―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-17:「情報と願い入れ」

 隊の追跡隊と町の自警団は、救い出した女子供達を連れて、無事に町へと戻って来た。

 町の南側入り口付近には、襲撃地点に取り残されていた負傷者達を回収に行った大型トラックが、先んじて戻って来ていた。周辺はその負傷者の救護手当のために、自警団員を始めとする町人達、そして隊の衛生隊員が慌ただしく動き回っている。

 そんな中へ送り届けられた女子供達は、荷馬車から降ろされると、皆一様に親しい人の姿を探し始める。

 そして無事に再開を果たし、喜び合う人達の姿もあれば、亡骸と成り果てた親しい人の姿を目の当りにし、泣き崩れる者の姿もあった。

 

「すべてが無事解決とはいかないか……」

 

 その光景を端から見ていた長沼は、悲痛な面持ちで呟く。

 

「この手のゴタゴタの後は、いつも不快だ」

 

 そして同様に近くで様子を眺めていた、制刻が一言発した。

 

「あんたら、いいかい?」

 

 そこへ長沼と制刻に声が掛かる。見れば、こちらへと歩んでくる親方の男の姿が見えた。

 

「どうかされましたか?」

「いや、礼を言わせて欲しいんだ。あんた等のおかげで、商隊の女子供達は助かった。あんた等が居てくれなかったら、彼女達はどうなっていた事か……」

「ああ、そういうことでしたらお気になさらず。私達は、自分達にできる事をしたに過ぎません」

 

 礼を言葉を述べた親方の男に、長沼は半ば決まり文句となっていた言葉を返す。

 

「それでだ――あんたら、地下油の採掘場所を探しているんだったな?そこについて、教えたいと思うんだ」

「本当ですか?」

 

 親方の男の発した言葉に、長沼は若干の驚きの言葉を返す。

 

「いきなりだな。そこに住んでる人間の安全のために、教える事はできねぇ、って話じゃなかったのか?」

 

 しかし一方の制刻は、訝しむ言葉を親方の男に投げかけた。

 

「あぁ、そこも含めて、詳しく説明したい。落ち着いたら、もう一度酒場に来てくれないか?」

「わかりました、お伺いしましょう」

 

 親方の男の言葉に、長沼はそう返した。

 

 

 

 負傷者の救護手当などの作業が一段落付き、長沼と、河義や制刻等4分隊の面子は、親方の男の要望通り、再び町の酒場を訪れていた。

 酒場の一角にあるテーブル席に、親方の男と長沼が対面で座り、長沼の背後には河義や制刻等が、各々適当に立っている。

 

「さて、説明させてもらうよ。まず、どうしてあんた等にその地下油採掘場所を教える気になったかだが――」

 

 親方の男は、長沼を始め各員の姿を一度見渡すと、おもむろに発し始める。

 

「まず一つは、今回の件であんた等が信用できる人達だと判断できたからだ。偶然町へ立ち寄ってただけにも関わらず、危険を顧みずに野盗達を追い、そして怪我人や女子供を救ってくれたんだ。これ以上の判断材料は無い」

「それは――ありがとうございます」

 

 親方の男の評する言葉に、長沼は礼を返す。

 

「だが、アンタの言葉から見るに、理由はそれだけじゃなさそうだ。他に何か、狙いがあるんだろう?」

 

 しかしその直後に、制刻が不躾に親方の男へと、言葉を投げかけた。

 

「あぁ、その通りだ――まず先に、この辺りの事の話をさせてくれ」

 

 親方の男はこの町の、いやこの国の昨今の情勢に関する話を始める。

 話によれば、野盗による襲撃事件は今回が初めての事ではなく、この荒道の町の近隣だけでも過去に一度。そしてこの月詠湖の国の北東側、隣国との国境に近い地域で、何件も同種の事件が起こっているのだという。

 

「でぇ、それと原油の在り処になんの関係があるってんだよ?」

 

 親方の男の説明に、竹泉がイラついた様子で言葉を挟む。

 

「竹泉!――すみません、続けてください」

 

 長沼はそんな竹泉を咎める声を発し、そして親方の男に促す。

 

「あぁ、それでだ――そっちの兄ちゃん等にはさっき話したんだが、その地下油がある領地では、そこの持ち主が家族とだけで暮らしてる。正直、こんなに野盗の襲撃が相次いでいる現状では、安全な判断とは言えねぇ……だが、そこの持ち主は頑固で、頑なにそこを離れようとしなくてな……」

「成程、話が見えて来た。あんたは、俺等をその頑固者の所へ、お守りに差し向けたいって腹か」

 

 親方の男の話を聞き、その意図に察しを付けた制刻はそう発する。

 

「そうだ。恩人のあんた等に、礼をするどころか重ねて頼みごとをするなんて、申し訳ない事だとは思っている……」

「いや、原油をいただく交換条件としては、そこまでハードルの高いモンじゃねぇだろう」

 

 申し訳なさそうな言葉で発した親方の男に、しかし制刻は納得した様子で返しながら、前に座る長沼へと視線を合わせる。

 

「えぇ、もし原油の採掘施設を利用させてもらえる事になれば、私達はそこに駐屯させていただく事になります。その上で、その領地の方を護衛する事は、不可能ではありませんし、対価としては正当でしょう」

 

 制刻に続いて、親方の願い入れを受け入れる姿勢を見せる長沼。しかし長沼はその後に「ですが――」と言葉を続ける。

 

「問題は、その個人領の方自身が、それを承諾してくれるかどうかですね」

「その頑固者が、俺等を受け入れてくれる余地はありそうか?」

 

 長沼が懸念の言葉を発し、そして制刻が親方の男に向けて尋ねる。

 

「それに関しては、申し訳ないがあんた等の交渉次第になる……ただ、俺の名前を出してくれれば、少なくとも門前払いってことはないはずだ。あぁ、そういや名乗って無かったな、俺はハクレンって言う。この名を出せば、スティルエイトさんも話くらいは聞いてくれるだろう」

「そのスティルエイトさんというのが、その個人領の持ち主のお名前ですか?」

「あぁそうだ、俺と同業の鍛冶師になる。で、何よりあんた等に教えるべきは、その場所だな――」

 

 親方の男改めハクレンの話によれば、この荒道の町から北東に行った所に、そのスティルエイトという人物の所有する、〝フォートスティート〟と呼ばれる個人所有領があるらしい。その所有領内に採掘施設が存在し、そこが原油の出所であるという。

 

「――分かりました、ありがとうございます」

 

 長沼はテーブル席上に広げた地図で、その個人所有領の位置を確認し、ハクレンに向けて礼の言葉を述べた。

 

「――所で、よそ者の私達がこんな事を心配するのも難ですが、この町の安全は大丈夫なのですか?」

「このままでは安全とは言えないだろうな。近くの町に駐留する兵団から、兵力を分派してもらえるよう要請を出すことになるだろう」

 

 長沼の質問に、ハクレンは難しい顔で答える。

 

「きな臭さに事かかねぇな。国はその野盗共になんか対策はとってねぇのか?」

「もちろん国の兵団も動いているさ。だが……」

 

 制刻の質問に、ハクレンは答える。

 現在、野盗問題に対しては、国の兵団も懸命に調査討伐を行ってるという。しかし襲撃隊、拠点共に移動を繰り返している野盗達は神出鬼没であり、それらの発見、討伐は振るわずにいた。さらに今の国の兵団は、対魔王戦線に多くの兵力を取られていて、カツカツの状況であり、それが討伐活動の難航に拍車をかけているとの事であった。

 

「また魔王か」

 

 説明の最中に出て来た魔王というワードに、制刻は呆れの混じった声色で呟く。

 

「しかしそこまで広域に被害が出ているとは、ただの偶発的な物ではなさそうですね……」

「あぁ、国もそう考えてるだろうし、皆そう思ってる。おそらくこれは、どこかの国か組織の破壊工作だろうってな。野盗達はそこから送り込まれて、支援を受けながら活動してるんだろう」

 

 長沼の言葉に、ハクレンはそう返す。

 

「私掠船の陸版って所か……」

 

 そしてその背後にいた河義が呟く。

 

「魔王云々騒いでる癖に、人類間で内ゲバかよ?」

 

 そこへ畳みかけて、竹泉が皮肉気な言葉で発する。

 

「その野盗達の裏に居るのは、魔王軍に取り入ろうとする一派だという噂も出てるんだ」

「はっ、どっちにしろだぜ」

 

 ハクレンは補足の言葉を入れたが、しかし竹泉は変わらずの皮肉気な口調で吐き捨て返した。

 

「で、結局野盗共の裏にいる奴等についても、はっきりとした事は判明してねぇわけか」

 

 吐き捨てた竹泉と入れ替わりに、制刻がハクレンに向けて言及する。

 

「その通りだ。国がどこまで調査を進めているのかは分からないが、さっき言った通り今の国はカツカツの状況だ。芳しくない事は予想できる。そして俺達国民の間では疑心暗鬼が広がり、数多の噂だけが飛び交ってるってわけさ」

 

 ハクレンは答えると、最後の自嘲気味に笑って見せた。

 

「……すまない、話が大分ズレたな。とにかく、今この近辺はかなり物騒な状態だ。そんな中で、町から離れて暮らしてるその人の事が心配なんだ。もし、あんた等があの地に長く逗留するようなら、どうかその人の事を見ててやってくれないか?」

 

 そこまで言うとハクレンは居住まいを正し、対面している長沼達に向けて頭を下げた。

 

「分かりました、ハクレンさん。そのスティルエイトさんご本人との交渉次第にはなってしまいますが、私達はそのお話をお引き受けします」

 

「そうか――ありがとう。どうかその人の事を、よろしく頼む」

 

 長沼から承諾の言葉を受けたハクレンは、長沼に礼と、そして託す言葉を発した。


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