―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-7:「侵入」

 幸いなことにそれ以降、敵との不意な接敵は無く、分隊は砦の一階を完全に無力化。さらにその中の一室で、人質となっていた行商人や旅人の人達の確保保護に成功。

 そして分隊は、砦の二階へと続く階段を発見。しかし階段を発見したのはいいものの、分隊はそこから先へ踏み込めずに、階段の前で足止めを食っていた。

 

「……」

 

 階段元の壁に身を隠している新好地が、頭をわずかに出して階段の先を覗き見ようとする。ヒュッ、と何かが彼の前を通り過ぎたのは、その瞬間だった。

 

「ッ!」

 

 それを認識した瞬間、新好地は慌ててその身を階段脇へと引き込む。その直後、階段の上から無数の何らかの物体が、風を切る音を立てて降り注いだ。

 

「糞、覗き見る事も叶やしねぇ……!」

 

 身を引き込み、悪態を吐く新好地。彼の階段を挟んで反対側では、鷹幅が同様に身を隠していた。降り注いだ〝何か〟か内の一つが、壁に当たって跳ね返り、鷹幅の足元へと落ちる。鷹幅はそれを拾い上げて観察する。

 

「冷たい……これは氷か」

 

 降り注いだ〝何か〟は、ツララ状の氷だった。

 分隊は先程から、階段状から襲い来るツララの雨により、前進を阻まれていたのだ。

 

「これも、魔法なのでしょうか?」

 

 鷹幅の横で同じく身を隠している鳳藤が発する。

 

「今度は氷の魔法かよ、退屈しないぜホント……」

 

 階段を挟んで反対側で鳳藤の言葉を聞いた新好地が、皮肉気な声で言葉を呟いた。

 

「誰か手鏡か何かを持っていないか?」

「あ、俺あります」

 

 鷹幅の声に答えたのは樫端だ。彼は胸元のポケットから手鏡を取り出すと、それを鷹幅に渡す。鷹幅はさらに銃剣とビニールテープを取り出すと、手鏡を銃剣の先にビニールテープで巻き付け始めた。

 

「映画でこういうシーン、ありましたよね」

「この状況で呑気な事を……」

 

 町湖場の飛ばした軽口に、鳳藤が呆れた声で返す。当の鷹幅はその軽口には取り合わずに、完成させた手鏡付きの銃剣を、階段脇からそっと突き出す。

 

「あれは……」

 

 ミラー越しに鷹幅は、階段の踊り場に作られたバリケードを確認する。その向こうには、数名の敵兵が姿を隠している物と思われた。

 

「!」

 

 驚くべき光景が鷹幅の目に飛び込んで来たのは、次の瞬間だった。なんとバリケードの前に、無数のツララが突然形成され始めたのだ。それはまるでCGでも見ているようであった。そして形成されたツララの群れは、直後に撃ちだされ、再び階段元へと襲い来た。

 

「ッ!」

 

 慌てて手を引き込める鷹幅。襲い来たツララは音を立てて鷹幅等の傍を通り過ぎ、階段元にある壁に音を立てて辺り、四方に始め飛ぶ。

 

「野郎!」

 

 痺れを切らしたのか、新好地はショットガンを階段上へ突き出し、二発ほど発砲。しかしその直後に、お返しとばかりにまたもツララが降り注いだ。

 

「落ち着け、新好地」

 

 鷹幅は新好地に発しながら、再び手鏡付き銃剣を階段上へ突き出す。残念な事に、新好地のショットガンから放たれた散弾は、バリケードに阻まれ効果を成してはいなかった。

 

「地形的に完全に不利だな」

 

 鷹幅は手鏡付き銃剣を引き込みながら呟く。

 

「狭くて短い階段だ、手榴弾や爆薬類も下手に使えない」

 

 続けて発する鷹幅。こちらが階段元に位置している状況で手榴弾や爆薬類等を使えば、最悪傾斜により転がり戻って来て、こちらが被害を被る可能性もあった。

 

「じゃあどうします?」

 

 新好地が若干疲れた様子で言葉を寄越す。

 

「なんとか周り込めないか試そう。不知窪、私と来てくれ。帆櫛三曹、ここは任せる」

 

 

 

 上階へ侵入するためのルートを探しに、鷹幅と不知窪は一度内砦の外へと出て、内砦外周を探っていた。

 

「侵入できそうな小窓などはないか……」

 

 砦を壁伝いに探るも、侵入できそうな箇所は見当たらず、言葉を零す鷹幅。

 

「鷹幅二曹、あれをこじ開けられませんかね?」

 

 同行していた不知窪が発したのはその時だった。彼が指し示したのは、砦の上階にある細長い開口部。それは砦の各所に設けられた、弓眼の一つだった。

 

「弓眼か……」

「てき弾をぶっこめば、人が通れる穴ぐらいは開けられるかもしれません」

 

 不知窪は小銃てき弾を取り出し、その手に翳して見せながら言う。

 

「――よし、やってみるか」

 

 鷹幅は不知窪の発案を受け入れた。不知窪から小銃てき弾を受け取ると、鷹幅は自身の小銃を地面に立てて、小銃の銃口に小銃てき弾を装着し、発射態勢を取る。その間不知窪は周囲を警戒し、無防備な鷹幅を護衛。

 鷹幅は弓眼へ狙いを定め、地面に立てた小銃の引き金を引き絞った。ドシュッ、という音と共に撃ち出された小銃てき弾は、上階の弓眼付近に命中し炸裂。炸裂により上がった爆雲が晴れると、そこに弓眼周辺が倒壊してできた開口部が姿を現した。

 

「よし、うまく空いたな。あそこから入れそうだ。私が先に行く、不知窪、ブーストしてくれ」

「了」

 

 鷹幅の指示を受け、不知窪は警戒を解いてできた開口部の真下へと位置取る。そこで背中を壁に預けて、両手をレシーブを打つ時のように重ねる。鷹幅はその不知窪からやや距離を取り、小銃を肩から下げて両手を空け、準備を整える。

 

「行くぞ」

 

 言葉と共に、鷹幅は不知窪目がけて駆け出した。そして不知窪の間近までたどり着いた瞬間、彼の重ねられた手の平に足を掛ける。不知窪は自身の手に鷹幅の足が乗った瞬間、両腕を思い切り持ち上げた。

 不知窪の補助と、さらに助走による勢いを利用して、鷹幅は思い切り跳躍。そして上階にできた開口部の縁に、その手を掛けた。

 

「よし!」

 

 鷹幅は声を上げながらも、縁を掴んだ両手で自身の体を持ち上げ、警戒しつつ開口部から上半身を中に突き込む。

 

「ここは、廊下か」

 

 開口部の向こうが廊下である事、そして敵の姿が無い事を確認した鷹幅は、下に居る不知窪に手招きをしながら中へと入る。そして肩に掛けていた小銃を構え成して、不知窪が上がって来るまでの間、廊下の先を警戒する。

 廊下の先から駆け足のような音が聞こえ、そして四名程の軽装兵が先から姿を現したのはその直後だった。爆発音を聞きつけて、内部の兵が駆け付けたのだろう。

 

「ッ、二階へ侵入されたぞ!」

「魔法で弓眼をこじ開けたのか!?クソッ、排除しろ!」

 

 姿が見えると同時に、広くは無い廊下に相手の上げる声が反響して、鷹幅の耳に届く。

 

「ッ!」

 

 鷹幅は、やや浮足立った様子の彼等に対して、構えていた小銃の引き金を引いた。

 

「がッ!?」

「ぎぁッ!」

 

 単射で数発撃ち出された5.56㎜弾は、鷹幅へと距離を詰めようとしていた敵兵等を順に貫き、短い間合いと狭い空間であった事から、彼等の上げた悲鳴が鷹幅の耳にはっきりと届く。

 

「ッ……」

 

 聞こえ来た悲鳴に表情を顰めながらも、鷹幅は引き金を再び引く。

 

「ごぅッ!?」

 

 後続の敵軽装兵がもんどりうって倒れ、鷹幅は残る最後の敵軽装兵に照準を移そうとする。しかし鷹幅が引き金を引く前に、彼の横から別の発砲音が響いた。

 

「ッ」

 

 そして鷹幅の視線の先で、最後の敵軽装兵が床に崩れ落ちる。鷹幅が若干驚きながらも横に目を向ければ、そこには立膝の姿勢で9mm機関けん銃を構える、不知窪の姿があった。彼の構える9mm機関けん銃の銃口からは、うっすらと煙が上がっていた。

 

「お待たせしました」

 

 鷹幅に代わって最後の軽装兵を仕留めた不知窪は、9mm機関けん銃を下げると、どこか無気力さを感じさせる口調で発する。

 

「分かってはいた事ですが、爆発音が敵の注意を引きましたね」

「あぁ、他にも来るかもしれない。急ぎ階段を探し、一階の分隊と合流するぞ」

 

 二人はその場を早急に離れ、一階と二階を繋ぐ、先の階段の捜索を開始した。

 

 

 

「待て」

 

 少しの間廊下を進んだ所で曲がり角に差し掛かった両名。鷹幅はそこで腕を翳し、制止の合図を出した。曲がり角の際で停止した鷹幅は、そこで先の手製の手鏡付き銃剣を突き出し、先の様子を探る。

 

「――あったぞ」

 

 そして言葉を発する鷹幅。手鏡に映る曲がり角の先の光景。そこには一階と二階を繋いでいるであろう階段。そしてそこに控えている数名の兵の姿があった。

 

「ジャンカー1、応答してくれ。こちら鷹幅」

《ジャンカー1、帆櫛です》

 

 鷹幅はインカムを用いて、一階で待機している1分隊へ通信を繋ぐ。

 

「二階に上がり、階段を発見した。おそらく位置的にそちらの真上だ。これよりこちらから制圧、無力化にかかる」

《了解です、こちらも備えます》

「頼む――よし、行くぞ」

 

 通信を終えた鷹幅は、自分の背後に控える不知窪に合図を送ると、サスペンダーから下げられた閃光発音筒、いわゆるスタングレネードを掴み手に取る。そして閃光発音筒のピンを抜き、腕を曲がり角の先に突き出して、その先に放り投げる。

 その直後、曲がり角の先で爆音が鳴り響いた。

 

「突入!」

 

 爆音が鳴りを潜めると同時に鷹幅が発し、そして鷹幅と不知窪はそれぞれの装備火器を構えて、曲がり角の先へと飛び出した。

 

「ぐぁぁ……!」

「な、なに、が……」

 

 突入した先では、閃光発音筒の放った閃光と爆音を諸にその身に受けた敵兵達の、よろめきあるいは膝を付く姿があった。

 鷹幅と不知窪はそんな彼等にそれぞれの火器の引き金を絞った。敵の兵達は抵抗も叶わぬままにそれぞれの銃弾を受け、無力化されてゆく。

 

「悪いな」

 

 不知窪は、床に倒れた彼等に対して、そんな言葉を呟いた。

 

「――次、階段下だ!」

 

 抵抗も叶わぬ相手を射殺した不快さをかき消すように、鷹幅は指示の声を張り上げる。その場を無力化した両名はすかさず階段入り口の脇に張り付き、そして装備火器構えて飛び出し、階段下にその視線を向ける。

 見下ろした先にある階段の踊り場には、バリケードを前にしてその場に陣取っていた、数名の敵兵の姿が確認できた。閃光発音筒の炸裂の影響は、階段下にも少なからずあったのであろう、その場にいる彼等の態勢は崩れていた。

 

「て、敵……ッ!」

 

 その中の一人、他の者と比べて軽装な女が、鷹幅達の存在に気付く。そして彼女は、鷹幅達に向けて腕を翳し、何かをその口で発しようとした。

 しかし彼女のその行動よりも、鷹幅と不知窪が引き金を引くほうが早かった。

 

「――あッ!」

「ぐぁッ!」

 

 踊り場へ、小銃と9mm機関けん銃から撃ち出された各銃弾が降り注ぎ、背後を取られた無防備な敵兵達を容赦なく貫く。狭い階段内に悲鳴が木霊し、彼等、彼女等は崩れ落ちてゆく。やがて発砲音、そして悲鳴は止み、階段内に動く者はいなくなった。

 

「……ジャンカー1、階段に陣取っていた敵部隊は無力化した」

《了解。分隊はそちらへ合流します》

 

 インカムに無力化完了の通信を入れる鷹幅。

 程なくして、一階で待機していた1分隊の各員が、階段踊り場のバリケードを越え、二階へと駆けあがって来た。

 

「上がったら周辺を警戒しろ」

 

 すれ違ってゆく隊員等に指示を飛ばしながら、鷹幅は眼下の踊り場に足を進め、倒れる敵兵達の亡骸をその目に収める。

 

「……」

「やれやれ、とんだ攻撃を見舞ってくれたもんだ」

 

 そこへ声がする、鷹幅が顔を起こせば、丁度バリケードを越えて来た新好地の姿があった。

 

「しかしそんな相手とは言え、これは気分のいいモンじゃないっすね」

 

 そして新好地は、鷹幅に代わって踊り場に倒れる敵兵達の亡骸に目を落として言う。

 

「あぁ……だが、感傷に浸ってばかりもいられない。これより上階を抑える、行くぞ」

「了」

 

 気持ちを切り替え、鷹幅と新好地は先に上階へ向かった隊員等の後を追った。


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