―異質― 日本国の有事防衛組織、その異世界を巡る叙事詩《邂逅の編》   作:えぴっくにごつ

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3-19:「任務完了」

 レオティフルにより別室へと招かれた鳳藤。

 その一室は、この町に滞在する上で、レオティフルが私室として使用している部屋だった。

 

「どうぞ、お掛けになってくださいな」

「失礼します」

 

 部屋内に置かれた上質なソファに腰掛けた鳳藤に、レオティフルは自ら紅茶とお茶菓子を用意して振る舞う。

 

「ふぅ……」

 

 そして自身も対面するソファへと腰かけ、そして小さく息を吐いた。

 

「……ふふ、おかしいですわよね。ただ待っていただけの私が、疲れたようなため息を吐いて」

「いえ、お気持ちは分かります。待つ立場というのも辛いものです。まして、親族の方の安否が掛かっていたというのであれば、当然でしょう」

「あら?私とミルニシアの関係、すでにご存じでしたのね」

「はい、ハルエーさんからお伺いしました」

 

 少し意外そうな表情を見せたレオティフルに、鳳藤は答える。

 

「そうですの……指揮を預かった者として、親族だけを特別扱いするなど、本来あってはならないことなのですけれども……」

「仕方の無い事です。あなたもお若い身なのですから、感情を抑え込むのもお辛いでしょう」

「ええ、私はまだまだ若輩者ですわ……」

「あ!いえ、そういうつもりで言ったのでは……!」

 

 レオティフルの言葉に、鳳藤は今の自身の発言が失言だったと感づき、慌てて弁明の言葉を発する。

 

「ふふ、分かっておりますわ。お気遣いありがとうございます」

「すみません……」

「謝らないでくださいな。あなたは大事な従姉妹を救ってくれた、恩人なのですから」

 

 申し訳なさそうにする鳳藤に、微笑み言葉を掛けるレオティフル。

 鳳藤が危機に陥ったミルニシアの身を救ったことは、先の話し合いの中でレオティフルにも伝えられていた。

 

「あの子を――ミルニシアを救ってくれたあなたには、王女としてではなく、あの子の従姉として個人的に感謝しておりますの」

「いえ、その時は咄嗟に体が動いたものですから」

「ふふ、謙遜も行き過ぎると、皮肉になってしまいますわよ?」

「す、すみません」

 

 悪戯っぽく発せられたレオティフルの言葉に、鳳藤は再び謝罪で返した。

 

「しかし、立ち入った話をするようで失礼かもしれませんが……ミルニシアさんは王族の身でありながら、騎士団員として矢面に立っておられるのですね」

「ええ、それがあの子の望みでしたので」

「望み……ですか」

「あの子は昔から騎士に強い憧れを持っていましたの。そんなあの子の立っての希望から、父上――国王は近衛騎士団への入団を許可したのですけれど……しかし今回の事を考えれば、やはりあの子には私の近くに居てもらった方がいいかもしれませんわね」

 

 レオティフルは少し憂うような様子で言葉を零した。

 

「あの子は、常に侍女達に護衛されるような日々は嫌うでしょうけど」

「ん?侍女さん達に護衛ですか?」

 

 レオティフルの言葉が少し気になり、鳳藤は疑問の言葉を挟む。

 

「あぁ、侍女と言いましても、全員に武術を心得させておりますのよ。もちろん侍女達とは別に警護騎士達もいるのですけれど。どちらも、私が厳選した者達ばかりですわ」

「ご自身でですか?」

「ええ、自分の身を守らせるのですもの。他人には任せられませんわ」

「それもそうか……」

「側に置いておくには優秀で信頼が置けて、そして可愛らしい娘でなくては。でしょう?」

「え?……は、はい……」

 

 唐突にレオティフルからそんな言葉を掛けられ、鳳藤は少し動揺する。

 言われてみれば、レオティフルの周辺には容姿の良い女性ばかりがいた。

 

「と、所で……レオティフルさんもミルニシアさんもずいぶんお若く見えますが、失礼ですがおいくつになられるのですか?」

 

 レオティフルからの問いかけの反応に困った鳳藤は、話を逸らすべく強引に別の話題を振った。

 

「歳ですの?私は今年18で、あの子は16になりますわ」

「18に16……そのようなお若い身で、軍の指揮を取られたり、前線に立たれたりしているんですね……」

 

 彼女達の年齢に反した重い立場や役目。それらを知り、鳳藤は改めてここが日本とは違う、別世界である事を実感する。

 

「ちなみにホウドウ様はおいくつですの?」

 

 考えていた所へ質問を返され、鳳藤は少し驚く。

 

「え?あぁ、私は20になります」

「あら、ではホウドウ様のほうがお姉様という事になりますわね」

「お、お姉様……」

 

 レオティフルのその台詞と、どこか艶のある言い回しに、鳳藤は若干困惑する。

 そんな鳳藤の前で、レオティフルは唐突に立ち上がると、鳳藤の側へと周り、空いていた彼女の隣へと腰かけた。

 

「え?」

 

 突然のレオティフルの行動に、目を丸くする鳳藤。

 

「最初に一目見た時から、この方はと感じていたのですけれど――やはり私の目に狂いはありませんでしたわ」

 

 鳳藤の隣に腰掛けたレオティフルは、そんな言葉を発すると、その顔を鳳藤へと近づける。

 

「私、ホウドウ様のような、強くて麗しいお姉様が、側に居てくれたらとおもっておりましたの」

 

 そしてレオティフルは、鳳藤の顔に手を伸ばし、そのきめ細やかな指先で、鳳藤の頬をそっと撫でる。

 

「あ、あの……」

「あなたさえよければ、私の元にきていただけませんか?ね、お姉様……?」

 

 戸惑う鳳藤に対して、レオティフルは恋焦がれる少女のような表情と、甘い声色で問いかける。

 

「姫様、よろしいですか?」

 

 一室の扉がノックされると共に、声が飛び込んで来たのは次の瞬間だった。

 

「ええ、お入りになって」

 

 それを聞いたレオティフルは、鳳藤から顔を放すと、ドアの向こうに向けて言う。

 

「ふふ、冗談ですわ」

 

 そして鳳藤に向けて悪戯っぽく笑みを向けると、ソファから立ち上がり、ドアへと歩いて行った。

 

「失礼します」

 

 ドアが開かれ、その向こうに一人の侍女と、そして鷹幅の姿が見える。

 

「お話はもうよろしいですか?」

「ええ、我儘を聞いていただいて、ありがとうございます。楽しいひと時を過ごせましたわ」

 

 鷹幅の言葉に、レオティフルは微笑んでそう返す。

 

「では、医薬品の移し替えは終わりましたので、私達は砦の方へと戻らせていただきます。鳳藤、行くぞ」

「あ、はい!」

 

 鷹幅から声を掛けられた鳳藤は、慌ててソファから立ち上がり、鷹幅を追って廊下へと出る。

 

(た、助かった……)

 

 その際鳳藤は、内心でほっと胸を撫でおろした。

 

 

 

 翌朝。

 陸隊、派遣小隊は、全ての事項の五森の国側への引継ぎを完了。

 砦から引き揚げた小隊は、野営地へと帰投する前に、最後にもう一度、木漏れ日の町を訪れていた。

 木漏れ日の町の城門前で、鷹幅を始めとする主要陸曹と鳳藤が、レオティフルやハルエー、ミルニシアと相対している。

 

「皆様。しつこいようですが、此度のお力添え。本当に感謝しても仕切れませんわ」

「私からも謝罪と礼を言わせて欲しい。最初、あなた方に無礼な態度を取ってしまったにも関わらず、あなた方はこの国のために戦ってくれた。本当にありがとう」

 

 レオティフルとハルエーは、それぞれ隊員等に向けて礼の言葉を告げる。

 

「いえ、この国のお役に立てたのなら光栄です」

 

 それに対して、鷹幅が返す。

 

「?」

 

 一方、そんなレオティフル達の横で、何か気まずそうにしているミルニシアの姿が、鳳藤の目に留まった。

 

「ほら、あなたも。言いたい事があるのでしょう」

 

 そんなミルニシアは、直後にレオティフルに背を押されて、鳳藤の前へと出て来る。

 

「その……お前には――痛ッ」

 

 そして、ぶっきらぼうに発しかけたミルニシアは、しかしその尻を、レオティフルに軽く叩かれる。

 

「んん――貴殿には、この命を助けていただいたにも関わらず、礼の一つも言っていなかった……このような愚か者を助けてくれた事、本当に感謝している」

 

 ミルニシアはそう言って、鳳藤に向けて頭を下げた。

 

「よしてくれ、私は別にそんな感謝されるような事はしていないさ」

「し、しかし……!」

「気にしないでくれ。私は、あの場で自分にできる事をしただけだ」

 

 顔を起こし、食い下がろうとしたミルニシアに、鳳藤は少し照れくさそうにしながら言って見せた。

 

「そうか……だが、やはり例と謝罪をさせてくれ。これまで無礼な態度を取ってすまなかった。そして、ありがとう」

 

 そう言い、ミルニシアは再び頭を下げた。

 二人のやり取りが終わり、ミルニシアが下がると、入れ替わりにレオティフルが再び隊員等の前へと立つ。

 

「皆様。今回は、本当にありがとうございました。今回の一件については、新たな事が判明次第、皆様の元へも使者をお送りさせていただきます」

「お願いします。私達も、またこの国が危機に晒される事があれば、駆け付けましょう」

 

 そう言葉を交わし、鷹幅とレオティフルは最後に握手を交わした。

 そしてお互いに別れを告げ、隊員達は待機していた各車輛へと乗り込んでゆく。

 そしてレオティフルやミルニシア、ハルエー達騎士団員や、町の駐留兵達に見送られながら、小隊は木漏れ日の町を後にする。

 

「どうにか、今回の派遣活動は、無事に終わったな」

 

 先頭を行く新型小型トラックの助手席で、鷹幅は肩の力を少しだけ抜いて、呟いた。


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