―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-6:「内部突入」

「だめです隊長……これ以上は……!」

「あきらめるな!踏ん張るんだッ!」

 

 砦内敷地の一角では、まだ生き残っていた少数の第1騎士団の兵達の姿があった。

 重装歩兵隊の隊長を中心とした彼等は、城壁の際に追い詰められ、敵の部隊に完全に包囲されている状況にありながらも、懸命に抵抗を続けている。しかしそれを包囲する敵の数は彼等の数倍はあり、その抵抗が崩されるのは最早時間の問題であった。

 

「しかし……ぐぁッ!」

 

 そしてまた一人の騎士団の兵がその体を切られ、地面に崩れる。

 

「おい!クソ……ここまでだというのかッ!」

 

 重装歩兵隊の隊長は、絶望的な状況に奥歯を噛み締める。

 対する敵の兵達は、騎士団員達の抵抗をこれで終わりにせんと、剣や槍の切っ先を彼等に向けて、間合いを詰めだす。

 

「ッ……!」

 

 重装歩兵隊の隊長達はそれに対して迎え撃つ態勢を取り、最後の抵抗の覚悟を決める。

 ――それが起こったのはその直後であった。

 敵の包囲の向こうから、奇妙な唸り声のような音が聞こえる。

 そして敵の包囲陣が何やら騒めきが聞こえ出し、そして包囲の隊列が乱れ出したのだ。

 

「あれは……?」

 

 乱れた敵の包囲の隙間から、重装歩兵隊の隊長が見たのは、こちらへ近づく大きな荷馬車のような物体と、それを中心に隊列を組む、緑色の装備に身を固めた一団の姿であった。

 

 

 

 二手に分かれて砦内敷地の制圧に掛かった第1分隊。その内、東側から回る1組は、進んだ先で人だかりに遭遇した。

 

「鷹幅二曹。前方、武装勢力が密集しています」

 

 隊列の端にいる隊員が、鷹幅に向けて報告の声を上げる。

 

「あれは――騎士団の人達が包囲されているのか」

 

 その光景を観測し、鷹幅は予測の言葉を上げる。

 

「二曹、敵の一部がこちらへ向きます」

 

 隊員が再び声を上げる。見れば、騎士団を包囲している敵包囲陣の一部が崩れ、こちらへ注意を向け、隊列を組み出していた。

 

「しめた、こちらへ注意が向いたな。各員、攻撃許可。ただし騎士団の人達に被害が及ばぬよう、射線、射角には十分注意しろ」

 

 鷹幅の命令が下り、組の各員が持つ火器が発砲を開始した。

 こちらの隊列から放たれた各火器の銃弾は、形成されかけていた敵の隊列を突き崩し、彼等をなぎ倒してゆく。

 軽装兵には各員の火器から放たれる銃弾が。重装歩兵には大型トラックに搭載された12.7㎜重機関銃の12.7㎜弾が撃ち込まれてゆく。そして騎士団を囲っていた包囲陣は、突然の新手の襲来により浮足立ち、陣形を乱してゆく。

 

「ッ!……い、今だ!」

 

 騎士団の重装備歩兵隊隊長はそれを好機と見て、わずかに残った部下達に声を発した。

 

「騎士団の人達が巻き返しを始めたな。各員、掃射は避け、より慎重に発砲しろ」

 

 鷹幅が再度命令を下し、各員は慎重に敵の一人一人に弾を撃ち込んでゆく。

 騎士団の巻き返しにより、それまで包囲する側であった敵兵達は、逆に内外からの攻撃に晒される事となった。

 

「二曹、2組です」

 

 隊員が声を上げる。

 見れば、砦内敷地の反対側を回っていた1分隊2組の隊列が、こちらへ向かってくる姿が見えた。

 

「2組、密集地点の中央では騎士団の人達が戦っている。発砲には十分注意しろ」

《了解》

 

 鷹幅が無線で二組に指示の言葉を送り、2組の指揮官から返答が返って来る。

 加わった2組も含めた各方向からの攻撃に、敵兵達は次々と倒れてゆき、やがてわずかな生き残りの兵達は敗走を始めた。

 

「各員、撃ち方止め。深追いはするな」

 

 敵の敷いていた包囲がほぼ排除され、鷹幅は攻撃中止の命令を発する。

 

「各員、周辺警戒」

 

 鷹幅は、分隊の各員に警戒命令を出すと、騎士団の団員達の方へ視線を向け、そちらへと向かう。

 

「……我々は、助かったのか……?」

 

 重装歩兵隊の隊長を始め、騎士団の兵達は、絶望的な状況から脱した事を、半ば信じられずにいながら、その場に立っていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そこへ鷹幅が声を掛ける。鷹幅の姿に気付いた重装歩兵隊の隊長は、戸惑いつつも口開く。

 

「あぁ……いや、残念ながら部下が何名もやられてしまった」

「そうですか……到着が遅れて申し訳ない」

 

 隊長の言葉に、鷹幅は謝罪の台詞を述べる。

 

「いや、あなた方が来てくれなければ、我々は全滅していた……来てくれた事に感謝する。そして、私はあなた方の実力を疑っていた。私こそ、その事について謝罪しなければならない」

 

 鷹幅の謝罪に対して、隊長はそう言って返す。

 

「いえ、それは仕方の無い事。私達は得体の知れないよそ者でから」

 

 隊長のその言葉に、鷹幅はさして気にしていない様子でそう発した。

 

《鷹幅二曹、砦から攻撃を受けています》

 

 その時、鷹幅の付けるインカムに隊員からの報告が届く。

 

「ッ、またか」

 

 報告を受けた鷹幅は、その視線を内砦へと向ける。

 分隊はここまでの間、内砦内に籠る敵の弓兵から散発的な攻撃を受けていた。

 今現在も、分隊は苛烈な物では無いものの弓撃に晒されており、隊員等が身を隠している大型トラックの周辺の地面には、放たれて来た矢が突き刺さっている。

 分隊もそれに対して応戦しているが、堅牢な砦に設けられた弓眼からの攻撃を、完全に封じる事はできていなかった。

 

「あなた方は陣地まで引いて下さい。私達は、これより砦内部を制圧します」

「しかし……」

 

 鷹幅は隊長に対して発する。しかし隊長はそれに対して困惑の様子を見せる。自分達だけが撤退することに、後ろめたさを感じているようであった。

 

「あなた方は生き残ったのです、その身を大事にして。大丈夫、ここは私達に任せてください」

 

 そんな隊長を、鷹幅は説く。

 

「……分かった、あなた方に任せよう。皆、一度引き、体勢を整えるぞ!」

 

 鷹幅の説得を聞き入れた隊長は、周囲の生き残りの兵達に発する。

 

「デリック2、彼等と一緒に行け。彼等を援護するんだ」

《デリック2、了解》

「大型トラック――あの乗り物にあなた方を護衛させます。あれを盾にしながら、ここを脱出してください」

 

 鷹幅は大型トラックの内の一両を、視線で指し示しながら隊長に説明する。

 

「あぁ……すまない」

 

 隊長は鷹幅に礼を言うと、生き残りの部下達を率い、大型トラックの護衛を受けながら、その場より引いて行った。

 

「――よし、私達はこれより、砦内部の制圧にかかる!」

 

 それを見送った鷹幅は、分隊の各員へ向けて発した。

 

 

 

 砦の一角には、出入り口として比較的大きめの門扉が設けられている。しかし今その門扉は固く閉ざされていた。

 そんな門扉の前で、一人の隊員が何やら作業を行っていた。

 宇桐という名の施設科隊員である彼は、砦の門扉に爆薬の設置作業を行っている最中であった。門の蝶番な等の主要な部分に粘土状の爆薬を張りつけ、それをコードで繋いでゆく。

 

「完了です」

 

 爆薬の設置作業を完了した宇桐は、扉脇に顔を向けて発する。

 扉脇には、そこで待機する鷹幅の姿があった。そして扉の両脇には剱や新好地、1分隊指揮官の帆櫛等始め、各隊員が突入に備えて待機していた。さらに扉から離れた位置では大型トラックが待機し、その荷台に搭載された12.7㎜重機関銃が、扉にその銃口を向けて待機している。

 すでに各員各所の突入、およびその支援準備は整っており、あとは扉が爆破により破られるのを待つのみとなっていた。

 

「よし、各員備えろ」

 

 爆薬設置完了の報告を受けた鷹幅は、突入に備えている各員に発する。

 そして爆薬を設置し終えた宇桐は扉前から退避し、突入に備える隊員の列に加わる。

 

「これより突入する――宇桐一士、起爆しろ」

「了」

 

 鷹幅の指示を受け、宇桐は起爆装置のスイッチに掛けた指に、力を込める。

 瞬間、門扉に設置された爆薬が一斉に起爆し、爆音と爆風を発生させながら、固く閉ざされていた門扉をいとも簡単に吹き飛ばし、こじ開けた。

 

《配置された敵を確認》

 

 鷹幅等各員のインカムに通信が飛び込む。その主は、後方で支援位置についている12.7㎜重機関銃の射手からだ。

 強引な手段で開かれた門扉の向こうには、布陣し、待ち構えていたのであろう敵重装歩兵の隊列が見えた。しかし爆薬の起爆に巻き込まれたのであろう、隊列の最前列にいたと思しき兵達の体が、入り口付近の床に倒れている。そして、爆破による被害を逃れた兵達にも、突然の出来事に、隊列を乱して動揺する様子が見て取れる。

 

「マルチャー1、射撃許可」

《了解、射撃開始》

 

 鷹幅の許可が下りると同時に、12.7㎜重機関銃の射手はその照準内に混乱する兵達の姿を収め、そして押し鉄に掛けた指に力を込めた。

 瞬間、撃ちだされた無数の12.7㎜弾が、入り口を越えて砦内に注ぎ込まれる。

 爆破により態勢を乱された砦内の兵達に、12.7㎜弾の群れは追い打ちをかけるように襲い掛かる。襲い来る12.7㎜弾の前に、重装歩兵達の誇る装甲は、まるで紙屑のように彼等の身体もろとも千切れ飛んで行った。

 

「マルチャー1、撃ち方止め」

 

 一定の射撃時間を得た後に、鷹幅は12.7㎜重機関銃の射手に向けて、命令を送る。命令が反映され、12.7㎜重機関銃から注がれていた銃火が止む。

 

「突入」

 

 銃火が収まると同時に、鷹幅は突入命令を下し、そして彼を筆頭に、扉の両脇に控えていた各隊員が突入した。

 踏み込んだ彼等を待っていたのは、砦内の奥へと続く比較的広めの廊下と、12.7㎜重機関銃による掃射により出来上がった、無数の敵兵達の亡骸であった。

 

「クリア」

「クリアー」

 

 突入した各員から、報告の声が上がる。

 12.7㎜重機関銃の掃射により、待ち構えていた兵のほとんどはすでに無力化されていた。わずかに生き残っていた敵兵達も、負傷して戦える状態に無いか、あるいは戦意を喪失していた。

 

「……よし、まずは一階のクリアリングを行う」

 

 凄惨な光景に鷹幅は顔を顰めながらも、指示を出し、各員と共に廊下内の前進を開始する。

 ――廊下の途中にあった曲がり角の死角から、一人の重装歩兵が飛び出して来たのはその瞬間だった。

 

「ぬぉぉッ!」

 

 突如として現れ鷹幅の前に立ちはだかった重装歩兵は、その手にした剣を、鷹幅目がけて振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 鷹幅は、間一髪の所で身を捩り、その一太刀を回避する。しかしそのせいで鷹幅は体勢を崩し、床へと崩れ落ちる。重装歩兵はそれを好機と見たのか、鷹幅に向けて続けざまに剣を突き立てようとする。

 しかしその瞬間、発砲音が響いた。

 その発生源は、鷹幅の後ろを続いていた新好地の持つショットガンだ。

 撃ちだされた散弾は、重装歩兵の厚い装甲に阻まれ、中に人間に届きこそしなかったが、その衝撃は重装歩兵の動きを押し留める事に成功する。新好地は再度引き金を引き絞り、重装歩兵に対して再び散弾を見舞う。再び襲い来た散弾による衝撃に、重装歩兵は一歩引き下がる。

 

「ッ、弾が通ってねぇ!」

 

 しかし致命傷を与えられていない事に、ショットガンを構える新好地は悪態を吐く。

 

「士長、どいて下さいッ!」

 

 その時、新好地のさらに背後から声が響く。そこに立っていたのは、分隊支援火器射手の町湖場だ。彼の手には彼の装備であるMINIMI軽機が構えられている。

 町湖場の意図を察した新好地は、即座にその場で身を屈める。その瞬間、町湖場は己の持つMINIMI軽機の引き金を思い切り引いた。

 撃ちだされた無数の5.56㎜弾は、重装歩兵の頭部のヘルムに集中する。ヘルムは格子状の覆いで目元が覆われていたが、その隙間を縫って数発の5.56㎜弾が装甲の内部の人間の頭部に到達。頭部に致命傷を受けた重装歩兵は、格子状の目覆いの隙間から血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。

 

「鷹幅二曹、大丈夫ですか!?」

 

 鷹幅は発した新好地に手を貸され、起き上がる。

 

「あぁ……すまない、二人とも助かった」

 

 鷹幅は一筋の冷や汗を流しながら、新好地と町湖場に礼を言う。

 

「他はいないか!?」

 

 鷹幅に代わり帆櫛が、各隊員に他に敵が潜んでいないか確認を求める声を上げる。

 

「いません、この一人だけのようです」

 

 曲がり角の先を調べた隊員から、報告の声が上がる。

 

「この硬ってぇのと、近距離で遭遇するのは危険っすね……」

 

 町湖場は、自身の倒した重装歩兵の姿を見ながら、顔を顰めて発する。

 

「だが、危険を承知でも建物を無力化しなければならない。私が引き続き先頭に立つ。新好地、町湖場、私の後ろに付いて、フォローを頼む」

「了解です」

「いつでも変わりますよ」

 

 鷹幅は、危険な目に遭いながらも尚、自身が先頭に立つことを選択。それに対して町湖場は了解の旨を返し、新好地は気遣いの言葉で答える。そして分隊は、砦一階のクリアリングを開始した。


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