―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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1-4:「ファーストコンタクトⅡ」

「あれがさっきの正体か」

 

 攻撃に失敗した火球の主は、屋根の向こうへと引いて行く。

 制刻は、そんな彼の姿に視線を向けつつ呟く。最初に飛来した火球を放ったのも、外ならぬ彼であった。集落の奥に位置する家屋に陣取り、こちらを狙っていたようだ。

 

「自由!彼女が!」

「あ?あぁ、そっちも逃げたか」

 

 背後で剱の声が響く。彼女の目線を追って制刻が視線を動かすと、先の斧女が家屋の屋根の上を逃げてゆく姿が見えた。

 制刻の注意が反れた隙に、屋根の上へと逃れたのだろう彼女は、そのまま奥へと姿を消した。

 

「にしても、あいつもこいつも妙な喚き方しやがる」

 

 彼らは皆、独特の掛け声や叫び声を口にしていた。それを疑問に思いつつも、他にもこちらを狙う存在がいないか周囲を見渡し、ひとまずその場をやり過ごしたことを確認した制刻。

 

「制刻!」

 

 そこへ背後から制刻を呼ぶ声。

 振り返れば、河義が周囲を警戒しつつ、こちらへと駆け寄って来る姿が見えた。

 

「お前、大丈夫なのか!?」

「ええ、なんとか」

 

 先の一連の出来事は当然河義も目撃しており、河義は自分の分隊員の安否を血相を変えて尋ねる。一方、当人である制刻は普段と変わらぬ調子で淡々と返事を返した。

 

「鳳藤、お前は!?」

「私は大丈夫です、しかし……信じられない。あんな巨大な斧を振り回して、おまけに飛び回ってた……」

 

 剱は青ざめた顔で呟きながら、家屋の影から周囲を見回し警戒している。

 

「ドッキリにしても度が過ぎてるな。河義三曹、一応さっきはビビらすだけに留めましたが、連中の出方次第じゃぁ手加減も難しいかと」

「ッ、あぁ、分かってる……」

 

 制刻の進言に対して、苦々しい表情で返す河義。

 襲撃者の驚異度は想定を超えており、手段を限定しての対応はもはや危険であった。

 だが、いよいよ殺傷を伴う実力行使に頼らねばならない事態を前に、河義の首筋には一筋の汗が伝う。

 

《川越14、小笠原22です!村から発砲音のような物が聞こえましたが、そっちで何が起こってるんですか!?》

 

 そんな所へ、各員の装着するインカムに、新好地からの通信が飛び込んで来た。

 

「新好地士長か、丁度いい。こちらは現在、凶器を持った人物の襲撃を受けた。正体は不明」

《襲撃ですって……!?》

 

 無線からでも、新好地の驚く様子が河義に伝わって来る。

 

「すまんが今、詳しく説明する余裕は無い。新好地士長、そこから村全体が見えるな?俺達は今、集落の中ほどにいる。接近する人影が見えたら、その都度報告して欲しい」

《……分かりました……!》

 

 通信を終えると、河義は一度小さく息を吐いてから、制刻と剱に視線を向ける。

 

「制刻、鳳藤、とりあえず一度集落から出るぞ。態勢を立て直す」

「待ってください、河義三曹!」

 

 両者に後退の指示を出した河義だが、剱が声を上げた。

 

「どうした?」

「先ほど襲撃者の一人に子供が連れていかれるのを見ました。その子の安否が気がかりです!」

「子供ぉ!?」

 

 剱は焦燥と困惑に染まる顔に、どうにか凛とした色を取り繕いながら河義に進言をする。常識外れの事態の連続に腰が引けている様子の剱だったが、そんな最中でも子供を放ったままこの場を後にする事は、彼女の正義が許さないようだった。

 

「ッ、厄介だな……だが今の我々では深追いは危険――」

《河義三曹、人影です!西側、すぐそこの家屋の上ッ!》

 

 しかしその時、河義の声を遮り、各員の装着するインカムに新好地の声が響いた。先の斧女が再び姿を現したのは、それとほぼ同時だった。

 先ほど彼女が姿を消した家屋とは、道を挟んで反対側に位置する家。おそらく集落を回り込んできたのであろう斧女は、屋根を踏み切って飛び、またしても襲い掛かって来た。

 

「懲りねえな」

 

 斧女の標的は、制刻だ。

 制刻は跳躍後の軌道が自分に向いていることを瞬時に判別した 中空に身を投げ出した彼女を狙い、三点制限点射で発砲した。

 

「リュォッ!?」

 

 しかし、銃口を向けられた瞬間に本能的に危険を感じ取ったのか、斧女は手にしていた斧を自分の体の前にかざした。そして撃ち出された5.56㎜弾は、盾となった巨大な斧に弾き返され、斧女の体を貫くことは叶わなかった。

 

「マジか」

 

 制刻は若干の驚きと、関心が混じりの呟き声を発する。

 斧女は、自らの得物を持ち直すと、制刻を狙ってその巨大な得物を振り降ろした。

 

「うぉっとぉ」

 

 しかし制刻は先程同様、軽やかに回避して見せた。

 回避された斧女は、先ほどのように追撃はせず、制刻の脇を通り抜けて言った。膝蹴りを警戒したのだろう、少し距離を取った後に跳躍、近場の家屋の屋根へと着地する。

 しかしその瞬間、女の足元で突然瓦が弾け出した。

 

「リャッ!?」

 

 突然の事態に、斧女は叫び声と思われるものを上げて飛び退く。

 彼女を襲った物の正体は、小型トラックでMINIMI軽機に着いた策頼による銃撃だ。

 

「リャーッ!?パウッ、ヴューネィッ!?」

 

 襲い来る銃撃に彼女は叫びながらも、しかし飛ぶように家屋の屋根を伝い走り、これを回避し続ける。

 策頼は軽機を旋回させて斧女を追いかけながら引き金を引き続け、立て続けに排出される薬莢が、小型トラックの荷台に落ちて乾いた音を上げる。

 しかし追撃の成果は無く、斧女は再び屋根の死角へと姿を消した。命中を確認できないまま対象に逃走され、策頼は「チッ」と小さく舌打ちをした。

 

「弾をはじく上に、銃撃を避けるか」

「人間ワザじゃねぇぞ……どうなってんだ!」

 

 一方の制刻と河義は、斧女の立ち振る舞いに対する感想を各々吐き出しつつ散会、それぞれ近くの家屋の影へと身を隠し、壁に背を預ける。

 

「得体は知れませんが、なんにせよ簡単に逃がしてくれる気はねぇようだ」

「勘弁しろよッ……集落に隠れている方に告ぎます!こちらは日本国陸隊、北部方面隊です!攻撃を止めてください!」

 

 河義は望み薄とは分かっていたが、集落全体に響く声で、攻撃停止の勧告を張り上げる。しかし河義の願いも空しく、襲撃者からの返答は何もなかった。

 

《14!今度は集落の奥、左側の屋根の上ッ!》

 

 そしてインカムへ、再び新好地からの敵の位置情報が飛び込んで来る。位置情報を頼りにそちらへ視線を向けると、そこに先ほどの火球の主の姿があった。

 彼は位置を変えた上で、再度の攻撃を試みようとしていた。彼の両腕の間では、火球が形成されつつある。

 

「糞ッ!」

 

 それを視認した河義はとっさに自身の小銃を構え、引き金を数回引く。そして安全装置が単発に合わせられた小銃から、数発の弾が放たれた。

 

「ッ!?ネィトゥッ……!」

 

 またしても彼の足元で弾が弾け、瓦が破損。今度は破損し飛び散った瓦の欠片が、彼の身を微かにだが傷つける。そして集中が解けたせいか、彼の手の平で形成されつつあった火球が、その瞬間霧散するように掻き消えた。

 再び攻撃を阻害された彼は、表情に苦々しさを浮かべつつも、またも即座にその場から引いて行った。

 

「繰り返します!こちらは日本国陸隊、北部方面隊です!直ちに攻撃を中止しなさいッ!――聞いてねぇのかよ糞がッ!」

 

 言い回しを命令口調に変え、もやは怒号に近い声で勧告の声を発する。しかしやはり応答は無く、河義は最後には悪態を吐き出す。

 

「ひょっとしたら言葉が通じてねぇかもしれません」

「何だと?」

 

 そこへ発せられた制刻の言葉に、河義は怪訝な声を返す。

 

「さっきから、日本語と思えねぇ妙な言葉を叫んでます」

「どういうことだよ……外国系のカルト集団の拠点にでも、踏み込んじまったのか?」

 

 相手の正体はますます予測が付かなくなり、河義の苛立ち交じりの困惑にさらに拍車がかかる。

 

《今度は背後側の屋根です!》

 

 しかし考える暇もなく、新好地からインカムを通して敵の位置情報が飛び込んでくる。

 

「そこかしこから顔を出すな、ヤツは屋根をうまくアクセスにしてんのか。戦いに慣れてやがるな」

「なんでお前はそんなに冷静なんだよッ!?」

 

 必死の形相で周囲を見渡していた剱が、遮蔽物の影から制刻に向けて叫ぶ。

 しかし当人が返事を返す前に、またしても斧女が舞い戻った。

 三度、家屋の屋根より姿を現した彼女は、西側の家屋近くにいた制刻に向けて飛び掛かり、家の壁際に追い詰める格好で、斧を振り下ろす。

 だが制刻はまたも自身を襲った斧を、軽やかに避けて見せた。

 一方の斧女は、攻撃が空振りに終わった事を察した瞬間、後退の姿勢には入り、背後へ跳躍し、そのまま家屋の屋根へと退避。

 唐児は再び逃げていく斧女にたいしてMINIMI軽機による攻撃を試みたが、斧女は銃撃に追い立てられながらも、またも家屋の向こうへと逃げ去って行った。

 

「大丈夫か、お前を狙ってるみたいだぞッ!」

「あぁ、懐かれたみてぇです」

 

 執拗に狙う斧女の様子に、河義は制刻の身を案ずるの声を上げるが、対する制刻は涼しい顔で答えて見せた。

 

「膝蹴りなんか食らわすからだッ!クソ……なんとか彼らと意思疎通はできないのか!?」

「だいぶ頭に来てるようだ。いや、焦ってるのかもな。どっちにせよ、少なくとも冷静にさせない限り対話は無理だな」

 

 剱の意見に制刻は淡々と返し、最後に、「まぁそれ以前に、相手に友好的に接する気がなきゃ、どうしようもねぇがな」と付け加えた。

 

「策頼!」

 

 制刻は振り向き、小型トラックで軽機に着く唐児に呼びかける。

 

「また奴が来たら、俺に襲い掛かって来た瞬間を狙え」

「制刻さんに当たる危険が」

「構うな、やれ」

 

 策頼は懸念の言葉を告げるも、制刻は一切の躊躇を見せずに言った。

 四度目の襲撃があったのは、その瞬間だった。

 

「後ろ!」

 

 剱が叫ぶと同時に、御多分に漏れずに家屋の屋根から姿を現した斧女は、射撃を警戒してか、斧を盾にしながら飛び掛かって来る。そして間近まで迫った瞬間に、斧を持ち直して振り上げる。

 しかしそのタイミングを待ち構えていた、MINIMI軽機の掃射が斧女を襲った。

 

「ッ……!?」

 

 弾幕が斧女を襲い、放たれた弾頭の一部が女の脚に命中し、損傷させた。走った痛みに女は手元をしくじり、斧は空を切る。そして傷ついた脚での着地はままならずに、女は地に足を着いた瞬間、その場にガクンと崩れ落ちた。

 

「とぉ」

 

 着地をしくじり、砂埃を立てて倒れ込んだ斧女を、制刻は一歩後退して避ける。

 

「ッ……」

 

 斧女は痛みに表情を歪めながらも、上体を起こして目の前に落とした斧へ手を伸ばす。しかし彼女の手が斧の柄を掴む前に、斧は制刻によって蹴り飛ばされた。蹴り飛ばされた斧は宙を舞い、背後へと落下。

 

「わぁッ!?」

 

 そして剱の近くの地面へと突き刺さり、背後から彼女の悲鳴が聞こえた。

 

「策頼、でかした――で、おめぇはなんだ?」

 

 制刻は足元の斧女に言葉を投げかけるも、彼女は睨み上げるだけで返答を返そうとはしなかった。仕方ないと制刻は女の身柄を確保しにかかろうする。

 

「ッ!」

 

 しかしその時、制刻は別方向からの殺気を感じた。そして制刻はとっさに半身を捻る。その次の瞬間、直前まで立っていた場所を〝何か〟が掠めて行った。その〝何か〟は、少し先の地面に突き刺さって止まり、その正体が鮮明になる。それは槍だった。それも細長い円錐状の形状を持ち、長さは人の身長を優に超える騎乗槍だ。

 

「んだこりゃ」

 

 突然飛来した槍に訝しみ、その軌道を視線で辿ろうとする。

 

「自由、真上!」

「あ?」

 

 しかしそれより前に、背後から剱の警告の叫び声が上がる。彼女の言葉が示す通り、制刻は真上へと視線を向ける。

 

「――リャアアアアッ!」

 

 そこで目に映ったのは、雄たけびを上げながら宙を降下する少年の姿だった。


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