―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-2:「歓迎されざる増援」

 翌朝早朝。場所は一度、高地の日本国隊野営地へと戻る。

 霧がうっすらと野営地を覆い、その一角で複数のエンジン音が響いている。燃料調査隊のために用意された車輛の群れだ。82式指揮通信車を一番端に、補給物資を満載した大型トラックと、武器弾薬を搭載した大型トラックが並び、一番逆側に旧型73式小型トラックが停車していて、各車のヘッドライトが立ち込める霧を照らしている。

 

「重ってぇなぁ、迫撃砲なんて必要なのかぁ?」

 

 武器弾薬トラックの荷台の後ろには、多気投の巨体があった。彼は呟きながらも、64式81㎜迫撃砲を片手で軽々と持ち上げ、トラックの荷台に乗せる。

 

(前も似たような光景を見た……)

 

 その光景を横で見ていた出蔵が、内心でそんな事を思い浮かべる。

 

「なくて困るよかマシだろ、ほらどけ」

 

 呟く多気投を身体で押しのけ、竹泉は荷台へ弾薬が詰められた弾薬箱を乗せる。そして各種武器弾薬の積載を終えると、竹泉や多気投、出蔵は自身に割り当てられた旧型73式小型トラックへ向かう。ジープベースの旧小型トラックにはすでに河義や制刻、策頼が事前点検を終えて搭乗しており、竹泉達も同様に乗り込んでゆく。

 

「よお、自由。一応最低限の精製の仕組みは把握してるたぁ言ったけどよ、ほんとにこのファンタジー甚だしい世界で、石油精製なんて可能なのかねぇ」

「なのかどうかじゃねぇ、やるしかねぇんだ」

 

 竹泉の投げかけた言葉に、制刻は端的に答える。

 

「力を失っちまえば、この世界での俺等はただの不審者だからな」

「そりゃ、お前さんだけじゃあねえのかねぇ?」

 

 制刻の言葉に、竹泉は制刻の歪な顔を一瞥して発した。

 そんなやり取りの一方で、指揮通信車の傍では井神と、燃料調査隊の指揮を任される事になった長沼二曹が相対していた。

 

「燃料調査隊、長沼二曹以下18名。0630時、出発します」

「了解。長沼さん、くれぐれも気を付けて行ってきてくれ」

「はい」

 

 両者は敬礼を交わし合い、そして長沼は身を翻して後ろに控えていた指揮通信車へと搭乗し、指揮官用キューポラへと半身を収める。

 

「全車に通達する、出発だ。鬼奈落士長、出してくれ」

《了解です》

 

 長沼がヘッドセットを通じて指示を送り、指揮通信車が動き出す。それに続いて補給トラックや武器弾薬トラックも動き出し、最後に旧小型トラックが最後尾へ付いて、縦隊を成す。そして燃料調査隊は、目的地である荒道の町に向けての、長い行程を開始した。

 

 

 

 燃料調査隊が野営地を出発してから一時間ほどたった頃、樫端率いる派遣小隊は五森の公国の北端にある、件の立て籠もりが起こっている砦へと到着した。小隊にはアドニス等、木漏れ日の町の騎兵隊の案内が付いていたが、その彼等の速度に合わせた結果、小隊は本来可能であった到着時刻よりも遅れて砦に到着する事となった。

 周辺には、砦から距離を取るようにして設けられた騎士団や騎士隊による包囲陣があり、小隊の各車輛はその端の一角へ並んで停車。

 その内の一台である新型73式小型トラックの助手席からは、鷹幅の降り立つ姿が見えた。

 

「各隊降車、迅速にな。降車後は分隊ごとに整列、分隊長は点呼を」

 

 通る声で指示を出した鷹幅は、そこで自分達に視線が向けられている事に気付いた。そちらへ振り向けば、騎士団や騎士隊の騎士や兵と思しき多数の人間からなる人だかりが、自分達へ視線を向けている事に気が付いた。

 

「注目されているな……まあ、無理も無いか」

 

 鷹幅は背後に並ぶ各車輛を一瞥して呟く。

 

「鷹幅二曹、点呼完了しました。各隊異常ありません」

 

 そこへ古参の三曹である峨奈が、点呼が完了した旨を報告に来た。

 

「了解。各班ごとに装備を確認し、すぐに行動に移れるように備えさせてくれ。重迫撃砲分隊には、トレーラーから自走迫撃砲を降ろすように伝えてくれ」

「了」

 

指示を受けた峨奈は小隊の元へと戻ってゆく。

そしてそれを見送った鷹幅が再び人だかりに目をやれば、ここまで自分達を案内して来たアドニスが、甲冑姿の一人の男と何かを話している姿が見えた。やがて話が終わったのか、アドニスとその甲冑姿の男はこちらへと歩いて来る。

 

「タカハバさん、紹介します。こちらが第37騎士隊の隊長です」

「はじめまして。第37騎士隊隊長を務めるザクセンと申します」

 

 アドニスの紹介の言葉に続いて、甲冑姿の男は鷹幅の前で姿勢を正すと、騎士隊式の物と思われる敬礼動作と共に、自己紹介をして見せた。

 

「はじめまして。日本国陸隊、派遣小隊指揮官の鷹幅二等陸曹です」

 

 それに対して、鷹幅も姿勢を正して挙手の敬礼で返答を返した。

 

「しかし、何か凄いな……」

 

 互いに挨拶を終えた後に、ザクセンは背後の車輛群や整列してゆく隊員等を見て、そんな言葉を零した。

 

「ああいや、失礼。皆さんのお噂は聞き及んでいたのですが、こうして実際に目にしてみると、なんというか圧巻されてしまいまして」

「いえ、構いません。私達はこの国では異質な存在のようですから」

 

 ザクセンの謝罪の言葉に、鷹幅は気にしていない旨の言葉を返した。

 

「それで――隊長さんとお伺いしましたが、この現場を指揮しているのはあなたですか?」

 

 続けて発せられた鷹幅の質問に、ザクセンの顔は少し難しい物となった。

 

「いえ……現在この場は私達とは別部隊である、第1騎士団が主導を取っています。その団長がこの場の最高責任者なのですが……」

 

 ザクセンは言葉を詰まらせ、少し迷うような仕草を見せた後に「話しておく必要があるだろうな……」呟き、そして意を決したように話し出した。

 

「すみません、皆さんには不快なお話になると思いますが……端的に言いましょう。最高責任者である第1騎士団団長を始め、第1騎士団の中には今回の事態へ皆さんが介入する事を、よく思っていない者が多数いるのです……」

 

 ザクセンのどこかバツの悪そうな言葉に、しかしそれを聞いた鷹幅は「あぁ、成程……」と零し、どこか納得したような表情を作った。

 

「私達はよそ者ですからね。その私達の介入を、良く思われない方が居る事も、無理はないでしょう」

 

 鷹幅の言葉にザクセンは「申し訳ない」と謝りながらも、鷹幅が理解ある人物であったことに、どこか安心したような表情を見せる。

 

「しかし――私達もレオティフル王女から要請を受けて参じた身です。ただ何もせずにいる事は、その御約束を違えてしまう事になります。どうか、その団長さんとお話だけでもさせていただけませんか?」

「分かりました、ご案内しましょう」

「ありがとうございます。――峨奈三曹、ここを頼む!帆櫛は私と一緒に来てくれ!」

 

 鷹幅は古参三曹の峨奈にこの場を任せ、帆櫛を呼び寄せると、ザクセンの案内でこの包囲陣を指揮する指揮所へと向かった。

 

 

 

 ザクセンに案内され、鷹幅と帆櫛は包囲陣の後方に設けられた指揮用天幕へと辿り着いた。先にザクセンがその入り口を潜り、そして鷹幅と帆櫛が鉄帽を脱いでそれに続く。

 

「団長さん。例の一団の指揮官殿をお連れした」

 

 先に入ったザクセンが発する。彼の視線を追って鷹幅と帆櫛が天幕の奥へ視線を送ると、そこの一人の中年男性の姿があった。第1騎士団団長であるハルエーだ。

 

「はじめまして。日本国陸隊、派遣小隊指揮官の鷹幅と申します。今回、レオティフル王女から事態解決のための協力要請を受け、参じさせていただきました」

 

 鷹幅は自己紹介の言葉を発すると共に、10°の敬礼をし、帆櫛もそれに続く。

 

「……五森の公国、第1騎士団団長のハルエーと申します」

 

 それに対してハルエーも自身の身分を名乗ったが、その口調はどこか機械的な物だった。

 

「あなたがこの場の責任者とお伺いしております。早速ですが、砦解放の作戦に向けた各調整を、そちらとさせていただきたいのですが――」

「……すでに、我々第1騎士団が、突撃に備えた布陣を始めております。布陣が整い次第、砦に向けて突撃を行う予定です。皆さんには、その間後方の包囲陣で守備をしていただきたく思います」

「守備――ですか?」

 

 ハルエーの言葉に、鷹幅は疑問の声を零す。

 

「反乱を起こした砦の守備隊の規模は小さい物であり、我々第1騎士団1隊の戦力だけでも制圧可能な物と判断しました」

 

 ハルエーはそこで一度言葉を区切ると、鷹幅を見つめ直して発する。

 

「失礼を承知で申し上げますが、お会いしたばかりの皆さんと緊密な連携を取る事も、正直難しいでしょう。役割を分担する事が適切かと、私は思います」

 

 ハルエーの言葉は口調こそ丁寧だったが、そこには「よそ者の協力など必要ない」といった意思がはっきりと込められていた。

 

「――失礼。私もこれより陣頭指揮を執らねばなりませんので」

 

 ハルエーはそう言うと、鷹幅達の横を抜けて、天幕を出て行った。

 

「お伺いした通り、私達は歓迎されていないようですね」

「申し訳ない……皆さんは昇林の町を救ってくれた恩人だってのに……」

「いえ、気にしないで下さい。それに、団長さんの言う事も一理あります。団長さんのおっしゃられた通り、私達は後方で態勢を整え、不測の事態に備えたく思います」

「すみません……お願いします」

 

 

 

 小隊は騎士団や騎士隊の構える包囲陣の端で、簡易陣地の構築を始めた。構築された塹壕に持ち込まれた12.7㎜重機関銃が設置される。塹壕後ろには三門の64式81㎜迫撃砲が、さらにその後方にはセミトレーラーから降ろされた96式自走120㎜迫撃砲が布陣し、簡易的な迫撃砲陣地を成す。

 

「なんか色々すげーな」

「あの大きな馬車、馬がいないのに動いてたよね?」

「あの後ろのデカい鉄の塊も動いてたぜ。あれはなんなんだろ?」

 

 構築が進む陣地の隣に位置する第37騎士隊の陣地では、隊兵の少年や書記の少女が声を上げ、その他にも複数の隊兵達が、物珍し気に小隊の行動を眺めている。

 そして、そこからさらに離れた所では、ミルニシアも小隊の動きを眺めていた。

 

「妙な奴等だ……それに、何か皆汚らわしい格好をしているな」

 

 ミルニシアは不快さを隠そうともしない言葉を零す。

 

「あれは、どうにもそういう柄の服装のようですが……」

「ふん、なんであろうと知った事か」

 

 傍にいた女騎士が推察の言葉を彼女に掛けるが、ミルニシアはしかめっ面でそう返す。

 

「隊長、間もなく突入が行われます。私達も準備を」

「あぁ」

 

 別の騎士の言葉を受け、ミルニシア達はその場を後にし、布陣する騎士団の元へと向かった。


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