―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
「ラグス指揮官!砦外の部隊はほとんど壊滅です!」
「敵に一階を抑えられ、二階に踏み込まれました!」
砦の上階にある一室に、伝令の兵達が入れ替わり立ち代わりに飛び込み、報告の言葉を発する。その言葉に、指揮官のラグスは奥歯を噛み締め、聞いていた。
「糞……どうなってるんだ?たかだか百人にも満たない残敵に、なぜここまで押し返される事がある……!?」
ラグスは焦りと苛立ち混じりの声を零しながら、拘束されているハルエーやミルニシアを睨む。それに対して怖じる事無く、ハルエーは静かに、ミルニシアは鋭い目つきでラグスを睨み返す。しかしそんな彼等の顔には、同時に困惑の色が見えた。ハルエーとミルニシアにとっても、今現在巻き起こっている事態は、信じられない事であったからだ。
「……クソ!」
二人の顔色からその事を察したラグスは、吐き捨てながら二人から目を離した。
「ラグス指揮官、一体どうしたらいいのですか……!」
そんなラグスへ、伝令兵の一人が助けを求めるような声色で尋ねる。
「ッ……本陣だ。本陣が間もなく到着する!それまで時間を稼ぐんだッ!」
配下の兵達に対してラグスは声を荒げて命じた。
「――突入!」
砦の二階にある一室の扉の前。その扉の両脇に待機していた四名一組の隊員等が、発せられた合図と共に、扉を蹴破り今突入した。
「――クリア」
「クリアッ!」
小銃を構え内部へ突入した彼等は、その一室の内部が無人である事を確認すると、それぞれ報告の声を上げた。
砦二階へと踏み込んだ1分隊は、二階にある各部屋を順に制圧。そして今、最後の一部屋の制圧が完了した所であった。
《鷹幅二曹、最後の部屋もクリアです》
最後の部屋へ突入し、制圧を終えた隊員から、鷹幅の元へ通信による報告がもたらされる。
「了解、こちらに合流してくれ」
無線からの報告に答えながらも、鷹幅の注意は脇へと向いている。
「糞!頑丈に固めやがって」
鷹幅その脇では、町湖場がその場にある〝障害〟を蹴り押しながら、悪態を吐いている。
鷹幅等は今、砦の二階と三階を繋ぐ階段の前に居た。叶う事ならば今すぐに三階へと踏み込みたい所だったが、それはすぐには叶わない状況にあった。
鷹幅始めその場にいた隊員は、階段へ改めて視線を送る。二階と三階を結ぶ階段の空間には、椅子や棚を始めとした砦内にあったであろうあらゆる物がぎっしりと積まれ、強固なバリケードを築いていたのだ。
「めんどくせぇ、爆薬で吹っ飛ばしちまいましょう」
痺れを切らしたのか、町湖場は鷹幅にそんな発案をする。しかし鷹幅は「いや」とその発案を否定する。
「この場合、爆薬の使用はあまり適当ではないだろう。だな?宇桐一士」
鷹幅は背後に居た施設科隊員の宇桐に意見を求める。
「えぇ。――町湖場、このバリケードは奥の方まで固めてあるみたいだ」
宇桐は町湖場を始めとする各員に、今の保有爆薬量では、バリケードの浅い部分をいくらか削ることはできても、全てを除去することは出来ない旨を説明した。
「じゃあ、どうすんだよ?」
「手作業で、バリケードを形成してる物を一つ一つ取り除いて行くしかないだろう」
「マジかよ……」
宇桐の言葉に、町湖場はゲンナリとした表情を作って発する。
「仕方がないな。取り掛かるしかあるまい」
鷹幅は言うと、その場の各員へバリケードの除去や警戒等の役割を割り振る。
「よし、不知窪、私と来てくれ。もう一度、回り込めるルートが無いかを探しに行くぞ」
「この場で皆で燻っててもしょうがないですからね」
鷹幅の同行を求める言葉に、不知窪は相変わらずの無気力そうな口調で軽口を返す。
「帆櫛、この場は君に任せる。バリケードの除去が完了したら、君の判断で突入してくれ」
「は!」
分隊の指揮を帆櫛に任せ、鷹幅と不知窪は再び分隊を離れ、別ルートの捜索を開始した。
鷹幅と不知窪が分隊の元を離れてからおよそ十数分後。
1分隊は二階と三階を繋ぐ階段に築かれたバリケードの、その大半を苦労しながらも除去し終え、残るは階段と三階入り口を隔てる、大きな棚を一つ残すのみとなっていた。
その大きな棚の前で、1分隊の各員は突入に備えて待機している。
「お前達準備はいいな?決して油断するな!」
待機する各員の背後で、この場の指揮を任された帆櫛が、やや口うるさげな口調で釘を刺す言葉を上げる。
「よし……突入しろ!」
帆櫛を受け、階段の先頭に位置していた鳳藤と新好地が、それぞれの持つ小銃とショットガンを目の前の棚に向け、数発発砲。撃ち出された5.56㎜弾と散弾は、木製の棚を貫通。同時に、反対側で棚を抑えていたのであろう、敵兵の物と思しき悲鳴が耳に届く。
新好地は壁の向こうからの悲鳴をその耳に聞きながら、最後の隔たりである大きな棚を、その脚で蹴とばした。
最後の障害物が倒壊し、その先の光景が露わになる。
床には、事前に撃ち込まれた弾により死傷した、二名程の敵兵の身体が見える。そしてその両脇には、分隊の突入を待ち構えていたのであろう、数名の敵兵の姿が見えた。
しかしその待ち構えていた兵達は、バリケードを貫通して襲い来た正体不明の攻撃と、それにより仲間が倒れた事に意識を取られたのだろう、踏み込んで来た分隊への対応に遅れを見せる。それが彼等にとって致命的な一因となった。
先陣を切る鳳藤と新好地は、待ち構えていた敵兵達の姿を確認すると同時に、それぞれの持つ火器の照準に彼等を収め、そして発砲。
さらに続けて、後続の町湖場と樫端が、鳳藤と新好地の肩越しに各装備火器を突き出し、残る敵兵に向けて引き金を引いた。
響いた発砲音と同じ数だけ、敵兵達から悲鳴が上がる。対応の遅れた敵の兵達は、応戦ままならぬまま、銃弾に倒れる運命を迎える事となった。
待ち構えていた敵兵達を排除した鳳藤、新好地等は、倒されたバリケードの大きな棚を越え、砦の三階へと踏み込む。踏み込んだ先は廊下になっており、階段から左右へと通路が伸びていた。
鳳藤、新好地、町湖場、樫端の四名はそこで二手に割れた。鳳藤と町湖場は右へ、新好地と樫端は左へ。
鳳藤と町湖場が歩みを進めた廊下右手には、木箱や机などがバリケードとして並べられている。そして鳳藤等の間近に置かれていたバリケードの影から、一人の敵兵が乗り出し、剣を手に切りかかって来たのはその瞬間だった。
「ッ!」
敵兵の剣が振り下ろされるよりも前に、鳳藤は構えていた小銃の引き金を絞り、発砲。撃ち出された5.56㎜弾が敵兵の胸を貫き、敵兵は絶命。銃弾を受けた衝撃で遮蔽物の後ろへと倒れ、動かなくなった。
襲い掛かって来た敵を撃退すると、鳳藤と町湖場は間近に築かれていたバリケードに滑り込み、そこを遮蔽物代わりとして身を隠す。そして二人は、バリケードから視線を出して、その先を慎重に覗き見る。
視線の先、次に控えるバリケードからは、二本の槍が突き出されていた。間合いに接近して来た敵を貫かんと、待ち構えているのだろう。
「このまま突っ込みゃ、串刺しですね」
「あぁ、先に無力化する必要がある」
町湖場の言葉に鳳藤は返しながら、自身のサスペンダーから下がった手榴弾を握りしめる。掴んだ手榴弾を引き下げ、サスペンダーに繋がるピンを引き抜くと、遮蔽物から腕だけを突き出して、握った手榴弾をその先に投擲。
数秒後、廊下の先で炸裂音が響き渡った。
「行くぞ!」
「了!」
炸裂音が聞こえると同時に、鳳藤と町湖場の二人は立ち上がり、バリケードを越えてその先へと踏み込んだ。
手榴弾の炸裂により、その場にあったバリケードのいくつかは破壊され、待ち構えていた二本の槍は、主を失いその切っ先を床へと落としていた。
さらに炸裂の影響はその後方に設けられたバリケード陣にもあったのだろう。その場にいた敵兵達が、動揺の余り身を晒す姿が目に映る。
鳳藤と町湖場の二人は、その期を見逃さなかった。
「このまま突っ込む!」
「了!」
二人は手榴弾の炸裂した凄惨なその場を駆け抜け、その次のバリケード陣へと距離を詰める。そして二人は同時にバリケードに足を掛け、その向こう側へと突貫した。
ただでさえ動揺の中にあった敵の兵達は、そこへ何の躊躇いもなく突っ込んで来た鳳藤と町湖場に対して、対応を取る事すら叶わなかった。
二人はバリケードの向こうへ飛び込むと同時に、それぞれ構えた火器をその場に居た兵達に向けて発砲。兵達はバリケード内に、次々と倒れて行った。
「……よし!」
「……他にはいませんね」
一方的な殺戮となった戦闘に、二人の表情は曇る。しかし感傷に浸っている暇は無かった。二人は気づけば廊下の突き当りまで達しており、曲がり角となっていたその先に、扉が見えた。
《鳳藤、町湖場、聞こえるか?こっちは廊下を進み切って扉を抑えた》
そこへインカムから通信が飛び込む。先に廊下の反対側へと向かった新好地からだ。
「あぁ……こちらも同様だ」
通信に鳳藤は浮かない口調で返す。
《了解。確か事前の情報だと、この先は一つの大部屋になってるはずだ》
「じゃあ、とっとと突っ込んで片づけちまいましょう」
続く新好地からの通信の言葉に、町湖場はダルそうな様子で発する。
「いや、私達の独断では決められない、帆櫛三曹の指示を仰がなければ」
「チッ」
鳳藤の言葉に口うるさい女三曹の名を聞いた町湖場は、隠そうともしない舌打ちを打つ。
「鳳藤士長、町湖場一士!」
そこへ二人の背中に声が掛かる。 二人が振り向けば、追いついて来た帆櫛と一分隊の隊員等の姿がそこにあった。
「帆櫛三曹、廊下の制圧は完了しました」
それに対して、鳳藤は足元に横たわる敵の兵達の亡骸へ、視線を落としながら発する。
「……ッ!」
その光景に、帆櫛はその顔を青くする。いや、虚勢こそ張っているが、戦闘が始まって以来の死体の数々を前に、彼女の顔は常にすぐれた物ではなかった。
「帆櫛三曹、大丈夫ですか……?」
「ッ……この程度、問題ない……!」
案ずる鳳藤に対して、キッとした目を向けて帆櫛は返す。
「帆櫛三曹、反対側では新好地士長達も扉を抑えたそうです。私達は、両側から同時に部屋内への突入を試みたいと思うのですが?」
「あぁ……許可する。……いいか、ここが最後だぞ。各員気を抜くな、突入準備!」
帆櫛は鳳藤の意見具申を受け入れ、そして己を奮い立たせるべく、いつもの口うるさげな声で指示の言葉を発する。しかしその顔は青いままだった。
(大丈夫かよ、この娘っ子)
そんな帆櫛を端から見ていた町湖場は、内心で訝し気な言葉を吐く。各員が状況にそれぞれの思いを抱えながら、突入の準備が始められた。
三階にて突入準備が始められたその頃。
「よっ」
〝砦の壁面〟にある突起物をその手で掴みながら、自身の身体を上へと運ぶ鷹幅の姿が、そこにある。鷹幅と不知窪は今現在、まるでロッククライミングのように砦の壁面を登っている真っ最中であった。
事の起こりは数分前。
上階へと回り込む別ルートがないか、二人が砦内を調査していた時に、不知窪が「いっそ外から登って行きますか?」といった旨の発言をしたことが発端であった。
鷹幅はその発案を採用し、先の二階への侵入時にこじ開けた弓眼から再び外へと出て、登壁を開始したのであった。
砦を囲う城壁上の一角からは、2分隊の一組が、鷹幅等の登壁の様子を見守っている。彼等は、登壁の最中無防備となる鷹幅等の援護についているのだ。
砦城壁上、及び敷地内部の敵はほぼ無力化されていたが、それでも万一の事が起こらないとは限らず、鷹幅が城壁を担当する2分隊へ援護を要請したのだった。
「やれやれ、正直半分冗談だったんですがねぇ」
鷹幅の下から続いている不知窪は、器用に壁面の突起部を掴み登りながらも、ため息交じりにそんな言葉を発する。
「自分の軽口を呪うんだな」
鷹幅は自分に続く不知窪に端的にそう返しながらも、砦の屋上を目指して手と足を進めた。