―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-14:「追撃者」

 町の南側。

 燃料調査隊が通った出入り口とは町を挟んで反対側にある、もう一つの町へのアクセス口。その周辺は、より一層の喧騒と緊迫に包まれていた。

 

「町医の先生を呼んで来い!自警団は出入り番以外の者で隊を編成しろ!」

 

 自警団の長らしき男が、その場で指示の怒号を上げ、自警団の各員が慌ただしく動き回っている。

 そしてその一角には、役所や商店区画の方へ回っていた長沼や河義等、陸隊の各隊員も姿もあった。

 

「長沼二曹、河義三曹」

 

 そこへ制刻等が到着。制刻はその場にいた両名に声を掛け、長沼等は制刻等に気付く。

 

「制刻」

「状況は聞いてます。キャラバンが襲われたとか」

 

 長沼へ向けて、制刻は端的に発する。

 

「あぁ。今、逃げ延びて来た人を、出蔵に診させている所だ」

 

 長沼は視線を前へと移す。長沼等の傍では人だかりができていた。その人だかりを覗き込めば、中心にはその逃げ延びて来た商隊の人間と思しき男性が横たわっている。そしてその横に、衛生隊員の出蔵の姿があった。

 男性は、剣か何かで切り裂かれたのだろう、胴に大きな傷を作っていた。そして出蔵は険しい表情を作りながらも、男性に対する止血手当を懸命に行っていた。

 

「……頼む、皆を助けてくれ……」

 

 その時、男性は苦し気な口調で何かを訴え出した。

 

「大丈夫ですから、無理に喋らないで。出血が酷くなります」

「……頼む……!」

 

 出蔵は止める声を発するが、男性は必死の形相で訴え続けている。

 

「皆ってのは?」

「襲撃があった地点には、まだ負傷者が残されているらしい。さらに、商隊には女子供もいて、その人たちが襲撃者に連れていかれたとのことだ」

 

 制刻の疑問の声に、長沼が答える。

 

「それの救出に行くために、自警団の人達が動いているようだが――」

 

 長沼はそこで言葉を切り、視線を移す。長沼の視線の先では、自警団長を中心に、何やら言い争いとなっている様子の自警団員達の姿があった。

 

「何か問題があるようだな――河義三曹、車輛隊へ連絡を」

「了解です」

 

 長沼は河義に伝えると、自警団員達の元へと向かった。

 

 

 

「今行ける数で助けに行くべきだ!」

「それは駄目だ」

 

 その場には、自警団長を中心に数名の自警団員が集まり、言葉を交わしている。状況が故に、皆鋭い剣幕を作り、緊迫した空気が漂っている。

 

「すみません、よろしいですか?」

 

 そんな彼等へと、声が割り込む。自警団員達が振り向くと、そこに立つ長沼の姿があった。

 陸隊燃料調査隊は今の所、町の人々からは得体の知れない奇妙な来訪者として見られていた。その得体の知れない一団の筆頭である長沼に、自警団の各員は訝し気な視線をむせる。

 

「あんた――酒場であった兄ちゃん達と同じ……」

 

 自警団員達の中には酒場で制刻等が会った親方の男の姿もあり、彼は長沼の出で立ちが制刻等と同一の物である事に気付く。

 

「日本国陸隊の長沼と言います。お取込み中申し訳ありません。何か不具合が起こっているように見えたものですから」

 

 己の身分を名乗り、会話に割り込んだ理由を説明する長沼。

 しかし切羽詰まった状況の中で、突如割り込んで来た長沼の存在対する自警団員達の目は歓迎的な物では無く、「この状況でよそ者が……」などと言った呟きまでが聞こえて来た。

 

「ヘーイ!そんな事言うなよぉ!」

 

 そんな所へ、突如高らかな声が飛び込んで来た。

 その声の主は多気投だ。気付けば長沼の後ろに居た彼は、長沼の横を抜けて自警団員達の前へとその巨体を現す。

 

「なんか困ってんだろぉ?俺たちゃその助けになりてぇんだずぇ!」

 

 そして揚々とした口調でそういった旨を説明する多気投。しかし、突如現れた人並み外れた巨体である多気投の存在に、自警団員達は目を剥いてたじろいだ。

 

「多気投、皆さんを驚かすな」

「ホワイ?」

 

 長沼は呆れの混じった口調で言いながら多気投を下がらせ、入れ替わりに前へと出る。

 

「すみません、今が一刻を争う事態であることは私達も承知しています。しかし、この者が言った通り、私達はその助けになりたいのです」

 

 そして自警団員達へと訴える長沼。

 

「すまない、団員達が無礼な真似をした。説明しよう――」

 

 長沼のその言葉に対して、自警団長が前に出てきて、口を開いた。

 自警団は、可能であれば置き去りになっている怪我人や、さらわれた女子供を助けに今すぐにでも出発したい所であった。しかし今回、商隊を襲撃した野盗の群れは30騎近い騎馬兵力を有するらしく、それに拮抗しうる兵力を運ぶための馬が、町には圧倒的に足りていないとのことであった。

 

「かき集められた馬だけで、野盗を追うべきだという意見も出たんだが……」

 

親方の男は途中まで言い、そこで自警団長に視線を移す。

 

「危険すぎる。今の所用意できた馬はたかだが5~6頭。たったそれだけの数で出向いても、返り討ちに遭うのが落ちだ」

 

 自警団長は親方の男の言葉を引き継ぎ、そして案に対する否定の言葉を発した。

 

「じゃあどうしろっていうんだ!」

 

 自警団長のその言葉に、自警団員の一人が言葉を荒げる。

 

「最寄りの兵団の到着を待つしか……」

「どれだけ時間がかかると思ってる!すぐにでも追わないと野盗を見失ってしまうぞ!」

「時間が経てば、さらわれた女子供がどうなるか……!」

 

 次々に声を上げる自警団員達。そして自警団長や親方の男も、のっぴきならない状況に険しい表情を作っている。

 

「成程――状況は分かりました」

 

 そこへ、話を聞いていた長沼が、再び言葉を割り入れる。

 

「その野盗とさらわれた人達は、私達が追いかけ、救出しましょう」

 

 そして自警団員達に対して長沼は発した。

 

「何?」

 

 長沼の言葉に、自警団長を始めその場に居た全員が、先にも増して怪訝な色をそれぞれの顔に浮かべ、長沼を見る。

 

「丁度来たようだな」

 

 長沼はそんな疑問の色を浮かべる彼等に答える事は無く、呟くと同時に視線を自警団員から外して横へと移す。そして怪訝な表情を浮かべていた自警団員達は、その時その耳に異質な音を捉えた。

 

「うわッ!」

「な、なんだぁ!?」

 

 そして町並みの方向から声が聞こえてくる。自警団長や自警団員達がそちらへ視線を向けると、戸惑う町人達の姿が。そして異様な光を放ち、唸り声を上げて町人達の間を慎重に縫い、近づいて来る巨大な物体――通信指揮車を先頭とした、燃料調査隊の車列が目に飛び込んで来た。

 

 

 

 荒道の町から南へしばらく行った地点を、多数の馬と数台の馬車が走っていた。

 

「へへ、面白い程うまくいったな!」

 

 その一番先頭を行く馬の上で、一人の男が下卑た笑い声をあげている。

 

「食糧、金目の物、それに女!大量でしたね!」

 

 先頭を行く男の言葉に、追走する馬に跨る男が同調する言葉を続ける。

 この男達こそ、荒道の町へ向かう途中の商隊を襲った野盗の集団であり、先頭を行く男はこの場のリーダー格であった。

 野盗達は得られた成果を喜びながら、アジトへの帰路についている途中であった。

 

 

 

「……」

 

 野盗達が下品な笑い声をあげている一方で、一台の荷馬車の上では、恐怖と不安に顔を染める者達の姿があった。野盗達により連れ去られた、商隊の女や子供達だ。

 

「お母さん……怖いよ」

「お母さん……どうなるの……?」

 

 その中で、二人の幼い少年と少女が、まだ若い母親に今にも泣きそうな表情で寄り縋る。

 

「……大丈夫よ、お母さんが守るから」

 

 母親は子供達の身を抱き寄せてやりたかったが、彼女はその身を後ろ手に拘束されており、それは叶わなかった。せめて少しでも子供達を安心させようと、母親はその身を子供達へと寄せる。

 

「おい、勝手に口を聞いてんじゃねぇよッ!」

 

 そんな母親と子供達へ怒声が飛ばされる。荷馬車の御者席に座る野盗の一人が、母親たちの会話を見咎め声を荒げたのだ。

 

「ひッ……」

 

 野盗の怒声に、母親と子供たちは身を竦める。

 

「チッ!ガキつきの女とか、面倒ったらねぇや!」

「まぁ、そんなに目くじら立てんなよ」

 

 悪態を吐いた野盗の男に、御者席に座っていたもう一人の野盗がなだめる声を掛ける。

 

「母親とガキはバラバラで売りに出されるかもしれねぇからなぁ。今の内に最後の会話くらいはさせといてやろうぜ、へへ」

「はは、それもそうだな!」

 

 そんな下卑た内容の会話を交わし、野盗の男たちはうすら汚い笑いを上げながら、荷馬車の母親と子供達を見下ろす。母親は、聞こえ来た野盗の男達の会話から、自分達がこの先どうされるのかを朧気ながら察し、その顔を青く染める。

 

(そんな……あぁ、神様どうか……)

 

 母親は俯いて目を瞑り、今や唯一の寄り縋れる存在である、神へと祈りを捧げる。

 

「……おい、なんだあれ?」

 

 そんな訝しむ声が聞こえ来たのはその時であった。声を上げたのは、荷馬車の近くを並走していた馬に跨る、一人の野盗だ。

 

「あ?」

 

その野盗の視線は後方へ向いており、周囲の野盗達も声を上げた男の視線を追いかける。そして彼等の目に映ったのは、集団の後方、すでに薄暗くなった周辺の中で異様な瞬きを放つ、四つの異質な光源であった。

 

「なんだありゃ……なんかの動物か?」

「……いや違う、ありゃ馬車か?」

「だが馬も無しに動いてるぞ!……というか、こっちを追ってきてる!」

 

 野盗達は、その異質な光源が奇妙な荷車のような物から発せられている事に、そしてそれが自分達を追ってきている事に気が付く。

 

(あれは、何……?)

 

 騒めき出す野盗達の一方で、荷馬車上の母親も突然現れた奇妙な光源に、不安に染まったその顔を向ける。

 

《こちらは、日本国陸隊です!前方の集団に告ぎます!ただちにその場で停止しなさいッ!》

 

 そして次の瞬間、暗闇に包まれた周囲に、異質な音声での警告が響き渡った。


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