―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》 作:えぴっくにごつ
それから、小隊の3分隊と第37騎士隊の隊兵達が砦へと到着し合流。
負傷者の手当てや、人質となっていた者達の保護、わずかだが投降して来た敵兵の拘束。そして何より犠牲となった者達の遺体の回収。そういった類の戦闘後処理が始まった。
特に、敵味方共に多数の犠牲者を出したがために、遺体の回収作業にはかなりの手間と時間、人員を要し、最低限の分別と安置が成された頃には、戦闘終結から半日が経過。すでに日が沈む時刻となっていた。
薄暗くなった砦の中では、手空きの者が各所に灯りを灯して回る姿が見える。
「……よし、点いた」
そして砦の三階の一室では、第37騎士隊隊長のザクセンが、机の上に置かれたランプに火を灯した所であった。
一室は、現在かく作業の指揮を取るための指揮所として使われており、その場にはザクセンの他に、37隊の書記の少女や数名の隊兵。そして鷹幅の姿もあった。
「すみません、中断して」
「いえ。じゃあ、続けてくれるかな」
火を灯し終えたザクセンの言葉に鷹幅は返すと、側に立っていた書記の少女に促す。
鷹幅達は、書記の少女から各種報告を聞いている最中であった。
「はい。では、こちらの被害ですが、亡くなった方が38名、重軽症者が合わせて60名程。そのほとんどが第1騎士団の方達です……」
「そうか……人質となっていた商隊や旅人、砦の駐留兵の方は?」
「衰弱こそしていましたが、人質となっていた人達に犠牲者はありませんでした」
「不幸中の幸いか……」
そう言ってみたザクセンだが、その顔は酷く曇ったものであった。
「……敵の情報は、どれくらい判明した?」
ザクセンは首を軽く振るうと、書記に向けて次の情報を求める言葉を紡ぐ。
「装備から見るに、おそらく雲翔の王国の部隊と思われます。ただ、正規の部隊なのか、離反兵なのかはまだ……」
「正規の部隊だとは、思いたくないな……」
書記の少女の説明を聞き、呟くザクセン。
「すみません。その、雲翔の王国というのは?」
「あぁ、この地翼の大陸に東北の国です――」
そこへ言葉を挟み尋ねた鷹幅に、ザクセンは説明する。
雲翔の王国とは、いま現在隊がいるこの地翼の大陸の東北に、広大な領地を持つ大陸であるという。五森の公国との位置関係は、隣国である雪星瞬く公国を挟んでさらに向こう側に位置するとのことであり、今回攻め込んで来た部隊は、間にある雪星瞬く公国を通過して、攻め入って来たのであろうと、ザクセンは予測の言葉を発して見せた。
「間にある別の国を跨いで、この国に攻め込んで来たという事ですか?無茶を……」
「もしくは、雪星瞬く公国も、同様に攻め込まれているか……ッ、嫌な考えしか浮かんでこないな……」
ザクセンは苦い表情を浮かべる。
「確保拘束した敵の指揮官。彼から情報を聞き出すしかなさそうですね」
「そうですね……各作業も落ち着いた事ですし、その指揮官から聴取を――」
そう言いながら、付いていた席から立ち上がろうとするザクセン。
彼の言葉を遮るように、一室の扉が勢いよく開かれ、37隊の隊兵が飛び込んで来たのはその時だった。
「た、大変です――!」
砦内にある一室。そこは拘束した敵指揮官のラグスを、一時的に拘置するため使用されていた。しかし今、その部屋の扉は開け放たれ、扉の前には隊員や37隊の隊兵が詰めかけ、ざわめきが上がっている。
彼等が視線を送る一室の内部。そこにあったのは、自殺防止のために塞がれていた口の端から血を流し、死体となっていた敵指揮官、ラグスの姿であった。
「なんてこった……」
部屋内には、駆け付けたザクセンと鷹幅の姿があった。
二人は亡骸となったラグスに、驚愕で表情を染めながら、視線を落としている。
「口を塞がれ、舌を噛むこともできなかったはずなのに、どうやって……」
困惑の声を上げるザクセン。
「着郷、分かるか?」
指揮官ラグスの死体の前に、そこ屈み、死体を調べている衛生隊員の着郷の姿がある。彼に向けて尋ねる鷹幅。
「……おそらく、毒ですね」
ラグスの口内を覗き調べていた着郷は、鷹幅等に振り向くと、そう発した。
「毒……」
呟く鷹幅。
「奥歯の付近に付着物があります。あらかじめ、奥歯に自決用の毒を仕込んでいたのでしょう」
「そこまでするか……」
着郷の説明に、ザクセンが思わずしてそんな言葉を零す。
「ッ、貴重な情報源だったのに……」
そして鷹幅も、苦々しい表情で言葉を零す。
「他の兵ではダメなんですか?」
「ある程度の情報は得られるかもしれないが……この男は指揮官だ。この男しか知らない情報もあったかもしれない」
疑問の声を上げた着郷に、鷹幅はそう答える。
「ザクセンさん、どうしますか?」
「ッ……情報源を失ってしまったからには、こちらから雪星瞬く公国や、雲翔の王国の内情を探りに行く必要が出て来るでしょう。しかしそれは既に、地方の部隊である我々の管轄を越えます。まずは上に報告しなければ……」
鷹幅の問いかけに、苦い口調でそう答えるザクセン。
「誰か伝令の手配を――」
「それは私が行こう」
そして発されかけたザクセンの言葉は、しかし背後からした声に阻まれた。鷹幅とザクセンがその声に振り向くと、一室の入り口に立つ、騎士団長ハルエーの姿があった。
「ハルエーさん、休まれていませんと」
「いえ、私は大丈夫です」
驚き発した鷹幅の言葉に、ハルエーは首を静かに振って答える。
「それに私はこの場の責任者です。判断を誤り、騎士団に大きな犠牲を出してしまった責任を、姫様の前で取らなければならない。本来、休んでいる事が許される身ではないのです」
「しかし……いえ、分かりました」
ハルエーの体を案じかけた鷹幅。しかしハルエー達にも、彼等にとって大事な役割や立場、関係性がある事を察し、鷹幅はハルエーの言葉を受け入れた。
「確かに……責任云々はともかくとして、この件は大事になる。団長さんに預かってもらって、王女様と相談してもらうのが適切か」
そしてザクセンもそう発する。
「それではタカハバ殿。申し訳ないのですが、あなたもご同行願いえないだろうか?」
「私ですか?」
「ええ、私は恥ずかしくも人質となっていた身。そんな私よりも、敵の軍勢を追い払って見せたあなた方からのお話を、姫様は望んでおられるでしょう」
「分かりました、そういう事でしたら」
ハルエーの願い入れを、鷹幅は受け入れた。
「ありがとうございます。では、馬車の手配をしないといけませんな」
そう言い、ハルエーはその場を立とうとする。
「ああ、お待ちくださいハルエーさん。移動手段はこちらで用意しましょう」
しかし鷹幅はそんなハルエーを呼び止め、言った。
「しかし……」
「大丈夫です。そちらは私達にお任せください」
それは申し訳ないという様子で、言葉を零すハルエー。
しかし、馬車より小隊のトラックを用いたほうが到着は圧倒的に早い。その事から、鷹幅はやや強引に移動手段を自分達で受け持つことを押し通した。
大型トラックの手配を関係隊員に命じ、ハルエー達にも出発の準備を整えてもらっている中、鷹幅は砦内の一室に顔を出していた。
内部に等間隔でベッドが並ぶその一室は、本来は砦の駐留兵のための生活スペースであったが、今現在は負傷者の救護手当のために使用されていた。
各ベッドには負傷者――主に第1騎士団の騎士や兵達が寝かされ、彼等の看護手当のために第37騎士隊の看護兵を始めとする隊兵らが、忙しく動き回っている。
そしてその忙しく動き回る彼等に混じって、負傷者の手当てに手を貸している鳳藤の姿があった。
「鳳藤士長」
「はい!」
鷹幅の掛けた声に反射で声を返した鳳藤は、振り向いて鷹幅に気が付く。
「いいか?」
「少し待ってください」
そう言った鳳藤は、見ていた負傷者の引継ぎのためだろう、近くにいた看護兵を呼び止めて短い会話を交わしてから、鷹幅の元へと駆け寄って来た。
「どうされました?」
「あぁ、実はな――」
鷹幅はまず、敵の指揮官が自害した旨を伝えた。
「敵の指揮官が……!?」
「あぁ……」
鷹幅は続けて、その事を含めた各案件の報告のために、騎士団長ハルエーを木洩れ日の町まで送り届ける事。また、その報告に自分達も同席を求められた事などを伝えた。
「その護衛が必要だ。鳳藤、君はここを離れられそうか?」
「えぇ、大分落ち着きましたんで、問題ありません」
鷹幅の問いかけに、背後の室内を振り返りながら言う鳳藤。
「よし、じゃあ準備を――」
「私も同行させてくれ!」
突然の声が、鷹幅の言葉を遮ったのはその時だった。鷹幅と鳳藤が声のした方へ振り向くと、室内のベッドの一つから、こちらに視線を向けて、今まさに起き上がらんとするミルニシアの姿があった。
「あぁ、駄目ですよ、安静にしていないと……!」
「構うものか!」
ミルニシアは困り顔で制止を掛けて来た看護兵を振り切り、鷹幅等の元へと歩み寄って来る。
「頼む、私も同行させてくれ!今回の失態の責任を、姫様の前で取らなければならないんだ!」
「しかし――」
訴え、迫るミルニシアに、鷹幅は困惑の表情を浮かべる。
「それは私の役割だ、ミルニシア」
その時、今度は鷹幅の背後から声がした。そして背後、廊下側へ振り向けば、そこには出発の準備を終えたハルエーが立っていた。
「団長……!」
「今回の失態の責は私にある。姫様の前で責任を取るのも、私の役目だ」
「しかし!よそ者の助けなどいらぬと、驕った考えで意見を具申したのは私です!」
「その考えを受け入れ、作戦を強行したのは私だ」
「ですが……!」
ハルエーの言葉に、直を食い下がろうとするミルニシア。
「これは私の立場に与えられた責と役割だ。ミルニシアの君の出る幕ではない」
「そんな……いえ、出過ぎた真似をしました……」
しかしハルエーの発したあえての厳しい言葉に、ミルニシアは引き下がった。
頭を垂れ、しゅんとした姿を見せたミルニシアに、鷹幅や鳳藤は気の毒そうな表情を向ける。
「……しかし、お前が無事な姿を見せれば、姫様もご安心なさるだろうな」
ハルエーがそんな言葉を発したのは、その直後だった。
「タカハバ殿。大変もうしわけありませんが、同行者を一人増やしてもかまいませんか?」
「あ、はい。問題ありません」
尋ねられた鷹幅は、了承の返事を返す。
「よろしいのですか、団長!」
「礼はタカハバ殿等に言いなさい。それと、あくまで責任を取るのは私の役目だ、そこは忘れるな。さ、身支度を整えてきなさい」
「は!ありがとうございます!それと、その……貴殿等にも感謝する!」
ミルニシアはハルエーに、続いて鷹幅等に礼を言うと、出発準備のためにその場を後に下。
「……申し訳ありませんタカハバ殿。ただでさえご迷惑をおかけしているのに、こちらの我儘を聞いていただいて」
「いえ。別に構いません」
繰り返しのハルエーの謝罪の言葉に、鷹幅は手を振りながらそう返す。
「あの……失礼ですが、あの子とレオティフル王女様は何か特別な関係で……?」
そこへ鳳藤が、ハルエーに向けて尋ねる。
「あぁ、あいつ――ミルニシアと王女様は、従姉妹同士の関係なんです」
「従姉妹!……ですか?」
ハルエーの説明に、目を見開く鳳藤。
「では王族の人、というか彼女もお姫様じゃないですか……それなのに騎士団で矢面に立っているのですか?」
「えぇ、当人のたっての希望ということでしてね。しかし、今回私は、お預かりしているミルニシアの身を危険に晒してしまった……。やはりミルニシアには、王女様の元にいてもらった方がいいかもしれないな……」
ハルエーはそんな言葉を零す。
「ああ、失礼。変な愚痴を聞かせてしまいましたな」
「いえ、構いません。それでは、彼女の準備が整い次第、出発しましょうか」
ハルエーの謝罪に、鷹幅はそう返した。
日は完全に落ちて周囲は闇に包まれ、砦内の所々にある松明だけが、周囲を申し訳程度に明るくしている。そんな中、砦の敷地内の一角だけが、強烈な光により照らされていた。
小隊の保有する大型トラックのヘッドライトの灯りだ。
町へ向かうために手配された一両の大型トラックが、煌々とした灯りを灯し、そしてエンジンを吹かしてその場に待機している。
そして後ろには、鷹幅や鳳藤等各隊員と、ハルエーやミルニシアの姿があった。
「目が光を放っている……それに、唸っているぞ……」
言いながら大型トラックを見上げているミルニシア。彼女は大型トラックの姿や、エンジンの発動音に若干気圧されているようであった。そして言葉こそ発しないが、それは隣に立つハルエーも同じようだった。
「さぁ、乗って」
先に大型トラックの荷台へと上がった鳳藤が、ミルニシアに手を差し出す。
「お、おい……大丈夫なのかこの……馬?ずっと唸っているし、体を震わせているぞ、機嫌を損ねているんじゃないのか……!?」
「大丈夫。これは走り出すために備えているんだ」
不安そうに声を上げるミルニシアを、安心させるためにそう説明しながら、鳳藤はミルニシアを荷台上に引き上げてやる。その隣では、同様にハルエーが新好地の手を借りて、荷台へと引きげられていた。
荷台に上がったハルエーとミルニシアには荷台の奥側に座ってもらい、鳳藤と新好地は安全監視のために荷台の端に座る。
「鷹幅二曹、ハルエーさん達にシートに着いてもらいました。こちらは準備OKです」
鳳藤はインカムで、キャビンの鷹幅へ準備完了の報告を送る。
《了解――
《了――えー、ご搭乗の皆さま、本日は陸隊観光をご利用いただき、ありがとうございます。あいにくの暗闇となり、景色をお楽しみいただくことはできませんが、トラックの揺れくらいはご堪能いただきたいと思います。なお、当車は全席禁煙となっております》
《余計な事をするな》
《いっぺん言ってみたかったんですよ》
インカムから、操縦席に着く輸送科の顎一士のふざけた言い回しが流れ、その発言を咎める鷹幅の言葉が聞こえて来る。そして大型トラックはエンジンをより今まで以上に唸らせ、ゆっくりと動き出す。
「う、うわっ……」
動き出し、揺れる車内に、ミルニシアが困惑の声を零す。
そんな彼女等を乗せて、大型トラックは木漏れ日の町を目指し、砦を出発した。