―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
砦三階にて、1分隊は残る最後の部屋への突入準備を完了した。
廊下の両端にそれぞれ存在する出入り口の扉には、施設科隊員の宇桐の手により爆薬が設置され、それぞれの扉の側では1分隊の各員が、突入に備えて待機している。
「1分隊各員、準備はいいか?」
その場の指揮を取る帆櫛が、直接、そしてインカム越しに各員へ問いかけの言葉を発する。
「準備よし」
「問題ナシ」
すぐ側の扉前で待機している、鳳藤や町湖場から返答が返る。
《ジャンカー1-2、突入準備よし》
そして反対側のもう一つの扉で、同様に突入合図を待つ新好地等からも、インカム越しに返答が来る。
「よし……宇桐一士、爆破準備」
各員からの報告を聞いた帆櫛は、傍らで待機していた宇桐に、指示の言葉を送る。
「行くぞ………突入ッ!」
帆櫛の合図と共に、宇桐が起爆装置のスイッチを押す。そして二ヶ所の扉に設置された爆薬が、同時に起爆。爆音と共に二つの扉が、同時に部屋の内側へと吹き飛ぶ。
突入口が開かれると同時に、片側の扉からは鳳藤と町湖場が、反対側の扉からは新好地と樫端が、部屋内へと突入した。
「――!」
突入した鳳藤の眼に、その先の光景が飛び込んでくる。
事前情報道理、その先は大部屋となっており、そして各所に立つ複数の人の姿が見える。
扉の近くにいたため、爆破に巻き込まれ吹き飛ばされる者。爆破こそ間逃れたが、突然の事態に狼狽える者。そして部屋の一角には椅子に拘束された人間の姿も見える。
反対側に位置する扉には、自分達同様突入して来た新好地と樫端の姿。
アドレナリンの作用か、鳳藤には目に飛び込んで来たそれら全ての動きが、スローモーションのように緩慢に見えていた。
瞳を動かして部屋の全容を把握した鳳藤は、一番間近にいた一人の敵兵に照準を合わせて、引き金を引く。
弾が撃ち込まれ、その胸に穴を開け、その場に崩れ落ちる敵兵。崩れ落ち行く敵兵から目を外し、鳳藤はその後方にいた別の敵兵に照準を移し、再び発砲。
隣にいる町湖場や、反対側で位置取る新好地や樫端も同様に、部屋内にいる敵性存在を各々の持つ火器の照準に捉え、引き金を引いてゆく。
部屋内にいた敵の兵達は抵抗する暇すらなく、銃弾に貫かれ、次々と倒れてゆく。そして一瞬の後には、部屋内に立つ敵の兵の姿は、一人としていなくなった。
第1騎士団団長ハルエーは、信じがたい光景を目の当たりにしていた。
突然の爆音と共に部屋の扉が吹き飛んだかと思えば、次の瞬間にはいくつもの小さな炸裂音が響き渡り、音と同時に部屋を占拠していた敵兵達が、瞬く間に崩れ落ちていったからだ。
突然巻き起こった目の前の光景に、ハルエーは驚きの声すら零すことを忘れ、ただ目を見開いていた。
「クリア!」
「クリアー!」
「クリア」
そんなハルエーの耳に鳳藤らの発した無力化完了を伝える声が飛び込み、ハルエーの意識を現実へと引き戻す。ハルエーはそこで始めて、踏み込んで来た者達が先に顔を合わせた奇抜な恰好の一団――すなわち隊員等である事に気付いた。
「あんた、大丈夫か?」
そしてハルエーに声が掛けられ、彼はそちらへ顔を向ける。そこにあったのは新好地の姿だ。
「帆櫛三曹、人質っぽい人を確保しました」
新好地は背後に振り向き、発する。そこには後続で部屋内に踏み込み、警戒の姿勢を取っている帆櫛の姿があった。
「あなたは……!」
帆櫛はハルエーの姿を見て、目を見開く。
「知ってるんですか?」
「この方は、この国の騎士団の団長さんだ。早く解放して差し上げろ……!」
身分階級といった物を気にする達である帆櫛は、少し焦った様子で言う。
「あぁ、偉いさんですか」
対する新好地は特段気にした様子もなく、銃剣を取り出して彼を拘束していた縄を切り、ハルエーの身を解放した。
「す、すまない……しかし、これが君たちの力なのか……」
ハルエーは礼を述べながらも、驚き冷め止まぬ様子で言葉を零す。
「助けが遅れて申し訳ありません。こちらで人質となっていたのは、団長さんだけでしょうか?」
帆櫛の尋ねる言葉に、驚きに染まっていたハルエーの表情は、苦くそして焦りの含まれた物へと変わった。
「いや……まだいるんだ……!」
ハルエーは、1分隊が突入して来る少し前に、敵部隊の指揮官である男と、今回の立て籠りの主犯格であるこの国の官僚が、共に囚われていた部下――すなわちミルニシアを連れて、屋上へと逃れた事を説明した。
「なんてことだ……分かりました、その人は私達が追いかけます!」
帆櫛はハルエーに言うと、インカムで通信を開く。その相手は鷹幅だ。
「鷹幅二曹、応答してください。こちらジャンカー1、帆櫛」
《鷹幅だ、どうした?》
「こちらは三階を制圧し、囚われていた騎士団長さんを確保しました。……しかし、敵の指揮官が人質を一人連れて、屋上へ逃れたそうです……!」
《本当か?それは厄介だな……》
無線の向こうから鷹幅の、苦い声色での言葉が聞こえてくる。
「これより私達で、その敵指揮官と人質を追いかけます」
《了解。その逃げた指揮官は屋上にいるんだな?こちらも、屋上を目指している最中だ、なんとか背後を取れないか試してみる》
そして鷹幅は最後に「決して無茶はするな」と念を押すと、通信を切った。
「――よし、数名私と来い!行くぞ!」
帆櫛が指示を張り上げ、彼女を始めとした数名は、逃げた指揮官を追う。
「糞、簡単な役目のはずだったんだ……!」
砦の屋上を、苦々しく言葉を零しながら歩く指揮官ラグスの姿がある。 その後ろには、臆した様子の官僚が続き、彼等の周辺を僅かな兵が囲っている。そして一番最後尾には、後ろ手に拘束され、両脇を兵に抑えられて強引に連れてこられたミルニシアの姿があった。
「くッ……放せ……!」
ミルニシアは苦し気な声を零ながらも、身を捩り微かな抵抗の意思を見せ続けている。ラグスはそんなミルニシアを忌々しそうに一瞥だけし、ズカズカと歩みを進める。
「ら、ラグス殿……!一体どうなっているのだ……!?あなたの部隊は……?敵は一体……?」
そんなラグスに官僚の男は追いすがり、今にも泣き出しそうな声で言葉を連ねる。
「うるさい!俺をイラつかせる言葉を吐くなッ!」
「ひっ!」
しかし官僚の男の問いかけは、ラグスの怒声に一蹴される。
「糞……どうする、なんとか時間を……」
「ら、ラグス指揮官!」
焦燥に駆られながらも思考を巡らせるラグスに、今度は追従していた兵の一人から声が掛かる。
「ええいッ、俺をイラつかせるなと言って――!」
「い、いえ、あれを見てください!」
掛けられた声にラグスは再び怒声を上げかけたが、しかし兵はそれに言葉を被せ、そして砦の北側を指し示す。
訝しみながらそちらへ視線を向けたラグスは、しかしその先に見えた光景に目を見開く。そして、焦燥に満ちていたその表情に、下卑た笑みを浮かべた。
「全員動くなッ!」
そんなラグスの背後から、声が響いたのはその時であった。
帆櫛が率い、鳳藤や新好地達からなる1分隊の一組は、制圧を終えた部屋を出て、その先にあった階段を駆け上がる。さらにその後ろを追うハルエーの姿がある。彼等が屋上に出ると、そこには複数の敵兵と、そして拘束されているミルニシアの姿があった。
「全員動くなッ!」
敵兵とミルニシアの姿を確認すると同時に、帆櫛が声を張り上げる。そして鳳藤等各員は帆櫛を中心に左右へと展開し、各装備火器を敵兵達へ向けて構える。
「ひッ!?」
自分達を追って来た隊員等の存在に、官僚の男はまたも悲鳴を上げ、周囲の敵兵達にも動揺が走る。しかし、ラグスだけは他の者達と違う反応を見せた。
「フンッ、よく分からない奇怪な奴らめ――おい、言う通りに大人しくしてる奴があるか!その女を前に引き出せッ!」
「は、は……!」
ラグスの言葉を受け、慌てて動き出す兵達。そして、兵達と隊員等を隔てるように、ミルニシアの身が引き出された。
「ミルニシア!」
分隊の背後にいたハルエーが、その光景におもわず彼女の名を発する。
「やはり、人質を盾に使うか……!」
そして鳳藤が苦々しく言葉を零す。
「ッ……無駄な抵抗はやめろ!その人を解放するんだ!」
ラグス達に向けて、警告の言葉を上げる帆櫛。しかしその言葉を、ラグスは鼻で笑い一蹴する。
「は!あれを見てもそんな事が言えるか?」
そしてラグスは片手を翳し、自身の背後を示して見せる。
「ッ!」
ラグスが示した先に見えた光景に、各員は目を見開いた。
「く……敵の本陣が到着してしまったか……!」
そしてハルエーが苦し気な言葉を零す。
各員の視線の先、砦の北側、城壁を越えた先に見えた物。それは、その先に伸びる道を埋め尽くす、騎兵、軽装歩兵、そして重装歩兵。それ等各兵種からなる大規模な部隊が、こちらへと迫る姿であった。