―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-10:「モーター・サイクル」

 砦の北門。その直上に設けられた、左右に伸びる城壁上の通路が合流する足場。そこには、その場を抑えた2分隊の各員の姿があった。

 各員の視線は、城壁の外側へと向いている。

 

「――マジかよ」

 

 そしてその中で、版婆が驚きと言うよりも、忌々しさに近い声を零す。

 彼等の目には、先に伸びる道から砦へと迫る、軍勢の姿が映っていた。さらにその先頭に位置する敵部隊は、その縦隊を二つに割いて、布陣を開始している。

 

「また大層な団体さんのお出ましだな」

 

 その隣で同様に軍勢に視線を向けていた波原は、呟くと同時にインカムのスイッチを入れ、発し出す。

 

「ジャンカー2波原よりジャンカー1へ。砦の北より、接近する大規模な部隊を確認した。およそ500名、大隊規模」

《ジャンカー1帆櫛だ!こちらでも確認している……だがこちら今切迫した状況にある、こちらで敵増援への対応はできない!》

 

 波原の発報に、帆櫛から焦燥に駆られた声色での返答が来る。

 

「了解。敵増援部隊にはこちらで対応する」

《すまない、頼む……!》

 

 帆櫛の焦りに満ちた託す声を区切りに、通信が終わる。

 帆櫛達の方がどういう状況なのかも気がかりではあったが、波原は自分達が今成すべき役割に集中する事にした。

 

「波原三曹、敵の先陣が布陣を完了させました。こちらを狙っている模様――来ます!」

 

 観測の役割を担っていた隊員が叫ぶ。その瞬間、敵の陣形から多数の矢が放たれた。

 放たれた多数の矢は、陣形から城壁の間を弧を描いて飛び、2分隊の配置している城壁上とその周辺へ降り注いだ。

 

「おわッ!」

 

 波原始め各員は寸での所で身を屈めて隠し、難を逃れる。

 

「敵陣、第2射の態勢に入っています――あれは……!」

 

 しかし間髪入れずに観測を行っていた隊員が、再び叫び声を上げる。彼の目は、敵陣の中で複数の火球が形成される様子を捉える。火球は先の弓撃と同じように上空へ撃ち出され、城壁上の2分隊へと襲い来た。

 

「ッ!」

 

 降り注いだ複数の火球は、落ちた地点とその周囲を焼く。波原は、近くに落ちた火球の熱に、表情を歪める。

 

「全員無事か!?被害報告しろ!」

「ナシ!」

「無事です!」

 

 幸いにも火球による被害を負った隊員は居なかった。波原はその事に安堵しつつ、城壁から視線を出してその先を覗き見る。

 

「彼我を確認せず、問答無用で撃って来やがった……!俺達の事は把握済みってか」

「逃げた敵がいたようですから、俺達の事を報告したんでしょうね」

 

 波原の悪態混じりの言葉に、観測を行っていた隊員は冷静な口調で答える。

 

「これ以上撃ち込まれる前に黙らせる!様羅(さまら)一士!」

「は」

 

 波原は、分隊に組み込まれていた様羅という名の通信科隊員を呼ぶ。

 

「迫撃砲分隊に砲撃要請!」

「了解。――ジャンカー2よりモーターネスト、迫撃砲による砲撃支援を要請――」

 

 

 

 小隊陣地の後方に設けられている迫撃砲陣地。その中心である96式自走120㎜迫撃砲の車上では、自走迫撃砲の車長を始めとした搭乗員等が、砦へと視線を向けていた。

 

「車長、そろそろですかね」

「だな」

 

砲室内の重迫撃砲の脇で佇む砲手の言葉に、車長用キューポラから半身を乗り出している車長が返す。

 先程から彼等の元には、無線機やインカムから聞こえ来る声により砦内の情報が届いており、そこから推測される状況から、自分達迫撃砲部隊の出番か近い事を予測していた。

 

「――ん?」

 

 その時、自走迫撃砲の車長は自分達に注がれる視線に気づいた。車長が視線をそちらに向けると、自走迫撃砲のすぐ側に立つ二人の少年少女。第37騎士隊の隊兵の少年と、書記の少女の姿が目に映った。

 

「どうした君等?」

 

 車長はこちらを見上げている二人に声を掛ける。声を掛けられた二人は少し驚いた様子を見せ、その後に少年の方がおっかなびっくりといった様子で口を開いた。

 

「い、いや……その、あんた達は戦いに行かないのか?てっきり、その大きな乗り物で突っ込むものかと思ってたのに」

 

 隊兵の少年の言葉に、車長は「あぁ」と言葉を零すと続ける。

 

「そういう手もないでは無いんだが、俺達にはもっと別の、大事な役割があってな」

「大事な役割……?」

 

 車長の言葉に、今度は書記の少女が疑問の声を上げる。

 

《ジャンカー1よりモーターネスト、迫撃砲による支援を要請》

 

 自走迫撃砲内の無線機に、砲撃要請の通信が飛び込んできたのはその時だった。

 

「車長!」

「来たか。皆、準備しろ!」

 

 そして迫撃砲陣地内は慌ただしくなり、自走迫撃砲上の各員も各々の行動へと移り出す。

 

「な、なんなんだ……?」

 

 その光景を、少年と少女は呆気に取られた様子で眺めている。

 迫撃砲陣地内に布陣する96式120㎜自走迫撃砲、そして3門の64式81㎜迫撃砲にそれぞれ担当する隊員が付き、砲撃準備を整えてゆく。

 

「車長、ジャンカー2より再度通信です。敵の展開位置は、こちらより1200から1500m地点とのこと」

 

 重迫撃砲の砲手が、車長に報告の声を上げる。

 

「了解、射角を調整しろ」

 

 自走迫撃砲に搭載された120㎜重迫撃砲は、砲手の操作により、もたらされた敵との距離に対応した射角へと調整される。

 

「射角調整完了!」

「装填準備!」

 

 車長の上げた指示と共に、重迫撃砲装填手の隊員が120㎜重迫撃砲の前へ立つ。彼の腕には120㎜迫撃砲弾が抱えられ、持ち上げられた砲弾が重迫撃砲の砲口にあてがわれる。

 

「――撃ッ!」

 

 車長の号令と同時に装填手が腕を放して屈み、120㎜迫撃砲弾が砲身内に滑り落ちる。そして重迫撃砲砲身内の底部に設けられた撃針に砲弾が触れ、発射薬が起爆。

 ボッ、という音と共に、重迫撃砲から第一射が撃ち出された。

 

 

 

 砦の北側で布陣する部隊の後方。そこに、馬上で訝しむ表情を作る、この部隊の指揮官の姿があった。

 

「……奴等、何もして来んな」

 

 砦を眺めながら、指揮官の男は呟く。

 彼の訝しむ理由は、彼の元にもたらされていた知らせにあった。

 ここまでの行程の最中に、彼の率いる本陣は、どういうわけか砦から逃げ帰って来た兵を拾っていた。その逃げ帰って来た兵達の話を聞けば、なんと先んじて砦へ向かったはずの先陣部隊が、正体不明の敵の攻撃を受け、壊滅状態にあるというではないか。砦を包囲しているのは近衛騎士団の一部と、地方の守備隊だけであるという情報を前もって受けていた彼にとって、この報は衝撃的な物であった。

 しかし、いざ実際に砦へと到着してみれば、砦に居座っている思しき相手は、攻撃の気配すら見せない。先手を打つべく部隊に弓と魔法による攻撃を実行させたが、それに対しても応射の一つすらなかった。

 その前情報と現状の落差に、指揮官の男は疑念を抱いていたのだ。

 

「フン、この本陣を目の当りにして臆したのではないか?」

 

 そこへ指揮官の男の前から声が上がる。部隊の先頭で展開している、百人隊の隊長の男の声だ。

 

「しかし逃げ帰って来た兵の話によると、相手はわずかな兵力で、先陣の百人隊二個部隊を壊滅に追いやったと言うではないか?」

「先陣部隊は、何か小賢しい罠にでも嵌められたのであろう。その策も付き、そこへ我々が現れて途方にくれているのだろう」

 

 百人隊長の男の上げた言葉に、その場に居合わせた別の部隊の隊長が疑念の声を挟むが、百人隊長はそれに対しても一笑するように返す。

 

「百人隊長、あまり油断はするな」

「はは、指揮官殿は相変わらず心配性ですな。その心配、我が隊が敵ごと散らしてみせましょう」

 

 指揮官の男は百人隊長に咎める言葉を発するが、百人隊長はそれに対して意気揚々と言葉を返して見せる。あくまで楽観的な態度を崩さない百人隊長に、余計に不安を覚える指揮官。

 しかし懸念事項こそあれど、この場でただ燻っているわけにもいかなかった。

 

「相手は矢か、魔力切れでも起こしたのでしょうか?」

「敵は少数と聞く、おそらくそんな所であろうな……」

 

 側に控えていた副官が発した、比較的現実的な推測の言葉に、指揮官は同意の言葉を返す。それは指揮官が、自身を強引に納得させるために発せられた言葉であった。

 

「中で追い込まれている先陣の事もある、モタモタしてはいられない……百人隊長!まずは第1百人隊が前進し、突入口を確保せよ!」

「お任せあれ!第1百人隊、前進準備ーッ!砦に籠った臆病な敵を、捻り潰してやるのだ!」

 

 命を受けた百人隊長が、高らかに声を上げて配下の百人隊に命じる。最前列布陣していた百人隊は、号令を受け、それに応える雄たけびを上げると共に進撃に備えた態勢へと移行する。

 

「前進ーッ!」

 

 そして次の号令と共に、百人隊は前進を開始した。

 百人隊の兵達は、揃った足音を立て、鎧の擦れる音を上げながら、勇ましく歩みを進める。

 ――そんな彼等の耳に、奇妙な音が届いたのはその時であった。

 彼等の元へ聞こえ着たのは、風のような、しかしそれにしてはやや甲高い奇妙な音。

 

「ん?一体何の――」

 

 百人隊長は疑念の声を上げかける。しかし、その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

 ――次の瞬間、隊列の後方で爆炎が上がった。

 発生した衝撃と、撒き散らされた破片は周辺に居た百人隊の兵達に襲い掛かり、彼等を吹き飛ばし、死傷させる。

 そして爆炎の上がった丁度その場所にいた百人隊長は、己の身に何が起こったのかを知る事も無いまま、その体を四散させて消滅した。

 

 

 

「――な」

 

 指揮官の男はその場で膠着していた。異質な音が聞こえ来たかと思った直後、前進を命じた百人隊の隊列の後方で、突然爆炎が上がった。爆炎は隊列の後方にいた兵達を吹き飛ばし、そして百人隊長を消し飛ばした。

 突然目の前で起こったこれ等の事態を、彼の頭は処理しきれずにいたのだ。

 

「指揮官殿!」

 

 脇に控えていた副官の声が、そんな彼を現実に引き戻す。そして引き戻された彼の耳が聞いたのは、先に聞こえた物と同様の奇妙な風切り音。

 瞬間、またしても爆炎が、今度は複数個所で同時に上がった。

 前に布陣していた百人隊や、後方に控えていた弓兵隊、魔法兵隊等の各所で爆炎は発生し、その場に居た兵達の吹き飛ばされる姿が、指揮官の男の目に映る。

 

「ッ――指揮官殿、我々は攻撃を受けています!」

「く……こんな攻撃が……?奴らは、これを――」

 

 発しかけた指揮官の耳が、その時、またしても風を切るような音を捉える。その音が爆炎の前触れである事を、指揮官は今理解し、その顔が青ざめる。

 

「全隊、散会しろ――!」

 

 指揮官は咄嗟に指示の声を張り上げる。彼の近くで爆炎が上がったのは、その瞬間だった。

 

「のぁぁッ!?」

 

 襲い来た衝撃は、指揮官の跨る愛馬ごと彼を吹き飛ばした。そして指揮官は愛馬が放り出され、地面に叩き付けられる。

 

「……ぐ……!」

 

 叩き付けられた事によるダメージに指揮官の体が悲鳴を上げる。さらに発生した爆炎から撒き散らされた破片が、指揮官の体を傷つけており、その傷による痛みも指揮官を苛む。

 指揮官はそれらの痛みに耐えながら、必死にその体を起こし、視線を上げる。

 

「……なんということだ……」

 

 その彼の目に飛び込んで来たのは、陣形を保てなくなり、大混乱に陥った部隊の姿であった。

 

 

 

 迫撃砲陣地からは、絶え間なく砲撃が行われている。

 並ぶ64式81㎜迫撃砲、そして自走迫撃砲に搭載された120㎜迫撃砲 RTから各迫撃砲弾が撃ち出される。そして撃ち出された直後に、各砲に付く装填手がすかさず次の迫撃砲弾を方へと滑り込ませ、わずかなスパンで次の砲弾が撃ち出される。

 そのサイクルが繰り返され、迫撃砲分隊は砦を越えた向こう側へと、次々に迫撃砲弾が注ぎ込まれてゆく。

 その傍らでは、隊兵の少年と書記の少女が、絶え間なく響く迫撃砲独特の発射音を聞きながら、その光景を見つめていた。

 そして彼等の耳には同時に、砦の向こうから響く無数の爆音も聞こえている。

 

「何が起こってるんだろう……」

 

 口でこそそう言ってみた隊兵の少年。だが、今目の前で行われているのが、何らかの、それも苛烈な攻撃行為であることは、彼等も感じ取っていた。

 

 

 

 展開した敵陣へ、次々と迫撃砲弾の雨が降り注いでいく。

 迫撃砲弾が的中に落ちるたびに、その場で爆炎が上がって土砂が巻き上がり、その場にいる歩兵や騎兵、重装備歩兵等を区別なく吹き飛ばしてゆく。

 

「右方奥側に固まってる。下へ3°、右へ7°修正」

「了解。モーターネスト、各砲を下へ3°、右へ7°修正してくれ」

 

 城壁上では2分隊が砲撃の弾着観測を担っていた。

 波原が敵の位置を確認して、迫撃砲の取るべき適切な角度を判別。それを通信科隊員の様羅が迫撃砲陣地へと送り、間もなくすると要請の反映された砲撃が行われ、そして観測した敵の頭上へと迫撃砲弾が降り注ぐ。そのたびに、人が紙切れのように吹き飛び、四散してゆく。

 度重なる砲撃により敵は混乱に陥り、組まれていた陣形は今や完全に崩れ去っていた。城壁上からは、混乱し逃げ回る者。負傷し、さ迷い這いずり回る者等の姿が見える。一部には果敢に、そして一塁の望みをかけて砦へと突貫を仕掛ける者達もいたが、その彼等は、城壁上で待ち構える2分隊の各個射撃の餌食となった。

 

「波原三曹、敵が後退を始めます」

 

 配置していた隊員の一人が報告の声を上げる。

 その言葉通り、砲撃により散り散りになった敵兵達が、後退を始める様子が見えた。陣形も取らずに背を見せて走り去る彼等のそれが、組織的、戦術的な後退ではなく、敗走であることは目に見えて明らかであった。

 

「……迫撃砲分隊へ砲撃停止要請」

「了解。ジャンカー2よりモーターネスト。砲撃停止、繰り返す、砲撃は停止」

 

 通信で要請が送られ、やがて砦の北側へと降り注いでいた、砲弾の雨は止んだ。

 砲撃は止んだ事により敵部隊が態勢の再構築を図る事を警戒し、2分隊各員は眼下へ睨みを利かせる。だが、敵部隊の敗走が止まる事は無かった。

 一帯に、つい先程まで布陣していた大部隊の姿はすでになく、残されたのは、一帯の各所にできた迫撃砲弾の炸裂による穴。そして、砲撃の犠牲となった無数の敵兵達の亡骸であった。

 

「……見てられん」

 

 MINIMI軽機の照準の向こうに、その光景を見ていた版婆が、静かに呟いた。


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