―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-4:「迎撃戦」

「クソ、隊長の予想道理、敵が出て来た……」

 

 包囲陣の一角で、第37騎士隊の隊兵の声が上がる。

 第37騎士隊は、敵に援軍が加わった事による攻勢の可能性に備えて、包囲陣の各所に配置してそれを待ち構えていた。

 そしてその可能性は現実となり、第37騎士隊の隊兵達の視線の先。砦の南門からは、多数の兵が姿を現し、布陣して行く様子が見えていた。

 

「百人隊が二隊か?……それに弓兵や魔法兵の支援も見える」

 

 別の隊兵が零す。城壁上には、弓兵や魔法兵が配置して行く姿が見えた。

 

「こっちの3倍以上だ……なぁ、あの人等は本当に力になってくれるのか?」

 

 一人の隊兵が懐疑的な声を上げ、その言葉に周囲の隊兵達が、同方向に視線を移す。

 彼等の視線の先には、包囲陣の片隅で布陣した、緑色の服装に身を纏った数人の人影があった。

 昇林の町を救ったという噂の、謎の一団である彼等。

 そんな彼等の内の一部が、第37騎士隊の包囲陣の中に、自分達数名を配置させて欲しいと願い入れてきたのは、つい先程だった。

 そして隊長のザクセンに許可を受けた彼等は、何やら黒い鉄の棒を陣地内に持ち込み、その一角に据え置いたのだ。そして今は、その黒い鉄の棒を中心に、数名が布陣している。

 

「あんな棒で何をしようっていうんだ……?」

「たった30人程度加わった所でなぁ……」

 

 戦力で勝る敵がこれから攻めて来るという不安のせいか、隊兵の中には不信感が伝播し、皆不可解な一団を見ながらひそひそと言葉を交わす。

 

「やめんかお前等!」

 

 そこへ隊兵達に、ザクセンの怒声が飛んだ。

 

「無関係の立場でありながら、彼等はこの場で共に戦ってくれるというのだ!そんな彼等に無礼な真似はよせ!」

 

 ザクセンの言葉に、慌てて隊兵達は視線を正面に戻して、口をつむぐ。

 

(不安で疑心が生まれている……無理も無いか)

 

 隊兵達を見ながら心の中で言葉を紡いだザクセンは、包囲陣内に陣取った一団を、そして包囲陣の隣に作られた彼等の陣地に視線を送る。

 ザクセンも噂こそ聞き及んでいたが、彼等一団が実際にどれほどの力を有しているかを知っている訳ではない。隊兵達には先のように言ってみたものの、ザクセン自身も一団に対して懐疑心が無いと言えば、嘘になるのが本当の所であった。

 

「彼等は――一体何をしようというのだ?」

 

 

 

 程なくして、砦の南門から姿を現した敵の部隊は布陣を終え、最前列で横隊を組んだ重装歩兵隊が、こちらへ向かって前進を開始した。

 

「来たか……!全員備えろ!」

 

 その光景を目にしたザクセンは、隊兵達に向けて声を上げ、隊兵達は迎え撃つ態勢を取る。

 

「ザクセンさん、お待たせしました」

 

 そこへザクセンに声が掛かる。彼が振り向くと、そこに鷹幅と、他数名の隊員の姿があった。

 

「彼等は、動き出しましたか」

「えぇ……数に物を言わせて、こちらを蹂躙する気でしょう……」

 

 鷹幅の言葉に、ザクセンは重い口調で答える。

 

「隊長、城壁上に動きが……来ます!」

 

 その時、隊兵の一人が声を上げる。

 砦の城壁上に布陣した敵の弓兵隊と魔法隊が一斉に矢を、そして火炎魔法をこちらへ向けて放ったのは、その次の瞬間だった。

 

「伏せろッ!」

 

 ザクセンが怒声を上げた直後、無数の矢と複数の火炎弾が包囲陣に降り注いだ。

 襲い来た矢は第37騎士隊の隊兵数名を貫き、火炎弾は同様に彼等を負傷させ、そして包囲陣の各所を焼いた。

 包囲陣内の各所からは、悲鳴や怒声が上がる。

 

「ッ、負傷者した者を下がらせろ!」

 

 ザクセンの指示により負傷者が担ぎ出される傍ら、第37騎士隊の弓兵達は、迫る敵の重装歩兵隊や、後方の城壁を狙って各個に弓を放ち始めていた。しかしこちらから放たれた矢は、重装歩兵の装甲、あるいは城壁に阻まれ、ほとんど成果を上げる事は無かった。

 

「隊長、こちらの弓が通りません!」

「落ち着け、散発的に打っても効果は無い!敵の指揮官、もしくは後方を集中して狙うんだ!」

 

 混乱する隊兵達に指示の言葉を発するザクセン。

 一方その彼の横では、鷹幅がインカムにより各所との通信を行っていた。

 

「各ポイント、被害は?」

《右翼陣地、マルチャー1。被害ありません》

《包囲陣内銃座、マルチャー2。一名かすり傷を負いましたが、行動に支障無し》

《モーターネスト、被害無し》

 

 各所に布陣している小隊の各隊から報告が上がって来る。各所共に、大きな被害はないようであった。

 

「よし、各ポイント攻撃命令に備えろ」

 

 無線に向けてそう発した鷹幅は、そこで背後に振り向く。そこにはスピーカーメガホンを肩から下げた帆櫛が立っており、彼女はそのスピーカーメガホンのマイクを鷹幅へと渡す。そして鷹幅はマイクを口に当てると、こちらへ迫る敵部隊へ視線を送り、そして声を発し出した。

 

《前方へ展開する皆さんに通達します、こちらは、日本国陸隊です。あなた方は五森の公国領内へ不当に侵入しています。ただちにすべての行動を中止し、領内より退去してください》

 

 スピーカーメガホンを介した鷹幅の声は、大きくそして異質な音声となって、周辺へと響き渡る。

 それにまず驚いたのていたのは、その横にいるザクセン達、第37騎士隊の面々であった。突然の異質な音声もさる事ながら、この期に及んでの敵に撤退を言葉で促すという行為に、ザクセン達は大変不可解な様子で鷹幅を見つめていた。

 

「タカハバさん、何を――」

「一応、規定なものですから」

 

 そのザクセンの心中を察したのか、鷹幅はどこか自嘲気味に言って見せる。そして鷹幅は視線を戻して前方へ向ける。警告の言葉を受けた敵部隊は、突然の異質な音声のせいか若干の同様こそ見せたが、やがて足並みを揃え直しこちらに向けての攻勢を再開した。

 

「やはりダメか――マルチャー1、マルチャー2。50口径による発砲を許可する」

 

 それを見た鷹幅はため息混じりに呟くと、再びインカムに向けて、しかし今度は攻撃命令を発した。

 

 

 

 前進を開始した重装歩兵隊は、順調に包囲陣との距離を詰めていた。途中、相手からの散発的な弓矢による攻撃があったが、重装歩兵達のとっては大した障害にはならず、彼等はそれを押し跳ねて進み、砦と包囲陣の中間地点まで到達する。

 彼等の耳に異質な音声が聞こえたのは、その時だった。

 

《前方へ展開する皆さんに通達します、こちらは、日本国陸隊です。あなた方は五森の公国領内へ不当に侵入しています。ただちにすべての行動を中止し、領内より退去してください》

 

 突然の異質な音声に、重装歩兵達の間に若干の動揺が走ったが、彼等はそれ以上に、聞こえ来たその内容を訝しんだ。

 

「退去しろだと?何を世迷い事を」

 

 その中で後方に位置していた、この場の指揮官である騎兵が呆れた声で一笑する。

 彼の言う通り、聞こえ来た発言は世迷い事もいい所だった。現状優勢なのは彼等の方であり、物事の決定権も今やこちらにあるのだから。重装歩兵達の隊列からは、いくつかの呆れた呟きや笑い声が上がる。

 

「五森の公国は、どこかから応援を受け入れたのでしょうか?ニホン国、とは聞いた事がありませんが……?」

 

 指揮官の横に控えていた副官が発するが、指揮官はその言葉を一蹴する。

 

「知った事か。どうであれ我々の任務は変わらない、前方の陣地を蹂躙するのだ」

 

 そして指揮官は、重装歩兵隊に前進再開の号令を出す。最早、彼等の行く手を阻める物は何もなく、包囲陣は彼等の手により蹂躙される物と思われた。

 ――それが起こったのは、次の瞬間であった。

 周辺に、何かが爆ぜるような音が連続して響き渡る。そして同時に、包囲陣の隅から発せられた光の線が、重装歩兵隊の一角に飛び込む。

 その直後、そこ場に居た数名の重装歩兵が、何か巨大な物に殴打されたかのように吹き飛び、地面に倒れたのだ。

 その現象は、横隊で展開している重装歩兵隊の両翼で巻き起こっていた。

 爆ぜる音が響くと共に、光の線が重装歩兵隊へと飛び込み、その場に居た重装歩兵達が薙ぎ倒されてゆく。

 

「な、何事だ!」

 

 突然の事態に、指揮官の騎兵は今度は大きく狼狽えた。

 

「分かりません……!何か……私達は光に射抜かれています!」

 

 指揮官の声に、副官が困惑した声を上げる。

 よく観察すれば、倒れた重装歩兵達の纏う鎧は、皆貫かれ大穴が空いていた。そして光に射抜かれた重装歩兵達はほとんどが即死し、あるいは生きていても、腕や足を失っている者が見受けられた。

 そんな中へ、光の線は容赦なく彼等に襲い来る。

 崩れた横隊の各所で悲鳴が上がり、被害は後方に布陣していた軽装歩兵隊にも及び始める。先程まで優勢の立場にいた彼は、一転して地獄の渦中に叩き込まれた。

 

「敵の魔法か……!?く……後方の弓兵と魔法兵に援護させろ!無事な者は敵陣まで前進せよ!懐に入り込むのだ!」

 

 部隊が混乱に陥る中で、指揮官は命令を発する。それを聞いた兵達は、各個に決死の前進を開始した。

 

 

 

 包囲陣には、二門の50口径12.7㎜重機関銃が、三脚を用いて設置されていた。

 正確には、一門は包囲陣の右翼に構築された小隊陣地に。もう一門は第37騎士隊の方位陣地内の左翼に。両翼に設置された重機関銃は、鷹幅の攻撃命令と共に唸り声を上げた。

 二門の12.7㎜重機関銃が形成する十字砲火は、横隊で迫りつつあった重装歩兵隊を両脇から削り、彼等の陣形を大きく崩す事に成功した。そして今も銃撃は続き、重機関銃の弾薬に混ぜ込まれた曳光弾の光が、敵中へ注がれる銃火を可視化している。

 

「鷹幅二曹。向こうさん、各個に前進を始めました」

 

 鷹幅の横で、観測手を務める新好地が報告の声を上げる。

 

「横隊を維持できなくなったか」

 

 鷹幅はその様子を見て呟くと、インカムを口元に寄せて発し出す。

 

「両銃座は射撃を継続。各分隊、各個の判断で攻撃を許可する。散会した敵に対応しろ」

 

 現在、右翼の小隊陣地には2分隊と3分隊が、左翼の12.7㎜重機関銃の周囲には1分隊が展開している。鷹幅はそれら各分隊に、敵に対する自由攻撃を許可した。

 許可が下りると共に、各分隊の各員は発砲を開始。

 各員の小銃やMINIMI軽機から撃ち出された5.56㎜弾が、こちらへ接近を試みる重装歩兵達へと命中した。

 

「――!」

 

 しかし、そこで見えた光景に、鷹幅始め各員は、訝し気な表情を作った。

 5.56㎜弾を受けた重装歩兵達は、しかしその衝撃に身を怯ませる様子こそ見せた物の、依然としてその場に立っていた。そして彼等は、こちらへ向けての前進を再開したのだ。

 

「マジか」

 

 その光景に、包囲陣内に展開していた1分隊の中から、誰かの声が上がる。

 

「鷹幅二曹、あれは弾が通ってません」

 

 そして観測手の新好地から再び報告が上がる。

 

「厚い装甲だな……両銃座、接近する重装歩兵を優先して排除しろ。各分隊は重装歩兵以外の目標を狙え」

 

 鷹幅の指示を受け、各所各員はそれに対応した行動に移る。

 二門の12.7㎜重機関銃は、包囲陣に迫ろうとする重装歩兵を優先して狙い、一人一人を確実に無力化して行く。そして各分隊は、重装歩兵隊に続き接近を試みていた軽装歩兵達に狙いを定め、彼等に向けて5.56㎜弾を撃ち込んで行く。

 それぞれに有効となる攻撃が向けられ、重装歩兵や軽装歩兵達はその数を減らし始める。

 

「――!鷹幅二曹、城壁上で動きがあります!」

 

 その時、新好地が声を張り上げる。

 直後、砦の城壁上の弓兵や魔法兵が放った矢と火炎弾が、再び包囲陣に降り注いだ。

 

「ッ――各ポイント、報告しろ!」

《被害無し》

《同じく》

《ナシ》

 

 鷹幅の被害報告を求める声に、各所から無線越しに報告が上がる。

 

「ザクセンさん、そちらは大丈夫ですか?」

「あぁ……こちらも今度は、大きな被害は無いようです」

 

 鷹幅の言葉に、尋ねられたザクセンは答える。

 

「彼等を排除する必要がある。選抜射手、城壁上の相手を狙え」

 

 鷹幅はインカムに指示の言葉を発する。その指示に呼応したのは、不知窪三曹や鳳藤を始めとした、数名の選抜射手だ。彼等はそれぞれが持つ、狙撃用スコープ付きの99式7.7㎜小銃や、小銃用照準補助具を装着した小銃を用いて、城壁上の弓兵や魔法兵をその照準内に収める。

 そして各員は発砲。

 それぞれから放たれた7.7㎜弾や5.56㎜弾は砦の城壁上に到達し、そこに布陣していた弓兵や魔法兵を貫いた。

 

《排除》

《同じく、一名排除……!》

 

 そして不知窪や鳳藤から、無線越しに報告の声が上がる。

 

「了解。各選抜射手は引き続き、城壁上の彼等を抑え続けろ」

 

 インカムに向けて言った鷹幅は、砦の城壁上へ向けていた視線を地上へと戻す。

 最初、勇ましく横隊を組んでこちらへ迫っていた敵部隊は、今はその数を2割以下にまで減らしていた――。

 

 

 

「な、なんだこれは……」

 

 百人隊の指揮官である騎兵の男は、馬上で目の前の光景を呆然と眺めていた。

 相手は50人にも満たない、自分達の半数も居ない地方の守備兵力部隊。蹂躙する事は容易いはずだった。しかし、奇妙な警告の声の後に訪れた正体不明の攻撃が、蹂躙する側であったはずの彼等の立場を一転させた。

 奇妙な破裂音が鳴り響き、光の線が飛来する旅に部下である兵達が倒れてゆき、今や彼等は、通り過ぎるだけであったはずの目の前の空間に、散乱している。

 後方の砦の城壁上に陣取っていた弓兵や魔法兵達も、同様の攻撃により無力化されたのか、今や弓矢や魔法による支援も途絶えた。

 

「指揮官殿!重装歩兵隊、軽装歩兵達共に被害甚大です!」

「後方の弓兵、魔法兵隊も謎の攻撃に射抜かれています!すでに支援は受けられません!」

 

 指揮官の耳に、副官達の悲鳴に近い声での、絶望的な報告が相次いで飛び込んでくる。

 こんな事態は、予想だにしていなかった。

 

「こ、こんな事が――」

 

 惨状に、叫び声を上げかけた指揮官の男だったが、それは途中で途絶えた。

 響いた一発の破裂音と共に、彼の胸に穴が開いた。そして同時に襲い来た衝撃で、彼は馬上から投げ出され、地面に投げ出されて動かなくなった。

 

 

 

《敵、指揮官と思しき存在を排除》

「了解」

 

 選抜射手の不知窪が寄越した端的な報告に、鷹幅は答える。

 そんな鷹幅は、目の前の光景に表情を曇らせていた。

 砦から包囲陣の間までの地上には、数多の敵兵の亡骸が散らばっている。中には、弾幕の中を果敢に突撃して来たのであろう、包囲陣まであと少しの所で息絶えてる兵の姿もあった。

 

「敵残存兵力、後退して行きます」

 

 新好地が鷹幅に何度目かの報告を発する。

 わずかに生き残った敵部隊の兵達が、砦に向けて後退――いや、逃げ込んでゆく姿が見える。

 

「……各員、後退して行く者は撃つな」

《遅かれ早かれだと思うんですがねぇ》

 

 鷹幅の指示の声に、不知窪の気だるげな口調での言葉が返って来る。

 

「撃つな」

《了》

 

 再び圧を込めて飛ばされた鷹幅の命令に、不知窪は端的な了解の言葉を返して来た。

 鷹幅等が通信によりやり取りを行っている一方、その横でザクセンは、いや第37騎士隊の隊兵達は、その顔を驚愕に染めていた。

 

「本当かよ……」

「あの数を、撃退したってのか……?」

 

 隊兵の中から、ポツリポツリと言葉が上がる。

 

「すげぇ!あの人ら、勝っちまった!噂は本当だったんだ!」

 

 そして歓喜の声が上がる。その声の主は隊兵の少年だ。

 彼のその声を皮切りに、第37騎士隊の隊兵達から、歓声が上がった。

 

「これが……彼等の力……!」

 

 その中で、ザクセンもその顔に驚きを浮かべて、目の前の光景を見つめている。

 

「ザクセンさん」

 

 そんなザクセンに、隣に立っていた鷹幅から声が掛かる。

 

「あ、あぁ……なんでしょう?」

「私達はこの機に、第1騎士団の皆さんの救出にために、砦へ突入したいと思います。簡単でいいので、砦内の構造を教えていただけませんか――?」


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