―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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1-3:「ファーストコンタクトⅠ」

集落の中程まで歩いた所で、制刻は周辺の家屋の変化に気付く。

 

「この辺、妙に荒れてんな」

 

 周辺のいくつかの家屋は、レンガの壁の一部が崩落していたり、木板でできた外窓が壊れていたりと、損傷しているのが見て取れた。

 よく調べるために、制刻と鳳藤がその内の一軒へと近づくと、その家屋は外窓だけでなく内側のガラス窓まで割れており、家屋の内外に破片が散らばっていた。

 

「混じりモンが多い。精度のよくねぇガラスだな」

 

 制刻は地面に落ちたガラス片の一つを拾い上げると、観察しながら呟く。

 

「……なあ、やっぱりここは観光施設か何かの跡地だよ。申請の不手際かもしくは未許可の施設で、演習場管理隊の掌握から漏れていたとか、そんな所じゃないか?」

 

 制刻の様子を横目に見た鳳藤は、周囲を見渡しながら言う。

 

「古めかしいがそいつぁどうだろうな、見てみろ」

「おい、流石に中を覗くのは……」

「今更何言ってやがる。いいから」

 

 所有者が不明な家の中を覗くことに、鳳藤は抵抗を示したが、結局制刻に押され、ガラス越しに屋内を覗き見る。

 すぐ側の、古めかしい調理場らしき場所には、最近まで使われていたと思われる調理器具が並んでいる。奥に見える部屋には、片づけの途中であった思われる、中途半端に畳まれた衣類が床に散らばっていた。

 

「……嘘だろ、生活の形跡が?」

 

 人が住んでいるのであろう生々しい生活の跡を確認し、鳳藤は微かに目を見開く。

 

「だからって、誰がこんな所で……?」

「さあな。普通に考えりゃ、よほどの懐古趣味か、突き抜けたエコロジストあたりの変わりモンだろうが、あるいは――」

 

 考察を呟いていた制刻と鳳藤だったが、その時、微かな物音が聞こえた。

 

「今のは?」

 

 音源は家屋の側面の死角からだ。

 物音に気がついた二人は、家屋の側面を覗き込む。見れば、そこには5歳前後とみられる男の子がいた。背後の家屋の裏口が空いていることから、そこから出て来たものと思われ、彼の腕には木でできた人形が抱かれていた。

 

「子供だ……!」

「やっぱり無人じゃなかったか」

 

 制刻は呟くと、男の子に視線を向けて話しかける。

 

「悪ぃなボウズ、少し邪魔してる。聞きてぇんだが、ここに坊主の親御さんとか、誰か大人はいねぇのか?」

 

 制刻が質問を投げかけるも、しかし男の子は固まったまま反応を示す様子がない。

 

「自由……よく見ろ。お前の歪な顔に怯えてしまっている」

「あぁ?」

 

 鳳藤の言葉道理、制刻の容姿に男の子は明らかに怯えていた。

 

「まったく……私に任せろ」

 

 眉を顰める制刻に対し、鳳藤は不敵な笑みでそう言いながら、フッと小さく鼻を鳴らす。

 

「やあキミ、大丈夫かい?もう怖がらなくてもいいよ」

 

 そして男の子へと向き直った鳳藤は、美女と言っても過言ではないその端麗な顔に、さわやかな笑顔を作ると、男の子へと語りかけ始めた。

 

「心配しないでくれ。私たちはたまたま立ち寄った者で、ちょっと聞きたいことがあるだけなんだ。どうだろう、私とお話ししてくれないかな?」

 

 それまでの不安の滲み出る態度を一変させて、微かな妖艶を醸し出し、子供相手というより女でも口説くような声色を作りながら、男の子との距離を詰める鳳藤。

 

「ガワだけは一丁前だなコイツ」

 

 そんな変わり身の早さを見せた鳳藤を、制刻は端から冷ややかな眼で見ていた。

 

「――あ?」

 

 しかしその直後、制刻は何かの気配を察知する。

 そして村の奥の方へ視線を移すと、目に映ったのは、こちらに向けて飛んで来る〝火の玉〟だった。

 

「避けろッ!」

「え?――ほぎゃぁッ!?」

 

 次の瞬間、制刻は戦闘靴の裏で劔の尻を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた鳳藤は、先程までの王子様のような振る舞いから一転した、無様な悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。制刻は蹴りを放つと同時に自身も、その巨体にあるまじき切り返しの速さで、すかさず反対方向に跳躍する。

 

「ぶッ……お前――ッ!」

 

 蹴り上げられた後に地面へと突っ込んだ鳳藤は、制刻に抗議の言葉を向けるべく、鋭い目つきを作り背後を振り返る。

 

「ッ!?わぁッ!?」

 

 だが彼女が振り返った瞬間、目の前、先程まで自分等が立っていた場所からすぐ近い場所に、直径50cm程の大きさの火炎の玉が直撃した。砂と土だけの地面に落ちた炎は、一瞬だけわずかに燃え広がった後にすぐに消えていった。

 

「な、何だ!?炎が突然……そうだ、君ッ!?」

 

 突然の出来事に、地面に這いつくばったまま目を丸くしていた鳳藤だったが、先の男の子の安否が頭をよぎり、彼の居た方向に視線を向ける。

 男の子は変わらず怯えた顔でその場に立ち尽くしていたが、外傷は見受けられず、鳳藤は胸を撫でおろす。そして彼を保護するべく近づこうとした。

 しかし次の瞬間、それを遮るように、頭上から何者かが突然飛び降りてきて、姿を現した。

 

「わッ!?」

 

 現れたのは十代半ば程と見られる少年だった。

 家屋の屋根から飛び降りて来たのだろう少年は、着地するとすかさず目の前の男の子へと近寄る。

 

「イシュクェイフッ!」

 

 少年は男の子に向けて、聞きなれない言葉で何かを叫んだ。そして男の子を背中側から抱きかかえると、次の瞬間少年は姿を消した。

 

「なッ!?」

 

 鳳藤は驚愕するが、しかし直後に気配が頭上に移った事を察知し、視線を上へと向ける。そこには家屋の屋根よりも高い中空で舞う、少年と男の子の姿があった。少年は一度の跳躍で、それほどの高さまで飛び上がったのだ。

 やがて重力に引かれ出した少年は、家屋の屋根の上にかろやかに着地。そのまま死角へと姿を消してしまった。

 

「ッ――ま、待てッ!」

 

 信じがたい光景に目を奪われていた鳳藤だったが、男の子が連れ去られたという事態を把握し、声を張り上げると共に、消えていった少年を追いかけようとする。

 

「うわッ!?――痛ッ!」

 

 しかし駆け出す前に、鳳藤は背後から突き飛ばされ、目の前の家屋の壁へと体をぶつけた。

 

「カバーが先だ」

 

 鳳藤を突き飛ばしたのは、他でもない制刻だった。制刻は鳳藤を家屋の壁に片手で押し付けながら、自分も家屋の死角へと身を隠す。

 

「お前……何するんだ!?」

「さっきの火の玉がまた飛んでくるかもしんねぇ、様子を見ろ」

「そんな悠長な事……見ただろ!人が飛び上がって……!それに子供が連れ去られて……!」

 

 壁に押さえつけられた鳳藤は、動揺を露わにしながらも抗議の声を上げる。

 

「まず落ち着け。火達磨になりてぇんなら放り出してやるが」

 

 しかし制刻はそんな鳳藤を片手間に抑えながら、家屋の死角から村の奥の様子を伺っていた。

 

「なんだ!どうした!?」

 

 そんな二人の耳に、集落の入り口近くにいる河義からの声が届く。一連の騒ぎに伴う騒音を聞き、河義等も異常事態に気付いたようだ。

 

「なんだか知りませんが、突然火の玉が降ってきました」

 

 制刻は普段通りだが、しかしはっきりと聞き取れる声で報告の声を送る。

 

「何だってぇ?火の玉……!?」

「とにかく身を隠してください」

 

 報告に河義は怪訝な声を返すが、制刻はそれ以上説明はせず、身を隠すことを進言。進言を受けた河義は策頼と共に、停車中の小型トラックの影へと身を隠した。

 

「おい!もう放せ……!」

 

 一方、未だに壁に押さえつけられていた鳳藤は、身じろぎでその事を訴え、ようやく解放された。

 

「クソッ……何だって言うんだ?火炎瓶か、それとも焼夷ランチャーでも撃ち込まれたのか?いや……それよりもさっきの少年だ!信じられるか、屋根の上まで一瞬で飛び上がったぞッ!?」

「摩訶不思議で愉快だな」

 

 困惑しながら喚き立てる鳳藤を適当にあしらいつつ、制刻は後方の河義等へと視線を向ける。

 

「ここの住民の方ですか!?聞いてくださいッ!我々は陸隊、北部方面隊の者です!危害を加える者ではありませんッ!」

 

 河義は小型トラックの影から声を張り上げ、集落に潜んでいると思われる何者かに対して、呼びかけを行っていた。

 

「河義三曹」

 

制刻はそんな河義の発声に割り込むように、彼に呼び掛ける。

 

「あぁ?何だ?」

「今のうちに発砲許可をもらえますか」

 

 制刻のその進言は、軽い頼み事でもするかのような調子で発せられた。

 河義はその言葉を噛み砕くのに時間を要したのか、少しの間をおいてから返事を返した。

 

「………本気か!?」

「警告も無しにぶち込まれましたんで、妥当な所かと。それに、樺太ん時みてぇに、ゴタついて殺されかけんのはお断りです」

「……ッ、しょうがない。だが可能な限り威嚇に留めろ、殺傷を伴う射撃は本気でヤバい時まで控えろ」

 

 河義は若干のためらいが混じった口調で許可を出す。

 

「どうも」

 

 対する制刻は河義のその言葉に、まるで些細な事務連絡でも終えた時のように端的に返答した。

 

「お、おい!いくらなんでも発砲なんて……」

「実際、撃つ撃たないはともかく、やり易くしとくに越したこたぁない」

「だからって――」

 

 淡々と言う制刻に、なおも食い下がろうとする鳳藤だったが、直後に響いた声が彼女の言葉を遮った。

 

「自由さん、背後上空ッ!」

 

 端的で鋭いその声は、河義と共に小型トラックに姿を隠す唐児の物だ。

 彼の言葉に導かれるままに、制刻と鳳藤は自分等の背後、斜め上に視線を向ける。そこには、中空に身を置き、そして今にも二人に襲い掛からんとする、一人の女の姿があった。

 制刻等の背後に位置する家屋の屋根に潜み、そこから飛び降りてきたのだろう。その女の両手には、創作の世界でしかお目にかかれないような、巨大な斧が握られている。

 

「ジャアアアアッ!!」

 

 そして女は掛け声とも叫び声ともつかない声を発しながら、自らの得物を二人に向けて、斜め向きで思いっきり振り下ろした。

 

「おぉっと」

「ひッ!?」

 

 鳳藤は悲鳴と共にその場から飛び退き、制刻は最低限の動きで半身を捻り、それぞれ斧を回避。冗談のように巨大な斧は、しかし獲物に食らいつくこと叶わず、背後の家屋の角を掠って破損させた。

 

「デュンクッ……!ブレムヘスィ ロラ エジェネィフ……ッ!」

 

 初撃に失敗した斧の主の女は、何か困惑したような表情で声を漏らす。

 しかしそれも一瞬、女は地面に足を着いた瞬間に、素早く体を一回転させて、制刻と相対する。そして制刻に向けて、低い位置で持ち直した斧を思いっきり振り上げた。

 

「俺をご指名か」

 

 対する制刻は後ろに一歩後退し、振り上げられた斧を回避。再び空を切った斧は、明後日の方向へと反れてゆく。

 本来なら勢いと斧の重量に、そのまま体を持って行かれそうなものだが、しかし女は己の腕力のみで斧を引き留めて見せた。

 

「トゥッ!ジャァウッ!」

 

 掛け声と思しき発声と共に、三撃目が振り降ろされ、さらにそこから連続動作で四撃目が横一文字に薙ぎ払われる。

 一方制刻は、一歩、一歩と後退しながら、襲い来る斬撃をひらりひらりと回避していく。

 

「本気みてぇだな。それじゃ、しゃあねぇ」

 

 回避行動を行いながらも、制刻はそんな事を呟く。

 一方、斧女は今まさに五撃目を振り降ろそうとする瞬間だった。

 

「――オゴォッ!?」

 

 しかし――次の瞬間、女の腹部に鈍痛が走った。見れば、女の腹部には制刻の膝がめり込んでいる。

 制刻は彼女が振りかぶった際にできた一瞬の隙を突き、膝蹴りを放ったのだ。

 体をくの字に折り、少量の胃液を吐き出しながら宙へと舞う斧女。

 

「グゥッ!?」

 

 彼女はそのまま背後の家屋の壁に叩き付けられた。

 

「こいつぁビックリだぜ」

 

 突然現れ、襲い掛かって来た女の人間離れした一連の動きに、そんな感想を呟く。

 一方、女は崩れ落ちかけた所を踏んばり、身体を支える。

 ダメージは少なくないらしく、その表情は苦し気だが、その目は制刻に攻撃の意思を向け続けていた。制刻は女の動向を警戒しつつ、対応行動を取ろうとする。

 

「奥の家屋の屋根にいるッ!」

 

 しかしそこへ、再び策来の警告の声が響いた。

 制刻が示された方向に視線を送ると、集落の奥に位置する家屋の上に、人影を捉える。その人物の掲げる両手の中には、先程制刻等を襲った物と同じ、直径50cm程の火の玉が浮かんでいた。そしてその火の玉は、今まさに彼の腕から制刻に向けて放たれようとする直前だった。

 

「アレって――まずいぞッ!」

 

 同じく、家屋の影からそれを見ていた鳳藤が、危機を感じて声を上げる。

 

「成程」

 

 かたや制刻は、彼女の声を聞き流しながら呟くと、大して焦る様子も見せずに、肩から下げていた銃を繰り出し構える。

 そして、その引き金が引かれた。

 発砲音が響き、マズルフラッシュが瞬く。銃身から複数の5.56㎜弾が撃ち出される。放たれた弾頭の群れは、音よりも早く家屋の屋根へ着弾した。

 

「ネゥッ!?」

 

 火球の主の足元で弾けるような着弾音が響き、瓦が破損する。そして彼の、驚きと困惑の色が混じった悲鳴が上がった。

 突然襲い来た現象は彼の手元を狂わせ、彼の手を離れた火球は、大きく変じた軌道を取る。そして制刻等より遥かに手前の地面に落ち、先と同様わずかに燃え広がった後に勢いを減じ、やがて掻き消えた。


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