はぁ?違う場所って……」

 

 制刻の台詞に、鳳藤は怪訝な顔を浮かべる。

 

「演習場以外の別の土地に、漂流者のように流されたとでも言うつもりか?それも部隊ごと……非現実的にも程があるぞ」

「その非現実的な事が、すでにいくつも現実に起こってるだろうが。この集落に、地形の変わり様、不自然に消えた他の部隊。井神一曹等もまだ口には出さねぇが、頭の隅では考えてるだろうよ」

「だからって……じゃあ、ここは一体どこだって言うんだ」

「それが分かりゃ苦労はしねぇ。とにかく、俺等の知らねぇどっかさ」

 

 言葉を交わしながらも家屋を調べ終わり、制刻と鳳藤はその場を離れて別の家屋へと向かった。

 

 

 

「あ、あいつら二手に分かれたよ!」

「手分けして村を漁るつもりだろうか……?」

 

 集落の奥の方に建つ家屋の一つ。その屋根の上に、声を交わし合う二人分の人影があった。

 一人は僧服を身に纏った中性的な顔の青年。もう一人は革製の服の上に、肩当などいくらかの甲冑を纏った、整った顔立ちの女。

 両者は家屋の屋根の傾斜を利用して身を隠し、地上の様子を伺っていた。

 

「どんな様子?」

 

 その二人に背後から声が掛けらる。二人が振り向くと、家屋の裏に掛けられた梯子を上って来た、少年の上半身姿が目に映った。

 

「あ、勇者様」

 

 僧服の青年から勇者様と呼ばれる少年。

 旅人向けの服装の上から、先の女と同様にいくつかの装飾と甲冑を身に纏うその少年は、一見すれば少女と見まがう程の可憐な顔立ちをしてた。

 

「侵入者は村の各家を調べ回ってるみたい。そしてその内二人は少しづつこちらに向かって来てる」

 

 僧服の青年は、自身が勇者と呼んだ少年に、地上に現れた侵入者の動きを説明する。

 

「まだ、家に押し入って荒らすような事はしていないのかい?」

「うん、今の所その様子はないね」

「うーん……盗賊の類かと思ったけど、ひょっとして違うのかな……」

 

 屋根に上がり、他の二人に加わった少年は、地上の人影を観察しながら呟く。

 屋根の上に並んだ三人の顔には、一様に緊張と疲労の色が浮かんでいた。

 

「えぇー……でも怪しさ満点だよぉ?おかしな馬や荷車に乗ってるし、格好も旅人にしては変だし」

 

 しかし少年の言葉に、隣にいる女は訝し気な声を返した。

 

「まだ獲物の品定めをしてる途中とかじゃない?貴重品や珍しい物しか狙わない盗賊とかもいるじゃん」

「そうかもしれないけど……まだ分からないな、もう少し様子を見てみよう」

 

 地上の侵入者の観察を続ける少年たち。侵入者は、やがて肉眼で表情が確認できる所まで近づいて来る。

 

「昨日、戦いになった辺りに踏み込んだ。あそこまでくれば姿もよく見えるように――うッ!?」

「ん?何?――いぃッ!?」

 

 侵入者の明確な姿をその目に捉えた少年たちは、接近して来た二人組の内の、大柄の人物の容姿に目を見開いた。

 

「ちょっとちょっと、こっちに来るアイツ、なんか見た目がやばいよ!?」

「亜人の類か?でも、オークやトロル、オーガとかとも違う見た目だ……」

 

 大柄の人物は形容し難い外見をしていた。特にその顔は異様に歪で、言葉にしがたい嫌悪感を感じさせる。

 オークやトロルなどの亜人種ですら、その人物と比べればいくらか整った顔をしているとさえ感じた。

 

「よくわかんないけど、あいつ絶対やばいって!仕掛けてやっつけなきゃまずいよ!」

「いや……焦っちゃ駄目だ。まだ目的は分からないし、やり過ごせるならそのほうがいい」

 

 攻撃を提案する女を説いて落ち着かせ、少年は観察を続けようとする。

 

「勇者様!」

 

 しかしその時、屋根の下から少年達だけに聞こえる声量で、呼びかけの声が聞こえた。少年が地上へと顔を覗かせると、そこには一人の老人と、重装備の甲冑に見を包んだ端正な顔立ちの美青年がいた。

 

「ガシティア。それに村長さんまで、一体どうしたの?」

 

 老人はこの集落の村長だった。村長は焦りと申し訳なさの入り混じった声で、少年に向けて話し出す。

 

「勇者様。それが……村の子供の一人が、大事な物を取りに行くと言って、飛び出して行ってしまったのです……!」

「え!?」

 

 村長の説明に、少年は表情を険しくした。

 

「申し訳ありません、避難先の家から出てはならないと、きつく言い聞かせておいたのですが……」

「ご家族が目を離した隙に、抜け出してしまったそうだ」

 

 村長の隣にいた、ガティシアと呼ばれた重装備の青年が補足を加える。

 

「まずいな……侵入者もすぐそこまで来てて……」

「あ!ちょっと、あれッ!」

 

 少年の言葉を遮り、女が声を上げながら、慌てた様子で地上を指し示した。

 女が指し示す先に視線を向けると、なんと地上にいる二人組の侵入者の近くに、件の子供と思わしき姿があった。そして二人組の片割れが、子供へと近寄って行く様子が見える。

 

「まずいよ、これ絶対まずいよ!」

 

 その様子を見て、女はいよいよ焦りだす。そして少年は少し悩んだ後に、意を決して言葉を発した。

 

「……仕方ない。あの子に何かあってからじゃ遅い、仕掛けよう!アインプと僕で前に出る!」

「!――そうでなくっちゃ!」

 

 少年の言葉に、アインプと呼ばれた女は不敵な笑みを浮かべると、傍に置いてあった巨大な斧を手に取った。

 

「イクラディ、火炎魔法で最初の牽制をお願い。僕たちが配置するのは待たなくていい、詠唱が完了したらとにかく撃って!」

「分かったよ、勇者様!」

 

 少年から指示を受けた、イクラディと呼ばれた僧服の青年は、返事と同時に手にしていた分厚い本を広げた。

 

「間違っても、子供に当てたりしないでよッ!」

「分かってるよ!」

 

 女のからかいの言葉に、僧服の青年は少しムスッとした顔で答えながら、

 

「鋭気溢れる熱と炎よ。その力を我は借り受けたい……その力にて仇成す者を包みたまえ!」

 

 僧服の青年は開いた項に目を落とし、呪文を紡ぎ始めた。

 

「ガティシアは村長さん達を守って!」

「承った」

 

 少年の指示に、甲冑の青年は端正な声で答える。

 

「よし、アインプ行くよ!」

「はいよッ!」

 

 そして合図と共に、少年と斧を持つ女は、家屋の屋根の上から飛び立った。


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